プロローグA 「すべて終わったその後で」
『あの合宿』が終わって1週間。
大学の後期課程が始まった。
僕は講義を受けるため大学に来ていた。1時限目でありながら教室には学生が多かった。必修科目だからであろう。すでに多くの席が埋まっている。朝の講義室は喧騒に満ちていた。近々開催の学祭の会話がよく聞こえてくる。僕は先生に目をつけられないような、ちょうどよい席を探す。
――あそこがいいだろう。
教室の中間位置よりもすこし後ろの席。机に荷物を下ろし、椅子を引く。
ちょうどとなりの席に、腰を下ろす女子学生が目に入った。
「あ。」
声が出てしまった。女性と目が合う。
その女性を僕はよく知っていた。
「館山さん……」
ぱっちりはっきりした目。きりっとしているのにどこか幼さを残す顔立ち。涼しげな白のワンピースとは対照的なつやのある黒い髪をポニーテールに結っている。可愛いと美しいを合わせて、ここで割らずに掛け算して相乗効果を生み出しているような女性だった。
その声でむこうもこちらを認識したようだ。
「あ、剣くん……おはよ」
「お、おはようございます」
あいさつを返す。
そして、席に座る。彼女も座る。
この場で、僕達2人だけにしかわからない緊張感に包まれる。
「……あの『合宿』以来だね」
「そうですね」
「元気だった?」
「まあそれなりには……」
「そっか」
館山さんはぎこちなく微笑んだ。
――非常にやりづらい。
合宿であんなことがあったのだ。
もう彼女と普通に接することは、無理だろう。
けれど、席に座ってしまった。席を移動するのは不自然だ。
――どう接していいのかわからない。
――恐怖。親愛。不安。信頼。
多様な感情が混ざり合う。
感情を振り払って、彼女に声をかける。
「あの、館山さん。話したいことが――」
「あ、剣くん。先生が入ってきたよ。またあとにしよう」
拡声機のスイッチが入る音で喧騒が薄れてゆく。教授の第一声が放たれて後期初の授業が幕を開けた。が、僕は集中できなかった。
彼女がノートへ書き込みながら、前に垂れた髪を耳に掛けた。
僕だけが感じる圧力で潰されてしまいそうだった。
講義は全く頭に入ってこない。
――僕は合宿での出来事を思い出していた。