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『学校宿の殺人』+α  作者: 稲多夕方
2日目
32/51

『ごはんを食べよう』11:12


 武装岳大学バスケットボール部の面々――7名は再び調理室に集まった。

 ――欠けた1人、彼女を除いて。



 携帯端末を操作していた萬井。

 全員に聞こえるように呼びかけた。

「土砂崩れの復旧作業、雨が続いているから遅々として進んでいないみたいだ。まだしばらく動けそうにない」


 窓の外では暗い空から大粒が降り注いでいた。


 金髪・朝星が苦い顔していた。

「おいおい、話が違うすよ部長。事態に進展があるって話で部屋から出てきたのによ……」

「いや、あるかもしれないつったんだよ。朝星。それに部屋の中にいても気が滅入るだろう。一度、腹にメシを入れれば、少しは元気が出るだろう」

「萬井部長。元気とか、出したところで……意味なんてねえすよ」

 絶望的な朝星の態度。


 萬井が意見する。

「こういう非常時には、メンタルが大切だ。――いま女子メンバーがメシ作ってくれてるから。それを食べて一度、活力をつけて、冷静になろうぜ」


 調理台では館山と矢部が動いていた。

 白米に塩を振ったり、卵を混ぜたり、調理する。

 鶴木と小野の1年生の2人は皿や箸などを準備していた。



 萬井が真剣に話す。

「正直、こんな事になって――川合が死んで、俺もどうしたらいいか、わからねえ。だいぶ参っている。困惑してる。警察が来ない、土砂崩れで身動きが取れない……どうしようもない」


「萬井さん、それなら一番アヤしいヤツをそのままなのはどうなんだよ」

「怪しいヤツ?」

 萬井は朝星に聞きかえす。

「あいつだよ。――なあ、鶴木!」

 朝星は鋭い眼を向けた。


「えっ?!」

 視線を向けられた鶴木。皿を運ぶ手と足を止めて視線の主を見返す。

「おまえ、さっき聞いたが部屋の窓が割れて上階の部屋に移動したそうじゃねえか」

「はい。そうですけど」

 鶴木は肯定した。


「だよな。そして、移動したのは『2-3』。そこは殺された更さんの部屋の真下だ!」


「……たしかに、そうですね。真下ですけど」

 事実なので、鶴木はそのまま肯定した。

「そうだ。だからお前が怪しいだろうが。お前が上の階に移動して、更さんを――」


「落ちつけ、朝星」

 部長・萬井が声をかけた。冷静な声だ。

「たとえ鶴木が犯人だと仮定して、どうやって上の階に行くんだよ? 階段には赤外線センサーがあった。存在を知らなければブザー音が鳴るだろ?」

「…………っ」萬井の言葉で少し途惑う朝星だが、それでも話す。「そうだ。ハシゴとか用意してたんじゃないか? 真上の部屋ならすぐ移動できるだろ」

「いや、それも難しくないか?」

 萬井がまともな意見をした。

「3階の部屋から4階の部屋にハシゴを掛けて登る。命懸け過ぎないか? そもそも、そんなハシゴ、用意できると思えねえし……。そんな大荷物を部屋に運んでたら目立ち過ぎる」

「練習に使用する『ラダー』なら、持っていけるだろ?」

 朝星は鶴木をにらみながら話す。

 ちなみに『ラダー』とは、はしご状ロープのトレーニング用具である。素早く的確なステップを行うことで神経と身体を作る道具だ。

 だが、

「いや、ラダーでは無理だろう。あれフニャフニャだぞ。下から降りるのには使えても、下から上には掛けられないだろう。強度にも問題がある。古いし。そもそもトレーニング用具だ。人が登るように作っていないからな。体重かけたら壊れるぞ。命懸けが過ぎる」

「……」

 朝星が認めるように黙した。

「それに部屋は密室だっただろ。教室の窓はすべて閉まっていた。鍵がかかっていた。もしも鶴木が何らかの手段で、下の階から上の階に登っていっても部屋の中に入れねえよ」



「……でも、一番犯人の可能性が高いのは鶴木だ! 部屋がすぐ下なんだから!」

 萬井の否定を聞いて、なお朝星は反駁した。



「朝星。だがなぁ……そもそも部屋を決めたのは、俺だぞ」

 萬井は決定的なことをいった。

「でも萬井さん、鶴木は移動したでしょう? 『2-3』に。更さんの部屋の真下に」

「それも使用していない部屋が、『2-3』しかなかったからだろ?」

「そうだ! それを狙っていたんだ! 鶴木は空室の『2-3』に移動するために、自作自演――自分で部屋の窓を割ったんだ!」

 激昂する。



「いいや、割った犯人は茂手木さんらしいぞ?」

 萬井が短く否定した。



「は? どういうことだ?」

 朝星が驚いた。


 茶髪・倉木が小さく手を上げて割って入る。

「萬井部長、どういうことですか? 鶴木の部屋の窓を割ったのは茂手木さんって……」

「ああ、その件なんだが、説明すると――」


 萬井は情報を共有する。


・2Fの非常階段に続くドアの施錠が壊れていたこと。

・そのことを隠すため茂手木が窓を割り部屋を移動させたこと。



 倉木が納得したように縦に首を揺らした。

「なるほど。そういう事情があったんですね……」

「ああ、だから鶴木が自分の意志で部屋を移動したわけじゃないんだ」

 朝星が納得できないようにぼやく。

「なんだそりゃ……部屋を移動させるために窓を割るとか、正気かよ?」

「安全と信用に関わる部分だからな。宿の評判にも。――だから秘密にしたかった、ということらしい」

「この利己主義者め……」

「しかし、もう秘密にしておける状況じゃない。人が死んだ。だから話してくれたんだそうだ」




 倉木が考えを巡らせるように、腕組みした。

「しかし、壊れていた2階非常ドアから部外者が入って来て、その人物が川合さんを殺したって可能は限りなく低いですね……」


 2Fの非常ドアから侵入したと仮定して4F『3-3』までには障害がいくつもある。2Fの教室前、階段の赤外線センサー、そして4Fの教室前を通過する必要がある。


「そうだな。少なくとも朝星が0時までは部屋の前を見ていた。鶴木に突っかか――いや、どこかに行った鶴木を叱るために。鶴木が戻った時にわかるように。――しかし、朝星の部屋『1-1』の前を通った人物は誰もいなかった」

「……そうっすね」

 朝星が苦い顔をしながら肯定した。


 倉木が思い出すように話す。

「部外者が入ってきたならば、オレの部屋『1-2』の前も通過することになる。でもオレもそんな気配は感じなかったな……。誰かが部屋の前を通ったらわかると思うけど」

「やはり倉木も2階の非常ドアから侵入者はいなかったと思うのか?」

「ええ。そうですね。誰も入ってきていないと思います」

「気がつかなかった可能性はないか?」

「絶対に、とは言い切れませんけれど、誰かが部屋の前を通ったならわかります。館山さんが部屋の前を通った時もわかったし、鶴木と館山さんが移動するのも部屋の中にいてもなんとなく聞こえていたから。――窓が割れていた事件は知らなかったから、特に気にしていなかったけど……」

「そうか」

 倉木の意見に萬井が頷いた。




「おまたせしました。できました」

 館山の声がした。


「ああ、ありがとう。館山さん。――部長、一度この話はやめましょうか」

「そうだな。メシの時にする話じゃないな。さあ、食べる準備だ」

 倉木の提案に萬井は頷き同意した。


「朝ごはんができましたよぉ。さあ、席に付いてください」

 矢部が盆に載せて料理を運んできた。

 おにぎり、サラダ、ソーセージ、スクランブルエッグなどである。


「もう朝ごはんと言っていいのか微妙な時間っすけどね」

 小野が人数分の飲み物を席に配置しながら返事した。


「午前中なら朝ごはん判定でいいだろう。ありがとな」

 萬井がテーブルの隅、お誕生日席に座しながら礼を伝えた。


「判定が緩いですね。部長」

 鶴木がテーブル中央に箸立てを置きながら応えた。


「…………」

 朝星は何も言わずに席に付く。




「さて、手を合わせて――いただきます」

「「「「いただきます」」」」

 部長の合図に部員が合わせて唱えた。


 食べ始める。


「おー、うめえな。コレ良い米なのか?」

「いいえー、スーパーの割安で買えたお米だったと思いますよぉ」

「へー、たまご、おいしいなあ。良い焼き加減だね」

「ああ、そうだな。やはり女子に任せてよかったな」

「えへへ、そうですかぁ?」

「去年の合宿で萬井部長が焼いた卵焼き、焦げてましたもんね」

「ああ、ありましたねぇ。なつかしいですぅ」

「お前ら、よくもそんな前のこと覚えてやがったな」

 暗い雰囲気を払拭するように、萬井、倉木、矢部の3人は積極的に喋る。


「…………」

 逆に朝星は何も話さない。箸の進みも悪い。


「へー、そんなことあったんすね。去年も合宿したんすか」

「そうだねぇ。小野くんと鶴木くんはまだ高坊だったころの話だもんねぇ」

「中学生を中坊は聞くことありますけれど、高校生を高坊と呼ぶ人を初めて見ましたよ。矢部さん、それってちゃんと存在する日本語なんですか?」

「え、あるんじゃないのぉ? でもまあ言語というものは、究極的に意味が通じればいいのだよ」

「非実在系語句ですね……」

 鶴木、小野の一年生も徐々に会話に参加してゆく。


 朝星の前にあるボトルコーヒーに手を伸ばしながら、話しかけた。

「おいおいテツ。ぜんぜん食べてないじゃないか。萬井部長も言っていたが、少しは食べた方がいい」

「ソーヘイ、この状況でまともに食べられるかよ……人が死んでんだぞ?」

「そうなんだが……」

 返答に困る。倉木はボトルからカップへコーヒーを注ぎ2人分を用意した。

「誰か、明らかになっていないが、この中の誰かが――殺人犯なんだぞ」

「おい。テツ」

 なだめる倉木。

 キッと睨む朝星。

「……もしも毒でも入ってたらどうするんだ?」

「おいおい。冗談でもそんなこと言うなよ。すこし落ち着け」

 注いだカップを朝星の前に。飲んで落ち着け、そんなメッセージが読み取れる。

 そして自身もコーヒーを一口。

「作ってくれた矢部や館山さん、に失礼、で……」

 倉木の言葉が途中で途切れる。彼は喉を押さえて、苦しそうな声を出した。

「……くっ……」

「お、おい、ソーヘイ? 喉に詰まったのか?」

「おーい倉木。演技派が過ぎるぞ。冗談は必要だが、こんな状況なんだから、ほどほどにな」

 真剣に不安そうに訊ねる朝星。笑みを交えて注意する萬井。

 その2人の声に反応する倉木に余裕はない。

 必死に首を横に振っていた。

 呼吸がおかしい。

「……かはっ……」

 苦しそうな呼気を吐く。

 みるみる顔色が青白く変色してゆく。

 面々は見ていることしかできない。

 様子がおかしい。


 彼が床に倒れこむ。

 そのまま動かなくなった。


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