『部屋移動』20:31
鶴木と館山の2人は1Fへ。
靴箱の向こうに見える外の様子を見る。雨と風、雷が激しくなってきた。
管理人室である職員室。電気は付いていなかった。
「茂手木さんはまだ戻ってきないみたいだね」
「そうですね。まだ台風に対策で外に居るんでしょうか?」
「おや、こんばんは」
出入り口――靴箱から声をかけれられる。
茂手木が校舎内に入ってきていた。濡れた傘をたたみ、靴を脱いでスリッパに履き替えた。
「こんばんは、お疲れ様です」
「……お疲れ様です」
鶴木と館山があいさつを返す。
「実は、茂手木さんに相談したいことがありまして」
「ああ、窓の件ですね?」
「……はい。そうなんです。ご存じだったんですか」
「はい。帰ってくる時に割れているのが見えましたから……。お怪我はありませんでしたか?」
「はい。大丈夫です。ちょうど部屋を留守にしている時に割れたみたいで……」
「なるほど。被害がなくてなによりです。しかし不運なハプニングでしたね。風が強いのでなにか飛んできたんでしょうか。木の枝とかですか」
「大きめの石が転がっていました」
「そうですか。おっとなるほど、ここにいらっしゃったのは部屋の変更をご希望ですね?」
「はい、そうなんです。ベッドが破片まみれで……」
「わかりました。少々お待ちくださいね」
茂手木は急いで職員室に入っていった。
「お待たせしました。こちら『2-3』の鍵です。もう開いている部屋がこちらしか、ご用意できないのでご容赦ください。不運なトラブルですし、もちろん料金は頂きませんので」
「すいません。ありがとうございます」
戻ってきた茂手木から、鶴木は鍵を受け取った。
「それじゃあ行きましょうか。私は『1-3』の割れたガラスなどを片付けますね」
「割れたガラスはもう片付けました。ガラス片は捨てる場所がわからなかったので、まだ新聞紙に包んでゴミ袋に入れて廊下の隅に置いてます」
「そうなんですか。それは重ねてどうもすみません。ありがとうございます」
茂手木が申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「では窓は大丈夫ですね。他にお困りのことはございませんか?」
「はい。大丈夫です。じゃあ、僕は『1-3』の荷物を『2-3』に移動させてきます」
「それではよろしくお願いします」
「……あ、すみません」
そこで館山が言葉を絞り出した。
「館山さん?」
「その窓の件で、この鶴木くん、夕食が食べられなかったん、です」
「あ、それは……」鶴木の困惑と懸念の声。
「なので、すみません。調理室の鍵をお借りしてもいいですか? なにか作ってあげたいんですけど」
「ああ、なるほど。わかりました」
茂手木が再び職員室へ。すぐに戻ってきた。
「では調理室を使用して終わったら、またこの職員室に鍵を返してもらってもよろしいですか? 23時までは起きていますので」
「わかりました」
館山が調理室用の青色プレートの鍵を受け取った。
「もしも23時以降までかかるようなら朝返していただければ構いませんので」
鶴木と館山は階段を上がる。
「その……夕食の件、申し訳ないです。館山さん」
「鶴木くん、自分でちょっと前に自分が言ったことだよ?」
「あ、そうですね」
鶴木は思い出した。笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、館山さん」
「いえ、どういたしまして」
館山も笑った。
2人は2F廊下を歩く。
「鶴木くんて他人のことを優先して自分のことには無頓着……いや違うね。『自己犠牲』って言葉が正しいかな」
「…………」
「その『自己犠牲』は鶴木くんの美点だと思う。けど、自分のことも少しは優先して。練習してランニングもして、お腹は人一倍へっているはず。食べないなんて身体に悪いよ」
「……そうですね。ありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」
『1-3』から『2-3』への荷物を移動させる。
鶴木と館山は3Fへの階段を上っているところだった。
「あ、鶴木くん……と館山さん」
「あっ、館山さん!」
小野と矢部が階段の上にいた。
「あれ? 小野、矢部先輩も、どうしたんですか? ――はっ」
気がついた。――そんな表情を浮かべる鶴木。
夜の宿泊校舎、女子部屋と男子部屋の中間地点である。
「ちょっとまった鶴木くんっ!」
「違うからっ!! ――偶然、出会っただけだから」
2人が必死に弁明している。
「いや、そんな必死に否定したら、逆に怪しく見えるのですが……」
「鶴木くん、ボクはトイレに来ただけで」
「わたしは台風で風がすごいから、ちょっと誰かに……心細くなっちゃって」
「なるほど。それで小野に――」
「ボク達はさっき出会っただけで偶然なんだけどね」
小野が言い訳のように言った。
「ボク達のことより、鶴木くんと館山さんこそ、どうしたの?」
「そうですよぉ。館山さん部屋にいないし、いったい夕食の後からどこいってたんですか?」
「えっと、ちょっとトラブルで……」
そこで別の声が割って入った。
「ん? お前らそろってどうしたんだ?」
「萬井部長」
「ああ、なんで男女4人も集まってんだよ。さびしいな。俺も混ぜろ」
「いえ、混ぜろと言われてもぉ……」
「ボク達も偶然ここで遇っただけなんです」
「萬井部長は、どうしたんですか?」
「トイレ」
シンプルな一言だった。
「てか鶴木、朝星の嫌がらせで夕食が食えなかったらしいな。気にせずに食っていいからな。食材のあまり使っていいぞ。――あと、あんまりにも朝星がつっかかってくるのが酷いなら、俺から注意しておくが?」
「ありがとうございます。でも夕食の時間に遅れてしまったのは僕のミスでもあるので……」
「そうか。――てか、どうしたその荷物」
「トラブルで『1-3』が泊まれなくなってしまったんです。萬井部長、お隣の『2-3』に移動します。よろしくお願いします」
「おーおー。よろしくな。――てか、俺、トイレ」
萬井が返事して、トイレに向かった。
「ところで鶴木くん。トラブルって言っていたけど、なにかあったの?」
「ああ、僕の部屋の窓ガラスが石を投げ込まれて割られていたんだ」
「え」館山が鶴木を見る。
「ええっ?!」驚く小野。
「えぇええぇーっ!?」リアクションの大きい矢部。
「ちょ、どういうことだよ?」
萬井がトイレに入るのを止めて戻ってきた。
「石が投げ込まれたって、その場にいたのか? ケガしてねえか? 鶴木?」
「えっと。大丈夫です。――石が投げ込まれたときには『1-3』にいなかったので」
「そうか。それはよかった。不幸中の幸いだが……」
萬井が溜息をついて肩の力を抜いた。
「開口一番に鶴木くんの安否を心配するところ、萬井部長の人の良さが、にじみ出てるよねぇ」
「無事で無傷ですけどね。今この場で見た限りケガも無さそうすし。――てか鶴木くん。窓ガラスが石を投げ込まれて割られていたって。その口調だと、風とかで自然に割れたんじゃなくて、割った『犯人』がいるってこと?」
「ああ、そうなんだ」
鶴木が小野の質問に頭を縦に動かして肯定した。
「……え。鶴木くん、それって……」
「おいおい。弁償とかになるのか? 勘弁してくれ。バスケ部には予算がねえんだよ」
「萬井部長。大丈夫です」
鶴木は自信があった。
「弁償などの補填は必要ないと思いますから」




