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『学校宿の殺人』+α  作者: 稲多夕方
1日目
18/51

『かたづけ』20:00


 ほうきを備え付けてあった用具入れに戻した。

 やれやれ、と鶴木がくたびれている。

「やっと、ガラス片、かたづけ終わった……」

 

 部屋を見回す。

 割れて飛び散った窓ガラスの破片をようやく片付け終えた。破片はちょうどあった袋に詰めて廊下の端にまとめた。割れた窓の方にも、ガムテープでダンボールを貼り付けて保護補修を施している。

「とりあえず、やることは3つかな……」

 鶴木は3本の指を立てて確認する。


「1つ目。管理人の茂手木さんに報告すること。――だいぶ風も強くなってきたし、もしかしたらダンボール補修を突き抜けて雨風が入ってくるかもしれない。台風に備えて作業してるって聞いていたけど、職員室に帰ってきてるかな?」

 鶴木は窓の外に視線を向ける。

 日が落ちて暗くなった窓の外では、風がうねり木々が激しく踊っていた。


 指を折る。残る2本。

「2つ目。今夜の寝床を確保すること。――ほうきでベッドを掃いたけれど、細かい破片は残っているだろうし、ここで寝るのは危険だよな。茂手木さんに相談するついでに聞いてみよう。部屋が空いてなかったら、どうしよう。もしくは小野の部屋とか泊めてくれないかな。上級生に頼むのはちょっとなぁ……」

 

 指を折る。最後に残った指を見る。

「3つ目。おなかへった。――夕飯が食べられなかったもんなぁ。どうしようか。どうしようもないなぁ……あきらめるか?」

「大丈夫だよ」

「うおわっ! 館山さん?! いつの間に? 戻ったんじゃなかったんですか?」

 その場に館山がいた。

「また来たの。戻ってきたのは鶴木くんの『やっと、かたづけ終わった』から……」

「今回は最初からいたんですね。……神出鬼没すぎる……。できれば、次からは部屋の戸をノックしてから入って来てもらえるとありがたいです」

 なかなか怖いんだよなぁ、と鶴木は館山に聞こえないように顔をそらして呟いた。


 どうぞ、と鶴木が備え付けの学習イスを勧める。

 館山が着席、鶴木も座った。

「それより、鶴木くん。さっきのこと」

「へ?」

「3つとカウントしていたけれど、4つ目があるよ」

「あ、はい。えっと、やること3つの方ですか。4つ目? まだ1つやることがありますか? てか、独り言だったので聞かれていたのちょっと恥ずかしいんですが……」


「窓ガラスを割った犯人を見つけなきゃ」


「あ、その件ですか……」

「うん。そう」

「でも、ほとんど決まっているような……」

「でもちゃんと証明しないとダメ。もしかしたら鶴木くん、何もしてないのに窓ガラスの修理代を請求されたりしちゃうかも」

「……修理代……たしかに、貧乏学生の僕には痛すぎる出費ですけど」

「それにスマホも、自費で、自腹になっちゃう」

「……自腹……僕、破産するかもしれませんね」

 鶴木は天井を仰ぎ見た。


「うん。だから犯人を見つけよう。――人に迷惑をかけたのに、罪を犯したのに、それが野放しになるのは、ダメ。ちゃんと後悔と反省をしてもらわないと」

 館山は真剣な顔だった。


「犯人を見つける、ですか」

「うん」

 少し考えてから、鶴木が提案する。

「館山さん、証拠なら『それ』がありますけど、どうでしょうか?」

 鶴木は窓ガラスを割ったと思われる『大きな石』に視線を向ける。

「その石から指紋が取れるかも、ということ? でも、難しいと思うよ」

「そうですか?」

「そもそも悪意のある犯人なら、指紋を残さないと思う。手袋――軍手をして投げ込んだり、タオルとかに巻いて飛ばしてもいい。そんな簡単なことをしないで人の部屋の窓ガラスを割るとは思えない」

「まあ、そうですね」

「それに、たとえ指紋がついていたとしても、それを採取する術が私達にはないよ。警察じゃないんだし」

「まあ、そうですね」


「だから証拠というのは、状況証拠。――アリバイを調べてみるの」


「アリバイ?」

 なんだかミステリぽい感じですね、と鶴木が冗談交じりにいう。

「鶴木くんがはじめてこの部屋に入った時、窓はまだ割れていなかった?」

「そうですね」

 というか館山さんもいましたよね? と鶴木が問う。

 はじめてこの部屋を訪れたのは4Fに荷物を運ぶのを手伝い、そのすぐ後の17時ごろ。まだ窓は割れていなかった。


「そのあとは? 私が戻ったあと、鶴木くんはどう過ごしていたの?」

「ランニングに出かけたんです。それで戻ってきたら窓が割れてました」

「鶴木くんが部屋を出発した時間と戻ってきた時間は?」

「出発したのは17時15分くらいで戻ってきたのは18時45分過ぎだと思います。19時の夕食にギリギリだったので、急いで着替えて調理室に行こうと思っていたら、窓が割れていて……」

「それで遅れた。荷物も破片だらけ、なかなか着替えられなかった」

「はい。汗処理もしなくちゃいけなかったので……」

「部屋にはちゃんと鍵をかけていたの?」

「はい。もちろんです」

「あれだけ練習したのに、まだ走るの?」

「はい。日課なので」

 てかその質問がワンテンポ遅いと思うんですが、館山さんって会話の間隔が独自ですよね、と鶴木が勝手に評するが、あまり気にしていないように館山は難しい顔をして考え込んでいた。



「この窓ガラスが割れたのは18時15分から18時45分の間――この30分間だね」



「え、そうなんですか?」

「うん。私たち、女子全員はその30分以外はこの宿舎――いや校舎――南校舎館に居たから。校舎にいなかったのは、体育館にシャワーを浴びに行った、その間だけ。校舎に居た時は、ガラスが割れるような音は聞いていないから」

「なるほど。たしかに。――つまりその時間にアリバイのない人物が」

「うん。犯人だね」



 ぐうう、と音が響いた。

「あ、すみません」

「……そっか、お腹へってるね」

 お腹を押さえる。

「館山さん、1階に降りてみます。茂手木さんも帰ってきているかもしれませんし。部屋のことを相談しないといけませんから」

 鶴木と館山は立ち上がった。





 教室『1-3』の電気を消して、戸締りをして、1階に向かう。

 2人が階段を降りようとした時だった。

「おい、どこいくんだよ鶴木」

 後ろから声。

「……朝星先輩」

 部屋から朝星が出てきていた。

朝星の部屋『1-1』の前を通ったのを見ていたようだ。

教室の外から中が見えるように、中からも外が見えるのだ。

「時間を守れねえヤツにメシは食わせない。時間に遅れたトロいお前が悪いだろ。言ったよな?」

「はい。管理人の茂手木さんに用事があって、帰ってこられているか確認しに行くところなんです」

「けっ、そうかよ」

 朝星は鶴木に付いて行く彼女を見て、吐き捨てるように言った。

「女連れていくのかよ。1人でいけねえのか? ガキかよ?」

「…………」

「てか、お前ら、今いっしょに向こうから来たよな? 『そういうこと』か? いま合宿中だろうが。みんな真剣に取り組んでんだ。わきまえろよ。ナメてんのか?」

「…………いいえ。舐めてませんよ?」

「あ?」

 鶴木の返答に、朝星の額に血管が浮くような雰囲気があった。


「別に僕らはいかがわしいことなんてしていませんし、それは館山さんに失礼です。朝星先輩」


「…………」

「…………」

 めずらしく言いかえす鶴木に面を食らう。

「館山さんは、トラブルがあった僕を手伝ってくれただけです。批判されるようなことはなにもない。――館山さんに謝ってください」

 鋭く吊り上げた眼で、鶴木は朝星を見据える。


「……………………ちっ!」

 そんな舌打ちを残して朝倉は部屋に引っ込もうとする。

「あの朝星先輩」

「んだよ。だが、館山の件、もともと勘違いをさせるような行動をするお前が悪いんだろうが!」

「それはそうですね。すみません」

 鶴木が頭を下げた。

「…………」

 今度は素直に謝る鶴木にさらに面食らう朝星。

 ――情緒どうなってんだ?

 そんな顔をしていた。


「すみません。朝星先輩に聞きたいことがあるんです」

「あんだよ」ぶっきらぼうに返答。

「夕食前――19時前の1時間なんですけど、どこで何をしてましたか?」

「あ? ……シャワー浴びて、そっからは部屋にいたよ。サラさんから体育館を閉めるってメッセがきたからな」

 不機嫌そうに答えた。

「そうですか。ありがとうございます」

 鶴木が笑顔で返した。






 一悶着あったその後、鶴木と館山の2人は1Fへの階段を降りる。


「ところで鶴木くんって、精神おかしいの?」

「いきなりなんですか館山さん? 言い方が酷くないですか? てかなんの話ですか?」

 話しかけてきた館山に、鶴木は面食らう。話の内容が理解できないようだ。


「だって練習中も夕食の時も、今まで朝星くんに反抗なんてしてなかったのに、さっきは言い返していたから……」

「…………」

「先輩には絶対服従ってわけじゃないの?」

「先輩に絶対服従ってそんなわけないじゃないですか。正当性のある事にしか従いませんよ」

「練習も食事も、朝星くんの発言と態度に正当性があったかどうか難しいところだけどね?」

「そうですか?」

「そう」

 館山がめずらしく言い切る。

「でも、だんだん鶴木くんがわかってきた……」

「僕は館山さんがわからないですけどね……」

 鶴木があきれていた。



 館山はボソリと呟く。

「きっと私のために怒ってくれたんだよね?」



「え? なにか言いましたか館山さん」

「なんでもない、鶴木くん」

 小さな声は彼には伝わらなかったようだ。

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