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『学校宿の殺人』+α  作者: 稲多夕方
1日目
16/51

『夕食』19:14



 調理室の引戸を開ける。

 中に入ると金髪が鋭い眼を向けていた。

「鶴木。てめえのメシねーから」


「え、どういうことですか? 朝星先輩」

「言った通りの意味だよ。これだけ遅刻しておいて、飯食えると思ってんのか?」

「…………」

 壁の時計を見上げる。19時15分。


 席を見る。部長の萬井と倉木以外は長テーブル付属の椅子にそろって座っているようだ。

 皆の視線が鶴木に集まる。


「これだけ遅れて、みんなに迷惑をかけたんだ。時間を守れねえヤツにくわせる飯はない」

「…………」

 鶴木はなにも言わない。

「ちょっと朝星。食べさせないって、それはナイでしょ?! 今、令和よ?」

「更さん、いま俺は萬井さんの代わり――部長代行です。だから口を出さないでください」

 バシ、朝星は鶴木の肩をどつく。

「バスケはチームスポーツだ。和を乱すヤツは弾かれるんだよ」

「……」無言。




「……鶴木くん、きっとハメられたんだ……」

 席に着いている小野が小声で漏らした。

「……えっとぉ、どういうこと?」

 その声が聞こえた隣の席の矢部が、聞こえないように小声で問う。

「たぶん朝星先輩のイジワル――というかイジメですね。きっとなにか鶴木くんには事情があったと思うんですけど……」

「そっかぁ。そうだよねぇ。そうじゃないと鶴木くんが時間に遅れるなんてあまり考えられないし……」

 そんな推測を小野と矢部が話していた。




 朝星が強い口調で話す。

「もう帰れよ。メシはねえからな。あっちにおいてある食事はお前の分じゃねえぞ。いま町野大学の代表と電話してる萬井部長たちの分だからな」

「そうですか」

「――あ、でも、これだけ遅れてみんなに迷惑をかけたんだ。作ってくれた女子マネ達にも、待たせたみんなにも、謝罪くらいしておくのがスジってもんだよなぁ。オイ、鶴木ィ!」

「…………なるほど。そうですね。ありがとうございます朝星先輩。教えてもらって」

「アアぁ!?」朝星が威嚇するようにほえた。


「みなさん、夕食に遅れてしまってすみませんでした。どうもお騒がせしました」

 鶴木は深々と頭を下げた。


「それじゃあ、僕、部屋に戻って休みます。また明日もよろしくお願いします」

 そう言い残して鶴木は平然と調理室を後にする。

 あまりに平常な鶴木に、残りの面々は唖然とした。

「ちっ。むかつく」

 朝星が悪態をついた。






 2階の廊下を進む鶴木。

「と、我ながら、うまく対応したと思う僕だけど、やはりお腹は減っているわけで……」

 ぐぅ、と音がした。

「まあ、仕方ないよなぁ」

「……仕方なくは、ないと思う」

「うわぁ! って、た、館山さん?」

 どうしたんですか、と足を止めて疑問を訊ねる。

「私、もう食べ終わっていたし、鶴木くんのことが気になったから、追いかけてきたの」

「……そうなんですね。いや、追いかけてこられても……」

「それで、なにがあったの?」

「えっと、なにがあったとは、どういうことですか?」

「鶴木くんが、理由もなく時間に遅れると思えないから、だから理由が知りたいの」

「理由といわれても……ちょっと寝てたら、起きられなくて……」

「きっと違うよね。たぶん、理由は、この先……?」

「ちょっ、あの、館山さん?」

 館山は制止を促す鶴木を介さず、ずかずか進む。



 1-1、1-2と進む。1-3までたどり着く。鶴木の宿泊部屋だ。

 顔を上げる。確認。――彼女の眼がつり上がった。

「これだね」



 窓ガラスが割れていた。

 破片が室内に飛び散っている。



「ガラスの破片でベッドがめちゃくちゃだ……」

「……ええ、そうですね」

 鶴木があきらめたように返事した。

「これが原因で遅れたんだね。部屋の状況を、荷物を確認したり……あ、荷物にも破片が飛んでる……ひどい……」

「あ、でも、財布は無事でした」

「え……財布は? 鶴木くん、それは、つまり?」

 しまった、という顔を鶴木はしていた。

 なにがあったの? そういう顔で館山が見つめてくる。

「えっと、スマホが……こう成りました」

 端末を取り出した。

 画面が割れて、全体的に折れまがっているように見える。

 鶴木が、やれやれ、と首を振って肩をすくめる。

「ダメだ。もう死んでる。……というやつです」

「うん。これはダメだね……。なんでスマホだけ、こんなにも」

「飛んできた石が直撃したみたいで……」

「あ、これ?」

 ベッドの横に大きな石が転がっていた。

「手のひらくらいの大きさ。岩っていうには少し小さいくらいの大きな石……」

「台風が来るかもって話ですし……風で飛んできたんでしょうか?」

「鶴木くん」

「はい。なんですか?」


 彼女の顔が険しい。




「誰が犯人なの?」

 館山は堂々と問うた。




「いやいや館山さん。誰かがやったなんて……台風が来ているそうですし、自然に飛んできた可能性もあると思いますし……」

「でも鶴木くんも誰かがやった――窓ガラスを壊した犯人がいると思っているよね?」

「え、なんで……」

「だって、さっき『財布は無事だった』って、鶴木くん話したよ。自然に窓が割られても、財布は心配しない。それは窓を割って侵入した人がいるかもしれない、と鶴木くんが考えていたから出た言葉」

「……」

「それに、調理室でも、窓ガラスが割れたって一言もいわなかった。それは誰かが口を滑らせるかもと思って、犯人を探していたんだね。まだ誰もこの窓が割られていたことを知らなかったから。それに――」

「はあ」鶴木が溜息をついた。「館山さん、みなまで言わないでください……」

「鶴木くん、みんなに心配させたくなかったんだよね。せっかくの合宿なのに。楽しい気分を台無しにしないように……」

「みなまで言っちゃいましたね……」

 館山は笑った。

「気を使ってくれたんだね。鶴木くん、ありがとう」












 館山は1-3を後にした。

 自室に戻る。その途中、2F廊下にて。

 茶髪の男が部屋の中から出てきて声を掛けた。

「館山さん?」

「……どうも」会釈。

「オレはさっき夕飯食べ終わったところ。ごちそうさま。――鶴木のところに行っていたの?」

「……はい」

「聞いた話だと鶴木、夕飯食べられなかったそうだけど、どうだった?」

「……えっと、はい」

「そっか、男ニガテなんだよね。ごめんごめん」

「…………いえ」

 首を振って否定するが、そのとおり、と肯定するような動きだった。


「あれ? でも、鶴木は?」

「あ、そ、それは……」しどろもどろな館山。

「ああ、いいよ。詮索するつもりはないし。話ができる相手がいることは良いことだしさ」

「…………」

 館山は軽くおじぎで返した。

「ああ、それから、業務連絡。――明日なんだけど、町野大学が来られないって」

「え」

「なんか、むこうでは、もう台風がスゴイらしくて移動できないってさ。こっちもそろそろ天気ヤバいかもね……」

「……そうですか」

「だから、明日の練習はまたオレたちだけ。今日と同じような形になると思う。そういうことだから。――それじゃ。おやすみ」

 倉木は部屋に――『1-2』の戸を開けて戻っていった。



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