「ランニング」18:00
ランニングをしている。
山と畑が広がる田舎道を走っている。
うねって細くて登り下りの坂道が多い。
空はどんより曇り空だが、いつもと違う走路は不思議と気分を高めてくれる。
「あれ? 鶴木くん」
自転車に乗っている人物に声をかけられた。
「ああ小野、奇遇だね」
「奇遇だけど、何やってんの?」
「体力作り――ランニングだけど」
「ええー! なんで!?」小野が驚いた。
「それは身体が資本だし、体力は重要だし」
「空き時間は何をしても自由とは思うけどさ、ストイックが過ぎない? 鶴木くん」
「そんなことないよ。――それで、小野はこんな路上でどうしたんだ?」
「いや、ちょっと。このペースで走りながらふつうに会話するんだ……」
自転車と並走している僕を見て小野があきれているような気がする。
「ボクはコンビニに行っていたんだ。レンタル自転車を無料で借りられたから」
ほらコレ、と自転車の前かごに載っている膨れた袋を指差した。
炭酸類、乳飲料、スナック菓子、コンビニスイーツなどなど。
「おー。山のように買ってるなぁ」
「せっかくの合宿だしね。今夜は飲むぞ、と思ってね」
ちなみに酒類は入っていないようだ。大学1年生は基本的にハタチ未満である。
「鶴木くんもどう? 今夜、僕の部屋で。萬井代表も来るんだけど」
「んー」悩む。「本読みしたいけど、少しなら。お邪魔してもいい?」
「いいよいいよ。ぜひ来なよ」
にこりと小野が笑う。人懐っこい笑顔だ。
「そういえば、小野ってあんなに動けたんだ。声もしっかり出ていたし。素人には思えなかったよ」
練習の場面を思いだす。彼はとてもいい動きをしていた。
「そかな? 鶴木くんたちの方がすごかったけど。でもそれでいえば、朝星先輩がすごかったよね」
「ああ、すごく気迫が伝わってきたよ。テクニックもすごいけれど……」
「鶴木くん、大丈夫だった? ものすごく接触してたけど」
「ああ、うん。でも正直にいうと、そういうの大歓迎」
「鶴木くん、男だなぁ……」
笑う僕を見て、小野は納得していた。
「でも鶴木くんに対する朝星先輩は……怖かったよ。ボク恐怖心が沸いたもん」
「うん。ノってたよな。負けられない、と思ったよ。まあ負けている感じは否めないけれど……」
「そんなことないよ。鶴木くん充分に上手かったと思うよ。タイプが違うから簡単に比較できないけれど」
そういってもらえるのはありがたいが、明らかに僕の方が下手だった。実力差がある。
次は負けない、と勝手にライバル視して心を燃やす。
「そういえば、鶴木くんてプロからスカウトが来てるんだよね?」
「え、なんで知ってんの?」
「車の中で矢部さんが言ってた」
「へー、そういえば、小野と真弓先輩とは車の中でお隣だったもんな。スカウトの件は、できたらまだ他言無用で」
「え、なんで?」
「まだ僕の実力でやっていけるかわからないし……まだ決めてないから」
「そうなんだ」
「まだ、不安なんだ」
「…………」
「だから、この合宿で『あの人』を超えることができたら、スカウトを受けてみようかなって思ってる」
正直な心情を話して、少し恥ずかしい。
僕は話を変える。
「でも、近くにコンビニあったんだな。山と畑だらけで、そういう文明はまったくないのかと思ってた。どこにあるんだ?」
「そこの山二つ越えたところだよ」
「そこの角二つ曲がったところだよ、みたいに軽々と言って山々を超えるなよ! 僕がランニングしているのに驚いていたけれど、小野も大概だったよ。近くないじゃん!」




