『階段弱者』16:52
「もう荷物おろしていいわよ鶴木」
「え、部屋まで運びますよ?」
現在ここは4F――階段を上りきったところである。
「えー、そんなにあたし達の部屋に入りたいの?」
「問題になったら嫌なので、ここで失礼します。――ここにおいていきますね」
鶴木は運んできた荷物をその場に置く。
「はい。どうもありがとね」
川合がドラムバッグを持ち上げる。
「剣くん、どうもありがとぉ」
矢部も大きなリュックサックを引き取った。
鶴木はその場でひと休み。
大きな荷物を一度に運んできたため、腕が気になるようだ。肩を回して、手をグーパーグーパー、そして屈伸する。
「さてっと」
鶴木は階段を降りはじめる。
「ちょっ。あの、鶴木くんっ――っんわ!」
鶴木は振り返る。
女性が階段を落ちてきた。――落ちてきた。
「ちょっ! ええ、館山さん!?」
鶴木は構える。
右手で手すり、左手で落ちてきた館山を抱きとめる。
「うわっと」「きゃわぁっ!」
その場で受け止めた。
「ふう。大丈夫ですか?」
「……その、すみません」
「いえ。無事でよかったです」
鶴木は館山を支えて、立たせる。
「さて、それじゃ」
鶴木は階段を降りる。
教室「1-3」の引戸を開ける。
「広いな。教室だもんな」
机や教卓、黒板などそのまま教室だった。
「あ、教室の隅の机とイスの一角がベッドになっているのか、雰囲気を壊さないように木製のベッドだな……」
教室後ろ、よくフィクションで取り上げられる主人公たちが座っている席――居眠りするのに最適な席のスペースに、隠れるようにベッドが置かれていた。シーツもかかっておりベッドメイキングも施されている。
「へー、すごいなぁ」
「うん……すごいよね」
「っ??!!」
鶴木は後ろを振り返る。
館山がいた。
「館山さん、いつの間に?!」
「さっきからいたよ。気づいてくれなかったけど」
「そうだったんですね、すみません」
「階段のところでも声かけけど、気づいてくれなくって。――私、地味だから」
「いや、地味とか関係なく――というか、ここまで気づかれないのはもう特殊能力なのではないでしょうか」
「……そうかな?」
「はい。」迷いのない声だった。「それで、いつ頃からいたんですか?」
「えと、鶴木くんが、教室の隅の机とイスの一角がベッドになってる、って気づいたくらい」
「広いな教室だもんな、からこの場に居たならば、はじめからいたんじゃないですかっ! とツッコミしたんですが……なんとも途中からいましたね……」
「え? ……その、ごめんなさい」
「いいえ、謝ることじゃないです。――それで、どうしたんですか館山さん。なにか用事ですか?」
「えっと……その、」
彼女は目を合わせず、黙っている。
「階段で、その、迷惑かけちゃったから、その、ごめんなさい……」
「ん?」首を傾げる鶴木。
「ど、どうかした?」
「それ、もう言われましたけど。たしか、すみませんって、受けとめた時に」
「それは、……私の旅行カバンを、4階まで運んでくれたことについて。申し訳ないです、の、すみません」
「え」
「それで、いま言いに来たのは、階段で転んでしまったこと。謝りに」
「ああ、なるほど。別にいいんですけど……」
申し訳ないな、という風に鶴木は頭をかいた。
「べ、別にいい? ……ご、ごめんなさい。私、その、お時間とお手間とらせてしまって……」
「あっ、いえ、そうじゃなくて……。別にいいというのは、そこまで気にしなくていいし。謝らせてしまって申し訳ないな……と、思って」
「そ、そっか。す、すみません」
「……それなら、僕も練習中に館山さんにぶつかってしまいました。おあいこですよ。すみません」
「そんな、それは、ちがうよ。あれは、別の人……朝星くんと、接触したのが原因で……」
居た堪れない雰囲気だ。
「この話はやめましょう!」
空気を破るように鶴木が言い放った。
ぱん、と手のひらを打ち合わせる。
「……え」
「なんだか暗い雰囲気というか、お互い話していても楽しくないというか、申し訳ない気持ちになると思うんです」
「そ、そうだね。その、ごめんね、私が暗いから――」
「ストップ!」
「え」
「なので、謝るのはやめましょう」
「でも、私、迷惑かけたし……」
「ごめんなさいやすみませんじゃなくて、ありがとうにしましょうよ!」
「えっと、ありがとう?」
「はい。謝罪というのは申し訳ないって気持ちが先にあるので、どうしても暗くなります。でも、感謝の言葉なら言われた相手も誇らしくなりますし満足します」
「……そうなんだ。ごめ――」
「だから、謝らないでください。あんまり謝ってばかりだと、仲良くなりづらいのですし。こういうときは、ニコッと笑って『ありがとう』って言ってくれればいいんです」
鶴木はニコッと笑った。
「そんなわけで、館山さん、わざわざ伝えに来てもらって、ありがとうございます」
「え、そんな、もともと私が悪かったんだし――」
「館山さん」鶴木が笑って見つめていた。
「あっ」
彼女がなにかに気づいたようだ。
「……えっと、階段では、助けてくれて、……ありがとう」
「どういたしまして」
鶴木が笑いかける。
彼女が笑った。
「偉そうなこと言いましたけど、有名な銀髪ハーフエルフ美少女さんの受け売りなんですけどね」
「……ごめん。ちょっと何言ってるのかわかんない」
「絶対にわかってる返答ですよね?!」
鶴木はあきれていた。
「そもそもの大前提ですけと、館山さんにはこの合宿のサポートをしてもらっているわけで、助けるのは当り前です」
「え、そんなこと……」
「今日も練習中とか、ドリンク出してもらったり、ボール片付けたりしてもらっているので。恩があるのはこちらです」
「……そ、そんなこと…………」
「館山さん、合宿参加してくれてありがとうございます」
「え、っと、その、どうも、どういたしまして」
彼女が真っ赤な顔して頭を下げた。
「そういえば館山さんって、どうして合宿に参加してくれたんですか?」
「……えっと、川合さんに誘われて……」
「そうなんですね。川合さんとは知り合いだったんですか?」
「……うん。そんな感じ」
「へー、そうなんですね」
「そ、それじゃ、私、まだ仕事、あるから……」
「あ、そうですか。引き止めてしまって、す――おっと。危ない。いま自分で言ったところなのに」
鶴木が言葉を止めた。そして改める。
「館山さん、話してもらってありがとうございます」
「いいえ。どういたしまして」
彼女は教室を出て、戻っていった。
彼女の出ていった扉を見て、鶴木はぼやいた。
「律義でかわいい人だったな……」
はっ、と我に帰るような動作。
「気を引き締めよう。いま合宿中だし」
鶴木はタイマー代わりに腕時計をつけた。
「ランニングに行くか」




