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『学校宿の殺人』+α  作者: 稲多夕方
1日目
12/51

『階段弱者』16:52


「もう荷物おろしていいわよ鶴木」

「え、部屋まで運びますよ?」


 現在ここは4F――階段を上りきったところである。


「えー、そんなにあたし達の部屋に入りたいの?」

「問題になったら嫌なので、ここで失礼します。――ここにおいていきますね」

 鶴木は運んできた荷物をその場に置く。

「はい。どうもありがとね」

 川合がドラムバッグを持ち上げる。 

「剣くん、どうもありがとぉ」

 矢部も大きなリュックサックを引き取った。


 鶴木はその場でひと休み。

 大きな荷物を一度に運んできたため、腕が気になるようだ。肩を回して、手をグーパーグーパー、そして屈伸する。

「さてっと」

 鶴木は階段を降りはじめる。


「ちょっ。あの、鶴木くんっ――っんわ!」

 鶴木は振り返る。

 女性が階段を落ちてきた。――落ちてきた。

「ちょっ! ええ、館山さん!?」

 鶴木は構える。

 右手で手すり、左手で落ちてきた館山を抱きとめる。

「うわっと」「きゃわぁっ!」

 その場で受け止めた。

「ふう。大丈夫ですか?」

「……その、すみません」

「いえ。無事でよかったです」

 鶴木は館山を支えて、立たせる。

「さて、それじゃ」

 鶴木は階段を降りる。






 教室「1-3」の引戸を開ける。

「広いな。教室だもんな」

 机や教卓、黒板などそのまま教室だった。

「あ、教室の隅の机とイスの一角がベッドになっているのか、雰囲気を壊さないように木製のベッドだな……」

 教室後ろ、よくフィクションで取り上げられる主人公たちが座っている席――居眠りするのに最適な席のスペースに、隠れるようにベッドが置かれていた。シーツもかかっておりベッドメイキングも施されている。

「へー、すごいなぁ」

「うん……すごいよね」

「っ??!!」

 鶴木は後ろを振り返る。


 館山がいた。


「館山さん、いつの間に?!」

「さっきからいたよ。気づいてくれなかったけど」

「そうだったんですね、すみません」

「階段のところでも声かけけど、気づいてくれなくって。――私、地味だから」

「いや、地味とか関係なく――というか、ここまで気づかれないのはもう特殊能力なのではないでしょうか」

「……そうかな?」

「はい。」迷いのない声だった。「それで、いつ頃からいたんですか?」

「えと、鶴木くんが、教室の隅の机とイスの一角がベッドになってる、って気づいたくらい」

「広いな教室だもんな、からこの場に居たならば、はじめからいたんじゃないですかっ! とツッコミしたんですが……なんとも途中からいましたね……」

「え? ……その、ごめんなさい」

「いいえ、謝ることじゃないです。――それで、どうしたんですか館山さん。なにか用事ですか?」

「えっと……その、」

 彼女は目を合わせず、黙っている。


「階段で、その、迷惑かけちゃったから、その、ごめんなさい……」


「ん?」首を傾げる鶴木。

「ど、どうかした?」

「それ、もう言われましたけど。たしか、すみませんって、受けとめた時に」

「それは、……私の旅行カバンを、4階まで運んでくれたことについて。申し訳ないです、の、すみません」

「え」

「それで、いま言いに来たのは、階段で転んでしまったこと。謝りに」

「ああ、なるほど。別にいいんですけど……」

 申し訳ないな、という風に鶴木は頭をかいた。

「べ、別にいい? ……ご、ごめんなさい。私、その、お時間とお手間とらせてしまって……」

「あっ、いえ、そうじゃなくて……。別にいいというのは、そこまで気にしなくていいし。謝らせてしまって申し訳ないな……と、思って」

「そ、そっか。す、すみません」

「……それなら、僕も練習中に館山さんにぶつかってしまいました。おあいこですよ。すみません」

「そんな、それは、ちがうよ。あれは、別の人……朝星くんと、接触したのが原因で……」

 居た堪れない雰囲気だ。


「この話はやめましょう!」

 空気を破るように鶴木が言い放った。

 ぱん、と手のひらを打ち合わせる。


「……え」

「なんだか暗い雰囲気というか、お互い話していても楽しくないというか、申し訳ない気持ちになると思うんです」

「そ、そうだね。その、ごめんね、私が暗いから――」

「ストップ!」

「え」

「なので、謝るのはやめましょう」

「でも、私、迷惑かけたし……」


「ごめんなさいやすみませんじゃなくて、ありがとうにしましょうよ!」


「えっと、ありがとう?」

「はい。謝罪というのは申し訳ないって気持ちが先にあるので、どうしても暗くなります。でも、感謝の言葉なら言われた相手も誇らしくなりますし満足します」

「……そうなんだ。ごめ――」

「だから、謝らないでください。あんまり謝ってばかりだと、仲良くなりづらいのですし。こういうときは、ニコッと笑って『ありがとう』って言ってくれればいいんです」

 鶴木はニコッと笑った。

「そんなわけで、館山さん、わざわざ伝えに来てもらって、ありがとうございます」

「え、そんな、もともと私が悪かったんだし――」

「館山さん」鶴木が笑って見つめていた。

「あっ」

 彼女がなにかに気づいたようだ。

「……えっと、階段では、助けてくれて、……ありがとう」

「どういたしまして」

 鶴木が笑いかける。

 彼女が笑った。


「偉そうなこと言いましたけど、有名な銀髪ハーフエルフ美少女さんの受け売りなんですけどね」

「……ごめん。ちょっと何言ってるのかわかんない」

「絶対にわかってる返答ですよね?!」

 鶴木はあきれていた。


「そもそもの大前提ですけと、館山さんにはこの合宿のサポートをしてもらっているわけで、助けるのは当り前です」

「え、そんなこと……」

「今日も練習中とか、ドリンク出してもらったり、ボール片付けたりしてもらっているので。恩があるのはこちらです」

「……そ、そんなこと…………」

「館山さん、合宿参加してくれてありがとうございます」

「え、っと、その、どうも、どういたしまして」

 彼女が真っ赤な顔して頭を下げた。


「そういえば館山さんって、どうして合宿に参加してくれたんですか?」

「……えっと、川合さんに誘われて……」

「そうなんですね。川合さんとは知り合いだったんですか?」

「……うん。そんな感じ」

「へー、そうなんですね」

「そ、それじゃ、私、まだ仕事、あるから……」

「あ、そうですか。引き止めてしまって、す――おっと。危ない。いま自分で言ったところなのに」

 鶴木が言葉を止めた。そして改める。

「館山さん、話してもらってありがとうございます」

「いいえ。どういたしまして」

 彼女は教室を出て、戻っていった。







 彼女の出ていった扉を見て、鶴木はぼやいた。

「律義でかわいい人だったな……」


 はっ、と我に帰るような動作。

「気を引き締めよう。いま合宿中だし」

 鶴木はタイマー代わりに腕時計をつけた。


「ランニングに行くか」

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