表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/26

第九話

 ――――さて、とコップ片手に自室のテーブルの前に座る。

 朝が騒がしく、今日の勉強会のことを決められなかった。

 成績の向上した彼女はいいとして、先の見えないこっちの状況が問題だ。せっかく付き合ってもらっている彼女にも悪いし、結果が得られないというのは自身としても納得がいかない。

 手応えがなかったわけではないのだから、改めて振り返って検討する必要があった。

 目の前に広げた答案用紙。流れるような斜めの線の羅列。プリントの前半と後半を区分けるように並んでいた。

 ピクリと自分の口元が引き攣るのがわかる。

 畜生。

 その時玄関のチャイムが鳴った。宅配の予定はないから、もしかして西脇か?

「はいはい」

 ゆっくりドアを開けると、果たしてそこには彼女が立っていた。

「どうしたんだ、そんな、苦虫を噛み潰したような顔をして」

 率直な意見を述べることにした。

 すると彼女は自分の隣――――ドアで隠れている方に視線を流した。訝しんでもう少しドアを開くと、

「飯野君、やっほ」

 ボブカットのにこにこ顔の長谷川がいた。確かに教えるとの約束はしたが、流石に今朝の今でやってくるとは驚いた。

「バレちゃった」

 一方、渋面の西脇の方はよく分からないことを呟いた。

「? 何も長谷川さんを隠してたわけでもないんだろ」

 彼女の方はいつもの鞄を持っていたので、今日の勉強会のつもりで来てくれいたのだろうとは想像がついた。

「せっかく来てくれて悪いが、今日は流石に長谷川さんの相手までできる時間はないんじゃないかなぁ」

 案内しつつ長谷川には断りを入れる。

「今日は突撃隣のなんとやらなのでお構いなくー。お邪魔しまーす」

 当の長谷川は気にした風もなくとてとてと上がってきた。カーキ色のインナーの上にクリーム色のカーディガンを羽織り、茶色のプリーツスカート。デザインをも落ち着いたものを選んでおり、学校で見るよりも大人びた雰囲気だった。一方、仏頂面の西脇は黒い長袖シャツにジーンズとかなりラフな格好で、如何にもご近所を歩くような恰好だった。

「へー、結構綺麗にしてるんだねー」

「まぁ、来客も定期的にあるからな」

 西脇が足を運び始めて以降、清掃の頻度は間違いなく上がっている。物の整理もしたし、少しだけ部屋が広く使えるようになった。これも勉強会の一つのメリットだな。

「ふんふん。これが噂の純ちゃんの本なんだね」

 本棚に並ぶそれら書籍の意味もすでに聞いていたのであろう、すぐ手に取れるところに積んである小説達を物珍しそうに眺めていた。

「あ、【伊豆の踊子】なら知ってるー。こっちの【オタこい】は純ちゃんの趣味?」

「もももう! 人の部屋にあがって物色しないっ」

 なんやかんやと声を上げる長谷川にいちいち突っ込む西脇。変なコンビだなぁと思いながら二人分のお茶を用意した。

「人の部屋って、ここは飯野君の部屋じゃん」

「飯野くんの部屋だって一緒よ」

「なんだ、西脇さんは物色されたのか」

「だって純ちゃんの本棚って、ほんとに文字通りの本の棚なんだよ。もう凄いんだよ。小説は沢山あるし、コミックもあるし、写真集みたいなのもあったし」

「そ、そんなことわざわざ飯野くんに言わないでっ」

 何となくそんな本棚を想像してしまう。部屋のサイズは一緒のはずなので、他の物品はどう整理しているのだろう。

「俺はもう西脇さんが本好きと思ってるから、別に不思議でも驚きでもないぞ。

 ぬいぐるみなんか置いてあったりするのか?」

「ぬいぐるみはねー、」

 家主ではない長谷川が答え始めて西脇がわーわー押さえていた。

 そうか、あるのはあるのか。

 お湯を入れてしばらく経ったので、ポットとカップを持ってテーブルに戻った。

 それぞれのカップに注いで三人揃って一服し、おもむろに口を開いた。

「――――それで。今日はテストを見に来てくれた、でいいんだよな」

「うん。昨日約束したしね」

「長谷川さんまで見に来るとは予想外だったが……これな」

 目の前に広げてあったプリントを手渡す。長谷川にも見られることになるとは思っていなかったのでちょっと躊躇いはあったが、この際仕方がない。

 どんな出来具合かは概ね予想できているのだろうが、西脇はしっかりと目を通していた。

「ほぇー、ほんとに苦手なんだねぇ」

「……隠すつもりはないが、ちょっと、効くぞ」

「にはは、ごめんねー」

 横から覗き込む長谷川。彼女は終始にまにましっぱなしだが、対照的に西脇は口をつぐんで考え込んでいた。

「今回は解いている最中の手応えは悪くないと思ったんだけどな。蓋を開けてみればそんな体たらくだった」

「なるほどねー」

 何か得心したのかしきりに長谷川は頷いていた。西脇の方はさっきからじーっと紙面と俺とを交互に眺めている。きっと何か、次の手を考えてくれているのだろう。もうしばし待っていると、何度か口を開こうとして、やめて、最後にちょっと申し訳なさそうな顔になった。

「あのね、飯野くん。前の時には『想像』について言ったと思うんだけど、きっとそれについては十分考慮されている答案だと思うの」

 ふむふむ。

「でも結果はこうなっている。だからごめんなさい、私も言葉が足りなかったと思う。『想像』にだけ注意がいくように飯野くんを誘導してしまったかもしれなくて」

 ふむふむ。つまり?

「……つまりもう一つ大事なことで、……、その、うーん」

 言い淀む西脇。どことなく迂遠な言い方をしてきたような気もする。となると、言いにくいことなのだろうか。

「そんなに深刻なことなのか?」

 一抹の不安を覚え、恐る恐る聴いてみる。

「……」

 どうしてなんとも言ってくれないのか。まさかそんなに致命的なのか?

「――――『相手の立場』ってことだよねー」

 口を開きかけて止まっていた西脇が、あっ、と短く音を出して長谷川を凝視した。その一瞬、長谷川の方は、西脇に向かって何故かとても優しい微笑を浮かべていた。

()で(・)いいんだよ、純ちゃん」

 さらにそんなことを彼女に向かって言った。

「つまり、『相手の立場で想像する』ってことだねー」

 最後はにははーと口元だけ笑わせて長谷川は告げた。


「きっと、飯野君が『()()()()()』なのは、それなんだよ」


「勉強の問題ではない、ということか?」

「たぶん。きっと飯野君は頑張って想像したんだと思うんだ。真面目だし、純ちゃんが言った通りにね。

 でもね、これはテストだから正解、不正解っていう括りになっちゃうけど、テストのことだけじゃなくて、想像において大事にすることとして、相手の立場という視点も必要だと思うんだ」

 言葉とは裏腹に、はっきりと頷く長谷川。

 そもそも、俺の特性に問題があると。

「飯野君って凄く賢くて、真面目で、人当たりも誰でも平等だし、裏表もない。

 だけど時々、全然意図したのとは違う反応をされたりすることがあるんじゃないかなー?」

「……」

 そんなことはない、とは即答できなかった。

「ここしばらくで純ちゃんと仲良くなったみたいだけど、振り返ってみて、『純ちゃんのために』を起点にした行動がどれくらいあったか、振り返ることができるかな。

 純ちゃんのために、だよ。『二人分のメリット』じゃないんだよ」

「……」

 打算ではない行動、ということか。本当にそんな行動は――――

「最初の、」

 ――――いや。あれも『仕方なく』起こした行動ではなかったか。

 彼女にトラブルが発生したのは、最初から知っていた。絡まれていた経過も知っていた。

 その時点の俺は、ただ揉め事を見つめる周囲の一人のつもりだった。

 当事者が見知った人だったから、……いや、見知った俺を彼女が見つけたから、声をかけたに過ぎない。

 彼女のために行動したわけじゃない。

 彼女のために声をかけたわけじゃない。

 彼女のために殴られたわけじゃない。

 逃げられなかったから間に入っただけだったのだ。

 その事実を初めて自覚して愕然とした。

「俺は、結局見て見ぬ振りができなかったから、知った顔だったから声をかけただけか」

「……ううん、飯野くんが、あの時私を助けてくれたんだよ。

 他の誰かじゃなくて。飯野くんが、私を助けてくれたんだよ」

 呆然としている俺の腕に温かい手を添えて西脇がそんな慰めを言う。

 確かにそれは事実だろう。だが――――

「物凄く怖かった。何人もいるし、囲まれて逃げられない。このまま何をされるんだろうって、本当に怖かった」

 彼女の手は、声は、当時のことを思い出したのか、小さく震えていた。

「飯野くんが声をかけてくれたから助かったんだよ。

 飯野くん、あの時少しも逃げなかった。怯えなんかなかった。殴られても、それでも私の前に立ってくれた」

 そこでしばし口をつぐみ、意を決したように続けた。

「私ね、怪我の処置が上手いのって、……自分のためなの」

 不意にもたらされた言葉の意味が分からず、彼女を見やった。

「でも確か、お兄さんの怪我が、って」

 彼女は頭を振った。

「違うの。確かに兄も傷を作ったけど、……部活じゃない。――――親なの」

 ずんっと、心臓が止まるような感覚に胸が塗り潰された。

「すぐ手が出る人で、何か気に入らないと殴られたり、突き飛ばされたり、投げつけられたりした。兄妹でそういう風に育ったの。振り返ってみれば、仕事のイライラの捌け口だったのかなって、想像はできるけれど。兄が大学生になって家を出てからは私へのあたりがもっと強まって。

 ……だから、今は一人暮らしをしてるの」

 静かな口振りからすれば虐待、とは受け止めていないのだろうか。折檻を受けたとでもいう認識なのだろうか。

「やっと家から出てこられたのに、また暴力を襲われるって思ったら本当に怖くて、――――それがあの時の私よ」


 いや、違う。彼女は深く傷を刻まれている。

 何が『事実』だ。殴られた、事実。虐待? それが別物だと?

 そうだ、そういうことだ。俺に足りないのは。

 誰がどう受け止めたのか、それは事実ではなく――――


「飯野くんはいつも、あんまり深いことは聞かないよね。きっと誰かに、……私にそれほど興味がないんだろうなって、分かってる。でもそれだけが飯野くんの真実じゃなくて、飯野くんは自分で立つことができるから、そういうスタンスでいられるんだって、私には分かる。

 飯野くんが自分に正直なのは、私はもう知ってる。ちょっと気が利かないところがあるのも、私は知ってる。物事をそのまま受け止める癖があるのも、私は知ってる。でも、そんな飯野くんに私は助けられてる。本当に感謝してる。

 苦手なことなんて、誰だっていくらでもあるよ。だって、誰も完璧じゃないんだもの。打算的とか、誰だって考えるし、良いじゃない。だってそれ以上に、確かに優しいんだもの。

 だから、」

 ぎゅっと掌に力がこもる。

「こんなことを伝えてごめんなさい。そんな哀しい顔をしないで。飯野くんは、飯野くんのままでいいの」

 そこまで言われて初めて理解した。

 そこまで言わせなければ理解できなかった。

 『読み解く』ことの苦手な理由。

 それを伝えれば、俺のことを否定するも同義であり、だからこそゆっくり慣れるよう、まず小説に触れさせた。難解なもの、明快なもの、古典、現代、それぞれの内容に触れることで、特に人の心の交流、機微に気づくように仕向けていたのだ。

 確かに読んだ。何日もかけて、何十冊も読んだ。

 だが理解しなかった。出来なかった。

 文面を、内容を覚えた、人間の関係性を覚えた。物語のターニングポイントを、読んだ。

 読んだだけだった。

 その結果が今回のテスト結果であり、彼女にここまで言葉に紡がせた現状。

 問題は単なる学習的なものではなく、俺自身の問題だった。

 彼女は少しずつ気付かせようとしてくれたのだ。そうすれば少しでも俺の動揺は少なくなると考えたのだろう。誰かに率直に伝えられるのではなく、自分で気づき、変化すればよいと促してくれたのだ。

 だがそれだけではダメだった。俺は変わらなかった。

 小説をただ文章で捉えただけだった。

 次の手法を考えた。

 ()()()()()()()言葉にした。

 そう考えれば理解できる。これまで西脇が躊躇っていた、言葉にして突きつける負担を長谷川が持ったのだ。

「どうして本を持ってきてくれたのか。それを読むことを勧めてくれたのか。やっとわかったよ。

 きっとこれまで知らないうちに、すまないことを言ったりしていたかもしれない」

「飯野君」

 長谷川が真摯な眼差しをしていた。

「純ちゃんね、飯野くんのこといっぱい話してくれたんだよ。スーパーで絡まれた時からの事をいっぱい。勉強会のことも、それでどうしようか困っていたことも」

 だから長谷川が俺達のことを承知しているような口ぶりだったのか。

「今日ついてきたのは偶然だけど、ごめんね。二人のことなのに、部外者が急に口出ししちゃって」

「いや、いっそはっきりして良かったよ」

 俺が返した言葉が前向きだったからか、心配そうだった彼女の顔が少し和らいだのが感じられた。

「西脇さんは、言うべきなのに言えなくて、ずっと遠慮させて、悩ませていたんだな。すまない」

「こっちこそ、上手く伝えられなくてごめんね。それから、……勝手に相談もしてしまっていて」

 俺の問題は、別に二人だけでどうにかしようと決めていたことではない。彼女なりに、俺のために考えてくれてのことである。それに、こんな西脇が軽率な言動をしていたなどと、今更思い描くことなど全くなかった。

「気にしてないよ」

「ありがとう」

 もう片方の手を俺の手に重ね、どこかほっとしたように彼女は感謝の言葉を口にした。

「はいはーい、それではこれにて一件落着ということでー」

 さっきまでの真剣な表情は何だったのか、唐突に、にははー、という声が耳に飛び込んでくると、ぱっと西脇が離れた。いつか見たような色をしていた。

「長谷川さんもありがとう。はっきり言ってくれて、何か腑に落ちたよ」

 姿を認めたときは急な訪問でどうしたのだろうと思わないでもなかったが、恐らく、最初から思惑はあったのではないだろうか。西脇が言い淀んでいることを知っていて、敢えて自分がその役を買って出ることも見越していたのかもしれない。

「だってー純ちゃんったら最近いっつも真剣な顔して、どうしたらいい」

「あぁもぅぅーー!」

 両手をぶんぶん振り回し詰め寄りながら長谷川の口元を隠す西脇。だめっだめっ、と大声で長谷川の声を上書きする。圧し掛かられて傾きながらもにははーな顔のままの長谷川。

 いい……何だったんだろう。


 暫くして、ひとしきり騒ぎ切ったのか疲れた様子で項垂れる西脇と、その頭を撫でて相変わらずにまにましている長谷川。しかしその手を全く嫌がる様子がないのだから、よく長谷川のことを受け入れているのだろう。

「さて、それでは純ちゃんが乙女になったところで」

 西脇の方がびくっとしたが、それ以上の動きはなかった。

「そろそろいいお時間ですからお開きにしますかねー」

 確かに何だかんだ時間が過ぎてしまった。今から夕食を準備するとなると、かなり簡単に仕上げないといささか時間が遅くなるだろう。作って、食べて、そのあと片付けか……と思うと、心理的動揺も大きかった直後としては面倒だった。

「あー、……どうする。夕食にどこか出るか?」

 こんな時には外食も利用してもいいだろう。

「でも、長谷川さんは実家かな」

「ううん、今日は大丈夫だよー。折角だし、みんなで行こー」

 もしかしたら遅くなると踏んでいたとのこと。また、その場合は西脇の家に寄るつもりだったとのことだ。それなら全員揃って出歩けるな。

「西脇さんはどうする」

「……私も、行く」

 のそのそと身を起こしながら返事をした。頬に袖の痕がついていた。

「じゃあ……イータなんか、どうだろう?」

 あまり店を知っているわけではないが、イータというイタリア料理の店は知っている。

 安い。

 そこそこ美味い。

 多い。

 スタイリッシュ。

 そんな学生応援食堂だ。安いとは言っても、イタリア料理店としは、であるから再々行くわけにはいかないのだが。

「いいねー。しばらく行ってないし。なかなかお洒落な選択をしますなー」

 にまにま度を一層アップさせる長谷川には好評なようだ。表情を見るに、西脇もまんざらではないようで、少し口元を緩めて頷いていた。

 よし、じゃあ今日は豪勢にいこう。



 *****



「ということで、これから特別レッスン! 純ちゃんをちやほやしようキャンペーンをやろー!」

「「はい?」」

 そうして俺たちは二人で顔を見合わせていた。

 未成年であるから、当然アルコール類など頼んではいない。頼んではいないのだが、まるで頼んだあとのような調子の長谷川はそんなことをコップを振り上げながら言い出した。

 イタリアンらしくパスタ、ピザ、ドリア、サラダと定番をそれぞれ頼んで取り分けていたので、テーブルの上はかなり豪華な雰囲気だ。

 それが半分ほどなくなった頃に長谷川がそんなことを言い出した。

「ちょっと心菜、それどういう」

「んんー、純ちゃん。あなたはこれまで数カ月、言うに言えない秘めたる思いを抱えて生きてきたのですよね?」

「そんな張り詰めたものじゃない気がするけど」

「ノンノン! 言いたいのに言えない、伝えたいのに伝えられない! この思いはどうしたらー、ってならなかった?」

「なってないわよ」

「はい。そんな悩める純ちゃんは「スルーしないで」頑張ったのです。耐えたのですねー。不遇です。いじらしいです。んっんー、ですから」

 ずびし、と俺を指さす。

「純ちゃんの友人としては、ここでちょっとボーナスタイムが降って湧くべきかと思いますー」

「えっと、それにはどうしたらいいんだ」

「ふぇっ」

 どうしてやる気なのっ、と聞こえたが、確かにお世話になりっぱなし、迷惑かけっぱなしだったので、まぁいいかと思う。

「いいですねーいいですねーぐふふ。

 ではステップ①! あーんで食べさせるー!」

「「なんで」」

「いきなりの意趣返し!?」

 上手に驚愕のポーズを取る長谷川。漫画で見るような恰好だ。

「……」

 と、隣の西脇が不機嫌そうな顔をコロッと変え、何か思いついたのか、ニヤリとしながら耳打ちしてきた。

 情けないことにそれ自体に動揺するも、どうにか耐える。こしょこしょと囁きが耳朶をくすぐるので、どうにか内容に集中して把握する。

 ……ふむふむ。なるほど、承知。

「――――よし。了承が出たぞ。しかもそれが嬉しいようだ」

 なるほどなるほど。彼女がそれをお望みならばやってみよう。

 パスタをくるくるとフォークに絡め、落ちないよう綺麗にまとめる。そしてそれを、

「え」

 長谷川に差し出した。

「はい。心菜ちゃん。あーん、でどうぞ」

 おおー、確かに西脇から無茶苦茶何か、こう、ぞわっとするオーラが出ている気がする。なんだか前にもこんな気配を感じたような気がするが、はて。

 さっきから長谷川がなかなか騒がしいので、店内の視線もそこはかとなく集まっている。

「え、え、え」

「はい、あーん」

 突き出しているのは俺なのだが声を出しているのは女性陣のみ。

「……ぱく」

 衆目の視線に晒されながら、少し身を乗り出して食らいつく長谷川。もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。

「はい、お次もどうぞ」

 今度はサラダのレタス、ミニトマト、キュウリを連続で突き刺して差し出す。

「え、いやじゅ」

「はーい、あーんして。落としちゃ駄目ですよ」

「……」

 うーん、これが。

「……ぱく」

 もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。

「はーい、順番にー」

「ちょっとじゅ」

「ほーら、あーん」

「……」

 これが――――

「……ぱく」

 もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。

「ほらほらどんどんー」

「ちょ、もうつ」

「ほれー、あーん、遅い」

「……」

「ぱくもぐもぐもぐもぐ」

「まだまだぁ」

「……」

「ぱくもぐ」

「そらそら」

「……」

「ぱくごむふごべんなざい」

 西脇をつつくのは、ほどほどにしておこうと心に決めたのだった。

大体昼過ぎ頃に、話の区切り程度で数話ずつ更新する予定です。初回投稿から約一週間を予定しています。

ポイントを入れていただけると、より多くの方に読んでいただけるように繋がることもあるようです。

良ければブックマークや、下の評価入力にご協力ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ