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第八話

 翌朝、いつもの時間に登校すると、いつものように彼女はすでに席で本を読んでいた。

「おはよ」

「おはよう、飯野くん」

「体調、大丈夫か」

 え? と本から視線を上げる西脇。

「昨日すぐ帰っただろ。クッキーも残してたし、お腹の調子でも悪かったのかなと思って」

「ああ……そうね。ちょっとね。もう大丈夫だから心配しないで」

 確かに顔色も悪くなさそうだ。一晩休んで、回復したのだろう。

 安堵を覚えつつ荷物を広げていると、徐々に増える人影の中に長谷川の姿も見つけた。教室に入るなりすぐ女子とお喋りを始めていた。確かに良く喋りそうだが、彼女を見たからといってどうして喫茶店に入るのだろうかと一人思案していると、

「なんだ、西脇、体調悪かったの?」

「えっ、ええ」

 すでに前に座っていた佐伯が振り向いて話に入ってきた。西脇もそんなに驚かなくてもいいのに。

「帰る時はスキップしてたのに」

「「スキップはしてない」」

 二人揃って言葉が被ったので顔を見合わせ、ん、と二人で顔を歪めた。速足ではあったが、実際スキップではなかったぞ。

「えー、純ちゃん体調悪かったのー?」

 ええい、また一人増えた。甲高い声の方を見やると、まさしく昨日話題に上った長谷川だった。控えめに言っても背は低めな彼女。相対的にくりくりとした大きな目が、西脇の傍で弧を描いていた。……笑顔で心配とはこれ如何に。

「心菜、あの」

「女の子の日ー?」

「ねぃいいいーっ!?」

 変な声を上げてぼんっと顔色が変わる西脇。

「……あー、すまない。それは気が付かなかった」

 なるほどそうか。それなら我々男にも合点がいく。ぽりぽりと頭を掻いて西脇を直視しないようにしながら謝罪した。

「いぃ、いやその、ちが、心菜ぁぁー!」

 珍しくはっきり怒っているようだ。一方の長谷川はにはは、と意に介していない。

「恥ずかしがることないじゃんー。女子ってそういうものなんだから」

「そうはいってもね! そうだけれど!」

「長谷川は相変わらず遠慮がないなぁ」

 佐伯がのんびりとコメントする。

「そんなことないよー。せっかくお店に入っていったのに、残念だったねーって」

「!?」

 ふむ、人ってもう一段赤くなれるんだな。両手を頬にそえて、見たことないほど西脇が赤くなっていた。

「ちょっと待て、何だそれどういうことだ」

 佐伯が食いついて聞いてくる。……なんで俺に聞くんだ。

「二人で駆け込むように入っていったじゃんー」

 と長谷川。

「そんなことない!」

「そんなことなくはないだろ」

 事実、俺は駆け足気味に引きずり込まれたぞ。

「なくはないだと!」

「飯野くん!?」

「すぐは出てこなかったよねー」

「日は落ちてたな」

「休憩か、休憩したのか!?」

「コーヒー飲んだだけ」

「喫茶店かぁぁ」

「喫茶店だ」

「にははー」

「ああぁぁ、心菜が混じるとこれだから……」

 なるほど、長谷川効果ね。佐伯はただノリで叫んでいるだけっぽいが。というか長谷川、店舗に入った後しばらく観察でもしていたというのか。

 いささか声が大きくなったので周囲からなんだなんだと注目が集まってしまい、西脇は座席で赤いままきゅっと小さくなってしまった。

「コーヒーを飲んでテスト結果の話をしただけだよ」

 訥々と事実を伝える。

「二人とも成績はいいでしょー?」

「そこそこは、な」

 凸凹があるとはいえ、総合としては良いといえる。彼女の総合得点までは把握していないが、普段の勉強の様子から伺うに、悪いことはないだろう。

「特に西脇さんの数学が今回良くなった、ということでね。俺の方は全然だったけど」

「純ちゃん、数学上がったんだ! 良かったねー。いつも苦手って言ってたもんねー」

 不服そうに口を尖らせながらも頷く西脇。苦手科目が上がったのだから、そんな顔しなくてもいいだろうに。

「へー、何か特別な事をしたの?」

 不意に鋭い口調で長谷川が質問した。

「べ、別に、勉強しただけよ」

「今までずっと『だめーわからーん』って勉強しても言ってたのにー」

「そ、そうだけど」

「何をしたのかな?」

 んぐっと生唾を飲み込む西脇。じりじりと西脇に詰め寄る長谷川。じーっと視線を逸らさずに見つめる長谷川に気圧されたのか、彼女は明後日の方を見る。そしてしぶしぶといった風に正解を口にした。

「……飯野くんに教えてもらったの」

「つまり個人授業だねー」

 間髪入れずに言語変換されていた。

「純ちゃんあんなに苦労してたのに。簡単に点数アップさせちゃうなんて。飯野くんの授業、そんなに効果あるんだー」

 顎に人差し指を当て、んー、と声を出す長谷川。細めた目がちらりとこちらに向いた。

「私も教えてもらおうかなー」

 瞬間、何故か圧を感じてぞわりと肌が泡立った。

「うへぇ」

 同時に佐伯が何かに変な反応をしていた。

「それは構わないけど」

 時間をどうするかは考えないといけないが。

「やったー」

「いいのっ!?」

 あくまでこちらの都合だから、別に西脇が驚かなくてもいいだろうに、彼女は素っ頓狂な声を上げてまた注目を集めていた。

「俺も、俺も!」

「お前は授業いったっけ」

 目の前の挙手する男が自己主張してきたが、お前の数学の成績は知っている。

「今度から下げるからさ」

「バカ言うな。下げる余地があるなら要らないだろ」

「そんなこと言わないで」

「もともとのバイトもあるし、真面目に時間は食うんだからな。キャパオーバーだ」

「先着三名様には」

「ならない」

「ごめんねー佐伯君。さーて、私はいつ授業してもらおっかなー」

「ああ、もうどうして……」

 呻く佐伯に戦慄く西脇、ずっと笑顔の長谷川に囲まれて朝の時間は過ぎていった。何はともあれ、これだけ騒げられるのならば彼女の体調は大丈夫だろう。

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