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第四話

 翌日は、多分初回よりも時間がかかるだろうと彼女が言うので、十三時の集合とした。

 時計が十三時を告げると、ピンポーンとチャイム。

「はいはい」

 昨日と同じように玄関に向かい彼女を向かい入れる。

「こんにちは。今日は、あの、これを」

 本日も日焼け対策ばっちりで、白のブラウス、空色のスカートをまとった彼女は、両手に鞄を下げていた。なんだか昨日よりはずいぶんと大きかった。

 入ってもらい、部屋にそれを置くとドスッとくぐもった音がした。

「随分持ってきたね。そんなに沢山の参考書がいるのか」

 昨日のテストを見た結果、これだけの物が必要と判断されたのかと思うとちょっと悔しかった。

「参考書、とは違うんだけどね……」

 彼女は苦笑しつつ鞄に手を突っ込み、おもむろに中身を取り出す。

 出てきたのは、

「【こころ】【隣人】【罪と罰】【古都】【魁! 女学園】……って、なんだこれ」

 数々の小説だった。

「これが参考書になるの?」

「そ、そうなの! これが飯野くんの参考書にはいいと思って」

 何故だか声が上ずっている。

「して、なかなかカラフルな取り揃えだけど、なにこれ」

「ち、違うの! 図書館で借りてきた本だから、私のじゃないからね!」

「え、バーコードないけど」

 ぐむぅ、と息をのむ西脇。

「ととと取り合えず私物も入ってるの! 私物だけじゃないけど! 色々なレパートリーがいいかと思って!」

「ふーん」

 飾り気のない表装の本もあるし、漫画イラストな本もある。ペラペラ捲ってみると、文体も全然違う。時代も百年くらい差があるようだ。

 西脇は「あぁぅ~」とか呻きながら赤くなった顔を覆っている。

「選ぶもの間違えたの?」

「違います! ちょっと恥ずかしいんです!」

 選別ミスではなかったらしい。

 一連の言動が教室で見る姿とは随分違った印象で、しげしげと見つめてしまった。少々挙動不審だった自覚はあったのか、取り繕うように一度瞳を閉じて、咳払いをした。

「ん、ん。……あのね、飯野くんに何か『教える』というよりは、こういう本をまずは読んでみてもらおうかなと思うの」

 こういう本。

「ラブコメ?」

「ちがっ……わないのもあるけど、はい、そう。そういうの」

 改めてこほんと咳をして、努めていつもの様子に戻そうとなさる西脇。

 ――――うん、ちょっと面白いな。普段は物静かな女子高生なものだから、戸惑っている姿が一層面白い。今後時々つついてみよう。

「でも、どうしてこれが参考書になるのかな。一部は確かに問題にもなりそうなものだけど、それ以外は果たしてどうだろう」

「それは一先ず、読んでみて。だって飯野くんの本棚、こういう本全然ないじゃない。きっと読んだ数自体も、足りないんじゃないかなと思って」

 言われてみれば恋愛ものの本などというものは並んでおらず、あるのはSFや推理もの、冒険譚、そして幾らかの問題集などだ。

「人と人の動きを感じられる本を読んでみて欲しいの。きっと、それに慣れたら、変わってくると思うから」

 珍しく真っすぐこちらを見据えて宣言されたので、わかったと頷いた。

 かくして本日の勉強会は、数学についてはところどころでこちらが教えつつ、俺自身は持ち込まれた本を読むという形式になった。また、今回以降はできるだけ自分で本を読んで、その感想や内容について彼女が尋ねるという方式となった。とはいえ、普段の生活の中に新たに読書を入れるのでそんなに一気には読めない。速読の技術はないので標準的な一冊を読み切るまで数時間はかかる。結局、勉強会の最中も読書を進める、勿論他教科をやってもいいが、できるだけはということになった。

 だが、一週間ほど過ぎても、なかなか彼女の納得のいく反応は得られなかった。

 持ってきてくれる本を頑張って読み進めてはいるものの、そもそも読む理由が、通常の本を手に取る動機と異なっている。内容を覚えはしても、楽しんでいるかというと少し違っていた。

 楽しむというのも、それもまた違うのかもしれない。動機が学習対策なのだから、読んで楽しんでしまってはただの読書ではないか。そんなことを思いながら読み進め、覚えた物語が増えていくのだった。



 *****



 それから更に時は過ぎ、暦はもう八月も半ばを過ぎたところで正しく夏真っ盛り。住宅街なので木々は少ないのだが、いったいどこにいるのか盛大な蝉の大合唱が町中に響き渡っている。

 外はうだるような暑さで、室内にしたって常にエアコンをかけていないと厳しい。いやいっそ、室内だからこそ空調をかけないと病気になってしまいそうな日々だった。

 西脇が訪問してくるのにも大分慣れた頃、最近彼女が用意してくるペットボトルをいつものように眺めていた。

 こちらの視線に気づくと、どうしたの? という風に首を傾げた。

「あのさ、そのお茶って、毎回購入してるの」

「おっ」

 お、と短く声を出して彼女はそのペットボトルを振ってみせた。

「うん、そうだよ」

「……今更だけど、勿体ないよな。うちでいつも過ごしてもらってるし、こっちの方で麦茶冷やして用意するようにするからさ」

 だから、今後はわざわざ持参しなくてもいいんじゃないかと伝えた。

「……。うん」

 すると彼女は、何故か笑顔を見せた。

「無駄な費用かけさせたみたいで、すまん」

「ううん、それはいいの」

 費用はいいのか。じゃあなんで彼女は笑顔を見せるんだ?

 うふふから微妙ににやにやに笑顔が変化する様子を眺めながら、お金の問題ではない理由が分からず首を捻った。

「西脇さんがいいのなら、まぁいいか。

 そういえば、花火大会が今晩あるらしいぞ」

 分からない話から話題を変えようと、午前中に仕入れた話を何とはなしに出してみた。

 近くの河川敷で打ち上げられる花火大会。あくまで地元開催なのでそれほど大きな規模ではないのだが、近所でみられる花火だった。河川敷の横に神社もあるためか、露店もそこそこの数があり、意外に人で溢れるイベントだ。

 今夏は勉強に力を入れていたから、ちょっと息抜きくらいしてもいいだろう。

「近くであるの?」

「近いぞ。去年、花火を間近で見ようと思って行ってみたけど、人混みと、途中から小雨も降ってきたから帰ってしまったんだ。でも結局、この場所からでも十分花火は見えた」

 ここからでも、遠くのマンションやビルの陰に隠れて、ということもなく見えるくらいには近い場所だった

「そうなんだ。私は今年引っ越してここに来たから知らなくて」

「へぇ、去年はここにはいなかったんだな」

「実は、最初は家から通学してたの。……でも少し遠くて、だんだん移動時間に無理を感じるようになってしまって」

「ふーん」

 ご近所さんになったのは割と最近だったわけか。

「それで、花火を見に行くの?」

「俺が行くというか。それこそ去年見てないのなら、西脇さんが行ってみたらどうかな」

 自分は一度見ているし、外は暑いだろうから今年も自室から眺めるので十分かなと思っている。あと数年もすれば冷えたビール片手に鑑賞、なんてことをするのかもしれないが、今は取り敢えず麦茶というところか。

 彼女のための提案だったのだが、――――その頬を膨らませた表情はいかに?

「飯野くんは行かないの?」

「だって暑いし」

 ますます顔が丸くなる。

「八月なんだし暑いのは当然じゃない」

「当然だから、出歩かなくてもいいかなーと思うんだが」

「去年は雨が降ったけど、行こうとはしてたんでしょ。今夜は晴天じゃないかしら」

 確かに今日は雲一つない。改めて窓の外をみやるも、やっぱり物凄く広い空が広がっている。……暑そうだ。

 だが、そこまで言われると、体験しそびれた間近での打ち上げ花火が惜しい気もしてくる。暑いのは暑いが、夜なら今ほどではないだろうし、出てみようか。

「わかったよ、行ってみるよ」

「うん。花火は何時から?」

「確か二十時半から」

「なら二十時くらいには行かないと夜店に行けないね」

 ん? と顔を覗き込むと視線を彷徨わせていた。

「まぁそうだな。

 ――――えっと、一緒に行く、か?」

 なんとなく話の流れからするとそういうことになるのかと思って提案してみると、彼女は一度パチッと目を瞬かせてはにかんだ。

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