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第三話

 期末テストが終わって、あとは終業式。それからは夏休みになる。

 通っている学校は所謂受験校で、県外出身の俺はアパートに一人暮らしをしている。夏休みになれば実家に帰省もするのだが、いいバイトを見つけたのであまりまとまって帰ることはない。

 なので、結構暇な夏休みとなりそうだった。

 西脇とはあれ以来、特に会話をすることもなくいつも通りの同級生だった。学内で目が合えば会釈をするくらいにはなっていたが、変わったのはそれくらいで、お互いに積極的に干渉することはなく過ごしていた。ただなんとなく、登下校時に姿を見ないな、とは思うようになったくらいだった。

 一学期終了数日前になって、配られた期末テストの結果に目を通す。現代国語のみガクンと低いが、他はおおむねいつも通りだった。昔からなので感慨もなく、用紙をしまい込んだ。

 いつものように授業が終わり、今日は購入したい月刊誌がそろそろ書店に並んでいるので帰りに本屋に寄ることにした。通学路から逸れて近所では一番大きい本屋に乗り込み目的の冊子を探す。

 ――――見つからない。

 というか、コーナー自体が目的の場所にない。

 これはいったいどういうことかと辺りを見回すと、どうやら店内のジャンル配置が全体的に見直されているようだった。目的のジャンルの札を探すと別の場所に見つけたのでそちらに行ってみると、雑誌はすぐ見つかったので手に取りパラパラとめくる。

 うん、今回も面白そうだ。

 早速レジに持っていくと、ちょうど見知った顔が入店してきたところだった。

「あ、飯野くん」

 会釈で済ませようとすると声をかけてきた。

「ああ、また奇遇だな」

 答えながらカウンターに雑誌を置くと、それをちらっと見た西脇はぎょっとしたような顔をしていた。

 どうして驚くのかよくわからないが会計を済ませて鞄に収める。

「飯野くん、それ……、()()()()買ってるの?」

 そんなの、とは失敬な。

「ああ、面白くていつも買ってる。西脇さんは興味ない?」

「え、ええ。そこまでは興味ないというか、分からないというか……」

 しどろもどろの返事だった。まぁ、確かに授業の役には立たないし、物語があるようなものでもない。彼女が普段読むようなものではないだろう。

「むしろそんな冊子を高校生の飯野くんがいつも通り買っているっていうのが、驚きだけど」

 休憩時間に参考書や単語帳を開いている人はチラホラいるが、確かにクラスの誰かがこれを持っているのを見たことはない。

「国語はどうも伸びないけど、数学は面白くてね。暇潰しに解いてるよ」

「それって暇潰しの本かな」

 彼女は嘆息した。

「でも西脇さんもこの本知ってるんでしょ」

「問題集を探している時に見て知ってるけど、手に取って後悔したくらいチンプンカンプンだったわよ」

「え、そう?」

 購入したのは『シン・数学』という月刊誌で、対象は学生では全くない。数学を楽しむための本である。

「凄いのね。国語が苦手って言ってたけど、その様子だと全然悪くなんかないんでしょ。こないだの期末テストも」

「いや、国語は半分くらいだったぞ」

「え?」

 なんだかまた驚いている様子。

「国語だけじゃなくて全体にしたって、なんだかんだケアレスミスするし、全然点が良いわけじゃないぞ」

「ええー?」

 えー、と言われてもそうなのだから仕方ない。さっさと解けるのだが、どうもいつもケアレスミスがあったりして、ちょっと失点してしまうのだ。

「でも数学は得意なんでしょ」

「まぁ、それはそうだけど。学校のテスト問題くらいなら、だいたい見たらわかるだろ」

「そうなの……」

 学校の問題程度なら、見れば解答までの流れはすぐ浮かぶのであまり面白くない。そのためなのか、さっさと最低限記入して終わらせてしまうのだ。一応、もう一度は目を通すのだが、答えまで流れが見えるのであまり解きなおしてはいない。……それがケアレスミスが減らない理由なのだろうなと自覚はしているのだが。

「じゃ、またな」

「あ、ちょ、ちょっと待って。えっと、その――――」

 呼び止められ、少し間をおいて、おずおずと提案された。

「――――良かったら、数学を教えてくれない? もし、飯野くんが迷惑じゃなければ、だけど」

 思いもよらなかった提案にきょとんとしてしまう。

「なんだ、数学苦手なの?」

「う、そうなの。今回のテストもちょっと」

 あまり芳しくない結果だったのだろう。口ごもりつつも、よろしくなかったと正直に告げられた。

 自分のやっているバイトというのも、そもそも数学の個人授業だった。対象が受験数学なので教える内容としては似たり寄ったりだから、別に一人それが増えても特に問題はない。

 特に普段なら、時間も限られるかもしれないが、これからは夏休み。時間ならたっぷりある。

「わかった。別にいいよ。それなら一緒に勉強しよう。代わりに国語を教えてくれると助かる」

「国語ね……。わかったわ、ちょっと考えてみる」

 彼女はちょっとほっとしたような笑顔を見せた。



 *****



 終業式が終わって、勉強会の約束の日。

 いつものように日課をこなしていると、十四時になった。時計が時報を鳴らし終わる頃にピンポーンと音がした。

「はいはい」

 玄関のドアを開けるとそこには私服の西脇がいた。右手には本が数冊入った手提げ鞄を持ち、左手には何やら小さ目のケーキの箱らしきものを持っていた。C棟からB棟までの短い距離ではあるが、随分と日焼け対策をしているのか、帽子にアームカバー、裾の長い空色のワンピースを着こんでいた。

「やぁ、暑そうな完全防備だね」

「え? ええ」

 玄関へ迎え入れながらそんな挨拶をした。

 綺麗に靴を揃えて入ってきた彼女は、左手の荷物を示して、

「これ、授業料代わりに買ってきたの。しばらく冷蔵庫に置けるかしら」

 と差し出してきた。

 受け取って冷蔵庫に隙間を作って箱ごと収納する。しばらく勉強して、おやつとして使わせてもらおう。その間に日焼け防止装備を外した西脇は、それを仕舞いつつ少し室内を眺めていた。

「そっくりなはずだけど、やっぱり全然違う部屋ね」

「そりゃ性別も違うからな」

 部屋の構造は基本的に同じはずだが、置いている物や量は全然違う。先日玄関先からうかがえた彼女の部屋は、それほど物は多くなく、とても清潔そうだった。

 一方我が家はというと、清潔は、まぁ、掃除はしているが、そこそこ物が多く、雑多なものが並んでいる。それなりに仕分けてはいるものの、彼女の部屋と比べれば散らかっている風なのかもしれない。

 彼女は早速荷物を持ち出してテーブルに広げる。そこにはプリントもあり、それは期末テストの試験用紙だった。

 ……なるほど。

 眺めていると、恥ずかしそうに握り込み、結局おずおずと差し出してきた。

 ざっと見る限り、公式の当て嵌め方が間違っているのと、問題への入り方でミスしているものとで分けられるようだった。どちらかというと図形系統の問題が苦手なのだろう。見る限り、流石に計算ミスのようなケアレスミスはない様子だった。

「早速なんだけど、この間の問題。これを教えて欲しいの。教科書や参考書で、似たような問題は見つけて参照してはみたのだけど、やっぱりよくわからなくて」

 似ている問題というのは、似ているだけであって、同じではない。似ている問題というのも、別の発想が必要であったりもするし、発見が必要なこともある。

 それをどれだけ短時間に見つけるかは、単純に目にした、解いた問題量に依存するだろう。あとは、

「これはこうで、ここはこうで……」

 間違っていない道筋が見えるかどうか。

 好きなだけに解いてきた問題量も多いものの、その経験的な引き出しだけではなく、数学における発想の当て嵌め、閃きについては他の人より得意であることは自覚していた。

 なので、彼女の詰まった問題も、最初から最後まで寄り道のない道筋で解答が見えるので、あとは実際に計算していくだけ、というような塩梅だった。

 するすると解答の流れを示すのだが、彼女はじっと聞いているものの、だんだんとその眉間には皺が寄ってしまっていた。

「――――なんだけど、わかった?」

「分かったような、分からないような……。飯野くんの説明があまりにも迷いなく流れ過ぎてて、聞いていて、一体何が私は分からなかったのかが分からない……」

 うむむ、それはいったいどういうことか。説明が上手くないってことか?

「ワカンナイと言われても、見たまんまだしなぁ……」

 問題文を読んで、見える解法を書いただけなのだが。そんな渋い顔をされてもどうしたらいいのやら。

「その見たまんまが分からないから聞いてるのに」

「だって、もう一度言うけど、これはこうで、ここはこうで――――でしょ?」

 もう一度、最初から解説をしてみる。黙って聞いていたが、最後に顔を覗いてみると、さっきよりも一層不満げな表情に思えた。……なんでだ?

「……言われた通りをトレースできたらのなら、分かってしまった、ような気分になるけど、果たして自分でやってそんなにスムーズに解答まで行きつくのかどうか……」

 そんなことを仰る。口頭で伝えるからダメなのだろうか?

 それなら、と手持ちの問題集を棚から引っ張り出してきて、目的の箇所を開く。そこには、今回の問題と類似した問題が掲載されていた。

「じゃあ、これならどう?」

「類問ね。解説は?」

「解説は詳しく載ってる本だと思うから、あとで見比べてみたら」

 試しに解いてみてもらう。テーブルの向かいに座った彼女は、時折手が止まりつつ、しばらく時間をかけ取り組んだ。どうも不満げだし、流石にここで横から茶々を入れるのは憚られたので黙って眺めていたが、果たして彼女は最後まで辿り着いていた。途中何度も眉根を寄せていたが、そのあとにぱっと顔が明るくなる様子も見られた。きっと詰まりが取れたのだろう。

「はい正解。出来るじゃないか」

 解説を開いてみると、ほぼ同じ過程で解答まで辿り着いていた。

「出来たわね。うん、出来たね。全く、躓きポイントが飯野くんの話の中では何でもないように過ぎるのね……」

 彼女はため息をついた。

「躓くったって、ちょっと組み合わせを変えられてるだけだろ。問い方を変えてたりさ」

「それが躓くんだけど……。それにしても、今の問題、全然探さずに持ち出したけど、もしかして問題を覚えてるの?」

 確かに提示した問題集のページはほぼノータイムで持ってきたものだ。他に類題になりそうなものなら数冊は引っ張り出せる。

「全部覚えてるわけじゃないけど、多少は」

「とんでもないわね」

 今回はたまたま記憶にある問題だっただけだ。全然興味も持てない、流すだけの問題などは覚えていない。

 そんなこんなしながら残りの失点問題も復習を進めた。途中何度か表情を硬くしたり、戻したりと変化するのが不思議だなぁと眺めているうちにだんだんと時間が過ぎ、気づけば十五時二十分になっていた。

「丁度キリが良いからここでおやつにしよう」

「賛成。もうこんな時間なのね」

 んー、と伸びをする彼女。するとツンと形のよい胸回りが薄いワンピースの下に存在することがよく分かってしまった。

 視線を外すため台所に立つ。買ってきてくれた箱からして、持参物はケーキだろう。それなら緑茶よりは紅茶だろうか。紅茶はほとんど淹れないのだが……缶に入っているし、まぁ、熱湯だし。賞味期限は大丈夫だろう。

 湯を沸かし、沸騰する手前でお茶っ葉を入れた茶瓶に湯を移す。残ったお湯でカップを温めておいた。

 数分待って適当な頃合いで提供した。

「あ、紅茶ね」

「うん。買ってくれたの、ケーキだろ」

「え、いや……、その」

 するとちょっと視線を逸らされてしまった。

 何だろうと思いつつ冷やしていた箱を持ってきて開けてみると、果たしてそこには見事な栗饅頭が鎮座していた。

「……」

「あ、お煎餅が好きって言ってたから、和菓子が良いのかなって思って」

 彼女は肩をすくめながらそんなことを言った。

「……今回は栗饅頭に紅茶で許してくれ」

 ミスった。悪くはないかもしれないが、これなら緑茶がベストだった。

「ううん、紅茶だって美味しいと思うよ。いただきます」

 言って彼女は淹れ立ての紅茶を口にした。熱かったのかほんのちょっと飲むだけで唇を離したが、柔らかく微笑んでいた。

「――――美味しい。淹れるの上手ね」

「どうも」

 同じく口を付ける。うん、まぁ、まずまずだ。

 次にもらった栗饅頭を食べてみる。うん、甘い。これだけ甘いと、今回の紅茶では少々渋みが負けるか。

「やっぱり緑茶が良かったな」

「そんなことないよ。この紅茶、美味しいよ」

「栗饅頭も美味しいけど、どうせなら両方美味しくなるようにできたら良かった」

 まぁまぁ、と彼女は俺をなだめるように言葉をかけた。

 文句はありつつも、それぞれはとても美味しかったのであっと言う間に食べてしまい、次はこっちの現代国語をみてもらうことにした。

 今回の現国も、いつもの通りの結果だった。国語が悪いのは、いつも同じところで失点するからだ。それ以外についてはそれほど失点することはなく、特に言葉や漢字など語彙についてはほぼ失点しないのだが。

 先程の彼女同様、ちょっと躊躇いつつ答案用紙を提示する。見事に×が連なる区画があり、改めて人の目に触れると居たたまれない。

「これは――――、物語文のところがほぼまるまるダメだったのね」

「いつもこうなんだ」

 正直に言う。

「どうも物語が対象になっている問題が取れなくてね。選択肢の周辺を探すとか、問題文内のヒントを読みとってみるとか、そういうテクニックは分かってはいるんだけど、どうにも落としてしまう。昔からそうだから、ちょっと諦めてるのもあるけど」

「でもこれは、ほんとにまるごとごっそりね」

「凄く的確な表現ですな」

 自慢ではないがその通りだった。

 彼女はそれからしばらくの間プリントを眺めていたが、なかなか次の言葉を発しなかった。どうやって解いたらいいのか、どうやって伝えたらいいのかを思案しているのかと思ってしばらく待っていたが、時折こちらの顔とプリントを見比べるばかりで口を開かない。

 いったいどうしたのかと訝しんでいると、何か納得したように頷いて、それから、

「飯野くん、――――心情を読み解くのが苦手なのね」

 と、いかにも学校の先生が言いそうなことを口にした。

 ただそれを口にする時に、若干表情が曇っていたのは少しだけ気になることだった。

「そうだな。どうもそういう問題は外してしまう」

「そうね……」

 彼女は顎に手を当てて本格的に悩み始めたようだった。

「考えてくれるのはいいが、これの解き方をできれば教えて欲しいんだが」

 んー、と未だ授業を始めてくれない西脇を促す。思案してくれるのはいいが、教えてくれないと結局何も進まない。なんだかんだもう夕方にもなってきて、夕食をどうするかなどもそろそろ考えないといけない時間だ。

「あのね、飯野くん」

「はい先生」

 彼女はちょっと顔を歪めた。

「多分、さっきも言ってくれたように、飯野くんのことだから『解き方』は十分分かっていると思うの」

 ふむふむ。

「本文のどこを探すとか、類推するとか、そういう事なんだけど、それとはまた別の要素がいるのかなぁって」

 ふむふむ。つまり?

「『想像』よ」



 *****



 初日は大きな課題をいただいたところで終了とした。夏なのでまだまだ明るいものの、いい時間にはなっており、夕食もあるので解散とした。

 一先ず今回の設問については解説してもらったが、どうしてそういう理屈になるのかがいまいちわかりにくい部分があった。確かに言われてみればそうなのだろうけれど、で止まってしまい、完全には腑に落ちなかった。

 腑に落ちないのは彼女の懇切丁寧な解説が悪いとかいう事ではなさそうなので、こちらの理解力不足ということだと判断する。いや実際、結構熱弁をふるってくれたのだがどうにも伝わってこなかった。

 そこでまた次回、今度は参考資料を持ってきてくれることになった。

大体昼過ぎ頃に、話の区切り程度で数話ずつ更新する予定です。初回投稿から約一週間を予定しています。

ポイントを入れていただけると、より多くの方に読んでいただけるように繋がることもあるようです。

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