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第二話

 翌日。帰宅後に言いつけ通り湿布の上から保冷剤をしばらく当てていたお蔭か、酷く腫れることはなかったものの、鏡で見れば明らかに顔の左右のサイズが違っていた。患部に湿布を添えてみた方が見た目の凸凹感が軽減されたので、貼って登校することにした。いつものように寝ぐせでピヨンピヨンと毛が跳ねていたが、撫でつけても直らないのもいつも通りなのでそのままにした。

 表に出ている頬に白い湿布をしているせいかチラチラと視線を感じるが、まぁ仕方ない。あまり気にしないようにして教室まで向かい、自分の席に着いた。

「おはよ。んで、それどうしたんだよ」

 着席と同時に早速声をかけられた。同級生の一人、佐伯琢磨だった。

「ああ、ちょっと殴られて」

 自分で言って、昨夜のことが脳裏に蘇って胃の辺りがゾワリとした。

「ええっ。何だよそれ。喧嘩? 誰と?」

「喧嘩じゃない。とばっちり」

「???」

 まぁ、とばっちりで殴られるって、どんな状況だって感じだよな。

「ちょっとスーパーに行ったら、たむろしてる野郎に殴られて」

「なんでそんなことになるんだよ……?」

 どういう状況かわかんねぇ、と言う佐伯の向こう側で、こちらを見ている彼女と目が合った。彼女はちょっと目を見開いて、次は少し伏せて視線を彷徨わせ、最後にじっと湿布を貼った頬を見て、おまけにこっちに歩いてきた。クラスメイトとしての業務連絡での会話はあるものの、直接個人的に教室内で面と向かうのはこれが初めてかもしれない。

「おはよう、飯野くん。傷は大丈夫?」

 その西脇は、佐伯よりもうちょっと後ろまで近づいてそう言ってきた。その姿を見て佐伯はびっくりしたようで、彼女とこっちを交互に見ていた。

「ああ、湿布と、冷やしたお陰でそんなに腫れなかったよ」

「ええ? 野郎に殴られるって、なんで西脇さんが?」

 佐伯がちょっと声のトーンを上げた。

「昨日、私が不注意から絡まれてしまって、そこを飯野くんに助けてもらったの」

「たまたま、バカな事をやってる現場に居合わせただけだよ」

 なるほど、と手を打つ佐伯。さらにトーンが上がっている。

「そりゃ名誉の負傷だなぁ」

「負傷に名誉も糞もあるかよ。負傷しなきゃいいじゃん」

「そりゃそうだけどな」

 くつくつと笑いながらちらちらと西脇を見る佐伯の様子に、彼女は眉をしかめていた。

「心配したほど腫れてなさそうで良かった」

「適切な処置を受けられたからかな。西脇さん、慣れてそうだったけど、傷の処置に詳しいのか?」

「……兄がよく怪我を作って帰ってきて。どう対応するのか調べたりしたのよ」

「ふーん」

「ほうほう、お兄さん、喧嘩するの」

 佐伯が合いの手を入れる。

「そうじゃなくて。……部活で怪我をすることがあるから」

 打ち身、擦り傷などはしばしばあったらしく、簡単な処置は道具も準備して、自宅で対応できるようになっていたらしい。

 そのうち朝礼の時間になったので、各々自分の席に戻っていった。



 *****



 授業を終え帰宅途中の信号待ちをしていると、ふと人が近づいてきたような気配がした。そちらに目を向けると、同じく帰宅途中らしい西脇がカバンを持ってこちらを見ていた。

「珍しいな」

「え? そ、そうね」

 昨夜、家がほぼ一緒の場所と判明したが、これまで登下校で一緒になった覚えがない。意図的に学校に近いアパートを選んでいるので必然的に移動時間は短い。それでもこれまで遭遇しなかったのだから、かなり珍しい。

 信号が青になったのでそのまま歩き出す。すると一瞬遅れて彼女も横断歩道を渡った。当然同じ方向なので、二人の足音が重なって続いた。

 ――――そういえば。

「西脇さん。昨日、どうしてあのスーパーにいたんだ?」

 この短い距離でも会わないのに、全然違う方向にあるマルイスーパーで遭遇するなんて、もっと珍しい事態だ。何となく、昨夜は押して帰ったが、普段なら自転車で行く距離にある。

「私は、マルイスーパーにはたまにしか行かないんだけど、あそこの近くに良い本屋さんがあるの。少し古い本を敢えて揃えていて、近所の本屋さんにはない本があって。そこの帰りに、マルイスーパーにたまに寄るのよ」

「そういうことか」

「そういう飯野くんは、どうしてあそこに?」

「マルイスーパーって、地元スーパーだろ。それで、あそこでしか売ってない煎餅があってね。それを目当てに通ってる」

「お煎餅……」

 くすくすと口元を緩める彼女だった。

「なんだよ、美味いんだぞ。緑茶と一緒に食べると、もっと美味しいんだぞ。実家に帰るときにも手土産にしてるし」

「それもしかして自分で食べるため?」

「……」

 なぜ分かる。

「明後日から期末テストだろ。テスト勉強の時の息抜きにも最適なんだ。だから昨日、買いに行ったんだよ」

 そうなんだね、と西脇が答えて一旦会話が途切れた。

 俺が定期的に購入している煎餅は地元の米を使った煎餅で、一枚が大きく、厚く、やや硬い。しかし、ほんのり、ふんわりとした甘さが口腔で広がる絶品煎餅だと思っている。硬いのですぐ無くならず、しばらく堪能できるというのもポイントが高いのだ。

 このほのかな甘みに、若干渋めの緑茶を合わせるのが、尚一層美味しいのだ。紅茶も悪くないが、渋みが違う。紅茶では相性がいいだけだが、緑茶であれば相乗効果なのだ。

 何故うちの親はこの良さが分からないのか。

 次の信号待ちになったときに煎餅の魅力を伝えてみると、少しなぁなぁな返事が返ってきた。

「ふふ。お煎餅、好きなのね」

「あれは良いものだ」

 自信満々に即答する。

「今度食べてみようかしら。今まで気にしてなかったな」

「ああ、是非食べてみて欲しい。オススメは、普通のお茶を、ちょっと渋く淹れることだ。変に高いお茶を使ってもダメだった」

「こだわりがあるのね」

 これまで試した結果の結論なので間違いあるまい。まぁ、安い煎餅なので、安いお茶が合うというオチかもしれないが。

 信号が青になった。

「ところで。こんなに家が近いのに、なんでこれまで通学で見かけなかったんだろう」

 歩き出すとふと思いついたことを口にしてみた。

「私、本が好きなの。古書を見に行くのもそういうこと。隙間の時間でも結構読むんだけど、なんだか朝は、学校で読むのがはかどるの。だからかなり早く出発してて。みんなが来るとだんだん読めなくなるんだけどね」

 言われてみれば、だいたい教室に入るときには彼女はすでに座っていて、何か開いている気がする。あれは教科書などではなかったのか。

「気が散らないのか」

「不思議とそうでもないの。それに、朝に家で読んでいて時間ぎりぎりになっちゃったこともあって。それ以来、早く学校に行って読むようになったの」

 読みふけって遅刻しそうになるのか。

「家で読むと遅刻するから早くに出ると。だから通学時間が違うんだな。でも、帰りは?」

「帰りは真っすぐ帰らないでお店に寄ったりしてるから」

 なるほど。帰りに本屋に寄って物色したり立ち読みしたりしているのだろう。

「そんなに読んでいたら、これまでに凄い量の本を読んでそうだな。蔵書も沢山?」

「本も高いから次々に買うわけにもいかないし、図書館を良く利用してるわ。でも、図書館にしても案外置いている本はどこも似通っているでしょ。

 その点、双葉書店は――――マルイスーパーの近くの本屋さんの品揃えは流行りに沿ってなくて、だから見に行くと面白いのよね」

「ふーん。本の虫ってやつだな」

 読書は嫌いではないが、そこまでのめり込むほどのものかはよくわからない。

「そうかも」

「じゃあ、今日は行かないのか?」

 え、という顔で振り向いた。それから足元を見ながら、

「今日はちょっと、……飯野くんの姿が見えたから」

 と言った。

「お礼ならもう言ってもらったし、別に好きなようにすればいいのに」

 自分の時間を別のことに使うなんて勿体ない。読書が好きならそうすればいい。

「あ、そうか。もうテスト直前だし、読んでばかりもいられないよな」

「そうね。飯野くんは全然焦っていなさそうだけど」

 確かに焦ってはいない。焦ってもしょうがない。勿論テスト勉強として一週間ほどはまとめて勉強するが、普段から少しずつやっているのでそれほど危機感はない。

「今更焦ってもしょうがないからな。新しいことはもうやらなくて、復習するだけだし。国語はどうも点が取れないけど、昔からだし」

「国語が苦手なの?」

「どうもね」

 どうにも国語については点が伸びないのだった。

 そんなことを話しているうちにアパートに到着したので、それぞれの家に分かれた。

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