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デレると凄いと噂の白鷺さん

作者: 墨江夢

 クラスメイトの白鷺荊棘(しらさぎいばら)は、いつもツンツンしている。

 綺麗な薔薇には棘があると言うけれど、白鷺はまさにその言葉を体現したような存在だった。

 

 ある平日の放課後、白鷺は一人の男子生徒(以後、男子生徒Aとする)に呼び出された。

 男子生徒Aは校内でも屈指のイケメンと言われていて、所属しているサッカー部ではキャプテンを務めている。

 その上白鷺とは、半年もの間隣同士の席だった。


 休み時間に話しかけたり、わざと教科書を忘れて見せて貰ったり。そんなアプローチを繰り返していたわけだから、クラス中の全員が彼の恋心を把握していた。


 男子生徒Aならば、白鷺さんとも釣り合う。誰もが二人は結ばれるものだと考えていた。しかし――


「好きです。俺と付き合って下さい」


 告白した男子生徒Aに、白鷺は真顔&平坦な口調で返す。


「えーと……どこかで会ったことあるかしら?」


 あれだけ好意をアピールしてきたのに、半年間も隣にいたのに、白鷺は男子生徒Aのことを認知していなかった。

 

 極め付けは、「そもそも同級生なの?」という無情な一言。その後男子生徒Aは、サッカーでスランプに陥ったとか。


 別の男子生徒(以後、男子生徒Bとする)はバレンタインの時に彼女の棘の餌食になった。

 男子生徒Bはお菓子作りが得意で、その長所を武器にしようと白鷺に逆チョコを贈った。

 

 白鷺の下駄箱の中に、「いつも見ています」というメッセージを添えてチョコの入った小箱を置く。

 登校するなり、そのチョコを見た白鷺は……「入れるとこ、間違えてるわよ」と言いながら隣の男子生徒Aの下駄箱にチョコを移したのだ。


 男子生徒Bは言うまでもなくショックを受けて、男子生徒Aは知らないうちにホモチョコを食べたことになる。


 この二人のエピソードはあくまで代表的なものであり、氷山の一角に過ぎない。白鷺の冷たい態度に傷付いた男は、校内だけでも数え切れない程いる。

 他校も含めて総数を調べると、一体何人になることやら。


 どうして白鷺は、そんなにツンツンしているのか? 不思議に思った俺は、前に彼女の親友に尋ねてみたことがある。

 白鷺の親友曰く、彼女は大の男嫌いらしい。故に、男に対して冷たい態度を取っているのだ。


 そんなツンツンしている白鷺だが、実はこんな噂も流れていたりする。


「知ってるか? 白鷺さんって普段ツンツンしているけど、デレると凄いらしいぞ。なんでも飼い主に甘える猫みたいになるそうなんだ」


 あの白鷺がデレるとか……想像も出来なかった。


 しかしまぁ、だから何だというのだ?

 俺に白鷺との関わりなんてないし、この先関わる予定もない。

 ツンツンしようがたまにデレようが、俺には全く関係のない話なのだ。





「……悠斗(ゆうと)くん。春日部(かすかべ)悠斗くん」


 保健室で仮眠をとっていた俺は、名前を呼ばれて目を覚ます。

 こちとら昨日は徹夜でゲームしていたから、寝不足なんだよ。もう少し寝かせてくれ。

 内心悪態をつきながらも視線を声の主に向けると……ベッドの側で、白鷺が座っていた。


「おはよう、春日部くん。よく眠っていたわね」

「……白鷺。どうしてここに?」

「たまたま保健室に用事があったから、ついでに顔を見に来てあげたのよ。見事なまでに熟睡していたわね」


 よく見ると、白鷺の人差し指に絆創膏が巻かれている。どうやら彼女は、絆創膏を取りに来たみたいだ。


「だらしない寝顔を見せて、悪かったな」

「別に、だらしなくなんてなかったわよ。……ていうか寧ろ春日部くんの寝顔可愛かったし。眺めているだけでご飯三杯は食べられそうだし」


 恥ずかしかったからか、後半はいささか声量を抑えたようなのだが……白鷺さんや。ばっちり聞こえていますとも。


 白鷺の「寝顔可愛い」発言を受けて、俺は思わず頬を赤らめる。白鷺のことだから、てっきり授業をサボって爆睡している俺に罵詈雑言を浴びせるものだとばかり思っていたのに……。


「どうしたの? 顔が赤い気がするけど? もしかして……熱があるとか?」

「……かもしれないな」


 照れを隠す為そんな嘘をついたのだが、白鷺は本気にしたようだ。

 俺に顔を近付けると、額と額を接触させる。


「熱は……なさそうね。良かったわ」

「……そうだな」


 ヤベェ。キスされるのかと思った。


 このまま白鷺と保健室に二人きりでいるのはある意味危険だと判断した俺は、起き上がろうとする。

 のだが……右手が何かに拘束されていて、思うように体が動かない。


 一体何が俺の右手を押さえつけているのか? 確認すると……それは白鷺の手だった。

 彼女はがっしりと、俺の右手を握っているのだ。


「……白鷺、これは何?」


 右手に視線を向けながら、俺は白鷺に尋ねる。


「いやね、うなされているようだったから。何か悪い夢でも見ているのかと思って、手を握っていたの」


 悪い夢なんか見ていない。その証拠にほら、目の下のクマが綺麗さっぱりなくなっているだろう。


 それにもし本当に悪夢にうなされていた俺を安心させる為、手を握っていたのだとしたら……目を覚ました俺の手を依然握り続ける理由なんてどこにもない筈だ。


 ……もしかして、これが凄いと噂の白鷺のデレなのか? だとすると、どうして俺なんかにデレるというのか?

 想像以上の破壊力に、俺は一層顔を赤らめる。……風邪を引いたことにして、もう少しこのままでいようかな。



 


 この日は午後の二時間を使って、家庭科の調理実習が割り当てられていた。

 普段座学ばかりの我々高校生にとって、調理実習はある種の息抜きのようなもので。授業中にお喋りや食事が認められるなんて、なんとも素晴らしいカリキュラムだろうか。


 調理実習における男子生徒の楽しみは、なんといっても女子の手料理だ。

 特に我がクラスには、白鷺がいる。男子生徒の誰もが彼女の手料理をひと口でも口にしたいと考えていた。


 調理実習の課題は、ハンバーグだった。

 一応基本的な作り方はプリントに載っているものの、各自アレンジを加えるのは可。白鷺はチーズが中に入ったハンバーグを作ろうとしていた。


「白鷺さんのエプロン姿……めっちゃ可愛い」

「ヤバい。嫁にしたい」


 などという男子の率直な感想を、当然白鷺の耳に入れるわけにはいかない。なので彼らが噂話をする時は、決まってハンバーグを焼いている最中だ。焼いている音で噂話をかき消そうというのだ。


 聞かれたくないのなら、言葉にしなければ良いのに。

 などと思いながら、俺はチラッと白鷺を見る。


 ……クソッ。保健室の一件以来、どうにも彼女を意識してしまっている。

 白鷺よりも、今はハンバーグ作りに集中しないと。


 ハンバーグが完成した。

 少々焦げてしまったが、まぁ、食べられない程じゃない。

 家庭科教員の採点も終わり、早速自作のハンバーグを食べようとしたところで……白鷺に話しかけられた。


「ねぇ、春日部くん。もし良かったらなんだけど……私のハンバーグ、ひと口食べてみない?」

『!?』


 白鷺の提案に俺だけでなくクラス全員が驚いたことは、言うまでもない。


「えーと……何で?」

「何でって……先に断っておくけど、別にあなたの為に作ったわけじゃないんだからねっ」


 うん、知ってる。単位の為だよね。


「だけど一概にもそうは言えないというか。ほんのちょっとだけど、それこそ雀の涙程度だけど、あなたに食べて欲しいなぁ。なんて思ったりして……」


 察してくれと言わんばかりに、白鷺は上目遣いをしてくる。……その顔はずるいだろ。

 

「そういうことなら」と、俺は白鷺作のハンバーグに手を伸ばす。

 ハンバーグを箸で二つに割ると、中からとろ〜っとチーズが流れ出してきて。それだけで、食欲がそそられた。

 果たして肝心の味はというと……


「美味いぞ! 俺、チーズ好きなんだよな!」

「えぇ、知ってるわ」


 間髪入れずに、そう答える白鷺。

 もしかして……俺がチーズを好きだから、チーズ入りのハンバーグを作ったのか? 俺に食べてもらう気満々だったんじゃねーか。


 美味しそうに白鷺お手製のハンバーグを食べる俺を見て、あわよくば自分もと考える男子生徒も出てくる。我先にと名乗りを挙げたのは、男子生徒Aだった。


「白鷺さん。俺にもそのハンバーグ、食べさせてくれないかな?」

「いや、別にあなたの為に作ったわけじゃないんだけど」


 先程俺に向けて発したのと同じ言葉だというのに……どうしてこんなにも受け取り方が違うのだろう? 少なくとも今の彼女の発言からは、本気の拒否が見受けられる。


 でも本音を言えば、白鷺が断ってくれて良かった。

 こんなにも美味しいハンバーグだ。誰にも渡さず、全部一人で平らげたい。


「ご馳走様。凄く美味しかった」

「お粗末さま。……条件によっては、またいつでも作ってあげるわよ」


 白鷺の言う条件とは、何なのか? 今聞くと周囲(特に男子)から嫉妬と殺意を向けられそうなので、敢えて聞かないことにした。





 ここ最近の白鷺を見ていて、一つ思ったことがある。

 白鷺って……もしかしなくても、俺のこと好きなんじゃないか?


 ツンツンしていることで有名な白鷺さんだが、俺に対してだけ明らかに態度が違っている。デレている……と捉えても良いんだよな?


 確かめる術ならある。俺が彼女に告白すれば良いのだ。

 

 白鷺はその、可愛いし……俺だけを特別視してくれるところが、最近かなりグッときている。

 きっと彼女と付き合えば、楽しいことだろう。


 もし俺の勘違いだとしたら……まぁその時は、「キモい」とか「自意識過剰の童貞野郎」と罵られて終わるだけだ。別に失うものなんて何もない。


 そうと決まれば、善は急げだ。

 俺は放課後、白鷺を屋上に呼び出した。


「春日部くんから声をかけてくれるなんて、珍しいじゃない。どうしたのかしら?」


 心なしか、白鷺が早口なように感じる。


「悪い。用事があったか?」

「あったわよ。でも春日部くんの呼び出しに勝る用事なんてないから、全てキャンセルしてきたわ」


 いや、別に告白なんて明日でも良いわけだから、自分の予定を優先して貰って構わないのに。だけど俺の為に予定をキャンセルしてくれたことは、素直に嬉しく思う。


「それじゃあ端的に言うぞ。白鷺、俺はお前のことが好きだ」


 突然の告白に、白鷺は目を見開いて驚く。そして次なる反応はというと……


「よっしゃ! 恥を捨ててデレまくった甲斐があったというものよ。まさに作戦通りじゃない? しかも春日部くんから告白してくれるなんて、完全勝利じゃない? もう嬉しすぎて、このままキスして押し倒したいレベルなんですけど」


 俺の前であることを無視しての、ガッツポーズ。ていうか最後にとんでもないことに口走っていた気がするが?

 ……白鷺、お前がどれ程俺を好きなのかようやく理解出来た気がするよ。


「えーと、白鷺? それは俺の告白を受けてくれるって認識で良いんだよな?」

「えぇ、勿論よ。私はあなたの彼女になってあげるし、この先いつでもハンバーグを作ってあげる」


 調理実習の時言っていた「条件」、それは……俺と白鷺が恋人同士になること。もっと言えば、俺が彼女に告白することだったようだ。


「……全く。俺はとんでもない女に惚れてしまったみたいだな」

「今更後悔したって遅いわよ。言っておくけど私、春日部くんを手放す気なんてないから。一生あなただけを見続けてあげる」


 昔も今も、この先も。白鷺の瞳には、俺しか映っていない。……成る程。どうりで男子生徒Aの名前も知らなかったわけだ。


「そういえば」。白鷺はふと話題を変える。


「さっき私、用事を全てキャンセルしてきたって言ったわよね? だからね、その……この後暇になっちゃってるんだけど」


 ほら、またデレてきた。白鷺は暗に、「デートに誘え」と言ってきているのだ。


 デレると凄いと噂の白鷺さん。その噂は真実だと、俺はこの先身をもって体験していくことになる。

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