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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トンネルを抜けたら見えるもの

どうぞよろしくお願いいたします。

 空を見上げると薄灰色の雲が空一面を覆っている。顔が冷たく濡れるのは雨が降っているのだから当然だ。初夏の若い熱気に文字通り水を差すこの雨は、俺の気持ちもジメジメと嫌なものにする。


 どうして俺は放課後、こんなに生徒でごった返している昇降口なんかでボケっと突っ立っているのだろう。どうしてとか言いつつも、もちろん理由を忘れたわけじゃない。


『今日はせっかくだから久しぶりに一緒に帰ろうね』


 昼休みにアイツから届いたLINE。雨が降っていてお互いの部活が休みになるから、せっかくということなのだろうが、さも良かったことなのかのように言われると少し腹が立つ。確かに今サッカーから少しの間だけでも離れられるのは俺には救いだったかもしれない。でもそれを見透かされたかのような書き方が俺の小さな自尊心をくすぐるのだ。


『いいよ、昇降口で待ってる』


『ん、分かった』

『よかった。何か最近避けられてるような気がしてたから』


『そんなことねーよ』


『そーだよね、じゃあまた!』


 そんなことねーよ、か。女々しい嘘をついたかもしれない。避けてたのは本当。でもアイツが悪いわけじゃない。俺が勝手に思い込んでいるせい。


 辛いんだ。何か最近あいつだけが遠くに行く気がして……


 ◇◇


「翔ちゃん!」

 声変わりを終えて間もない、男にしては少し高めの声。確実に大人に近づきつつも少年の無邪気さをいまだに含んだソプラノの声が物思いに耽っていた俺の耳に突然入り込む。ああ。自分から誘ったくせに俺を待たせていた幼なじみがやっと来た。


「悠真、遅い」

 機嫌が悪い俺は少し低い声で幼なじみの呼び掛けに応じる。そして彼の方に目を向ける。少し伏せ目がちにして目を合わせないようにしながら。

 でもハッキリと見なくたって生まれた時から一緒にいる彼の容姿などちゃんと分かるのだ。黒色だけど色素が薄くて光に透かすと少し茶髪に見えるストレートの眉までかかった髪。人の心の奥底まで見透かすんじゃないかと思うような大きくてキラキラした目。口元にはいつも微笑みをたたえている。突然の成長期に体重がまだ追いついていない色白で華奢な体格。これが俺の、大切な幼なじみの悠真だ。


「ごめん、ホームルームが長引いちゃって。うちの担任ったらあともう少しで期末試験だぞって3回も言うんだ」

「あっそ、とにかく帰るぞ」

「ん」


 俺はやっぱり悠真とは目を合わせず顎で促して帰り道を歩き出した。


 ◇◇


 俺たちは小雨の中、2人で傘をさして道を歩く。高校生になって距離の伸びた学校と家を繋ぐ道。


「ねえ翔ちゃん」

 悠真が後ろから小走りで付いてきている話しかけてくる。

「だから高校生にもなって翔ちゃんは流石にやめろ」

「でも翔ちゃんは翔ちゃんだし」

「あっそ」

 これはこの2ヶ月ちょっと何回か繰り返されて少し飽きてきたやり取り。俺たちの会話は大体ここから始まる。


「久しぶりだね、こうして一緒に帰るの」

「そだな」

「楽しいね」

「そだな」

「翔ちゃん、返しが適当」

「そだな」

「んー!」

 悠真が変な声で唸る。後ろにいるから分からないけど多分ふくれっ面をしているんだろう。昔からの癖だ。


 たたっと駆ける音がして、悠真が横に並んできた。

「今日どんなことあった?」

「別に、変わったことは何も」

「じゃあこの1週間だったら?」

「別に」

「じゃあ1ヶ月」

「だから別に」

「んー!」

 本日2回目の唸り声を悠真が出す。横目でこっそり見てみると案の定ふくれっ面をしていた。顔立ちは少し大人びたが幼い頃から何一つ変わらない。

 そのとき強い風が突然吹き、悠真のおろしたての半袖をはだけさせた。顕になった白くて細い二の腕に何故か俺はドギマギしてしまう。


「どうしたの?」


 そんな動揺を察したのか悠真が俺の顔を覗き込んできた。人の顔を覗き込むのは小さな頃からの悠真の癖。意思の強そうな光を放つ大きな瞳が俺の目を真っ直ぐと捉える。それを見ると俺の動揺は尚更大きくなって、顔ごと目を背けながらまた「別に」と言う。それを聞いて悠真は「あはは、翔ちゃんは別に星人だ」と無邪気に笑った。


 ◇◇


 俺たちが住むこの田舎の景色は昔から何一つ変わらない。ありふれた田んぼと名も無き川、そして幼稚な伝説のある土竜山、この3つのパーツだけでこの場所のことは語れる。何も無いから都会と違って普段は大きな空があるが、今はあいにく雨。傘をさしているから空を見上げることは出来ないし、たとえ見たところで重苦しい灰色の雲が地上に、そして俺の心にのしかかるだけだ。


 悠真がさっきから黙っているから俺は周りの景色に気を配ってみる。田んぼには青々とした若稲が植わっており、雨が降っているおかげで元気なカエルの元気な鳴き声が聞こえる。カエルの鳴き声はガーガーという音が一気にひたすら繰り返されるような音だ。物心着く前からカエルの鳴き声はよく聞いていたが、ゲロゲロと鳴くものだとは絵本の中で初めて知った。

 そういえば俺は虫のような小さな生き物が昔からとにかく苦手、カエルももちろん例外じゃない。あぜ道を歩く時に小さなカエルが靴を少しかすっただけで体がゾワゾワとしてくる。でも悠真は生き物は一向に平気で、小さな頃はカエルを何匹も手のひらにすくって俺をドン引きさせたりもしていた。そんな俺を悠真は、「翔ちゃんは田舎生まれの田舎育ちの癖に心は都会っ子なんだね」とからかっていた。


 雨が降っているから川を普段より水量を増して茶色く濁っている。この川は何キロか離れた大きな湖に流れ込んでいる。いまだに蛍がそこそこいることでマニアの中では有名らしい。そういえば悠真はやっぱりその蛍を何匹も手のひらにすくって遊んでいた。指の隙間からぼぅっと光が漏れる様子はどことなく幻想的だが、その中にいるのはやっぱり俺の嫌いな虫。幼い俺は光には見とれながらも少し遠巻きにしながら悠真のことを見ていた。そんな俺を見た悠真は多分その生来優しさからだろうが、俺が蛍を欲しがっていると思ったらしく、いきなり駆け寄ってくると抱えていた蛍を俺に手に押し付けてきた。一瞬凍りついたあと手を猛烈な勢いで振って蛍を落としながら悠真の元から駆け出す俺。そんな俺を悠真は戸惑ったような声を出しながら追いかけていた。

 田舎って嫌なことばっかりだ。


 ◇◇


 田んぼのあぜ道をしばらく行くと小さな鉄橋に差し掛かった。雨の匂いの中に心なしか赤茶けてさびた鉄の香りが混じる気がする。それが俺たちの子供の頃のちょっとした記憶を甦らせる。


 この鉄橋下の川岸で悠真がクラスの他の男子たちに服を脱がされたことがあった。顔が女みたいだから確かめてやるという理由で。

 それを知った俺はすぐにここに向かった。

 白くて華奢な裸体を晒した悠真が手の甲を目に強く押し当てて泣いている。泣き声を必死に堪えつつも、抑えきれずに高い呻き声を出す様子が、逆に心に抱く疼痛の重さを感じさせる。それを囃し立てるクラスメイトたち。俺はそいつらをボコボコにして追い払った。

 悠真が俺にすがりついてくる。

「俺が悠真をいつでも守ってやるからな」

 無邪気な俺の言葉に悠真は心底安堵したような顔を見せた。


 弱い悠真を、強い俺が守る。

 あの頃は確かにそうだった。


 ◇◇


 悠真がまた俺の顔を覗き込んでくる。何か話したいことがあるらしい。


「どした?」


 俺が話を促しても、普段から天真爛漫な悠真は珍しく躊躇う様子を見せる。


「最近部活はどう?」

「普通だよ、いつも通り。お前こそどうなの?」

「県大会には出れそう」

「個人で?」

「すごいじゃん」

「すごくないよ、人数が少ないだけ。翔ちゃんは?レギュラー試験受けないの?」

「……考え中」

「受けたらいいのに。翔ちゃんなら確実だよ」

「あっそ」

「あっそって」

「もういいだろ、この話は」

「分かった」


 俺は無理やり話を打ち切る。悠真とは目を合わせたくない。分かってしまったからだ。悠真が俺の最近の不機嫌の原因に気づいていることが。


 俺は小さな頃からサッカーをしている。ボールを蹴るのが楽しい。相手を抜けばもっと楽しい。ゴールを決めればもっともっと楽しい。ただそんな思いで続けるうちにいつしか地元のジュニアユースにも呼ばれるくらいにはなった。でも最近壁にぶち当たってしまった。練習しても練習しても上手くならない。ユースの仲間に置いていかれる。今まで俺を褒めたたえていた人の笑顔が消えていく。そんな気までして、生まれて初めてサッカーを続けるのが辛くなってきたんだ。

 高校のサッカー部はそこそこ強豪だけど2ヶ月前に入学した時は俺ならすぐにレギュラーを取れると思っていた。でも今じゃそんな自信は風のように飛んでいってしまった。レギュラー試験は自薦制になっていてレギュラーを目指す者はまず自分で立候補しなければならない。でも自信を無くしてしまった意気地無しの俺は立候補するに出来ないのだ。


 しかもまだ俺の心を乱すことがある。悠真のことだ。悠真は中学生の時は特に部活をしていなかったが、部活必須のこの高校では卓球部に入っている。すると才能があったらしくメキメキと頭角を現し、わずか2ヶ月で団体戦のレギュラーに選ばれ、個人戦でも同学年同士では無双するような状態になってしまったのだ。多分天才というやつなのだろう。

 そんな悠真が決して妬ましいわけじゃない。幼なじみとして嬉しい気持ちももちろんある。でも俺がサッカーで上手くいかなくなったこの時期に、今まで俺の弟みたいな立場だった悠真のこの活躍を素直に応援できない自分がいた。

 そして気付かされたんだ。俺は悠真を無意識に下に見ていたってことを。そんな自分が嫌いになった。悠真のあの大きくて明るい瞳にそんな俺の醜い姿が映るのに耐えられなくなった。だから悠真を避けていたんだ。

 今ショックなのはさっきの会話の調子から悠真がそんな俺の気持ちにまで察しをつけていることまで分かったことだ。


 俺はどうしたらこの心の暗い雨空を晴らすことができるのだろう。


 ◇◇


「あっ土竜山にも、雲がかかってる」

 悠真がふと気づいたように言った。

 俺たちの町のランドマークとも言える存在。モグラの形に見えるから土竜山。安直なネーミングセンスだ。


「そういえば土竜山に2人で探検しに行ったことがあったね」

 悠真が面白そうに言う。

「あったな、そんなこと」


 あれは俺たちが小学生の頃のこと。俺たちは2人して土竜山にモグラの骨を探しに行ったんだ。というのも土竜山には町に伝わる昔話があった。あの山はかつては本当にモグラで、山ほどもある大きな大きなモグラの死骸の上に年月とともに草木が生え、生き物が住み着き、いつしか山になったのだと。

 もちろんそんなことがあるはずない。そんな伝説を信じているやつなんて今も昔もいなかった。当然幼い頃の俺も信じてはいなかった。でも考えたんだ。もし本当にあれが大きなモグラの死骸だったのなら、そのモグラにも骨があったはずだから、今でも骨がそのまま残っているかは知らないが、少なくとも山の内部にカルシウムで構成された白い塊がちょうどモグラの骨のように残っているに違いない。それが見つからなければイコール土竜山の伝説は嘘ということになる。

 だから俺は悠真を助手にしてそのような痕跡があるかどうかを確認しに行ったんだ。骨のようなものがあってもなくても大発見になると信じて。

 でも結果は散々だった。朝早く2人して弁当と水筒を持って山に登ったはいいが、骨があったのならともかく、ないことの証明などそれこそ山を隅々まで見て回らないとできないわけで。土竜山がいくら小さな山だとしても、それを隅々まで歩き回るのは小学生には大変すぎた。結局疲労困憊した俺たちは、夜になっても家に帰らない俺たちを心配した町の人たちの山狩りによって、木の下でへたりこんでいるところを発見されたのだ。


「ねっ。あの時は怒られて大変だった。翔ちゃんのせいだよ」

「今更」

「まあね」


 確かにそんなことはあった気がする。でも実はこれは後に人から聞いた話で、その時のことはあまり記憶が残ってないんだ。記憶力はいいはずなのに。やっぱり子供の頃のことだから?それとも思い出したくないことがあったのかな?断片的に残っているのは悠真を探し回って暗い山の中を泣きながら歩き回ったこと。


 ◇◇


 あともう少しで俺たちの家に着く。けれども道が2つに分かれるところで俺たちの足が止まった。2人が別々の方の道を歩こうとしたからだ。


「あれ、翔ちゃん何でそっち行くの?こっちの方が近いよ?」

「いや、何となく。いつもこっちの方を通ってる」


 悠真が行こうとしたのは土竜山のトンネルを通った道。俺が行こうとしたのはそのトンネルを通らず土竜山を迂回する道。そういえば俺は何でこっちの道を通るんだろう。ふたつの道では確かに悠真の選んだ道の方が明らかに早い。


「もしかして翔ちゃん、怖いんだ?」

「はっ?何が」

 予想外な言葉に素っ頓狂な声が出る。


「そういえば怪談があったなってあのトンネル」

「怪談?」

「何年前のことかは知らないけどあの山で男の子が遭難して結局何日か後に死んじゃってたんだって。で、今でもあの山にはその男の子の霊がさまよっていて、トンネルを通る時にふと視線を感じて後ろを振り返ると小さくて冷たくて無表情なその子がこっちをじっと見つめて立っている。何かを訴えかけるような眼差しで」

 悠真がいかにも怪談を語るようなおどろおどろしい口調で語る。

「ハッ、バカバカしい。知ってたけどそんな怪談嘘だよ。そもそもあんな小さな山で遭難なんてする訳ない」

「でも僕らはしたじゃん」

「だけど死にはしなかっただろ」

「嘘だと思うならトンネル通ればいいじゃん」

「うん、まあ。ていうかそもそも怪談が怖いからトンネルを通らないわけじゃないし」

「ね、だからこっちの方行こ」

 悠真がいつになく強引に俺を誘う。昔はこんなんじゃなかった。俺が悠真を引っ張る。悠真は唯唯諾諾と付いてくる。こんな悠真を俺は知らない。

 何故か悠真の瞳がいつもの光を失っている気がした。でも、いやだからこそそれに圧されて俺は悠真の言った道を渋々通ることにした。


 今の怪談とは全く関係ないはずなのに、俺たちが遭難した時あの山で何があったのか無性に気にかかる。


 ◇◇


 雨はまだ止まない。俺の気分も沈んでいく。傘を差した俺たちはトンネルに向かって緩やかな下り坂を進んでいく。亀の甲羅のような模様のついた側面の壁はその甲羅の隙間から雑草が所々生えている。トンネルの暗い入口が俺たちを吸い込もうとしているかのようにポッカリと口を開ける。そんなに長いトンネルじゃないはずなのにどうしてトンネルの向こうが見えないんだろう。下はちゃんとアスファルトで舗装されているけど所々ヒビが入っている。幅の狭い道で車も通らないから管理がそれほど行き届いていないのだ。


 悠真が俺の前をスタスタと歩く。短髪だから白いうなじがよく見える。いつの間に悠真はこんなに自信を持って歩くようになったのだろう。

 間もなくトンネルに入った。オレンジ色の照明が点々と続き緩やかに左の方へ曲がっている。かび臭い匂いがした。

 悠真は相変わらずさっさと歩く。いつの間にかもう先の方を行っていた。

「おい、悠真。歩くの速すぎ、置いていくなよ。」

 俺は思わず声をあげる。


 置いていくなよ。


 これはただ今のことを指しているだけなのか?それとも俺たちの関係性?俺の焦り?分からない。分かりたくない。


 悠真が足を止める気配はない。俺の方を振り向くことなく後ろ姿だけで言った。

「翔ちゃんが追いつけばいいんだ」

 何だよそれ。追いつきたいけど、走りたいけど怖いんだ。失敗して自分の実力のなさを思い知らされるのが。惨めな姿を人に、いや、お前に見せてしまうのが。本当にどうしようもなく。



 トンネルの冷気に当てられて、なんだか背中の辺りがゾクゾクする。冷気のせい……だよな?

「さっきの怪談の男の子ってさ、どうして土竜山になんか登ったんだろうね」

「何だよいきなり」

「だって変じゃない?こんな何も無い山の中に遭難するほど深く入るなんて」

「そりゃ子供だし、入ってみたくなったんだろ」

「僕たちみたいに?」

「そうかもな」

「じゃあさ、その男の子も僕みたいに友達に無理やり連れてこられたのかもね」

「何が言いたいんだ、さっきから話が見えない」

「それで自分を連れてきた友達に置いてかれちゃって1人で山の中をさまようことになるんだ。土竜山は確かに小さな山だけど子供には十分大きい。1人真っ暗な山の中泣きじゃくりながら助けを求めたんだ」

「だから、だから、なんだよ」

 思い出したくない記憶が蘇る気がする。俺は悠真と土竜山に出かけたとき、大人たちに見つかるまでずっと悠真といたっけ?見つかったのは両方だよな?まさか俺だけだった?まさか、もしかして。

 ずっと背中しか見せていなかった悠真がゆっくりとこちらを向いてくる。薄暗いトンネルの中でもやはり肌の白さが際立つ。でもなんだかそれが今は不気味で仕方がない。

 相変わらず大きな瞳。ぬらぬらとした光を宿した幻惑的な瞳。それに射抜かれて思わず足がすくむ。

 彼の赤い唇が開いた。

「幽霊って僕の事だったりして」


 そんな馬鹿な、って言いたかった。でも肺の中の空気が上手く声になって出ていかない。ふと後ろに視線を感じる。振り向く。小さな男の子がいた。

 これが悠真。あのとき俺が見捨ててしまったのか?そんなわけない、そんなわけないんだ。悠真とは小学校の修学旅行だって一緒に行った。広島だった。中学生になってからもずっと一緒にいた。ゲームの話だってした。一緒に勉強だってした。初恋の話もした。お互い好きな女の子が一緒でちょっと気まずくなったっけ。でもその子は学校一の不良とくっついて2人して拍子抜けしてしまったんだ。そんな思い出がなかったなんてことがあるわけない。


「嘘だけどね」

 悠真が少し笑って言った。


 そう嘘に決まってる。でも土竜山に登ったとき、何か嫌なことがあったのは覚えている。多分これを思い出さないといけないんだ。




「なあ悠真、俺たちが遭難したときって何があったんだっけ?」

「あの日僕は翔ちゃんに誘われて土竜山に登ったんだ。でも土竜の骨なんてぜんぜん見つからない。翔ちゃんは隅々まで探さないとないことも分からないって言ったから、ずっとずっと2人で歩いてた。お弁当も食べちゃって水筒も空になったのに翔ちゃんは探検をやめてくれない。そのうち辺りが真っ暗になっちゃった」

 思い出してきた。それで俺は……

「そんなとき翔ちゃんが言ったんだ。ここには幽霊が出るらしいって。山で遭難した僕たちと同い年位の幽霊が。そしたら僕ら急に不安になってきて、泣き出しちゃったんだ、それで……」

「思い出した。そう、それでパニックになった俺はお前を置いてどっかに行っちゃったんだ」

 悠真が吹き出す。

「そうそう、翔ちゃんって理屈っぽいくせに幽霊とかそういうオカルトは簡単に信じちゃうんだから、今でも」

「今でもは余計だろ」

「あはは、それで置いていかれた僕は途方に暮れちゃって」

「俺はしばらくして一旦落ち着いたらとんでもないことをしてしまったんだって思った。俺が悠真を守ってあげなきゃいけないのに逃げ出してしまって。そうかだから俺はこれを思い出したくなかったんだ。強い俺のイメージが崩れるから」

「別に元々僕は翔ちゃんにそんなイメージなんでないよ、自分と同じように欠点があってでもその分いい所もある大事な親友。ずっとそう思ってる。あのとき翔ちゃんがどっか行ってしばらくした後、ゆうまーって僕のことを呼ぶ翔ちゃんの声が来て、やっぱり翔ちゃんは翔ちゃんだって思った。僕のことをやっぱり助けに来てくれる」

「1回逃げたけどな」

「1回逃げたけどね」

 2人して笑う。

「それで大人たちが見つけてくれまで翔ちゃんは木の下でずっと僕と一緒にいて幽霊なんていないから、そんなの根拠の無い妄想だからってずっと僕に言ってた」

「やめろ、さすがに恥ずい」

「でもすごく安心した。翔ちゃんと一緒ならきっとなんとかなるって思った」

「うん」

「ねえ、レギュラー試験受けなよ」

 悠真がいつもの明るく輝く瞳で俺の顔を覗き込みながら言う。

「翔ちゃんが最近上手くいってなかったのも知ってるし、それで悩んでることも。翔ちゃんってさ逆境になると何でも自分に都合悪く考えちゃってさ。もう何も上手くいかない。自分の味方も誰もいないって思い込んじゃうじゃない?」

「うん、そーいうとこはあるかも」

「そんなことないよ。それこそ根拠の無いモーソーなんだ。僕から見たら今でも翔ちゃんはすごくサッカーが上手くてかっこいいよ」

「うん」

「自分の後ろ向きな不安なんて投げ捨ててさ、一生懸命やればいいんだ。今日はそれが言いたかったんだ」

 悠真の真っ直ぐな言葉。それが暗く沈んで自分のからの中に閉じこもっていた俺の心に強く響いた。

「ありがと」

 照れくさくて目を合わせては言えない。でも感謝は伝えなきゃ。

「レギュラー試験頑張ってみる」

「うん、頑張れ。応援してる」

 悠真が小さくガッツポーズを作って微笑んだ。トンネルの先の光が見えた。


 ◇◇


「雨まだ降ってるね」

「そだな」

「でもなんか気持ちいい」

「そだな」

「適当」

「適当じゃないよ、ほんとにそう思ってる」


 前は薄暗い雲空やしとしと降る雨を見ると気分が滅入っていたのに、今は不思議とそんなことは無い。雲はかかっていても光は地上に届くし、雨は大地を潤してくれる。カエルみたいに雨の中で元気になるやつだっている。世界って見方次第なんだ。


「傘さすのやーめた」

 悠真が言った。

「どした?」

「僕、実は曇り空の方が好きなんだよね。なんだか気分が落ち着く。だから傘なんかささずによく見たいんだ」

「悠真ってバカだったっけ?」

「んー!勉強は出来ないけどばかじゃないもん!」

 また変な唸り声だ。

「濡れるぞ、風邪ひいたら大変だろ」

「うん、だから翔ちゃんの傘に入れてもらうの」

「やっぱバカだ。それだと結局空見えないぞ」

「いーの。とにかく入れて?」


 悠真が笑いながらおどけたように駆けてくる。無邪気な少年の顔。俺の大事な幼なじみの顔。それを見てなんだかハッとなって。でもそんな動揺は悟られたくない。


「いーよ」


 ポーカーフェイスは上手くできたかな。

読んでくださりありがとうございます。もし気に入ってくださればブックマーク、感想などをつけてくださると励みになります。

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