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07 カスト・ブロッカ

カスト・ブロッカはゴシップ新聞の記者だ。


醜聞を嗅ぎ分ける嗅覚を持った彼は、同僚の中では出世頭。

とはいえ、ゴシップを公にして恨みを買う可能性も大いにある。

重役の椅子にも手が届きそうだが、何かあった時に新聞社と共倒れは御免だ。

あくまでも記者の筆頭、というところに留まっていた。


ゴシップ新聞の稼ぎ方は主に二つ。

一つは、醜聞を探り当て記事で暴き立てることで大衆の興味を引き、新聞の売り上げを伸ばすこと。


もう一つは、醜聞をもみ消したい相手から、せっかくの取材を記事に出来ないことの慰謝料をもらうこと。

こちらのほうは、相手を間違えれば新聞社や記者個人が襲撃を受けかねない。

記事にすることをちらつかせる相手は、慎重に選ぶべきだ。


そして、表立っては言えない三つめがある。


それは、ありもしない醜聞を記事にすること。

誰かの都合のために、誰かの都合を悪くする。

この裏仕事が一番金になる。


不思議なもので、嘘八百も文章に整え、大量に印刷してしまえば、まるで真実であるかのように信じる者が多いのだ。

一度、誰かが信じてしまえば、どんどん信憑性を増していく。


しまいには、嘘だと知って書いたはずの記事を、記者本人が信じ込むことすらあるくらいに。


衆愚のための正義。

いっそ愉快だ。


求められ、金が集まる。

それの何がいけない?



クラリッサ・フォルティの記事を書くよう持ち掛けられた時も、何の迷いもなかった。

蝶よ花よと大事に育てられた、お貴族様のご令嬢。

今まで散々いい思いをしてきたんだろう?


殺人未遂?

極刑にするには、もうちょい盛らないとな。

可哀そうな片思いで、笑いを取ってやろうか。

貴族のお嬢様は、自分が振られるなんて思ったことも無いんだろう?


なんにも知らないまま、花と散りなよ。

それも幸せかもしれないぜ。



カスト・ブロッカは、ヴァネッサ・カルローネのシナリオを記事にした。

大衆に喜ばれるような書き方で。


俺の記事で、一緒に浮かれなよ。

皆で騒げば、罪の意識も薄れるさ。


真実に目を背けたカストが、クラリッサ・フォルティの生い立ちを知ることはなかった。




一方、隣国の記者という立場で、のんびり取材旅行という名の観光を楽しむはずだったダニオ・ポッジの予定は、びっしりと埋まってしまった。


まずは、魔導自動車の特集を組む、という名目で王立魔道具研究所に取材を申し込んだ。


「この国の魔導技術は、大陸のどの国の追随も許さぬ素晴らしいもので、是非、取材させて頂きたいです。

もちろん、所員を引っ張って、魔道具研究に貢献してきた所長のことについても、しっかりと広めたいと考えています」


腰を低くして褒めちぎれば、どうせ魔道具には素人の記者だから、と気を許した所長からエドモンド・ラゴーナを紹介された。


首尾よくエドモンドと接触しやすくなった、との思いをおくびにも出さず、初対面の様に挨拶を交わす。



そして取材の隙を縫って、エドモンドに必要なことを伝えた。


クラリッサは確実に極刑になること。

彼女を助けるために、エドモンドがすべきこと。


「クラリッサ嬢を嵌めたのは誰なのです?」


「まだ、確実なことはつかめていないんです」


クラリッサに好意を持ち始めているエドモンドに、余計な情報は与えないよう、ロメオから言われている。


「今は、彼女を助けることだけを考えましょう」


「……わかりました」


雑念を払い集中すべき時だと、エドモンドはわかってくれたようだ。



魔道具研究所は忙しく、ダニオに許される取材時間は短い。

その分、何度も訪ねることが出来るのでかえって好都合だった。


三度目に訪れた時、約束していたエドモンドは不在だった。


「連絡が間に合わず、申し訳なかったですね。

急に重要なメンテナンスが入ってしまって」


代わりに応対に出た所長が謝罪した。


ダニオは常に下手に出ているので、好印象が続いているようだ。


せっかくなので、と今までの取材分をまとめたものを渡して読んでもらうことにした。


「おや、魔道具には素人とうかがっていたが、なかなかどうして。

理解が深く、わかりやすい。よい記事ですよ」


どうやら、お眼鏡にかなったらしい。

上機嫌の所長が口を滑らせた。


「実は、ここだけの話だが、処刑用の道具もここで造っているのですよ」


「さすが、国で最も重要な研究所ですね」


ダニオは驚いたふりをした。




裁判は滞りなく進み、初公判から一か月後、クラリッサに極刑が言い渡された。


判決の日、ダニオ・ポッジはエドモンド・ラゴーナと並んで傍聴席にいた。

エドモンドは裁判関係者として、ダニオは運で座席を確保した。


カスト・ブロッカも、しっかりとコネを使って座っている。

室内を一渡り見回した彼は、ダニオとエドモンドに目を留めた。

公判の初日、彼等が連れ立って歩くのを目にしたので、念のためダニオの身元は調べてあった。


もしかして、依頼主のヴァネッサ・カルローネに不都合な事態を嗅ぎ付けて報告すれば、もう少し稼げるかもしれない。

だが、これも匙加減が難しい。

知りすぎた男、などと思われてはマズい。


残念ながら、もしくは幸いにも、ダニオ・ポッジは隣国の貴族家の出の、お坊ちゃん記者。

カストが気にするほどの相手ではない。

エドモンドと一緒にいた理由も、どうやら魔導自動車の記事を書くためのようだ。


『何て気楽な奴なんだ』


記者のくせに、一部の暇人しか読まないような記事を書いてご満悦かい?

俺は御免だね。

嘘でも構わない。

世間が踊るような記事を書くのさ。


そして、一緒に俺も踊り死ぬのさ。



クラリッサに判決が出た瞬間、カスト・ブロッカは何も感じなかった。

ただ、僅かには残っているはずの自分の心が、また少し死んだような気がした。



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