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06 エレナ・ベルトッド

「ちょっと待ってください」


ダニオは話を遮った。


「どうかしたか?」


ロメオが何食わぬ顔で応える。


「クラリッサ嬢のことより、話が具体的ですね。

誰に取材したんです?

まさか、ヴァネッサ・カルローネじゃないですよね……」


「うーん。それを知ったら、もう引き返せないぞ」


「それは……首を突っ込んだ以上、覚悟していますが」


「そう来なくちゃな。

この話の出所は、エレナ・ベルトッドだ」


「彼女は、面会謝絶の重症なのでは?」


「エレナの状態は、心身の症状だ」


「もしかして、心の方が重い?」


「……ということに、してある」


「どういうことです?」


「クラリッサに傷つけられたはずのエレナだが、辻褄が合わない。

そもそも、エレナはクラリッサを見た覚えがないという。

夜会の会場では、ヴァネッサがエレナに付けた従僕の案内に従ったそうだ。

階段を上る途中で足を滑らせたんだが、従僕は彼女を助けなかった」


「それは……」


「クラリッサが突き落としたのを見た、と証言したのもこの従僕だ。

しかも、臨時雇いの破落戸で、事件後に姿を消している」


「逃げた?」


「そのようだな。

幸いにも、その破落戸の仕事が雑だったお陰で、エレナの怪我は大事に至らなかった。

たまたま夜会に来ていた医師が彼女を診たんだが、なかなか肝の据わった男だったようだ」


エレナの話を聞いた医師は警戒した。

おそらくヴァネッサの筋書きと、エレナの知る真実は違うだろう。

エレナの無事が知られれば、何をされるかわからない。


医師の計らいで、エレナの状態は面会謝絶の重症ということになった。




「エレナ・ベルトッドは運が良かったようですね」


「ああ、それに比べてクラリッサは更に不運が続いた」




クラリッサが王太子と踊ってから一週間。


彼女の後見を務めるヴァザーリ夫妻は王太子の動向を警戒していた。

しかし、特に動きはなかったため予定していた夜会にクラリッサを出席させた。


ところが突然、フランカ夫人の目の前で、クラリッサは騎士によって拘束される。


なんとかクラリッサの元に行こうとする夫人に、騎士は冷たく告げた。


「あまり抵抗がありますと、ヴァザーリ家も事件関係者として扱わねばなりません」


その言葉に頭が冷えた夫人は、対策を練るため急いで家に帰った。


妻から話を聞いたアルナルド・ヴァザーリは、現当主である息子の力も使って情報収集に努めた。

だが、何もしていないクラリッサが拘束された理由は全くわからない。



「それで、ヴァザーリ夫妻は知り合いの新聞社を頼った」


「もしかして?」


「ああ。俺のところに来たんだ」


「騎士をされていた頃に面識があったんですか?」


「アルナルド・ヴァザーリ氏が大臣になる前、地方の調査に派遣された時に護衛に付いたことがある」


「親しかった?」


「身分のわりに誠実な人物だとは思ったが、特別に付き合いがあったわけじゃない」



藁にも縋る思いでサロモーネ新聞社を訪れたヴァザーリ夫妻だが、夜会での事件など平民に周知されるはずもない。

それでも通常ならば、こんなスキャンダラスな事件は世間で噂にのぼり易いはずだ。

事実かどうかはともかく、話題に上らないことこそが異様だった。



「貴方がこの件に関わったのは、そこが始まりですか?」


「ああ、そういうことになるな」


「となると、公になっていない事件を調べる取っ掛かりはどうしたんです?」


ロメオはニヤリと笑った。


「困った時は正面突破だ」


「というと?」


「これでも元騎士だからな。先輩風を吹かせるのは気が進まなかったが、使える伝手は使わないと」


「なるほど」


ロメオは夜会当日に事件の調査に赴いた騎士に直接、面会を申し込んだ。

だが、あっさりと門前払いを食わされた。



「でもね、意外なところに情報が転がってたのよ」


珈琲を出してくれたジーナが言った。


「騎士団の妻の会、みたいなものがあるのよ。

それに丁度、呼ばれたの。

現役騎士の奥様に、先輩の私がいろいろ教えてあげるって建前でね。

まあ実際は、息抜きの井戸端会議ね」


「井戸端だから、ぽろっと話がこぼれてくれたわけだ」


「そう。件の調査責任者の奥様が来ていて、夜会以来、旦那様が家に帰るのもままならない、とこぼしていたの」




その直後、クラリッサの事件が公になった。

なんとゴシップ新聞の号外として、王都中にばらまかれたのだ。


タダで配られる号外には、スポンサーの思惑通りの記事が書かれたはずだ。


「それでやっと、話がわかってきた」


事件のあった夜会で、フランカ夫人はずっとクラリッサと一緒だった。

人気のない階段に彼女が行った事実はない。


「内容が偽りでも事件が公になったせいで、騎士団は調査を終了せざるを得なかった。

そこで、やっと、調査責任者をつかまえた」


「守秘義務は?」


「クラリッサ嬢の命を救いたい、と単刀直入に言ったさ。

とにかく、一人や二人の気持ちや力じゃ無理だし、時間もない」



ヴァネッサ・カルローネのたくらみにより、クラリッサ・フォルティとエレナ・ベルトッドの命が危機にさらされているのだ。



「クラリッサは冤罪だ。

だが、関係する刑吏やら裁判官やらは職務上、彼女を逃がすわけにはいかない。

たとえ王家が信用ならなくても、横道に逸れるわけにはいかないんだ」


「……クラリッサ嬢を助ける手立ては無いんですか?」


ダニオは無策な自分を恥じながらも、言わずにはいられなかった。


「難しいな」


「……」


「裁判はひっくり返せない。

クラリッサを逃がそうとするなら、よほど周到な準備が必要だ。

俺の見たところ、裁判の開始は通常より遅れていた。

まともな奴が裁判所周辺にもいて、救世主が現れるように祈ってたんだろうよ」


「この後は引き延ばしたとしても限界がありますよね?」


「ああ、始まった裁判は順調に進めないと、さすがに不味いだろう。

万一、ヴァネッサがしびれを切らして横槍でも入れたら、コントロールが効かなくなる」


ダニオは、裁判所でのクラリッサの様子を思い出す。

疲労し、窶れながらも背筋を伸ばし、しっかりと前を見据えていた。


「何とか、ならないんでしょうか」


情けない表情のダニオに、ロメオはニヤリと笑顔を返す。


「何か方法が?」


「昨日までは無かったカードが、今日、転がり込んできた」


「?」


「なにをキョトンとしている? お前だよ、ダニオ坊や」


「僕、ですか?」


「ああ、どんなラッキーボーイなんだ、お前さんは?

エドモンド・ラゴーナと知り合ってくるなんざ、予想も出来なかったぜ」


「エドモンド?」


「この国の極刑の方法を知っているか?」


「いえ、勉強不足で知りません」


「魔導処刑椅子、だ」


「なんだか、すごく怖そうですね」


「まあ、死刑用だからな。

だが、今回はそれが幸運かもしれない」


「どういうことです?」


「魔導処刑椅子は、王立魔道具研究所の制作だ!」



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