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05 ヴァネッサ・カルローネ

「とはいえ、ヴァネッサもいきなりクラリッサを断罪したわけじゃない」


ロメオは話を続けた。


そもそも、クラリッサに罪はない。

王太子に声をかけられ、断れないから一曲踊っただけで断罪されるなど、逆恨みもいいところだ。


「夜会の翌日、婚約者同士のお茶会があって顔を合わせた王太子に、ヴァネッサが言ったんだと」


『先日は、素晴らしくお美しいご令嬢と、楽しく過ごされたとか。

ようございましたわね』


「それで王太子が、ちょっとでも否定すればよかったんだろうが、婚約者の気持ちなど慮ったことも無い奴さんは」


『ああ、本当に美しい人だったな。

また夜会で会えたら、是非、ダンスを申し込もう』


ダニオは頭を抱えたくなった。

銃口を向けたのはヴァネッサかもしれないが、火をつけたのは王太子だ。


「それにしても、そんな内々の話を、どうやって調べたんです?」


「例の記者が調べていくうちに、件の側近にたどり着いたんだ。

記者にも伝手がいろいろあるからな。

ヴァネッサに余計なことを吹き込むような、口の軽い側近だ。

冤罪事件に、さすがに責任も感じていたらしく、贖罪のつもりで記者にペラペラ喋ったそうだ」


「そんなのが王太子の側近とは……」


「まあ、国民としては不安しかないが、新聞社としては、ネギを背負ってきたカモだ。

まさか、冤罪の核心に迫るような話が側近から出てくるとは思わなかったらしいが、記者もチャンスは逃せない。

何食わぬ顔でいろいろ聞き出したんだ」




ヴァネッサ・カルローネは誇り高き高位貴族の令嬢だ。


忙しい両親の代わりに、名誉を重んじる祖父母から、昔ながらの貴族教育を叩きこまれてきた。

貴族の頂点に立つカルローネ家は、王家に対しては表裏共に従順な姿勢を崩さなかったが、下位の貴族や平民たちは自分たちに傅くのが当然と考えていた。


祖父母の時代は、それがまかり通った。

だが時代は刻々と変わっていき、力を持ち始めた平民を下に見ることは、すでに危険な行いになりつつある。


一線を退いている祖父母は、古参の使用人たちが昔ながらの忠誠心で面倒を見ていたおかげで、大きな問題を起こすことは無かった。


問題はヴァネッサだ。

古い貴族の常識で育ち、何の障害もなく王太子と婚約した。

もはや、自分の機嫌を損なおうとする者など存在するわけがない、とまで思っていた。


だが、婚約者の王太子は思うほど、ヴァネッサを重んじてはくれない。

あまつさえ、婚姻前ならば多少の女性関係は大目に見てもらえる、などと考えている。


さすがに王子本人に報復できるわけもなく、ヴァネッサの鬱憤は溜まっていった。


そして、最悪のタイミングでクラリッサが現れたのだ。

いや、ヴァネッサにとっては最高のタイミングだったのかもしれない。




「しかし、何でエドモンド・ラゴーナが引っ張り出されたんでしょう?」


ダニオは不思議そうに尋ねる。

エドモンドは平民で、王立魔道具研究所勤めだ。

王太子と婚約しているご令嬢のヴァネッサと、関わりがありそうもない。


「それは、全くの偶然だったようだ」


ロメオは答えた。


「カルローネ家は屋敷に魔導昇降機を設置しているんだが、それが故障した。

もともと設置する時の注文が煩すぎて業者が対応しきれなかったんだ。

ヴァネッサの祖父は地位を振りかざして、王立魔道具研究所に無理やり作らせたんだと」


「そんなこと、可能なんですか?」


王宮の設備ならばともかく、普通に考えれば、王立魔道具研究所のする仕事ではないはずだ。


「まあ、それが先代までのカルローネ家のやり方なんだろう。

というわけで、故障時の窓口も魔道具研究所だ。

それで、エドモンドがカルローネの屋敷に派遣された」




王太子とのお茶会から帰って来たヴァネッサは、自分の部屋に行くために魔導昇降機を使おうとした。

しかし、昇降機は修理中である。


とりあえず文句を言うヴァネッサに、エドモンドは努めて穏やかに事情を説明した。

自分に媚びを売らない、理知的で美形の大人の男性。

ヴァネッサは不覚にも、説得されてしまった。


階段の方へ歩き出そうと振り返れば、付き従う侍女が頬を染めている。

それを見たヴァネッサは閃いた。


自分の部屋に着いて、寛いだ格好に着替えると、メイドにお茶を用意させる。

そして、侍女には向かいに座るように言いつけた。


エレナ・ベルトッドという名の侍女は、カルローネ家の傍流にあたる下位貴族の娘だった。

大人しく逆らわないので、ある意味、ヴァネッサのお気に入りの侍女だ。


「ねえ、エレナ」


「なんでございましょう、ヴァネッサ様」


「昇降機の修理をしていた技師、なかなか素敵だったわねえ」


「……はい」


「貴女もそろそろ婚約者のことを考えた方がいいと思うの。

もしよければ、あの方のこと調べてみましょうか?」


「あの?」


「確か、我が家の昇降機は王立魔道具研究所に作らせたはずだわ。

その修理に来たということは、怪しい身分の者ではないでしょう。

例え平民でも国の研究者なら、貴族である貴女にも相応しいと思うのよ」


確かに、下位貴族の娘が平民に嫁ぐのは不自然ではない。

エレナは先ほどの男性を思い出して、再び頬を染める。


「ヴァネッサ様……」


「貴女はよく働いてくれているわ。

きちんとした方に嫁いで、幸せになって欲しいの」


「ありがとうございます」


「では、話を進めることにしてもよくって?」


「はい」


ヴァネッサは執事を呼び、エドモンドの身元を調べさせた。

数日後には調書が届き、それを確認したヴァネッサは驚いた。

魔道具研究所のナンバー2と言われるほどの実力者ではないか。


若い娘の視線を惹いてしまう美貌だけではなく、社会に通用する実力も備えている男。

彼女の目的のためには、これ以上ないカードだ。


その日、呼ばれたエレナが驚くほど、ヴァネッサは上機嫌だった。


「この前の男性、エドモンド・ラゴーナというのだけど」


「この前の?」


「貴女にお見合いを進めた、王立魔道具研究所の方よ!

平民だけれど、素晴らしい方のようよ。

是非、話を進めなければ。構わないわね?」


そもそも、ヴァネッサに言われたことをエレナが断れるはずもない。


「はい。よろしくお願いいたします」


若い娘らしく、見目の良い男性との見合い話に、エレナは浮かれていた。

そのせいで、ヴァネッサという主人が、使用人へ気遣いなどする人物ではないことを知りながら、不思議に思わなかったのだ。


ヴァネッサは使用人や身分が下の者を、蔑んだり虐待したりなどしたことはない。

使える者は使い、使えない者は視界には入れない。

ただそれだけだ。


不要なクラリッサを、手駒のエレナを使って排除する。

ヴァネッサは当たり前のように、その計画を進めた。


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