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03 クラリッサ・フォルティ

突然の訪問にもかかわらず、サロモーネ家ではダニオを大歓迎してくれた。

ロメオの妻のジーナは、夫と同じく元騎士なのだと紹介された。


「剣は得意なんだけど、いまだに包丁さばきが怪しいのよね」

と笑うジーナが出してくれた夕食は大皿料理が多く、なかなか豪快だった。


「奥様は舌が確かですね」

一口食べたダニオは、味付けを褒めた。


「あらあら、若い男前に言われると悪い気がしないわね。

たくさん召し上がってね。

それから、私のことはジーナと」


「はい、ジーナさん」


「ふふ、そうだ、この豚肉の蒸し物には、こっちの白ワインが合うわよ」


「ありがとうございます」


差し出したグラスに注がれた白ワインを飲んだダニオは目を瞠る。


「うわ、フルーティなワインですねえ」


「そいつは、例の被告人クラリッサ・フォルティの家で作っていたワインだ」


「え、そうなんですか?」


「フォルティ家の領地は、昔からいいワインを作るので有名だった。

クラリッサの祖父の代からは、領地外にも出荷するようになって、それなりに裕福だったんだ」


「クラリッサ嬢の家は金持ち……」


「ああ。ワインの品質が上がるよう、王都から研究者を呼び寄せたりもしたらしい」


「つまり、フォルティ家は将来を見据えて、真面目に努力するタイプの貴族家だったわけですね」


「そういうことだ」


ロメオの話は、クラリッサの生まれる前に遡って始まった。



クラリッサ・フォルティの祖父が若い頃、大陸にある国々はようやく戦争による領土争いを終結させた。

国境付近での小競り合いは多少残ったものの、概ね、国同士では平和条約をきちんと結んでいった。


物資の供出や、働き手の徴兵などで荒れていたブドウ畑は、クラリッサの祖父を始めとした若者たちの努力で少しずつ蘇って行った。


再び、美味しいワインの醸造に成功したころ、国内も流通が持ち直してきて、他所の領地や王都の美食家などから注文が入るようになった。


フォルティ家では、この機を逃せないと王都からワインの研究者を呼んで、質のいいワインの量産化について相談した。

また、温度管理のできる魔道具を使った輸送についても魔道具研究所へ提案した。

これがきっかけで作られた冷蔵輸送車は、様々な食品を各地から王都に運び、美食家たちを唸らせ、産地を経済的に潤すことになった。

金はないが熱意だけは絶やさない若者たちが、戦後の復興を支えていったのだ。


クラリッサの祖父が築いた縁は、その子供の代にも受け継がれ、美味しいワインの産地として領地の名は国中に知られた。


祖父の跡を継いだクラリッサの父も、私腹を肥やすことなど考えず、ブドウとワインと領民に金を注ぎ込むような人だった。

クラリッサの母も優しい人で、贅沢などより人を大事にするのが当たり前だと思っていた。

領民のために若い医師を呼び寄せて診療所を作ったり、他所の土地から働ける年齢に達した孤児を積極的に採用したり、陰で聖母のあだ名まで付いていたらしい。


そんな両親の愛情と共に、領民たちからも愛されて育ったクラリッサは美しく勤勉な娘だった。

一人っ子であることを自覚しているクラリッサは、早くから領地経営とワイン製造の勉強に熱心で、周りの大人たちを感心させた。



だが、努力を忘れない人々の上にも、無情に不幸は降って来る。


クラリッサが十歳の時、フォルティ家の領地に悪い風邪が流行った。

苦しむ領民のために診療所で看護の手伝いをしていた母が倒れた。

そして、あっけなく天に召されてしまう。


だが、母の作った診療所と呼び寄せた医師の尽力で、王都から離れた土地にもかかわらず適切な治療や隔離が行われた。

同じように風邪の流行った土地の中では、死者数は最も少なくて済んだのだ。


その悲しみを越えて父娘二人で頑張って行こうと思った矢先。

クラリッサ十二歳の夏、大嵐が領地を襲った。


荒天の中、ワイン工場とブドウ畑の見回りに出かけた父が家に帰ってくることは無かった。

倒木に潰された馬の側で父の遺体が発見されたのは、嵐が収まってから二日後のことだ。


大切な家族を失い、まだ子供のクラリッサは悲嘆にくれた。

屋敷の使用人や、領民たちも、しばらくはそっと見守るしか出来なかった。


それでもやがて、クラリッサは顔を上げた。


ブドウ畑の被害を確認し、ワインが作れるかどうか見極めなければならない。

領主家に一人残されたクラリッサが動かなければ、領地は行方を失ってしまう。


決意したクラリッサに、領民たちは協力を惜しまなかった。

その年のワインを予約していた美食家たちも、来年に期待すると言って支援してくれた。

美食家の一人がクラリッサの後ろ盾を引き受け、領地もそのまま運営できることになった。

祖父と父や母が大切にしてきた絆が、クラリッサと彼女の大切なものを助けてくれた。


その年のワインは作れなかったが、その分、畑を整え、ワイン工場を手直しした成果もあって、翌年からのワインは今まで以上の人気となった。


三年後には、すっかり元通りの生産体制に戻り、領地は安定した。



そんな中、十六歳になったクラリッサは、王都で夜会デビューすることになる。

後ろ盾になってくれている恩人の屋敷に招待され、断ることも出来ない。

夜会のマナーやダンスも習わねばならず、王都に三か月間滞在することになった。


主だった領民たちと打ち合わせ、彼らに留守を任せたクラリッサは王都へと旅立った。



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