02 ダニオ・ポッジ
エドモンド・ラゴーナと別れたダニオ・ポッジは早速、この国一番の新聞社に顔を出した。
ロビーで適当な記者を捕まえて、とっかかりを探ろうと思っていたダニオだったが、自分の方が捕まってしまった。
「よお、ポッジの坊やじゃないか!」
ロビーで声をかけてきたのは、この新聞社の社長であるロメオ・サロモーネだ。
貴族家の次男だったロメオは、若い時分は騎士団に所属していた。
今でも鍛えているのだろう。ダニオの父と同じくらいの年齢だというのに、筋骨たくましい。
ロメオを振り返ったダニオは瞬時に笑顔を作った。
「お久しぶりです、サロモーネ社長」
「いっぱしの挨拶をするようになったじゃないか。
時間があるなら、社長室に来てくれ。
うまいカステラを出すぞ」
幼い頃の自分を知っているロメオは、とっくに成人しているダニオのことをいまだに子ども扱いだ。
だが、カステラは魅力的。
「それじゃあ遠慮なく」
ダニオはロメオに従うことにした。
大きなビルを一棟まるごと使っている会社の場合、たいがい社長室は最上階にある。
でっぷり太った社長が最新の専用直通魔導エレベーターで最上階に昇っていくが、体重がありすぎてスピードが出ず、階段から来た秘書が先に着く、なんて風刺漫画も描かれるくらいだ。
ところが、ロメオが案内してくれたのは二階だった。
使い勝手を考えられた適度な広さの部屋は、調度も品がいい。
「最上階? ああ、社員用のラウンジになってるよ」
ラウンジでは軽食や飲み物のサービスも受けられるという。
「さすが、社員を大事にしているんですね」
「これからの時代は、人が資本だからな」
大陸はそろそろ貴族社会の終焉を迎えていた。
時勢を読んでいる貴族たちは、経済力や商売の繋がりを重要視している。
「君の父上は元気にしているかい?」
ダニオの父は隣国の新聞社の重役だ。
社長は伯父が務めている。
ロメオは騎士を辞めた後、新聞社について学ぶため、ダニオの伯父のところに研修に来ていたそうだ。
まだ、ダニオが生まれる前の話だ。
ロメオが自国で新聞社を立ち上げた後も交流は続き、ダニオは小さい時、訪ねて来た彼に遊んでもらったことがある。
「お陰様で。よかったらまた遊びにいらしてください」
「おう、ありがとうな。
ほれ、カステラが来たぞ。たくさん食べていけ」
「はい」
子ども扱いは気になるが、カステラに罪はない。
ダニオは大口で頬張った。
「……ナッツオイルを使ってますね。うまい」
「さすが味が分かってるね。最近、外国から来た菓子職人が始めた店で買ったんだ。甘味好きの間では、けっこう流行ってるよ」
デコレーションしていないカステラは、吟味された穀物と砂糖を使っているようだ。ナッツオイルが隠し味になっていて香ばしい。
「まあ、人間が飾りを取っ払って、中身で勝負しなくちゃならん時代にふさわしい菓子かもな」
「やはり、この国でも貴族の看板は意味がなくなっていますか?」
「看板を掲げている奴は、何もわかってないことを晒してるだけだな。
そういう奴は、もうじき誰にも相手にされなくなるさ」
話しながらも二切れのカステラを平らげたダニオは、さすがに満腹になった。
「ごちそうさまでした。
実はさっき、チョコレートケーキを食べてきたんですけど、これはまた違う味で美味しかったです」
「エドモンド・ラゴーナも甘党だもんな」
「はは、耳が早いですね」
ロメオに隠すのは無理だ。
ダニオは、エドモンドに会っていたことをあっさり認めた。
「なんでまた、あの事件に首を突っ込もうと思ったんだ?」
「エドモンドが被告人に一目惚れしたようなので」
「何だって?」
「彼は初対面だというクラリッサ嬢のことが気になってしょうがないようですよ」
「なんてことだ……」
「クラリッサ嬢は冤罪ですよね?」
「おそらくな」
「では、裁判がひっくり返る可能性がある?」
「それは無理だろう」
「なぜです?」
「相手が悪い」
「相手とは?」
「王太子……というか、その婚約者が噛んでる。裁判にはまだ、王室の力は十分通用するよ」
「あの、その辺の話を教えていただけますか?」
「ああ。だが、今から話し出すと遅くなりそうだな」
時刻はすでに夕方になっていた。
「ダニオ坊や、宿はどうしてるんだ?」
「ホテルをとりあえず一週間でとっています」
「水臭いなあ。うちに泊まってくれればいいのに。
せめて今夜は、その話をするから泊りに来いよ」
「それでは、お言葉に甘えて、よろしくお願いします。
宿から今夜分の荷物をとってきてからうかがいます」
「一緒に車に乗って行けばいい。宿の前につけるよ」
「魔導自動車ですか?」
「ああ、馬車より小回りが利くんで気に入ってるんだ」
「僕の国では、まだあまり見かけないので楽しみです」
ダニオの国は、ここに比べると少しばかり魔導技術が遅れている。
その代わりというわけでもないが、貴族社会の解体はわりとスムーズに進んでいた。
一足先に、貴族や元貴族が産業を興して奮闘してきた。
ロメオのような他国の者も受け入れて、教える度量すら持っている。
「その辺りは王室の考え方の違いが大きいな」
巧みにハンドルを捌きながら、ロメオが口にした。
「この国の王室は、自分たちの力の誇示が一番大事だ。
おべっか使いどもに囲まれて安心していたら、いつのまにか大陸で一番最後を歩く羽目になってる。
幸い、貴族の大半は時勢が読めているから、表向きは王室に逆らわずにしっかり自活の道を探って来たのさ」
ロメオの実家も、領地の農産物を活かして加工品の研究を進めてきた。
缶詰工場を作って、農繁期以外の雇用も増やしている。
もし、貴族制度が無くなって領地から離れることになっても、農民たちが缶詰工場を続けていってくれればいい、という考え方だった。
昔は使用人の多かったタウンハウスも、今は小ぢんまりとしたものだ。
減らした使用人の中で、希望する者についてはロメオの新聞社で再雇用した。
料理人もメイドも、ラウンジの即戦力になり、このビルを社屋として買い上げた時には、ずいぶん助けてもらった。
ダニオの滞在している宿は、市場にも商店街にも近い場所にある。
道路の向かい側に車を停めたロメオは、待っている間、宿の入り口や街の様子を観察した。
王都に家を持たない商人や、外国から来た者たちが行き交って、賑わいが絶えない。
「なかなか、いい場所にある宿だな。
うまい話は聞けたか?」
しばらくして戻って来たダニオに、ロメオが尋ねた。
「……外国人は、クーデターを警戒しているようですよ」
「ダニオ坊やは、どう思う?」
「僕は、クーデターは無いと思ってます」
「どうしてだ?」
「この国には心ある貴族も多いですからね。
国民の生活になるべく悪影響が無いように、時機を見計らって時代遅れの王族と貴族を排除することも可能なのでは?
いや、それもクーデターなのかな?
ソフトなクーデター?」
ロメオは車を走らせながら、面白そうに笑った。