表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぶどうの蔓  作者: 瀬嵐しるん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/18

16 チェレステ・ヴァザーリ

クラリッサ・フォルティの事件があってから三年。

国内ではすっかり王制が衰退し、とうとう平民の議会が立った。



王太子マルツィオは婚約者だったヴァネッサ・カルローネを失って以来、大きく変わった。

現王と王妃を統治から遠ざけるための説得に腐心奔走したのだ。


古い時代のような陰謀や毒殺で、王家の幕引きなどしたくない。

自分に出来る限りのことをして、真っ当に無血で国政を譲渡したい。


その姿勢は周りの者にも伝わり、彼に賛同する貴族家の子息は、自分の親たちを自主的に説得し始めた。


少しずつ少しずつ、彼等の努力は実を結び、やっと平民の手が政治に届いたのだ。

そして、諦めのついた現王から王位を引き継ぐ予定も立った。


マルツィオとしては、王位を継承したらすぐさま王家を廃止するつもりだったが、平民議会の代表に止められた。


「まだまだ、貴族であることを誇りに生きる者は多いのです」


彼等の心の支えとして、名ばかりと謗られる覚悟で王位に留まって欲しい、と。

この提案に、マルツィオは笑った。

自嘲ではない。自身の怠惰な王族生活にも、意味のある将来があったのだ、と思って。

代表が驚くほどに前向きに、彼はその提案を受けた。




すっかり力を弱めた王政にともない、王立機関は中途半端な立場にあった。

その一つである王立魔道具研究所には予算が回らず、開店休業状態が続いていた。

そもそも、ここで研究され実用化された魔道具は仰々しいものが多く、一般の民衆には益が無い。


魔導処刑椅子がいい例だ。

人道的、と言えなくもない装置ではあったが、平民の感覚では、こんなものの開発に予算を割く神経がわからない。

王宮にある、これ見よがしの昇降機やら、庶民の生活には露ほども貢献しない美麗な噴水装置も同様だ。

未だ開発途中だった諸々の設計図は、研究所の書庫の隅に山と積まれたまま埃を被っていった。


予算が回らなければ、つまりは給料が出ない。

研究者たちは次々と職を辞し、民間に新たな仕事を求めた。


エドモンド・ラゴーナもその一人。


しかし、彼は大仰な研究のすべてが無駄だとは考えていなかった。

十分な資金を投入できる機関で研究された物が、だんだん一般向けに練られていき、安価で使用できるようになる。

それもまた、事実だったから。


エドモンドの研究成果は内外の知るところで、彼の元には外国の企業を始め、多くの招待状が届いた。

だが、少し働き過ぎた。

しばらく休みが欲しい、と思いながら招待状の山を崩していると、一通の手紙に目が留まる。


差出人はダニオ・ポッジ。


王立機関は開店休業中と聞いたので、さっさと辞めて、しばらく自分の国でゆっくりしないか、という誘いだった。


自国の魔導自動車の発展を夢見ているダニオの事、ゆくゆくは引き留めて、その話を出すのだろう。

しかし、少しは気心の知れた彼の招待なら、と受ける気になった。


今では名ばかりの貴族とはいえ、ダニオの実家は広い領地を持ち、いくつかの企業を経営していた。

屋敷で豪勢なもてなしを受け、エドモンドは恐縮至極。


別荘も国内に複数持っている、ということで、そこを経由しながらの自動車旅行に行くことになった。

ダニオは、男二人で色気がないと笑うが、それはお互い様だ。


ゆっくりと自分たちのペースで国内を移動し、小さな村の祭りに飛び入りで参加したり、古い街の名物料理を味わったり。

途中、海鮮を食べたいというダニオの要望で、海沿いをドライブ中のこと。

斜面に作られたぶどう畑を見上げる場所で休憩をとった。


車外に出て心地いい海風に吹かれていると、驢馬が引く荷車が近づいてくる。


「こんにちは」


ダニオが御者に声をかけた。


「こんにちは。ご旅行ですか?」


少年のように活動的な服装の御者だったが、声を聞くと若い女性らしい。


「ええ、港の方へ海鮮を食べに」


「そうですか」


荷車を止めた彼女の顔を見て、エドモンドは驚いた。

ショートカットの似合う彼女は……クラリッサだ。

見間違えようもない。

確か事件前、彼女は領地でぶどうを育てワインを作っていたのだったか。

思い切って話しかけてみる。


「こちらのぶどう畑は、貴女が育てているんですか?」


「ええ、三年前に前の持ち主から譲り受けて、両親と共にワイン作りを研究中です」


「研究?」


「なかなか、思ったような出来にならなくて……

ゆくゆくはワインを売り出したいと思っていますが、時間がかかりそうです」


「大変でしょうが、楽しみですね」


「はい。少しずつでも目標に向かって行けるのは楽しいです」


「貴女の思うワインが出来た頃、また、お訪ねしたいものです」


彼女は少し考えてから、また口を開いた。


「あの、もしよかったら、身内の試飲会にいらっしゃいませんか?

招待状を出しますので、連絡先を教えていただければ」


「いいんですか?」


「ええ、是非」


「ありがとうございます。喜んで伺います」


この国での住所をまだ持たないエドモンドは、ダニオに頼んで招待状を回送してもらうことにする。


「ダニオ・ポッジさん方のエドモンド・ラゴーナさん宛でよろしいですね」


「はい、よろしくお願いします。

失礼ですが、貴女のお名前を伺っても?」


「まあ、申し遅れました。

私はチェレステ・ヴァザーリと申します」


「チェレステさん。

また、お会いできるのを楽しみにしています」


「こちらこそ。では、楽しいご旅行を」


彼女は再び荷車に乗り、ぶどう畑の間を上っていく。

それを見送りながら、エドモンドは呟いた。


「よかった、元気そうで」


そしてダニオを振り返る。


「ありがとう、ダニオ。ここに連れてきてくれて」


「どういたしまして。

しかし、彼女、完全に僕のことは眼中になかったですねえ」


「どうかな? もう少し時間があれば、君とも話したのではないかな?」


ダニオがおどけて肩をすくめるので、エドモンドは苦笑した。


「ダニオ、私は決めた」


「何をです?」


「この後の仕事のことだ。私は……医療用の魔道具の研究をしようと思う」


「なるほど。うーん、自動車ではないのが残念ですけど、応援しますよ」


「ありがとう。自動車の方も開発の助言くらいなら、力になれるだろう」


「それで十分です」


事件の後、隣国での魔導自動車の取材をもとに記事を連載したダニオは、興味が高じて製造会社を起こすことを考えていた。

アドバイザーとしてエドモンドがついてくれれば、資金も人も集めやすくなる。



クラリッサを魔導処刑椅子で仮死状態にしたことも、棺に嵌め込んだ蘇生装置も、かねてよりエドモンドが研究してきたものだった。

ダニオを経由して、クラリッサを助ける方法がないかとロメオ・サロモーネに打診された時、その方法を提案した。


研究に協力してもらっていた医師に、秘密裏に入手したクラリッサの健康状態の診断書を見せ、相談の上、装置の調整を行った。

計算上は、クラリッサの蘇生成功率は九十パーセント以上だったが、不測の事態はいつでも起こり得る。

三年経った今、無事な彼女と会話出来て初めて、確かに成功したことが実感できた。


だが、胸に湧き出るような喜びは、それとは別のもののような気がした。


彼女が無事に生き延びたこと、再び会う約束をしたこと。

そして、事件の関係者として記憶にあるはずのエドモンド・ラゴーナの名に嫌悪を感じていないこと。

その全てが、彼を幸福にしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ