14 ジーナ・サロモーネ
最初は手伝いとして雇われたバルドだったが、経営者が引退する時に葬儀屋を引き継いだ。
新たに葬儀屋を始める物好きはいなかったし、仕事は途切れることが無い。
おまけに、無口で無表情なバルドはこの職に向いていた。
一昔前は、陽の当る場所を歩けない人間の仕事、とすら言われていた葬儀屋。
今では、そんな馬鹿なことを言う者は無い。
それでも、この職を目指す者はほとんどなく、不人気職種のトップスリーには必ず入る。
だが、街暮らしの人間には葬儀屋が必要だ。
まともな死に方をした者は教会で弔われる。
金に余裕があれば、祭壇の前に棺を置き、司祭の執り行う儀式のもと、参列者がしめやかに別れを告げる。
金が無ければ、墓地に掘った穴に下ろした棺を参列者が囲み、見習い司祭が簡単に儀式をする。
どちらにしろ、遺体を棺に納め、決められた日時に決められた場所へ運ぶのが葬儀屋の主な仕事だ。
教会のスケジュールが立て込んでいれば、数日程度、遺体を預かることもある。
昔は、特に夏場は、その数日が大変だったようだ。
遺体はナマモノ。気温に委ねれば傷むのである。
だが今では、冷蔵の魔道具を棺に嵌め込むだけでいい。
冷蔵の魔道具は魔力を充填して使いまわすので、予め棺には嵌め込み用のスペースが設けられている。
クラリッサ・フォルティに判決が言い渡された日、バルドの営む葬儀屋に一つの棺が持ち込まれた。
クラリッサのために用意された棺は、無罪を主張するかのような純白。
細い金の線で蔓模様が描かれ、見るからに一級品だった。
送り主はアルナルド・ヴァザーリ元大臣。
その人物がクラリッサの後見であることは知らなかったし、興味も無かった。
バルドにとって大事なのは、処刑後の遺体を納める棺が有志からの寄贈であっても規定に触れることはない、という事実だけだ。
同じ日の夕方、一人の客が葬儀社を訪れた。
その日の仕事は早めに終えていたので、扉には鍵をかけてあった。
独身のバルドは葬儀屋の二階で寝泊まりしている。
ベルの音を聞いて下に降り、扉を開けると意外な人物が立っていた。
「こんばんは、久しぶりね」
そこにいたのはジーナ・サロモーネ。騎士団時代の同僚だ。
引退後は、副団長だったロメオ・サロモーネの伴侶となっている。
「ジーナ先輩。お久しぶりです!」
騎士団時代の癖が出て、直立不動、敬礼までしてしまう。
「いやだ、引退して何年経ったと思ってるのよ。
それとも、私がそんなに怖い先輩だったの?」
一瞬の沈黙が少しばかり気まずい。
だが、ジーナはニヤリと笑った。
「女騎士は男騎士になめられたら終わりだからね。
怖いと思われていたのなら本望だわ」
「……はぁ。ところで、本日はどのようなご用件で?」
「そうね、油売ってる場合じゃなかったわ。
明日、拘置所へ行くでしょう?
その時持ち込む棺に、これを使って欲しいの」
ジーナは、バッグから棺の蓋に嵌め込む魔道具を取り出す。
バルドは白い棺を見やった。
「もしかして、これが明日使う棺なの?」
「ええ、今日持ち込まれました」
「……そう」
ジーナは、明日処刑される少女を悼むように棺に触れた。
棺の、ちょうど心臓に近い辺りに魔道具用の嵌め込み穴がある。
「私が嵌め込んでも構わない?」
「どうぞ」
ジーナが穴に装置を置くと、自動的に固定される。
白い棺を飾る、光沢のある紫色。
二人とも、これほどまでに美しい棺を見るのは初めてだ。
「これは一度きりしか使えない魔道具なの。
外さずに、このまま土に埋めてちょうだい」
「わかりました」
刑死者の棺は、すぐに土に埋められるので、冷蔵装置は不要だ。
おそらく、副葬品として贈られたものなのだろう。
棺と同じく、バルドは装置の出所を気にはしない。
受刑者を悼む者がいる。それだけは覚えておく。
どんな時も死は厳かなもの。死者は静かに送られるべきだ。
バルドは、そう考える。
翌日、バルド・ティーポは相棒と共に拘置所に向かった。
手順通り遺体を棺に安置し蓋を閉めると、小さな音が聞こえる。
いつもの冷蔵用の装置と変わらない。
その後は棺を決められた墓地まで運び、墓穴に下ろした。
この葬儀に参列したのは、葬儀屋が二人と墓掘人が二人。
死者とは面識のない武骨な四人の男たちは、見習い司祭の言葉に頭を垂れ、静かに彼女を見送った。
その夜、王都の外れにある墓地に墓泥棒が現れた。
土葬であるため、副葬品と言えばせいぜいが花や死者の愛用品。
高価なものを棺に入れることは無いので、墓泥棒など誰も警戒していない。
数年後、埋葬場所を空けるために掘り返された棺の一つには、骨の一本も残っていなかった。
しかし、そこは無名無縁の遺体を埋める場所であり、掘り返された棺の残骸はまとめて大穴に埋め直すだけ。
墓掘人が気付くことはなかった。




