13 バルド・ティーポ
この国の極刑は魔導処刑椅子が使われる。
国王の名のもと裁判所の判決は絶対で、刑の執行も速やかだ。
極刑の決まった罪人は早ければ翌日、遅くとも数日中には刑を執行されるのが常だった。
大昔は広場でギロチンや斧での処刑も行われたらしいが、今ではそんなショーは求められていない。
新聞に書き立てられた噂に踊らされる大衆は真偽に興味などないし、血生臭い現場を見て正気を取り戻すつもりもなかった。
作られた物語の悪役が、筋書き通りに有罪となり処刑される。
『有罪』『極刑の判決』と書かれた新聞の文字が、物語のエンドマークだ。
後日、新聞の片隅に記載される《何月何日 死刑囚○○ 刑執行済み》の文字を確認する者さえ、ごく少数。
それは、冤罪を企んだ首謀者ですら、同じだった。
王太子の婚約者ヴァネッサ・カルローネは、すでにクラリッサ・フォルティの名前など忘れている。
事件の真犯人である破落戸は、とっくに国外に逃亡していた。
すでに監視を警戒する必要は無いだろう。
それでも、極刑のクラリッサを生還させるには、まだ慎重を期さねばならない。
「魔道具研究所のエースにお越しいただくとは、恐縮するよ」
裁判所と地続きの拘置所、その半地下。
魔導処刑椅子を設置した部屋は、いつもは薄暗い水底のような静寂を湛えている。
だが、今は眩しいほどの灯りが持ち込まれ、絶え間ない機械音が耳に障る。
「ハハ、私は単なる一所員に過ぎませんよ。
それより、うるさくて申し訳ないです。
不測の事態が起こらぬよう、整備するためには必要なのですが……」
「こんな部屋に、君一人を置いていくわけにもいかないからな。
暇な管理職の私で良ければ付き合うよ」
拘置所の所長はそう言うと、持ち込んだ木製の椅子に腰かけた。
魔導処刑椅子は極刑専用だ。
すっかり信頼を失ったこの国の王家だが、幸いにも処刑椅子が頻繁に使用されることは無い。
つまるところ、年一度の規定のメンテナンスの他に、使用する直前にも確認のためのメンテナンスが必要だった。
「ああ、人が亡くなる場所ですからね。
しかし、私は機械屋ですから。それに、あまり信心深くもありませんし。
何かご用があれば、遠慮なく残して行っていただいても大丈夫です」
エドモンド・ラゴーナは努めて明るく、不自然にならないよう気を付けながら、所長の退出を促した。
「そうかい? まあ、規則もあるので、なるべく一人にはしたくないんだが。
所用が出来たら、少し外させてもらうよ」
「はい。前回のメンテナンスで数年持つと判断された部品が、予想より傷みが激しくて。
最初の予定より時間がかかってしまい、申し訳ないです」
「君のせいではないだろう」
確かに、前回のメンテナンスはエドモンドの仕事ではない。
しかし、実際には部品は傷んでおらず、エドモンドが施したい作業のために時間がかかるのだ。
申し訳ない気持ちは本物だった。
今回のメンテナンスは、明日に控えたクラリッサ・フォルティの処刑のために行われている。
拘置所からメンテナンスの要請が来た時、エドモンドは真っ先に手を挙げた。
ダニオ・ポッジから聞かされていた計画の一部を、実行する時が来たのだ。
エドモンドはダニオに話を聞いてから、いつ要請が来てもいいように仕事を片付けて行った。
表向きは、仕上げを少しだけ残し、いつもと変わらないペースに見せかけながら。
そもそも拘置所へ行って、薄気味悪い処刑室でちまちまと作業する仕事は不人気だったので、上司は直ぐにエドモンドにその仕事を振った。
すっかり気を許した拘置所の所長は、トイレに行くほかにも少々長めの休憩を取った。
その隙に、エドモンドは狙い通りの作業を進める。
魔道具には門外漢と思われる拘置所の職員が、意外と機械通という可能性も捨てきれない。
ここで疑われるわけにはいかないのだ。
夕方まで作業を行ったエドモンドは、所長に告げた。
「メンテナンスは終了しましたが、少々、調子が心配です。
明日の刑の執行に、私が立ち会うわけにはいかないでしょうか?」
所長は面食らう。
「君は……明日、この椅子に座るのが誰かは知っているのだろう?」
「はい」
「その……君は、あの裁判の関係者だ。
魔道具に詳しい君がいてくれるのは心強いが、嫌ではないか?」
「関係者と言っても、私は面識もなく巻き込まれただけですし。
事件にも、受刑者にも、特に思うところは無いですね」
「割り切っているんだな」
所長は感心している。
「もちろん、規則などに触れてはご迷惑になりますから、無理にとは言いません」
「いや、処刑椅子の技術者が立ち会うのを禁じた規則は無かったはずだ。
帰る前に私の部屋へ付き合ってくれるか?」
所長室へ通されたエドモンドは、ソファで待つ。
所長は事務員を二人呼ぶと、三人で規則の確認をした。
「見落としはなさそうだ。
君の立ち合いに不都合は無い。来てくれるとありがたいよ」
「はい。お手数をおかけして申し訳ありません。
では明日、またこちらへ伺います」
所長は念のために、と拘置所からの立ち合い要請の書類を作ってくれた。
これはエドモンドにとって、たいへん有難い、
翌日、二日続けての留守にやや渋い顔の上司を残し、エドモンドは再び拘置所へ出向く。
所長からもらった要請書のお陰で、言い訳をする手間が省けた。
処刑室に運ばれてきたクラリッサは、既に薬で眠らされていた。
極刑に処される者は、眠りの中で死に至る。
極悪人であっても最期の情けを、と以前、力のある宗教家が王家に訴えて採用されたやり方だ。
実際は、暴れる受刑者を大人しくさせるためかもしれないが、エドモンドにとっては都合がいい。
もしクラリッサに意識があれば、彼女に気を取られて手元が狂う可能性もある。
職員がクラリッサの身体を椅子に座らせ、ベルトで固定していく。
最後に、顔に白いベールがかけられた。
「ラゴーナ君、確認を頼む」
後ろで控えていたエドモンドに、所長から声がかかる。
「はい」
エドモンドはクラリッサの身体が椅子に触れる部分を、丹念に確認した。
いや、確認する振りをした。
実際には、用意してきた魔導装置の効果を遮断する特殊な布を、身体と機械の間に挟んだのだ。
この布は、手品のような簡単な仕掛けで、使用後は速やかに椅子の中に隠せるようにしてある。
「確認終わりました」
「ご苦労様。では、刑の執行を始める」
部屋にいる所員一同が姿勢を正し、所長が魔導装置のスイッチを入れる。
魔力が流れ、クラリッサの身体がわずかにビクリと揺れ、全ては終わった。
拘置所の嘱託医が死亡を確認する。
立ち合った数名の職員は皆、受刑者の静かな眠りを祈るかのように、しばし目を閉じた。
罪人を嘲ることなく、生の終わりを厳かに見送る姿勢。
どこか救われた気がしながら、エドモンドもそれに倣った。
しばらくすると部屋の扉が開かれ、棺を持った二人の男が入室する。
「後は頼んだ、バルド」
二人の男のうち、リーダーらしい方が頷く。
男たちは椅子から遺体を持ち上げると、素早く棺に納めた。
エドモンドは、事前に所長に告げた通り、使用後の確認を行う。
……と見せかけて、例の布を回収した。
ここまでが、エドモンドの仕事。
後は、次の役者の出番だ。
バルド・ティーポは元、騎士。
同僚だった男と二人、葬儀屋を営んでいる。
彼は騎士を辞めた後、なかなか次の仕事が決まらなかった。
体力はあるが、厳つい顔がどうにも敬遠されてしまう。
惚れた女が王都で働いていたために、バルドはここで仕事を見つけたかった。
体力自慢の彼ならば王都よりも地方に行った方が、間違いなく働きやすいのだろうが。
そんな時、騎士団時代の仲間から葬儀屋の手伝いをしないか、という話が回って来た。
この仕事はいつでも不人気。
それに、手伝いを募集している葬儀屋は拘置所にも出入りするので、出来れば身元の確かな人物を採用したがっていた。
元騎士ならば身元は確か。
体力もあるし、遺体を見ても動揺しない。
バルドは、正にうってつけの人材だった。




