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ぶどうの蔓  作者: 瀬嵐しるん


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09 ファビオ・アンドレイニ

その時、ドアを叩く音がした。


「すみません、お医者さま、今よろしいですか?」


アレッシオはエレナに音を立てないよう指示して、ドアに向かった。

廊下にいたのは、さきほどの私兵だ。


「騎士団の方が、お話を伺いたいということなのですが」


アレッシオはエレナの側を離れたくは無かった。

しかし、騎士団と話さないわけにもいかない。

エレナが目覚めているとバレないように衝立で視線を遮り、室内で静かに話すことは可能だろうか?


「被害者はそちらの部屋にいるのか?」


良く通る声がした。調査に来た騎士だろう。

だが、この声は……


「アレッシオ?」


「アンドレイニさん?」


数人の騎士の先頭にいたのは、アレッシオがかつて前線に派遣された際に知り合った男だった。




「居合わせた医師というのは、君だったのか」


「はい、たまたま知り合いに連れてきてもらいまして」


「なるほど。それで被害者の様子は?」


「……まだ、目を覚ましていません」


「そうか。では、とりあえず、君に話を訊きたいのだが」


「喜んで協力いたしますが、患者の状態が心配です。

患者の側で、静かに質問を受けることが出来ればありがたいのですが」


「もっともだな。では、私が話を訊こう」


ファビオはそう言うと、引き連れてきた騎士たちに向き直った。


「伝令に一人残って扉の前に立て。残りは、現場を調べてくれ。

私兵の君、案内を頼む」


きびきびと命令を果たす部下を見送ると、ファビオは中に入りドアを閉めた。


「で、実のところ、どうなんだ?」


「……」


ファビオは信用できる騎士だ。そして、誤魔化しは通用しそうにない。

どのように話せばいいか、アレッシオは少々考え込んだ。

すると、ファビオが話し始めた。


「先にこっちの状況を話そう。

実は、カルローネ家の従僕を名乗る男が騎士団の詰所に来た。

ヴァネッサ・カルローネ嬢に頼まれて、彼女の侍女を夜会に連れて行ったが、相手の男性を待っていたら、侍女が階段から突き落とされてしまったと言うんだ。

しかも、突き落とした女はたまたま従僕が見知った相手で、クラリッサ・フォルティという名前だ、と」


「狙われたのは、ベルトッドさんだけではないんですか?」


衝立の向こうで動く気配がする。


「そんな事実はありません!」


エレナが思わず、口を開いてしまった。

気まずげな顔になったアレッシオに、ファビオは苦笑した。



ベッド横の衝立をよけ、椅子を二つ並べる。


「二人とも落ち着いて。

まずは、エレナさんがご存じの真実をお話しください。

クラリッサ・フォルティ嬢については、彼女を保護するためにも騎士団で身柄を預かることになります。

そちらは、任せていただくしかない」


エレナは、事件に関わると思うことを、なるべく順序だててファビオに伝えた。


ヴァネッサ・カルローネに勧められ、エドモンド・ラゴーナと会ったこと。

今夜の夜会も、エドモンドと会うはずだったこと。

そして、案内役の従僕に階段から突き落とされたこと。


「……結局ラゴーナさんとも会っていませんし、フォルティさんという女性も見かけていません」


メモを取っていたファビオは、ため息をついた。


「お恥ずかしいことですが、その従僕には逃げられてしまいました。

騎士団詰め所で事件のことを伝えた後、カルローネ家へ報告に行かなければならないと言って去ったのです。

もちろん、尾行を付けたのですが撒かれてしまいまして」


「まぁ……」


「従僕の仕事は雑だが、手際は悪くない。

その男が関わっているなら、すでに作られたシナリオがゴシップ新聞に渡っている可能性があります。

こちらが調査と報告に手間取っている間に、事実ではないことが世間に広がってしまうかもしれない」


「私はどうすればいいのでしょう?

侍女としての仕事中に、殿方の見目に心を動かしたことが、こんな結果を生むなんて。

クラリッサさんに、なんとお詫びをすれば……」


「エレナさんに罪はありませんよ」


「そうです。誰かを素敵な方だ、と思うだけで罪になったら、たまりませんよ!」


えらく勢いをつけて言ったアレッシオを、ファビオがほぉと言う顔で見た。



「やはり、エレナさんの無事を知られないほうがいいでしょう。

アレッシオ、彼女を面会謝絶で入院させることは出来るか?」


「私が勤めている平民向けの総合病院では、完全に見舞いなどを防ぐのは無理です」


「ヴァネッサ・カルローネが直接来ることは無いだろうが、誰かに様子を見に来させる可能性があるな」


「エレナさんの身内を装われたら、どうしようもありません」


「……隔離病棟はどうだ?」


「隔離病棟? それなら、いけるかもしれませんが」


アレッシオは心配そうにエレナを見た。

だが、エレナはアレッシオに頷いて見せる。


「私が狙われて足手まといになるより、余程ましです」


「事件が解決したら、私が絶対に貴女の力になりますから!」


「……ありがとうございます」


勢い込むアレッシオに、エレナは少しばかり戸惑った。




とりあえず対処が決まったところで、アレッシオは会頭のことを思い出した。

ファビオにエレナを任せると、会頭に側を離れることの詫びを入れに行く。


「何かあったんだな?」


「事件……いえ、事故にあった患者に付き添って病院まで行くことになりまして」


「じゃあ、うちの馬車を使え。新しい馬車を手配するより早いだろう?」


「いいんですか?」


会頭の馬車は広く、揺れも少ない。

乗る者に窮屈な思いをさせずに運べるだろう。


「ただし、儂も同乗するが」


「わかりました。道中、ご説明します」



馬車は奥の通用口へ回り、そこで担架ごとエレナを乗せた。

後から、会頭とアレッシオ医師も乗り込む。


馬車の窓はしっかりとカーテンが引かれ、覗かれる心配はない。

会頭の隣には、数か所に包帯を巻かれたエレナ・ベルトッドが腰かけていた。


事件の内容をあらかた把握した会頭は、アレッシオに訊ねる。


「すぐに彼女を隔離病棟に匿うのか?」


「一度、一般病棟で怪我を治療した後で、という手順で行こうかと」


外からは軽傷に見えるが、一晩は病室で様子を見るほうが安心だ。

アレッシオは朝までエレナに付き添うつもりだった。


「面会謝絶が確実なら、わざわざ隔離病棟まで行く必要はないんじゃないか」


会頭の発言に、アレッシオとエレナは面食らう。


「入院したという事実があれば、誰かと入れ替わっていても構わないんじゃないか、と言ってるんだ。

役者崩れで口の堅いやつに心当たりがある。

ちょっと謝礼をはずんでやれば、寝てるだけの仕事なんて喜んでやるような奴だ」


「しかし……」


「隔離病棟に入るには、お嬢さんも多少の演技が必要になるだろし、ストレスがかかるような場面も多いだろう。

その辺の面倒を取っ払えるぞ」


必要があって隔離されるのではない。

安全は確保されても、心労の原因になるようなことに遭遇するだろうことは想像に難くない。


「それに、職員の全てを信用するなんて不可能だろう?」


確かに、万全を期すなら会頭の提案に逆らうのは愚策だ。


「そんなに甘えてしまって、よろしいのでしょうか?」


エレナが不安げに言う。


「お嬢さんの頑張りどころは、そこじゃないと儂は思うよ。

もしも、これを恩と思うなら、いつか誰かを甘えさせてやれる大人になればいい」


「……はい。ありがとうございます」


会頭がエレナの尊敬の眼差しを受けるのを、アレッシオは複雑な思いで眺めた。

だが、さすが会頭。いいことを言う。

残念ながら文句のつけようがない。


「準備ができ次第、病院へ身代わりを送り込む。

そのつもりでいてくれ」



馬車が病院に到着すると、会頭の護衛が担架を降ろしてくれる。


ファビオが派遣した騎士が戸口に立つ病室で、アレッシオに見守られたエレナは無事に朝を迎えた。


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