2話 逃れられない強制力
テンプレ嫌いの俺が異世界に転移した。
なんとかテンプレを避けようとしていたのだが、どうにも強制力のようなものが働くらしく、強引に正規ルートに戻されてしまった。
忸怩たる思いであるが、引き返せない。
ステータスオープンをしないとドンドン体力を消耗する。
ステータス画面を開いてしまうと、冒険者にならざるを得ないシステムがこの街には存在する。
やむを得ず、俺は冒険者ギルドで冒険者登録した。
テンプレである水晶玉を割るというイベントをこなすと、周りにいる冒険者たちから歓声の声があがった。
どうやら、彼らはこのときを望んでいた節がある。
俺のテンプレイベントを見たあと、女たちの視線も180度変わった。
いきなり受付嬢とビキニアーマーの女がすり寄ってきて、俺の腕を奪い始めたのだ。
確かに嬢の胸はデカいし、ビキニアーマーと腹筋には男のロマンを感じるが、掌返しすぎだろう。
絶対になにかあるに違いない。
俺を挟んで女性2人が睨み合っていると、上から声がしてきた。
甲高くて可愛い声だ。
声のするほうを見上げると、白いチャイナドレスのような服を着た少女が立っていた。
「何事じゃ! 騒々しい!」
「ギルドマスター!」
職員たちがざわめく。
見た目少女だが、本当の少女ってことはないだろう。
これはロリBBAってやつか。
ギルドマスターという少女の所に職員が駆け寄り、なにやら説明している。
それを聞いた少女は、ニヤリと笑うと俺の所にやって来た。
「レベル999というのは本当かぇ?」
銀髪で、赤い大きな目が俺を見上げているが、アルビノだろうか?
背が小さいから本当に少女のようだ。
「どうやら本当らしい」
ステータスにレベル999って出ているが、どのぐらいのものなのか解らないのだ。
普段の動作にはまったく違和感感じないし。
筋力が999倍とかになっているなら、日常生活はできないレベルだと思うのだが。
「どれ――ワシが直々に実力を見てやろうではないか」
その言葉を聞いたギャラリーが、ざわめく。
こりゃギルドマスターと戦うとかいうテンプレか。
なんか意味あんのか?
「おおぅ?! ギルドマスター直々だって?!」「こんなの久々だぜ?!」「こりゃ、おもしろくなってきやがった!」
各々が好き勝手言いたい放題言っているのだが、こんなテンプレに巻き込まれたくない。
「お断りします」
「なにも褒美がなければ、おぬしもやる気が起きぬであろう?」
「お断りします」
「おぬしが勝ったら、ワシの体を好きにさせてやるぞ?」
「「「おおおお~っ!」」」
なぜか、ギャラリーが盛り上がる。
「お断りします」
「うむうむ、これだけの褒美を前にすれば、おぬしも本気を出さざるをえぬであろう」
なぜか少女はその場で体をくねらせたセクシーポーズをして自信満々なのだが。
「お断りします」
「……なにやら、さっきから信じられん言葉が聞こえてくるようじゃが、気のせいかぇ?」
「お断りします」
「……」
少女が固まる。
「お断りします」
やっと、俺の言葉が彼女に届いたようだ。
「なんじゃとて! この身体がいらぬと申すのかぇ?!」
「俺、ロリコンじゃないし。もっとボン・キュッ・ボンで、髪の毛アップにして、メガネをかけたお姉さんキャラがいいな」
「ぐぬぬ……」
俺の言葉を聞いた受付嬢たちが、一斉に髪をアップにしてどこからか出したメガネをかけた。
一斉にセクシーポーズを決めたのだが、実に壮観である。
「それに、ロリBBAは好みじゃないので……」
「誰が、BBAじゃい!」
「それじゃ歳は?」
「女に歳を聞くではない!」
少女が腕を組んでそっぽを向いた。
「それじゃ、そういうことで」
「待つがよいわ!」
「なんでしょう?」
「ワシはギルドマスターじゃぞ?」
「はい、それがなにか?」
「ぐぬぬ……」
「これって必要なイベントじゃないでしょう?」
「……」
俺の言葉に少女は無言だが、他の嬢たちもそっぽを向いている。
やっぱり、なにか隠しているのではないだろうか?
これが必要なイベントなら強制力とやらで、どうしてもやる羽目になる。
やるんだったら、それからでも遅くはない。
「それより、冒険者になったのでクエストを受けたいんですが」
「はいはい! これです!」
受付嬢が持ってきてくれたのは、一枚の紙。
「え~と、薬草採取」
ギルドのテンプレといえば薬草採取だが、俺の言葉を聞いた周りがどよめく。
「マジか……ついにきたか、薬草採取……」「これが伝説の……」「俺はとんでもねぇ歴史的な場面に立ち会っているのかもしれねぇ」
なんだか知らないが、泣いているやつもいる。
嫌な予感しかしないが。
「そうです! そちら様はレベル999だと証明されましたが、ランクが底辺なので、このクエストとなります」
「それは、しょうがないな……」
紙には、薬草が群生している場所まで書いてあり、いたれりつくせりだ。
なにがなんだか解らないが、当面の飯代を稼ぐためには、仕事をしないといけない。
それに冒険者になったら街の宿屋が格安で使える。
もう下水で寝る必要はないのだ。
「本当に行くのかぇ?」
ギルドマスターが心配そうな顔をしている。
「そりゃ、行かないと飯代がないわけだし……」
「それならば、ワシと腕くらべをしたほうがいいのではないか?」
薬草採取のテンプレと、ギルドマスターと戦うテンプレ。
薬草採取のほうが簡単そうだ。
「さっきも言ったが、ロリは好みじゃないんだよなぁ」
「ワシが養ってやるぞ?!」
「テンプレは嫌だが、ヒモはもっと嫌だし」
幼女に養ってもらう?
男として大切なものを失いそうじゃないか。
「「「おおおお~っ」」」
「さすが、歴史に名前を残す男は、言うことが違うぜ……」「そうきたか……」
なにやら周りのギャラリーが、意味不明なことを言っているが、俺は薬草採取をするためギルドから出た。
なぜか、皆の声援に送られて。
俺にベタベタしていた女性陣もついてくるのかと思ったのだが、そうではないらしい。
街の外に向い、城門をくぐるといつもの門番に挨拶する。
「今日はどこに行くんだ?」
「おかげさまで冒険者になりましたからクエストに」
「へぇ、なったのか? 初仕事はなんだ?」
「薬草採取ですけど」
「へ?! マジか?!」
「はい」
「これは失礼いたしました!」
門番の2人が、直立不動になった。
「いや、いつもの通りでいいですけど――薬草採取にはなにか秘密があるんですか?」
「いいえ! なんでもありません。初クエストが完了されるように、心から願っております!」
2人とも堅苦しくなってしまい、取り付く島もない。
これは無理だな――と察した俺は、クエストをこなすために森に向かうことにした。
誰もいない森への道を、てくてくと1人で歩く。
あ、そういえば――ギルドのあまりの騒々しさに、武器とか用意するの忘れてしまったな。
どうしたもんかと思うが、レベル999だし、普通にそこら辺の石を投げても強いのではあるまいか。
なんなら木の棒でもいいわけだし。
そう思って俺は、道端に落ちている木の棒を拾った。
RPGでいうところの、ヒノキの棒ってやつか。
それがテンプレだが、ヒノキは硬くないから武器にするならアカシアとかケヤキのほうがいいんじゃないかと思う。
試しに振って見ると、凄い音を立てて木の棒は空を切り裂いた。
「おお――まるで剣豪みたいな剣速だな」
恰好をつけて、次々と振り回す。
空を切る音が心地よい。
武器は手に入った――改めて、テンプレクエストの紙を見る。
採取する場所を指定されているが、ここから外れたらどうなるだろうか?
俺は森に入ると、道を外れて明後日の方向へ進み始めた。
――途端に魔物とエンカウントした。
黒い狼が100匹ぐらいいる。
「おわ!」
突然襲いかかってきた魔物を横に飛んで躱す。
自分でもなんだが、凄いスピードで動けた。
敵の動きもまるでスローモーションで、余裕で躱せる。
俺は手に持っている木の棒で狼を殴りつけた。
「ギャイン!」
敵の頭と棒が砕けて即死である。
さすがレベル999ってのはこういうことか。
感心していたのだが、そんな暇もなく黒い敵は次々に俺に向かって襲ってくる。
「武器は――」
俺は地面に転がっている石を拾って投げつけた。
「「ギャッ!」」
普通なら、ボコッ! と敵に命中して終わりなのだろうが、俺が投げたそれは黒い毛皮を貫通して、その後ろにいたやつも貫いた。
「なんじゃこりゃ、スゲー威力」
まるで弾丸だ。
突然の俺の攻撃に相手もビビったのか距離を取り始めた。
さっきのは弾丸だったが、もっとデカい石ならどうなるんだ?
俺は、こぶしよりデカい石を拾い上げた。
軽い――まるで重さがなく、軽石のようである。
それを敵に向かって投げつけた。
「「「ギャォォンン!」」」
5~6匹がまとめてミンチになった。
すごすぎる。
さすがレベル999!
こんなの使っていい力なのか?
その攻撃を2~3回繰り返したら、黒狼の群れは退散したのだが、すぐに次の敵にエンカウントした。
今度はデカくて黒い熊の群れである。
立ち上がると5mほど。
「で、でけー!」
再び大きな石を拾って熊に向かって投げつけた。
「グォォ!」
熊の分厚い皮を、石が軽々と貫通した。
真っ赤な内臓が辺りに飛び散り、茶色の腐葉土を赤く染める。
小石が弾丸なら、こっちは砲弾だ。
次々と仲間を貫通していく攻撃に恐れをなしたのか、熊はいなくなったのだが、さらに巨大な敵が目の前に現れた。
黒光りする鱗で覆われた小山のような身体を持つ魔物――ドラゴンである。
序盤でいきなりドラゴンが出てきてカマセになっているテンプレも多いのだが、こいつはどうなのだろうか?
俺は左脚を天に向けて高く上げた。
「おりゃぁぁぁ! 大リーグボール1号!」
多分、時速数百kmのスピードで砲弾が敵に向かったのだが、硬そうな鱗にあっさりと跳ね返された。
まるで歯が立たない。
こいつはレベルが違うようである。
俺がレベル999なら、こいつは1000以上ってことだろうか?
ゲームのフィールドには、マップの端まで行くとそれ以上進めないような制限があるのだが、こいつはそういうキャラか?
クエストのイベントから逃げようとするキャラを仕留めるために配置された絶対的な存在。
街の住民が言っていたが、テンプレから外れようとしたやつは帰ってこなかったと。
俺には、このドラゴンがそういう存在に思えた。
巨大な敵の正体を考えていると、大きな口が開いた。
「あぶねぇ!」
敵の口からは灼熱の炎が吐き出されて、森に真っ赤な道が出現。
圧倒的な火力である。
燃える炎で、顔がチリチリと熱い。
こりゃだめだ――俺は戦闘を諦めて引き返したのだが、案の定ドラゴンは追って来ない。
引き返せば、手出しはしないようになっているのだろう。
「ふう……」
俺はため息をつくと、クエストの場所に向かった。
その場所は森から出る一歩手前にあった。
小さな泉があり、その周りに薬草が群生しているらしい。
泉の美しい景色を堪能しながら、薬草を摘み始めると、叫び声が聞こえてきた。
「きゃぁぁぁ!」
女の声だ。
俺は心の中で又か――と思った。
これもテンプレなのか強制イベントなのか考えていると、叫び声が怒鳴り声に変わった。
「そこにいるんだろうが! さっさと助けにこいやぁぁぁ!」
声の主は俺がここにいることを知っているのだろうか?
逃げてやろうかと思ったのだが、これじゃ逃げられんと覚悟を決めて、声のする方向に向かった。
森を抜けて草原に出ると、1台の黒い馬車が黒狼に囲まれている。
「やっぱり助けるべきだよなぁ」
さっきの戦闘のように石を探したが、草むらに隠れて見つからない。
俺はステータスウインドウを開いた。
「魔法とか使えないのか――あ、あるじゃん! 光弾よ! 我が敵を撃て!」
俺の言葉に応えて顕現した、10本ほどの光る矢が次々と黒狼たちを襲った。
命中すると刺さって破裂するので、黒い敵の身体がバラバラに飛び散る。
魔法によって、文字通り黒狼の群れを瞬殺。
残った敵はバラバラと草原を逃亡し始めた。
もう大丈夫だろう。
あまり気は進まないが、2頭立ての黒い馬車の所に行く。
そこには黒い服を着て、剣を持った執事らしき初老の男性が立っていた。
背が高く、髪をオールバックにして、いかにもセバスチャンという感じ。
これもテンプレか。
辺りには誰もおらず、この御仁だけ。
護衛も見当たらないが、男の立ち姿に寸分のブレもなく、只者ではないように思える。
もしかして、俺が助けなくても問題なかったのでは?
「あの、お怪我はないですか?」
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
執事と話していると、黒塗りの馬車のドアが開いた。
そこから出てきたのは、胸元が開いた真っ赤なドレスを着た、金色のストレートヘアの女性。
「危ないところを助けていただき感謝しております。私は、この地の領主の娘でございます」
「あ、そうなんですね。怪我がなくてよかったです。それじゃそういうことで」
俺はその場を去ろうとしたのだが、女性に腕を掴まれた。
「命の恩人をそのまま返したとあっては、貴族の名折れ。屋敷まで来ていただけないでしょうか?」
俺の腕にしがみつき、大きな胸を押し付けてくる。
その感触はいいのだが、嫌な予感しかしない。
「いえいえ、私のような下賤の者が、領主様のお屋敷に行くなんて畏れ多い」
「とんでもございません。そちら様は私の命の恩人なのですよ。是非ともお礼をさせてくださいませ」
胸を押し付けてくる金髪の女性は、とても上品そうな感じなのだが、さっきの怒号は彼女の声のような気がするが……。
「いえいえ、勘弁してください」
「いえいえ、是非とも――」
そんな感じで押し問答をしていたのだが――。
「いいから、一緒に来いやぁ!」
女が俺の胸ぐらを掴んでそう言った。
「はい」
「よし、乗れ!」
「はい」
赤いドレスの女と一緒に、馬車に乗り込んだ。
中には赤い対面の座席があり、壁も赤いダイヤ型の模様をしたふわふわで覆われている。
「セバスチャン、出してください」
「かしこまりました、お嬢様」
やっぱりセバスチャンなのか。
「どこに行くのですか?」
「私の屋敷ですよ?」
「なにをしに……」
「ですから、お礼と申し上げたはずです」
にこやかに笑う彼女だが、さっきとキャラが違う。
「別にお礼なんて要らないんですけどねぇ……」
俺の言葉に反応したのか、彼女が座席から立ち上がりスカートの裾をめくった。
馬車の中は高さがないので、腰を折り曲げたまま、俺の太ももの上に乱暴に腰を落とす。
彼女の体温が太ももに伝わってくるのがわかる。
目の間にはたわわな2つの膨らみがあるのだが、それを楽しんでいる余裕は俺にはなかった。
「なぜ、すぐに助けにこなかった?」
「俺の実力で助けられるか解らなかったので……」
「お前のレベルで助けられねぇわけがねぇだろ?!」
女性の厳しい視線が突き刺さる。
やっぱり、こっちが本性のようだ。
「俺のレベルのことをなんで知っている?」
「そりゃ、知っているさ」
どうやって知っているかは、彼女は答えなかった。
「俺のクエストは薬草採取だからな。余計なことに首を突っ込みたくなかった」
「やっぱり、トンズラすることを考えていたのか?」
「まぁね」
「ったく、1回目で終わっていれば、こんな手間を取らずにすんだものを……」
どうやら、転移初日に聞こえてきた女の悲鳴もこいつらしい。
この女もなんらかの法則で行動をしているようだ。
この世界のシステムについて考えていると、彼女が俺の太ももの上で腰をくねらせ始めた。
「ちょ、ちょっと……」
「私たちのことが気に入らないなら、ここでぶっ殺して遁走することもできるよ?」
「でも、それをやって生き延びたやつはいないんだろ?」
「そういうこと、ふふっ……私の身体をもてあそんでみる?」
「いや、遠慮します」
「ほらほら」
彼女が、胸を俺の顔に押し付けてくる。
「いや、遠慮します」
しばらく、その問答が続いたのだが、彼女は諦めたようだ。
「チッ!」
貴族のお嬢様が舌打ちとか。
さっきの本性を見て、やれるはずがない。
この世界に、まともな女はいないのか?
「やれやれ……」
「はうっ!」
突然、女が身体を赤くしてプルプルと身体を震わせて始めた。
「どうした?」
「な、なんでもない……」
そういう彼女だが、どうにも様子がおかしい。
さっきの俺の言葉に反応したのだろうか?
そういえば、ギルドでも俺の言葉に盛り上がっていたな。
「ふぅ、やれやれ……」
「はううっ!」
やっぱり反応している。
「もしかして――俺、またなにかやっちゃいました?」
「はううう~っ!」
俺の上に乗っている彼女が、のけぞってビクビクと痙攣し始めた。
なんじゃこりゃ。
面白いので、しばらく楽しむ。
別に手出しはしてないからな?
それはいいとして――イベントが進んだってことは、ギルドマスターとの試合はやっぱりパスしてもいいらしい。
馬車は街に戻り、ギルドの前を通り過ぎると、そのまま街の中心部に構えている領主の屋敷に到着した。





