第七七話 先住民会の誕生~帝王へ
襲撃を受けたオニビシは用意周到な攻撃の前に護衛さえも殺され、一人で逃げ回ることとなった。
「ウタフ……! どこにいるんだ……!」
オニビシ
堀の深い顔立ち
ルーシにすり寄り、民族衣装を捨てたスーツ姿で赤紫のネクタイを着用
身長一七四センチメートル
体重六〇キログラム
――彼は迫る足音に追いたてられ、旧校舎の中へ誘われていった。日が落ちた夜、自分の足音だけが響く夜の学校。気がつけば外では攻撃の音が止み、微かな風の音のみが響いていた。
「助けてくれ……誰か……助けてくれ」
敵に悟られないよう小さく囁く彼に答えたのは、人ではなかった。
ピャーーン。
ピアノの音が響く。一度だけ響いたその不協和音は、いたずらに彼に不安を植えつけた。
「シャクシャインめ、オカルトで私を挑発しよって……!」
彼は音の鳴る方へ駆けていき、音楽室の扉を開けた。しかしそこには誰もおらず、背筋が凍った。
「外へ出れば敵に殺される……だがここにいてはいけない……!」
彼は二階から降りて一階の玄関まできた。
ゴンッゴンッ……ゴンッゴンッ……。
すると、すぐ背後の階段から足音がした。二階に人がいないのは確認済みだった。
ゴンッゴンッ……。
一段づつゆっくりとそして確実に近くなるその足音は、遂に彼の真後ろで止まった。彼は冷や汗をかき、硬直して動けなくなった。そして、彼は震え「気絶」した。
――目が覚めると彼は椅子に座っていた。木製のテーブルを挟んだ先にはシャクシャインがいた。
「シャクシャイン……!」
彼はシャクシャインにつかみかかろうとした。
だが彼の手足は地面と天井から生える鎖に繋がれていて、動けなかった。
「シャクシャイン、テメェが憎いぞ……! 早く俺を殺せ、どうせ殺すつもりなんだろうが!」
「まぁ落ち着けオニビシよ、まともに口利ける内に思い出話に花咲かすのも、また一興だろう?」
そう言ってシャクシャインはテーブルの上に酒を置いた。
「シャクシャイン、これから殺す相手と酒を呑むなんて正気じゃねぇな」
「まぁそう言いなさんな。ルーシにすり寄ってウチの頭を殺したあんたも、十分正気じゃねぇよ。俺たちに国があったなら、お前は『売国奴』と呼ばれていただろう」
「黙れ! 目的を言え、なぜすぐに殺さない?」
「だから思い出話だと言ってるだろうが……。幼い頃は同胞のよしみで優しくしてくれただろう……?」
オニビシはシャクシャインの話は聞かず、延々と叫んでいた。埒が明かないと思ったシャクシャインは指を鳴らした。
するとその合図で明かりがついた。ここは広い廃坑の様な場所だった。
「オニビシ、わめいてると息子にバカにされるぞ」
シャクシャインが席を立つと、その向こう側にはを血を流しながら両手を鎖で繋がれ気絶する、ウタフの姿があった。
「ウタフ……! ウタフ……!」
「父さん……なの……助けて……!」
ウタフ
一五歳
オニビシの息子
やせ形で優しそうな雰囲気
身長一六六センチメートル
体重四九キログラム
「シャクシャイン、許さんぞ……!」
傷つけられた息子の姿を見て激昂するオニビシに、シャクシャインも怒りを露にした。
「俺たちも貴様を許しはしないぞオニビシ! 忘れるな、これはお前の身から出たサビだ馬鹿野郎!」
シャクシャインは我慢を忘れたことを恥じた。深呼吸をして落ち着いた彼は笑って言った。
「怒鳴ってすまない。さて、これからウタフをどうするかねぇ?」
そういって「ナイフ」を手に取るシャクシャインを見て、ウタフは絶叫した。鎖をジャラジャラならし暴れ、失禁をしながら叫んだ。
「助けてぇ! ! たすげぇ! ! だすけれぇ! ! いや、嫌だ! ! 嫌だぁ! !」
「勘弁しろよ……黙らんとその舌を引っこ抜くぞ……?」
女々しく泣きわめくウタフを脅すシャクシャインには、血も涙もない凶器があった。
「ウタフをどうするつもりだ……まさか、殺すのか……?」
オニビシの質問にシャクシャインは答えた。ニッコリと微笑む彼の目は不気味だった。
「程度の低い質問をしてくれるなよ。俺が言ってるのは、どうやって苦痛を与えてから殺すかってことだ。分かるだろ?」
「なぜだ、なぜ俺を殺さない! ウタフはなにも関係ないはずだ!」
「無関係なカモクタインさんを殺したあんたがそんな言葉を使っちゃいけないぜ? おいツキノエ、早く『硫酸』持ってこい」
冷徹なシャクシャインの態度に、味方であるツキノエでさえ震えた。この状況で冷静に「硫酸」を運ばせるこの「狂気」に恐れを抱いたのだ。
オニビシはそれ以上に震えていた。愛息子を守りたいその思いは気持ちは彼からプライドを奪い、彼は気がつけば涙を長し、ドロドロのよだれが垂れていた。
「頼む……ウタフを殺さないでくれお願いだ……」
「だから無理だと言ってるだろう、耄碌ジジイが。はぁ……『王者』に選定された偉い坊っちゃんが、こんな廃坑で泣きわめいてたらいけないぜ。良い子はおねんねしましょうね」
そう言ってシャクシャインは、手にもっていた硫酸をウタフにかけた。皮膚という皮膚が溶けるウタフは断末魔をあげた。その苦しむ姿を見たシャクシャインは高笑いをした。
「ダハハハハハハハハ!」
二人の大声は、「苦痛」と「歓喜」の両極端なものだった。それを見たツキノエやオニビシは絶句する他なかった。
――それから、翌朝に解放されたオニビシはオタスの杜から追放された。彼はどうにか自領へ帰還したが、心をズタズタにされた彼はもはや再起不能だった。
オニビシ伝いにシャクシャインという男の恐ろしさを知ったルーシは、メナシクルに対し「強硬姿勢」を取ることをやめた。シャクシャインはウタフの亡骸を弔いもせず、ルーシの自治体へ送りつけた。
流れを掴んだシャクシャインは、ルーシに交渉を持ちかける。
「ゲレンスキーさん、俺たちメナシクルは、先住民の人権を保護する団体になりたい。州自治体のお墨付きをくれ。あるいは、俺たちと殺りあうかだ」
「穏やかじゃないなぁ。しかしだねシャクシャイン、ルーシと全面戦争をして独立を勝ちとれると思ってるのか?」
「少なくとも『今』はまだ無理だ。それくらい学がねぇ俺にだって分かんだ。ゲレンスキーさん、もし俺の願いを聞いてくれるってんなら、お近づきの印にこれを……」
彼は自身の後ろ楯となる武力をちらつかせながらも、柔軟に賄賂を用いた交渉をした。それは実を結び、メナシクルは「先住民会」という人権団体へと姿を変えた。
彼らは“闘獣”の王者や三大トゥリーニルを先住民会から選定する際に、ルーシが混血を用いて先住民を浄化しないように、純血のみという取り決めをした。
――後日。
シャクシャインは祈祷士と二人で未来を語り合った。在るべき姿を取り戻すために、これからおこなっていくべき未来のことをだ。そこで彼は、彼女から興味深い話を聞いた。
「あなたは当然、神話の『英雄叙事詩』をご存知ですね?」
「あぁ、チラっと聞いたことがある。あんまり教養がねぇから詳しくはわかんねぇがな」
「一つ、今後のために話しておくべきことがあります……。それは『ポンヤウンペ』という……」
祈祷士はいつか現れる「英雄」を率いて蜂起することを提案した。そして彼らは長い時間をかけて、「理想」のために奔走することになる。
「私は、カムイと『光』で繋がることができます。歴代の祈祷士と同じように、私はこの能力を英雄に継承させることを人生の目的にしているんです」
「奇妙なこと言ってるが、教養がある人はみんなそうだ。分からねぇ話ばかりをする……。なぁ祈祷士さんよ、なんであんたは……いやなんでもねぇ」
シャクシャインは、なぜその能力を有効活用せずに、ただ英雄を待ち続けるのかを尋ねようとした。しかしその答えはすぐに察することができた。
教養がある硬派な人間は、「継承」されてきた能力を乱用しない。先住民として継承されてきた神話という独自性を持つ「記憶」の中でそれを活用する。それ以外のことに使うつもりなど毛頭ないのだ。
祈祷士ポンヤウンペが現れれば、民族に伝わる「英雄」に最大限の敬意を払おうと考えていた。
――一方その頃、ツキノエはハウカセを呼び出していた。
「シャクシャインさん、ある時から変わりましたよね。幼い頃に見ていたシャクシャインさんなら、オニビシを追うために仲間を見捨てるような人ではなかった」
「あぁ、ヤツは人を殺してから変わっちまったよ……。歪んでしまったのさ。残忍なおこないをしている時のヤツは、普段のヤツとは顔が違う。まるで別人だ」
ハウカセは予想以上の攻撃性を発揮したシャクシャインに辟易していた。あらゆる出来事を運んできて人を変化させる「時間」は、とても「残酷」だと感じた。
「でもそんなシャクシャインさんなら、この先も荒波に溺れずに、先へ進んでいける気がします……」
「そうだな……。ヤツはこれから組織運営の軍資金を稼ぐために、暗黒街で事業を始めるらしい……。まだまだしがらみが少ねぇカイ市で、一番初めに根を張ろうってことだ」
「“闘獣”の王者をやりながら、暗黒街に進出するんですか……?」
「あぁ、誰よりも二面性が激しいヤツなら、上手くやれる気がする。“闘獣”の王者でありながら、『暗黒街の帝王』にもな」
それからツキノエはシャクシャインと“闘獣”の「師弟関係」を結んだ。厳しく教わる中でツキノエは、シャクシャインの先住民優先の思想を受け継いだ。
彼は今まで、喧嘩や暴力が嫌いな青年だったが、“闘獣”という格闘技を学ぶ中で、彼は闘いに魅せられていった。
そしていつしかシャクシャインに似た、残虐な闘い方をするトゥリーニルに成長した。三大トゥリーニルとなる程に成長した彼は、シャクシャインの愛弟子として「王者」の後継者だと目された。
だが彼は、王者にはなれなかった。単純に力量で自分に勝る寅三に破れたのだ。そして“闘獣”の三大トゥリーニル引退後は、シャクシャインが担う裏の汚れた部分を受け継ぐ「裏の後継者」となった。
――シャクシャインはその後もその強烈な性格から、内外に多くの敵を作った。その敵の一人は寅三だった。
彼に先住民のよしみで師事して貰うこともあった寅三は、ことあるごとに彼のその残虐性を否定した。
優秀なトゥリーニルとして成長した寅三は、その確かな実力から王者となった。それはつまり、シャクシャインの「表の後継者」となったことを意味していた。
シャクシャインはの評価は難しい。その二面性の激しさから、功罪が極端だからだ。彼の素性を知った堅気の一般人ならば、全員が彼を「悪魔」だと貶すだろう。
だが一方で彼が先住民の地位向上に大きく貢献したことは事実であり、その点では彼もまた「英雄」であると言えるだろう。




