第七三話 暗黒街の理(ことわり)
マメキリらとの会合が済んだ直後、Lucaniaは組織の準構成員の男に、次の仕事について電話をかけていた。スマートフォンを耳に当てる小綺麗な男は、すぐ外のスラム街には似合わない風貌だ。
「Lucaか、会合の手配ありがとう。上手く行ったよ。それで次の仕事なんだが……」
彼は腕時計で時間を確認しつつ、また慌ただしく次の仕事を指示していた。
「上手くいったら幹部に昇格させてやる。あぁそれと、これが済んだらまた会合の手配を頼む。今度は向こうのDonが出向いて来るんだ」
「お任せをDon Lucania。重要な仕事を任されて光栄ですよ。会合の手配の件もご心配なく」
Luca Corazzini
コーサ・ノストラファミリーの男
イタリア ナポリ出身
身長一七三センチメートル
体重六三キログラム
Lucaは外出先のホテルで電話を受け、快く承諾した。しかし連絡を終えると、スマホをベッドに投げて、ため息を吐いた。
「雑用の次は危険な役回りか。まったく『シチリア人』は人使いが荒いな」
「ナポリ」生まれのLucaはあまり良い待遇ではなく、どこか邪険に扱われているフシがあった。この仕事はまるで捨て駒にされている気分だった。
成功させても得られるものは少なく、失敗すればトカゲの尻尾切りに合うのだろう。ハイリスクローリターンだ。彼は組織に不信感と強い不満を抱いていた。
「かと言って俺にはここ以外に行く宛がねぇ……どうしたものか……」
Lucaは組織の「相談役」に処遇の改善を頼み込んだ。
相談役とは幹部や頭との間に問題が生じた際に仲介しする役割だ。
「もっと、組織に貢献してることを評価してほしくて……」
「あぁ分かった。暇になったら対処してやる。今は忙しいからまたな」
相談役は、取り合ってはくれなかった。これでLucaの立場は危うくなった。いたずらに不満を持っていることだけを明かし、「危険分子」扱いを受ける根拠を作ってしまったからだ。
彼は逃げ場もなく、手助けをしてくれる人もなく、この容赦のない「暗黒街」で四面楚歌に陥った。単独でLucaniaを殺すことも難しく、それができた所で、相談役から報復を受けるのは火を見るよりも明らかだ。
追い詰められた彼は、最後の手に出た。汚職警官の「Stephenson」に連絡したのだ。彼はロシア警察の捜査局の男だ。
麻薬の密売を黙認する見返りにコーサ・ノストラから金を得る、いわゆる「職権乱用」をしていた。
Lucaは彼に手柄を立てる機会を与えるといって、Don Lucaniaの居場所を密告した。
出世を求めるStephensonは、強欲さを発揮して提案を受けた。Lucaはなんとか首の皮一枚繋がることができた。
「助かったぜ、Stephenson」
「気にするな。それより、見返りの金を忘れるなよ?」
「分かってる。それと、密告がバレる前にDonを殺ってくれ。三日以内に襲撃するんだ。じゃなきゃすべてパーになっちまう」
Lucaは焦り生きた心地がしなかった。
――同日
「Don Lucania、Lucaがそろそろ動くかも知れません」
それは相談役からの情報だった。
「そうか……手塩にかけて育ててやったのに残念だ。……殺すしかないな」
「Donを殺せると有頂天になって、三日天下に酔いしれている頃でしょう。さて、現実に戻してあげましょう」
――Lucaのこれまでの動きはすべて筒抜けであり、彼は最後まで利用されたあと、Donの手にかかり絶命した。首を縄で縛られ、遺体の首には紫色の痣ができていた。
しかし組織の暗殺実行犯は、ここでとある過ちを犯してしまう。
「汚職警官を殺せ!」
「あれは……コーサ・ノストラの連中か! 逃げないと!」
「どこへ逃がした。まだ遠くへは行ってない、探せ!」
一緒に殺す予定だったStephensonを殺しそこね、取り逃がしてしまったのだ。
「コーサ・ノストラは治安を乱す悪の権化です! 一斉摘発すべきだ!」
Stephensonは命を狙われた報復として、捜査局職員の地位を活かして、コーサ・ノストラの「全面摘発」を強く訴えるようになった。
その勢いは強く、彼は内務省全体に認知される存在となった。
「なぁ聞いたかVanoni。捜査局のStephensonとかいうヤツが、シチリアマフィアのコーサ・ノストラを全面摘発すべきって騒いでるらしいぜ」
「何で今なの……?」
それは内務省の対テロ組織である国家親衛隊の隊員が、そこに異動したAbbieに告げた言葉だった。
「さぁな、でも大陸じゃまた戦争の空気があるらしいし、その前に大規模な組織を捕らえときたいんじゃねぇか」
「また戦争になるのかしら……Stephensonさんは先見の明があるのね」
正しい情報が伝わらず、にわかにマフィアを近々摘発するということだけが浸透していった。
そのような日々が続く中、Stephensonは自身の影響力では摘発まで動かせないことに気付き焦った。
彼は身を守る方ために、先手を打つことにした。
「暗殺稼業をやってんのはマフィアだけじゃねぇ。チンピラを使って、Lucaniaを殺ってやる!」
――一方の相談役は、一日の大半を捜査局で過ごすStephensonに手を出せずにいた。
コーサ・ノストラはピンチを迎えていた。一斉摘発の流れは、近くはないが着実に迫ってきていた。
「時間をかければ摘発される。それに、そうならずとも相談役自ら動く必要があるほど組織が小さくなっていることがバレるのはまずい。そんなことがバレれば、他組織が束になって潰しに来るかもしれない」
コーサ・ノストラはStephensonを殺害リストの一番に据えて、常に捜査局ビルの出入りを監視した。両者ともに焦りを感じていた。
――数日後。
「マメキリ、来い」
「うちの若い衆の情報の話ですか」
「そうだ、お前どう出るべきだと思う?」
先住民会暗黒街派のツキノエとマメキリは、中央区の情勢について話し合っていた。
「俺たちが内務省に味方する訳にはいきません。どうにかシチリア人を助けるべきです」
「同意見だ。それにこれは同盟相手に恩を売る良い機会だ」
そういうとツキノエはマメキリを派遣して、Lucaniaを匿った。Lucania自身、話が飲み込めていないようだった。
「マメキリ、どうして俺が拠点を離れなくちゃいけねぇんだ?」
「よく聞け、ナポリ人のマフィアAl CaponeとStephensonが接触したんだ。お前はもうすぐ殺されるところだったんだぞ」
「なるほどな……。命拾いした……」
同日、alの襲撃は失敗に終わった。Lucaniaには秀二が用心棒としてついていたのだ。
「命拾いしたな。お前はLucky Lucaniaだ。」
「あぁ……。友人のAlも、所詮はビジネスマンか。この界隈で生きるのは疲れちまうな……」
Lucaniaは疲れた目をして床に座り込んでいたいた。
数日後、Alは小者のマフィアを仲介して、街から逃亡することをつたえてきた。それは別れの挨拶だ。
Alが去ってから、打つ手がなくなったStephensonが自死を選んだ。
――三◯二◯年 三月 中盤。
内務省と犯罪組織の対立が現れてきた頃、先住民会の穏健派と暗黒街派の対立も顕著になった。会長の寅三は、秀二がツキノエたちと懇意であることを鑑みて、秀二がこの先彼らに従い「内戦」を引き起こす可能性を危惧していた。
もしそうなれば、やっとの思いで築きあげてきた先住民の地位は下落してしまう。しかし裏社会の人間たちとまっ当な話し合いなどできるはずもなかった。
ツキノエはシャクシャインの愛弟子だ。“闘獣”の指導から彼の性格も受け継ぎ、「組織運営」の面でも似た傾向があった。
彼はシャクシャインから「不正」や「暴力」などを学んでいた。だから暗黒街でなり上がれたのだ。
シャクシャインが先住民の地位を向上させるためにおこなった賄賂等の不正行為は、今でも明るみになってはいない。だが寅三は知っていた。並の不正より凶悪で強引な、シャクシャインの行動をである。
寅三の元を、ある人物が訪ねてきた。その人物は安之助だった。安之助はこの春から復職したことを寅三に報告しに来たのだ。
「復職おめでとうヤヨマネクフ」
「あなたやマミヤさんのお陰だ、どうもありがとう」
安之助の復職には寅三の尽力があった。寅三は安之助が自分と同様に、仕事に生き甲斐を見出だす人間だと知っていたので、彼を友として救いたかったのだ。なのでルーシに合法な手段で働きかけ、四年の時を経てようやく助けられた。
一方でズヴェーリ研究所内で安之助を助けてくれのは、同僚のマミヤだった。アイナの母親である。表向きには体調不良といった理由で離職した安之助が復帰したがっていることを知り、彼の席を用意してくれたのだ。
寅三は安之助との四年ぶりの再会に際して、喜びに満ちていた。しかしそれ以上に、今は穏健派として彼に報告しなくてはならないことがあった。無論それは、秀二が危険な人物になっていることをだ。
寅三は安之助に真剣な態度で、秀二の現状を伝えた。安之助は全ての先住民との接触を禁止されていた為、息子の安否は知りつつも、現状までは知らなかった。
「つまり……君の息子は今や『犯罪者』で、この先もしかすれば、シャクシャインに倣って再び戦争を起こすかもしれない」
「そうだったのか……。秀二は、洗脳されているのかい?」
「それは分からない。だがアイノネ曰く、それはないらしい。長老の葬儀の際に秀二と話したらしいんだが、その時の秀二は昔のまま正直な性格だったらしい」
「どういうことだい?」
「さぁな……子供の直感だろうか。だが彼が危険な存在であることに変わりはない。君の方から彼に連絡して、マメキリたちから引き離すことはできないか?」
寅三は、秀二次第で先住民会の命運が決まる思い、憂慮していた。安之助に助力して貰い先住民会を守りたかった。それが秀二を助けることにもなるとそう信じていた。
「連絡を取ろうとしても無視されてしまうから無理だ。こりゃあ……壮大な反抗期だなぁ。困ったものだ」
安之助はあっけらかんとしていた。秀二と接することが叶わなかった数年間で、秀二は多くを経験して変わってしまったと感じていた。
自分が辛い時に側にいてくれたアイナや生活の面倒を見てくれたマメキリは、血の繋がった父よりも優先すべき存在だったのだろうと思い、父親として情けなかった。
「……シアンレク、どうしてマメキリが暗黒街の人物だからと言って戦争をすると思うんだ? 自分たちの独立国家を創ることに拘るワケは?」
「それはマメキリの親父『ツキノエ』が、シャクシャインの愛弟子だからだな悪い形質も『遺伝』してしまっている」
「シャクシャインは俺達を先住民を独立させようとしただけじゃないか?」
「ヤヨマネクフ、君が知っているのは彼の本性の氷山の一角だ。一つ聞くが、全く狂気を持っていない人間が、人を戦争へと煽動できると思うか? 君は今でもあの『蜂起』を、絶対的に正しかったと信じているか」
寅三は瞬き一つせず、そう尋ねた。そしてそれを見た安之助は肩の力を抜いて上を向き、ため息をついた。
「どうだろうな……今となってはわからない。だが、今の地位を築くキッカケとなったのも事実だ。彼があの蜂起を含む一連の活動をしてこなければ、息子が『英雄』になることもなかった」
「俺は同じトゥリーニルだったから、その本性をよく知っている。その非道さや冷酷さをな。過去の話も直接聞いたよ」
寅三は安之助があっけらかんとしていられるのは、シャクシャインの本性をあまり知らないからだとかんじていた。
寅三はシャクシャインのあまりに残忍で暴力的な性格を強く嫌悪し、そして警戒していた。だからこそ彼は、安之助にそれを教える必要があると思った。
「君は今から話すことをよく聞くべきだ。そうすれば今秀二や先住民会がどれほど恐ろしい状況にあるのか、それを理解できる」
「ほほう、シャクシャインの本性を知れってことか……。わかったよ。それで僕はなんの話を聞かされるんだい?」
「それは、シャクシャインが先住民会を設立する際の話だ」




