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第四話 ユジノハラ予選

 秀二を知る誰もがその勝利を疑わなかった。秀二のトゥリーニルとしての力量は、年齢不相応な並外れたものがあったのだ。 秀二のズヴェーリ、プラーミャは火を吹く小柄なズヴェーリで、身のこなしの軽快さと小さいながら着実に攻撃を当てて、傷を増やしていく戦いかたをしていた。

 子猫から成長した今、プラーミャは猫らしい可愛さと、相手を威嚇する鋭い目つきといった勇猛さを兼ね備えていた。全長一二〇センチメートルで体重三〇キログラムだが、筋肉の塊であり、身体能力は同じ体格のズヴェーリの中では目を見張るものがあった。

 一方タロンジのズヴェーリ、アッコロカムイは全長は二メートルと巨大で、攻撃力は非常に高い。しかし、その巨大さは俊敏なプラーミャにとっては格好の的であった。

「デカいだけじゃ勝てないぜ!」

 だがプラーミャによる一方的な攻撃を許すタロンジではなかった。

「アッコロカムイ、網を張るように足を動かせ! 八つ足を生かして闘うんだ!」

 アッコロカムイはタコ型で、一度攻撃が当たればその足にある吸盤に敵をくっつける。一度捕まれば逃げられなくなるのだ。

 プラーミャによる攻撃が一気に止まった。吸盤のある足で、全身を包むような守りかたをしているアッコロカムイを攻めあぐねていたのだ。動きを止めたプラーミャを、アッコロカムイは見逃さなかった。

 全ての足がプラーミャに目掛けて飛び出し、内一足がプラーミャに巻きついた。そのままアッコロカムイはプラーミャを口の前に運び、タコの墨のように黒ずんだ業火を、プラーミャに浴びせた。泣き叫ぶプラーミャには逃げだす術がなかった。

「どうした、これで終わりか少年。俺と熱く燃える闘いをしてくれ! このままじゃ不完全燃焼で終わってしまうぞ!」

 この窮地においても、秀二の闘志が潰えることはなかった。

「何を言ってやがる、俺だって手加減はしねぇよ! そんなことを言ってられるのも、今の内だからな!」

 秀二の威勢のよさとは反対に、炙られ続けるプラーミャからは、いつしか声が聞こえなくなっていた。タロンジは自らの勝利を確信しかけたが、そのときだった。火を吐き続けるアッコロカムイが突然奇声をあげた。

 驚いたタロンジがプラーミャを見ると、そこに全身が焼け焦げていながらも、必死にアッコロカムイの吸盤と吸盤の間の皮膚を、むさぼり食うように噛み続けるプラーミャの姿があった。


 アッコロカムイは足の一部をかなりプラーミャに食いちぎられていた。大量出血していたアッコロカムイは、随分と長いあいだ痛みに耐えていたことになる。プラーミャは全身を焼かれていたとはいえ、自分も火を体の中に宿すズヴェーリであり、耐火性は強かった。

 一方のアッコロカムイは柔らかい肌をしたズヴェーリだ。肉食で牙の鋭い猫型ズヴェーリであるプラーミャに長時間噛み続けられては、神経が傷つき耐え難い激痛に襲われても、仕方がなかった。

 これはしばらく相手に攻撃を当てられなかったタロンジが、焦って判断を誤っていたために起きた状況であった。

「ほほう、一気に立場が逆転されて、こちらは万事休すという訳か。燃え上がって来たぞ! バックドラフトのように急に燃え上がる闘いも、嫌いじゃない!」

 両者のズヴェーリは満身創痍。闘いは佳境(かきょう)に入った。タロンジはプラーミャという闘いずらい相手に対して、最後の策をとった。

「全ての足を振り回して、とにかくプラーミャに攻撃を当てろ! 数を打てば当たる!」

 プラーミャにこの一撃が当たれば、すぐさま大怪我をおうのは分かっていた。なぜなら、体格差が顕著に現れるからだった。しかし、秀二もまた手を駒ねいているわけではなかった。

 燃える戦いに秀二は快感を覚えていた。そして心の底からこの“闘獣”を楽しんでいた。

 相手との体格差を逆手にとり、一気に攻撃に出るのは避けてとにかく逃げ回り、相手が疲れた所を攻撃するという戦いかたに切り替えた。プラーミャはタコ足から逃げ回り、足の隙間にできる一瞬の隙をついて、無駄に大きな体に噛みつき、爪を立て、焼いていった。

 そしてそれをある程度繰り返したあるとき、プラーミャの目の前には先ほど食いちらかした傷が見えた。それを見逃さなかったプラーミャは渾身(こんしん)の一撃を加えた。

「行けぇ、プラーミャ!」

 そして耐えかねたアッコロカムイはついに倒れたのであった。

「ア、アッコロカムイ……。少年…燃え尽きちまったよ…ここ数年負け続きだな。SNSがまた炎上しちまうよ! !」

 秀二とプラーミャの勇姿を見て、讃える男が居た。審査員の寅三だ。試合後、寅三は秀二にマイクを使って審査員席から一言「今後に期待している」と声をかけた。秀二はやる気に満ちていった。

 その後も連戦連勝して、ついに予選を突破した。壇上から降りた秀二に駆け寄ったユーリやアイナは、アイノネを連れて来ていた。

 アイノネは、父親の寅三が秀二に一目置いているとのことを伝え、帰っていった。

 秀二は、今なら行けると思いアイノネを追いかけた。今なら寅三と話をして、師事(しじ)してもらえると思ったのだ。アイノネが通った道を追っていくと、そこにはアイノネと璃來、寅三が居た。しかし、ようすが変だった。                

「お父さん、璃來兄……。僕、旅にでたいよ……」

「トゥリーニルとして武者修行をしながら、各地を旅しているじゃないか」

「それは旅行だよ! 僕は…誰かが闘ってるのを見てるだけなんて退屈過ぎるよ……。ただ旅をしながら、闘っていたいんだよ……」

「アイノネ、お前はというやつは…。父さんの後を継いで、三大トゥリーニルとなってそして、“闘獣”の王者になりたいんだろう! ?」

「そ……そうだけど……」

 アイノネは、どうやら現状に不満があるようだった。だが秀二には、何が不満なのかイマイチ理解できなかった。彼の言葉の真意、本質が見えてこなかったからだ。考えていると、寅三が口を開いた。

「アイノネ、旅に出たいのか? なにも隠すことはないから父さんに正直に言いなさい」

 アイノネは焦燥感を覚えながら迷っていた。今にも泣きだし そうな顔をして、こう言った。

「ううぅ……。違う! 旅になんか出たくない! !」

「アイノネ……。どうして嘘なんかつくんだ。困ったお前を父さんは見たくなんかないぞ……。教えてくれ、言ってくれなければ分からないよ?」

 アイノネは父親の優しい一言に心が揺らいでいた。嘘をつき続けるのか、もう一度旅にでたいと言うべきか。正解がわからなくなっていた。

 しかしアイノネ以外の人間には、そもそもなぜアイノネが一人でこんなにも困惑しているのかがわからなかった。ほんの数秒、沈黙が訪れた。全員の視線がアイノネに注がれるなか、アイノネは意を決したように口を開いた。

「お父さん、璃來兄……本当は旅にでたいよ……」

 その言葉と共に、彼の目からは涙がこぼれた。胸中に強い葛藤があるのだろうということは、誰の目にも明らかだった。

「そうか……。まだ子供だものな。夏休みの内日も自由な時間がないのでは、ストレスに耐えられなくなってしまうのもムリはない」

「父さん、もしかしてアイノネのワガママを許すんですか?」

「そういうことになるな。アイノネ、旅に出てもいい。お前の人生は、お前が決めてもいいんだよ」

しかしアイノネは、父の許しを拒んだ。

「璃來兄、お父さん。僕、旅には行かない。本当は旅に出て闘って楽しんで勝ちたいけど、それじゃダメなんだ……。だって僕が旅に行っちゃったら、璃來兄が可哀想だから……」

「僕が可哀想って一体どういう意味だい?」

「僕、知ってるんだ。僕が生まれた理由をね。生まれつき決められた運命をだよ……。お父さんは、本当は璃來兄を後継者にしたかったんでしょう?」

 アイノネの言葉に二人は心底驚いた顔をしていた。まるでそれは、「なぜそれを知っているんだ」と言いたげな顔だった。

「でも璃來兄は血筋が理由で、後継者になれなかった。だから後継者になれる人間として、僕が生まれた。そうなんでしょ?」

「聞いていたのか……あの時の話を……」

「僕はお父さんの後継者になるために、お父さんが決めた練習をこなしていくべきなんだ。観戦も練習なら、こなさなくちゃならないんだ!」

 アイノネの表情はまるで運命を受け入れ自分を殺すような、彼の年齢には不相応な自制心が見てとれた。そして涙を流しながら、笑顔を向けてこう言った。

「だってお父さんの子供として、そして璃來兄の弟として生まれてきたんだ。僕は、カイ市三大トゥリーニルにならなくちゃいけないんだ!」

「すまないアイノネ……。僕や父さんのために、自由を捨ててくれたんだな……」

「いいんだ璃來兄。僕は、父さんや璃來兄みたいな強いトゥリーニルから教えてもらえてるから、十分に特別な扱いは受けてるもん」

 なにか重要そうな覚悟を決めたアイノネは、澄んだ顔をしてこう続けた。

「血筋が特別でも、それだけじゃダメだもんね。王者になれるかどうかは、頑張り次第だもんね!」

 秀二は大きな選択をしたアイノネが、年下であるのに自分よりも大人に見えた。そして彼らの話す血筋とは一体なんなのか。それがどのように三大トゥリーニルに影響しているのか。秀二は混乱してしまう。

 江賀寅三

 四二歳

 テンガロハットを被った渋く男前な雰囲気の中年

 深い堀の顔つき

 身長一六八センチメートル

 体重五〇キログラム


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