第三九話 出航
アレク市の頭領、楠木に援軍の情報を密かに伝えたダオは、予定の日時に港を開ける様に指示した。
既に陥落寸前であったアレク市は、援軍到来の報せに歓喜し、その抵抗をより一層激しくさせた。カラハット正規軍は、激しさを増す武士団の抵抗に困惑しつつも、いずれこの最期の足掻きも収まるだろう考えていた。しかしその考えが誤りだったと、彼らはすぐに思い知ることになる。
三◯一六年 二月中旬。
現在の「大陸の覇者」北方の大国ルーシ連邦に緊張が走る。押さえつけていた大元蒙古国の中で、軍が活発化しだすという緊急事態が発生していたのだ。
かつては人類史上最も大きな領土を築いた帝国が、再びその力を誇示しようとしている。精鋭揃いで知られる蒙古軍の騎兵に恐れ戦いたルーシ連邦は、冷静に外交で大元蒙古国に対し軍縮を訴えた。
しかしテムル ハーンはそれを跳ね退けた。
「長きに渡って貴国は我が国の内政に干渉してきた。しかしその関係に終止符を打つときは近い。これ以上我が国の権利を侵害し内政に干渉するのなら、開戦あるのみだ」
テムルはこう通達してきた。ルーシ連邦カラハット正規軍は、有事の際の予備兵力として必要とされた。そのためアレク市攻略や、ワール市における武士団残党狩りに焦るようになる。
どうして今になって元がこのような強硬な態度に出るようになってきたのか、状況を把握できないルーシ連邦は、次第に大陸内部での警戒に注視し、外海への警戒を怠ってしまった。
三◯一六年 初春。
テムルはカラハット侵略軍を組織した。ウリヤン カダイを総大将にし、センゲ リンチン(ᠰᡝᠩᡤᡝᡵᡳᠨᠴᡳᠨ)を筆頭にした複合軍だ。
近年、ルーシ公認で戦争し征服した国の異民族である劉復亨やヌルハチ(ᠨᡠᡵᡤᠠᠴᡳ)、それらの軍閥を引き連れた総勢五◯万の大軍勢だった。
「我が大皇帝よ、此度の侵略には大義と勝機はあります。しかし何故カラハット島なのか、そして侵略によって得られるものが何なのか、それが私にはわかりません」
側近の言葉に、テムルは自慢気に返答した。
「うむ、一見すると食べ応えのない戦いに思えるが、確かに腹を満たすことができる旨味があるのだ」
テムルは側近の男と、大都の沿岸で乗船する兵士たちを見ながら、出港前の夜に話しこんでいた。
「第一に、現在の『大陸の覇者』たるルーシから領土を奪えれば、その衝撃は我ら蒙古の強さとともに、世界中に響き渡るだろう。そうすれば、近年の経済政策の失敗から衰退の一途を辿る我が国が、再び躍進するキッカケとなるのだ」
テムルは危惧していた。それは小国と呼ばれる程に縮小した大元蒙古国が、現在も国民の海外流出によってあらゆる面で衰退しているからだ。
彼は国外へ出征する兵士を海外へ逃れた人材と重ねて、狼の様な目で睨みつけていた。そこには君主としての不甲斐なさが表れていた。
「第二に、攻撃する土地が高名な青山地区や巨大都市カイ市であれば、それを失うだけでルーシは大きく弱まり、その次に他の都市を狙う布石になり得るのだ」
「我が大皇帝の英明さに感服致しました。それならば我が盟友『スフバートル』も、我ら大元蒙古国のために存分に力を尽くすでありましょう!」
「中華攻撃のときとは異なり、今回は出番がないかもしれんな……。スフバートルは総帥の本軍に配属してあるからな」
そんな話をしていると、側近の男は思い出したようにテムルにこんな話をしだした。
「先日スフバートルから耳にしたことを、一つお伝えしたいのですが……。実はここ数日、兵士らに『風邪』のような症状が見られるようでして……」
「風邪だと……軟弱な。『江南』から徴兵した『漢民族たち』が、華北や蒙古高原の緯度の高さから、『寒さ』に堪えたのだろう」
「だと良いのですが……蒙古民族の同胞や他の民族たちにも広がっているようなのです。咳き込む兵士があまりに多いのです」
「はぁ……時間が経てば治るであろう。気にするでない」
別に五◯万の軍が編成され、それはルーシの首都モスクワに目を向けた。しかしそれはルーシの気を引く罠であり、侵略軍はカラハット島へ向けて移動していた。
それから彼らはダオが密かに用意した商船に乗りこみ、アレク市へ進んだ。しかしアレク市の楠木との連絡に不備があり、アレク市への航路は、安全が保証されたものではなかった。
さらには近辺には方国珍率いる海賊が出没するようになっていた。中華圏や中華大陸と呼ばれる大陸の一部地域において、その半分以上は蒙古国の支配下だった。だがそれでも反抗する勢力は残っていたのだ。
彼らはかなりの戦力を有し、蒙古国が支配していない華南の地域で勢力を伸ばす宗教勢力と同様に、危険な集団だった。華南の宗教勢力は半ば一つの国家と言える程に巨大化していたが、蒙古国の支配下でもテロ行為をおこなう野蛮な連中だった。江南の国境付近のフロンティアでは元と宗教勢力による江南の奪い合い、いわゆる〝民族紛争〟が激化していた。
そんな時勢だからこそ、戦争で今一度蒙古の恐ろしさを世界に示し、締めつけを図ろうとしたのだ。今回の侵略は蒙古の進退を決める戦争であり、その出発点であるこの航海が上手くいくことを願った。
そんなときだった。侵略軍の先鋒である劉軍は、前方より近づく数隻の船を見つけた。船には錦の御旗が翻っており、それが武士団であることはすぐに判明した。
四キロメートル程まで近づくとあろうことか、突如前方の船は魑魅による長距離射撃をおこなってきた。実はこのとき、既にアレク市の中心街にまで攻めこまれていた武士団は情報が錯綜し、援軍は誤りであると考える者も多かった。
そして間宮海峡を渡る複数の船に味方が乗っているとも知らず、武士団の藤堂は攻撃を仕掛けた。正規軍に盗聴されるため無線は使えず、劉軍は攻撃を交わしながら船に接近し、停戦を求めるしかなかった。
藤堂側のズヴェーリが一斉射撃を始め、劉軍の船数隻を中破させる事態に陥った。劉軍は戦闘体勢に移る。小回りが効く先頭の数隻を管轄する、劉軍配下の李瞬臣(이 순신)は、船を巧みに指揮して被害は最小限に押さえつつ、攻撃をしつつ接近に成功した。
停戦の旗を揚げるも藤堂軍は乗り込み、船の中で白兵戦となる。どこからともなく「魑魅を使うな、船が沈む」と聞こえだし、その場の全員が刃による戦いを始めた。
「テメェらの頭はどいつだ! 俺様が斬り殺してくれらぁ!」
藤堂高虎
三二歳
武士団残党の有力者であり、筋肉質の大男
青山戦争初期は末端の足軽出身であったため、全身に火傷や指の欠損等の傷が目立つ
身長一九〇センチメートル
体重八十キログラム
「そこの大男、自信がおありなら僕と手合わせ願います!」
李瞬臣(이순신)
大元蒙古軍先鋒、劉軍の配下
高麗(고려)出身
赤みがかった長髪に白を基調とした服を纏う中性的な美男子
身長一六四センチメートル
体重四九キログラム
「何だ、小僧? 頭を出せってんだ!」
「僕がこの船の頭です。その不遜な態度、貴候こそ何者だ!」
「ここで死ぬテメェに教えてやるのも癪だが、この俺様がテメェらの迎撃部隊総大将の藤堂だ! オメェラ、このガキは俺様の獲物だ。一切手を出すんじゃねぇぞ!」
「皆の者、こちらも同様の条件で正々堂々と戦います。なので手出しは無用です!」
両者は睨み合い、刃を交えた。重い槍を怪力で振り回す藤堂の攻撃を、李はまるで舞いを踊るかのように全身を華麗に翻してかわし、両手に持った短剣を使い攻撃した。
藤堂は、小振りでひたすらに動き続ける李に対し、自らの槍が当たらぬことに驚愕しながらも、豪快に槍を振るい続けた。一方の李も、小柄のズヴェーリを踏み台にし無重力の中を飛び回る超人のようだ。
李は人を指揮する能力もあるが、特筆すべきは、彼にしかできないこの攻撃スタイルだ。
一進一退の攻防戦を経て、劉の到来により二人は争いをやめた。船を包囲され逃げ場を無くした藤堂側に対し、劉は状況を説明した。両者は互いが仲間であることを認識した。海戦終了後、両軍はアレク市へ向かう。




