第三七話 新たなる獣王
アナトリーらは穴からチロット市に侵入した。
「班を四つに分けよう。一班は穴付近で待機。二班はガソリンと穴の中間で待機。三班は四班がガソリンタンクを爆破するあいだ、付近を偵察だ」
ジェルの命令で編成された班は別行動をとり、ガソリンタンクめがけて、少しカビが生えた住宅街を抜けた。そしてガソリンタンクがある位置まで接近し、細心の注意を払って爆発させた。
ガソリンタンクの位置から少し移動したら、姿を隠せそうな茂みと小さな川があった。そこで四班は三班と落ちあう予定だったが、四班は爆破の直後に発見されてしまう。アナトリーを含む四班は一心不乱に逃走を図った。
「走りながら交戦しろ! 敵の街だ、蜂の巣にされるぞ!」
どこからともなくそんな声が聞こえる。アナトリーらはズヴェーリらで撃ちあいをしながら、背を向けないように穴まで走っていった。
身を隠すコンクリートは壊れ、家屋に侵入して地下道をこじ開けながら、兵士たちはあの手この手で敵の攻撃から逃れつつ、撤退していった。
三班と四班は命からがら二班が潜む穴に最も近いアパートに入り、そこから階段を駆け上がって、急いで穴まで向かった。しかし、兵士たちが群がるアパートは大きな的となり、武士団たちからの集中放火を浴びた。
そして多くの兵士たちが犠牲となり、残った兵士たちもさらに散り散りとなっていった。
「大丈夫か、トーレニカ!」
「はい、リョーヴァ上等兵……」
レフとアナトリーは奇跡的に同じ位置にいた。ここまでの混戦の中で、はぐれずに済んだのだ。
「衛生兵、さっさと負傷者をつれていけ!」
「やってる! 黙って敵を殺れ!」
「曹長が殺られたぞ!! 指揮官は誰なんだ!!」
怒号が飛び交うなか、アナトリーとレフを含む混成部隊は敵の後方へ移動しようと考えた。
「ここにいるのは何班の誰なんですか兵長?」
「知らないね、一班以外の生き残りだろうな。俺と同じ二班のWagnerも死んじまったかもな!」
状況も上手く飲みこめないまま、アナトリーはレフたちにつれられて人目のつかないレンガ作りの道を通った。しかし発見されてしまい、集中砲火を浴びた。
レンガ作りの建物から落ちた二人は、気絶した。
「起きろトーレニカ! ここは隣のアパートだトーレニカ。そしてここにいるのは俺たち二人だけだ……。足音が聞こえるし、じきに武士たちに見つかるだろう」
戦地となって人が去って半年近く。カビや埃で汚れてしまっている部屋でレフはアナトリーに無情なことを告げた。
「麻縄を俺が持ってっから、お前はこれを伝って降りて、壁の外の仲間たちを呼んできてくれ! 百人程度だ、走ってこい!」
幸い現在地は侵入してきた壁の穴の近くだった。しかし、レフの合理的な判断を簡単に受け入れられるアナトリーではなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 一人で降りてったら、絶対に殺されるじゃないですか!」
「ここにいたって殺される! 階段を上ってくる敵とここで交戦するほうが、死傷率は高いんだぞ!」
「嫌です……死にたくないんです……! 一人にしないで下さい!」
「泣くなよトーレニカ……。甘ったれるな! テメェ……それでも漢か!」
この期に及んで駄々をこねるアナトリー。レフは一刻を争う場面で、イライラを募らせていた。しかしキレたってどうにもならない。レフは、今朝のジェルを思いだした。
「気合いでどうにかなるもんじゃないですよ! 今なら……何でカイ市からグロームへ帰ろうと思ったのか、ハッキリ分かります! 死んだ璃來を見て、理性を失ってたんです……。それで、あぁはなりたくないと思ったんです!」
「だったらどうしてその後、軍人になった!」
「それは今朝話しましたよ? 上等兵、聞いてなかったんですか?」
「聞いてたさ……。お前や軍曹と違ってちゃんとな……!」
レフは思い出していた。理屈で説得できない相手には、話を聞き入れることが肝要なのだということをだ。
「トーレニカ、お前は言ったよな。今すべき事があるこの場所にいたいと。お前が今すべきことは、何だトーレニカ!」
「生きられる可能性のために、死を覚悟しろってことですか。敵がうようよいる中に飛びこめば、十中八九死ぬのに……ですか?」
「大丈夫だ、お前は死なない」
「どうしてそう言えるんですか! テキトーな慰め言わないで下さいよ!」
半狂乱になり、アナトリーはどこまでも自己中となっていた。だがそんなアナトリーに、レフは真剣に語りかけた。
「いいかトーレニカ、自分の選択で、ここまで来られたお前は強い! グローム町に生まれたが、お前はクズにはならなかった。お前は楽な道を選ばず、茨の道を選んだんだぞ!」
レフは瞬き一つせず、アナトリーの肩に手を置いて語りかけた。
「璃來や故郷を失っても、お前はめげずに生きることを選んだ。自分で正しい選択をして来られたお前なら、敵に遭遇しても、障壁に遭遇しても、正しく対処できるはずだ……。お前を信用している。ここを選んだ責任を果たせ! できるな、二等兵!」
アナトリーは意を決した。軍は、居場所作りのボランティアとは訳が違う。その事実を思いだしたのだ。今まで暴力や恐怖で押さえつけられ、人に従うことを拒否していた。
しかし、確かに自分の嫌な話もちゃんと聞き入れてくれて、そして信じてくれるのだ。そんな人のためにも、兵士としての責任を果たすときだと、アナトリーはそう思った。
説得されたアナトリーは壁まで走りぬけた。途中で数人の敵と遭遇したが交戦を避けて上手くやりすごした。だがもうすぐ壁というときに、四~五人の敵と遭遇した。
「終わった……絶対に死んだ……。実際はこんなもんだ……」
死を覚悟するアナトリーはまばたき一つせず、息をしているのかわからないまま、一秒から二秒の間に心が無になるを感じた。すると突然、真横の建物から味方が二人現れ、敵に奇襲をかけた。
二人が戦う一秒から二秒のあいだ、彼は呆気に取られて動けなかった。そして敵が残り二人となったとき、兵士一人はズヴェーリに頭を撃ちぬかれ死んだ。
見覚えのあるもう一人は敵に体を噛みつかれながらも、アナトリーに一言だけ叫び、発破をかけた。
「アナトリー! !」
Wagnerの声に目が覚めたアナトリーは手に持ったナイフで切りかかり、喉元を引き裂いた。命拾いした二人は壁まで走りきり、無事に穴に辿り着けた。
「武士を殺すのは後まわしだ! 味方を穴まで誘導しろ!」
そして仲間に援護を求め、チロット市内で撤退戦になった。戦闘の最中、ジェルはボヤいた。
「敵の大将を捕まえられなかった。つまり戦争は……終わらない」
しかしその撤退戦の合間に武士団棟梁のダオは逃走し、捕縛しそびてしまう。チロット市内での戦闘を終結させ青山地区を解放した正規軍だったが、戦争を終わらせるそとは叶わなかった。
「よく無事でしたね、レフ兵長。新兵のために一人で足止めなんて、あなたらしくないんじゃない?」
「俺は女々しいヤツとは違ぇって、証拠が欲しかったんだ……。こんな所で死んじまったらバカなのになぁ」
「感化されて真面目になるなんて、意外と可愛い所もあるじゃない」
「うるせぇWagner……バラカが生きてたら言われそうなことばっかりだ……」
レフは口ではそう言いながらも、内心は母性本能をくすぐることができて、ニンマリしていた。そして同時にバラカと違った結果になったことに対して、Wagnerは純粋なのだろうと思った。
――一方中央区の武田の騎馬武者たちは、味方と信じていたポロナイスクからの部隊が味方でないと知った。しかしそれは、決して騎馬武者たちを襲ったからではない。
戦闘をする騎馬武者たちを包囲し、中央区での戦闘を中断させたのである。それはやがて、ワール市でも同様の効果をもたらし、各地で戦闘が停止したのだった。
どれだけ攻撃しても沸いて出てくるズヴェーリたち。それは人がいない大軍。その「異形の大群」は無造作に犇めきあうだけだが、バラけず固まったままであり、とても奇妙だった。
武田らはワール市やダオに通信をおこなうが、地中から攻め込んできた秀二のズヴェーリが、意図せず電線を破壊して連絡網は遮断されていた。
「どうしたんだい、ポンヤウンペ。どうして、攻撃を止めるんだい?」
「プラーミャが、教えてくれたから。アイナが目を覚ましたって事を、教えてくれたから……。これ以上は、アイナの身が危なくなるかも知れない……。だから俺は、もう戦わない!」
拠点を失ったことで武士団は瓦解した。強制的に秀二によって戦闘が中断させられ、完全に包囲された両軍。やがて武士団は兵站線が崩壊し、各戦線で降伏した。
彼の包囲や行軍の一挙一足は、とても統率がとれておらず、多くのカムイが仲間に踏み潰されたり建物に突撃して、倒壊を招いたりした。だがそれでもその驚異は、しっかりと世界に知れ渡っていた。
武田は決死の撤退を考えたが、部下を生かすために降伏を選んだ。しかしそれでは武田と離れることになる香坂は、私情を出して撤退を希望した。武田騎馬隊の強さである衆道は、諸刃の剣だったのだ。
部隊の面々も同意し、数百人だけでワール市まで撤退することになった。しかしその無謀さに辟易した武田は真田に相談し、彼らは途中で降伏する算段となった。
しかし降伏を予定している開けた場所で敢えて戸惑うも、本気で戦う武士らは大勢が死に、その最中で香坂も武田を守ろうと奮戦するが、武田諸共戦死した。
こうして、青山戦争に於ける対武士団戦は終結した。歴史から見れば休戦期であるこの時期に、戦犯として逮捕された武士団の将たちは、全員A級戦犯として処刑された。しかし一部の将は逃亡し、各地で潜伏することとなる。
この裁判事態は先の戦争とは異なり、戦闘に関係ない第三国による裁判だった。つまり、勝者ルーシ連邦による裁判という名の、不公平な怨念返しではなかったのだ。
そして先住民会による蜂起の全容を、マクキッド副首相は把握し、極秘に拘束していた首魁シャクシャインを絞首刑に処した。
だがその一方で、副首相は先住民が受けた境遇が蜂起の原因だど、歴史的背景を理解していた。そのため先住民会は存続、蜂起は武士団による恐喝の末、彼らには選択肢がなかったとした。ルーシでは過去にも何度も内戦状態に陥ったことがあった。それらの原因は十中八九、ルーシ側にあったのだ。
三大トゥリーニルの制度も、継続されることとなった。寅三は、表向きには戦死したというシャクシャインの後続として王者となった。寅三の後をアイノネが継ぐことになった。
しかしアイノネは「PTSD」を発症し、暫くは王者となるために三大トゥリーニルを目指すこのは、できなかった。
そして、直接的に戦闘を止めた秀二は、カイ市戦闘終結の「英雄」として讃えられた。そして彼は、ズヴェーリを用いて戦争を終結させたとして、“獣王”の称号を与えられた。
州自治体が編集した、この戦時中の物語。それを信じた民衆は、秀二を「英雄」と讃えた。しかし秀二本人は、夢を汚い形で叶えたことで、罪悪感と劣等感に苛まれることとなった。
彼が戦闘を中断させ、被害を最小化したのは事実だ。しかし、彼が望んだトゥリーニルの最高位と考えた“獣王”には、不適任と思わざるを得なかったのだ。
その劣等感が、彼を凶暴化させていく事になる。
決勝を戦うトゥリーニルとしては、アイノネに敗れた。つまり彼はライバルを越えられず、“獣王”としても、確かな努力を経て“獣王”と成ったシャクシャインとは歴然の差があった。
つまり、彼は「一」番に「秀」でたトゥリーニルでは、「無かった」のだった。
だが彼には希望があった。アイナである。彼女が生きていたからこそ、彼は曲がりなりにも“獣王”にもなれたし、戦争で被害を少なくする大きな決断もできた。彼の決断がなければ、もしかすればアイナだって被災して死んでいたかも知れない。
拡大解釈をすれば、最愛の人を守るために戦った「英雄」。秀二は確かに、そうであったのかも知れない。
秀二はこれから、“獣王”として生きていく。理想の“獣王”になる為、彼の努力は終わらない。続く戦争から彼は孤独な戦士へとなっていく。




