第三二話 奇襲攻撃
地上の正規軍は、空からの攻撃で、一時退却を余儀なくされた。その結果、攻撃の手が緩んだ隙に、砦の武士団たちは体勢を整えることになった。地上の兵士なちは再び砦の攻略を命じられるが、それは困難を極めた。それは野生のズヴェーリが原因だった。野生のズヴェーリは兵士たちに襲いかかり、その対処に再び兵員が割かれてしまい、砦攻めの戦力が低下してしまう。砦の中の武士たちには、野生のズヴェーリは無関係だった。
そんな状況下で地上の兵士が活躍できずとも、空の兵士たちは奮戦していた。彼らは多大なる犠牲を出しながらも、それを上回る武士を撃墜していた。経験値から現れる兵士ら個々の奮戦により、武士の空戦部隊は徐々に砦の上から押しはなされていった。
そして砦の上から攻撃する空戦部隊に、砦は壊滅的な被害を出した。この一連の戦いは、数日間かけておこなわれた前哨戦となった。しかし押されることに対して総大将の角は、一切の焦りは感じていなかった。
「砦が押されているな……。しかしこれはあくまで時間稼ぎだ。今頃武田が地下道を通って、カイ市に到着している」
武田は地下道を進み中央区に奇襲をかけようとしていた。しかし、どういうわけかそこは東区だった。地中を進む道造りの精度とは、こんな物だ。しかし敵に看破されずに敵地への侵入を成功させた武士団。ワール市で角と本隊を囮にした作戦は、見事に成功した。
東区では兵士らが気楽に過ごしていた。兵士Aと兵士Bは談笑していた。
「今前線はどうなってるのかなぁ?」
「さぁな。TVニュースも、州自治体の圧力で機能してないらしいぜ」
「はぁ、なんでだよ? 敵の動向を探るには一番いい方法じゃんかよ」
「それは、敵にも同じだからだよ。メディアが調子に乗って、正規軍の情報を他国に売るとか、考えられるだろ?」
「荒稼ぎだなぁ」
東区に駐在する兵士は、呑気にそんな会話をしていた。メディアは青山地区内での戦闘をスクープした件から、一切の活動を禁止された。兵士Cもクラスメイトに話しかける学生ののような気楽さで、兵士Bに声をかけた。
「人の死もメディアの銭ゲバたちには、金の成る木にしか見えないんだよ」
「武士団は意外ともう、俺たちのすぐ側にいたりな。それだったら面白ぇよなぁ」
「そうだなぁ。退屈で面白くねぇし、それくらい危機感あったほうが楽しくなりそうだな」
東区で戦闘は起こらない。誰もがそう考えていた。日がな一日、警戒体制ではありつつもいつもと変わらない日常を過ごす。友人同士の兵士Dと兵士Eも何気ない時間を過ごしていた。
「なぁ兄弟は元気か?」
「あぁ、妹も弟も元気にしていると母親から連絡があった。俺の給料で、少しでも家計が楽になるといいんだけどな」
武田は戦闘体勢を敷いていなかった東区に、突如出現した。西へ進撃する武田は、自分たちに気がつき敵襲を叫ぶ兵士を殺し、拠点を攻撃していった。
「空戦部隊はすべて、ワール市に置いてきた。空から攻撃されるとまずい、とにかく邪魔する敵を蹂躙しながら西区を目指すぞ!」
「どこまでもお供しますぞ、殿!」
「その意気だ香坂! ここからは速さが要! 騎馬武者の恐ろしさを敵にも思い知らせてくれるわ!」
質、量ともに最高の武田騎馬武者による神速の猛攻は、東区、チェレミソグラード、アンドレエフグラードを容易くぬけていった。
これらの攻撃力の強さの秘密は、単に騎馬隊の速さが理由ではない。強襲型や囮を用いた局地戦における手腕や、数年前から軍に入隊させていた内通者を通じて、手薄な進軍経路を選んでいたためだ。
それらの報告を逐一受けつけた中央区の正規軍は、厳重警戒体勢を敷いていた。そしてそこで初めて武田騎馬武者たちは、進軍を停止した。区画整備された高層ビルの合間を、縫うように敷かれるアスファルト。その上を駆けるウンマを、兵士たちは攻めあぐねていた。
中央区まで武士に侵食され、そこで膠着状態に陥ったという情報は、すぐさま全軍に伝えられた。それは西区に配備されていたDrake独立大隊も例外ではなかった。
「敵は東から中央区へ来たか。わざわざ東へ行った理由はわからないが、とにかく危険だな。そして北では敵の主力を足止めしている」
数日間兵舎で待機するだけの彼は、くすぶる思いも抱えながら、椅子に座りながら顎に手をあて思考していた。ここまでの戦況を地図とにらめっこしながら、彼は今後の流れを個人的に予想しつづけていた。
「テロリスト、カラハット武士団。彼らの首魁、つまり旧NIsカンパニー社長ダオは主力軍とともに北部戦線にいるはずだ……」
彼はため息をついた。
「しかし、どうも納得がいかない……。ダオが社長に就任してからおこなわれた会社の経営。そこには青山の外での採算がとれない地域の放棄といった、無情で冷酷な姿があった」
彼の中でどうやら合点がいかないらしい。悩む彼には誰も声をかけられない。他を寄せつけない形相で思案していたからだ。
「そういう、目的のためなら手段を選ばない人間にしては、ワール市での戦いはどうも手ぬるい。……ダオはそこにいないのか……? だとすればなぜだ? そしてどこにいるんだ……」
彼が覚える違和感の正体は、風聞のダオにしては小賢しさが足りない点だ。前線にいるのなら、もう少し細かく残虐性の高い攻撃をおこなうはずだが、それをしないのはなぜか、思案していた。思案するDrakeがいる指揮官室に、一人の人間がやって来た。
「お邪魔します」
それは、ジェルだった。
「お話したいことがありましたのでやって参りました」
「どうした、ジェル軍曹」
「実は……」
「おっと、まぁ座れ。ジェルジンスキー」
「何度も申しあげておりますが、自分はジェルジンスキーではありません。ジェル ティーグロネンコです」
「ハッハッハ! 相変わらず固いな、お前は!」
ジェルはDrakeと二人きりになると、度々ジェルという名前から、ジェルジンスキーと呼ばれていた。Drakeが好きなオペラはジェルジンスキーの作曲した曲が多いので、ジェルの名前をかけてそう呼び、からかっていたのだ。
ジェルという名前は彼の他には見られない、いわゆるキラキラネームだ。北方系では親密になれば本名ではなく、愛称系という呼びかたをする。しかしキラキラネームであるジェルにはそれがなく、親密さを表すためにDrakeは、彼をジェルジンスキーと呼んでいた。
それからジェルは、彼なりに考えたことを伝えた。それは、敵の侵攻作戦の中身についてだった。ジェル曰く、武士団の次の攻撃の要は、現在姿を表しているいずれでもなく、ポロナイスクに潜伏していると告げた。
「つまりポロナイスクに真の主力が潜伏してるということか。なぜそう思ったんだジェル」
「虚をつくことが大切だと、今はなきダーイナイプトンニーニ小尉がそう言っていたからです」
「確かに彼はそう言っていたが、ただの座学だ。すべてが教科書通りに行くわけではない」
「しかし……俺の勘がそう言うんです」
「ハッハッハ、まるで野生の勘だな」
ジェルのこの説明は非常に漠然としていたが、Drakeの中では一考する価値があるものだった。彼もまたダーイナイプトンニーニから戦術を教わっており、親交が厚かったからだ。そして、それだけではなかった。
もしダオ本隊がおらず、どこか別の場所に居るのではと考えていた矢先に聞かされたジェルの考察。タイミングがよく、そしてジェルの視点はかなり重要だったのだ。
地震が発生したあとの調査で、その地震は自然的なものではなく人工的なものであるとされた。そしてその正体に考えられたのはキムンカムイだった。テロの後に地下を探索した矢先、そこには巨大なズヴェーリがいたが、それがなんというズヴェーリかまではわからなかった。しかしその後の調査で島の固有種であることがわかり、百年ほど前の文献を漁ると、その特徴からキムンカムイだと判明した。そして同時にキムンカムイは先住民にとって特別なカムイであることも判明していた。そのカムイを武士団が手にもっていたのなら、その存在を利用して、先住民たちを揺さぶっていてもおかしくなかった。
つまり、先住民たちが武士団に加担している可能性があった。弱味を握られ、そうせざるを得ないのだということだ。彼らが敵として戦争に参加してくる可能性は、十分に高かったのだ。
「要するに、カイ市オタスの杜にいる『先住民会』は内部から我々を攻撃する。それが我が軍を崩壊させる決定的なそ一撃となる……」
その瞬間、彼は閃いた。
「先住民会が攻撃するなら、それは決め手ではない。……遠くから隙をついてじょじょに迫ってくるダオから目を背けさせるための、カモフラージュなんだ……。関係ない先住民に多大な犠牲を強いて、自分は手薄な道を通ろうとするなど……姑息なやつめ!」
Drakeはすぐさま、上官を伝って西区駐屯軍の司令官に、先住民へキムンカムイの現状を伝えるようにと掛けあった。しかしあまりに根拠が薄いその可能性に、上官は許可を出せなかった。まっ当な判断だ。Drakeは不服だった。
だが先住民会の正体は、武士団に弱味を握られ操られるような、哀れな者たちではなかった。彼らには武士団の計画を逆手にとったシャクシャインの「計画」があり、むしろ武士団を手玉にとり、出しぬこうとしていたのだ。
Drakeも予想できないほどに、先住民会はカラハット州にとって強力な敵となっていた。彼らはすでに、自分の道を自分で決める人間たちだった。




