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第二話 旅立ちの日に

挿絵(By みてみん)


 三◯十五年 八月


「今日で俺は一〇歳だ! どれだけこの日を待ち望んだことか!」

「そうですね秀二、早く皆で出発してしまいたいですよ!」

 あの日から二年が経ち、秀二は練習を積んでトゥリーニルとして腕を磨いた。そして一〇歳になったこの年、秀二は生まれて初めて“闘獣”の公式戦に出場することになっていた。

「二人だけで何話してるの? ズルいから私も入~れてっ!」

 三人は当日の明朝、懐かしの公園に立ちよって話していた。ここは三人でよく遊んだ公園だ。そして秀二とアイナが出会った公園でもある。高台にあり、ブランコが二つ並ぶだけのこじんまりとした公園だったが、三人にとっては、かけがえのない特別な場所だった。

 八月前後を除けば雪が降るこの島でも、子供達は元気に走り回って遊んでいた。夏休みの期間中に行われる“闘獣”州予選に参加すれば、しばらくここには戻ってこられない。だから三人は朝早くにこの場所に来て、思い出に浸っていた。それから少しして、三人は公園にしばしの別れを告げた。

 今日から夏休みの終わりまで、子供だけで大会巡りの旅に出るのだ。

 この国の夏休みは六月から九月一日までの三ヶ月間あり、この日はまだ七月の半ばなので、あと一ヶ月半も残っていた。

 日が登ると、三人はズヴェーリ研究所に向かった。

 この研究所は田舎町であるこのナチナ町にあるが、このカラハット島にしか居ないズヴェーリを研究する国営施設であり、非常に権威のある所であった。

 研究所に向かったのには訳があった。アイナの母親が勤務していたのだ。年頃のアイナは反抗期で母親に旅の事を告げておらず、ユーリと秀二が代わりに報告に行くハメになっていた。

「ねぇ、本当に行かなくちゃダメかしら? 置き手紙もしてきたからそれを読んでくれれば、直接言わずとも伝わると思うんだけど」

「直接言わないと心配しますから、僕たちが伝えてきますよ。しょうがないから、アイナは外で待っていてください」

 研究所に入った秀二とユーリの二人は、受付でアイナの母親を呼んで貰おうとした。

「すみません、人を呼んでもらいたいのですが」

「分かりました。おや、そこに居るのは秀二君ね? 分かったわ、お父さんの山辺さんを呼んでほしいのね!」

 実は、秀二の父親もここに勤務していた。受付のおばさんは大きな声でユーリを圧倒した。

「あ、いえ! マミヤさんを呼んでほしいんです!」

「あら、そうなの。分かったわ、待合室で待っていてちょうだい。ついでに山辺さんも呼んでおくわね!」

「あ、あぁ……。お気遣い感謝します……」

 おせっかいに困惑しながらも、二人は待合室で椅子に座っていた。少しするとドアが開いた。それは秀二の父だった。

「何だ、お父さんか」

「おはようございます安之助さん」

「おや、俺だけか。どうしたんだ、旅行に行くんじゃなかったのかい?」

父の安之助は、驚いていた様だった。秀二同様の彫りの深い顔立ちで、窪んだ瞼を大きく開きながら、秀二とユーリに目をやった。

「お父さん、旅行じゃなくて旅だよ。この二つには絶対に越えられないカッコよさの壁があるんだからね!」

「そ、そうかそうか……。あぁそうだユーリ君。旅行……じゃなくて旅の計画を教えてほしい。やっぱり子供だけというのは不安でね、決まっていることは全て知っておきたいんだ」

 安之助は息子の子供らしいこだわりに少し困惑しながら、ユーリに尋ねた。

「夏休みの期間中に州予選に出るのであれば、ここから北に向かったらすぐの旧都ユジノハラ市に行くのだろう? そしたら帰ってくるのかい?」

「いえ、ユジノハラのような近場だけでは満足せず、更に北に進んで州都のカイ市まで行きます。秀二には、そこまで勝ち進める能力がありますから」

「カイ市まで行くのか……。本当は行ってほしくはないんだがな……」

 安之助は不自然な位に暗い顔をした。不思議に思った秀二が「どうして?」と尋ねると、安之助は誤魔化す様にわざとらしく咳き込んだ。

「な、ななんでもないさ! う"っう"ん。そうかその計画なら、任せられそうだな。秀二、ユーリ君。そしてここには居ないがもちろんアイナちゃんにもな!」

 妙に早口になった安之助は、すかさず一つの提案を提示し、話を逸らした。

「君たちには、カラハット島の西側にあるシュシュ湖に行ってオキクルミの現状を報告してもらいたい。シュシュ湖は青山(せいざん)地区の入り口の一つで、カイ市からなら電車一本で行けるはずだ」

「オキクルミって……関係者しか立ち入れない場所にいる、世界に一匹だけの絶滅危惧種のことですよね……?」

「そうだ。秀二の能力があれば、必ずカイ市まで勝ち進んで行ける。それならカイ市に赴き、一日だけ使ってシュシュ湖へ行くことも可能だろう?」

「でもオキクルミは神聖なので、その姿も一般公開されてない程なのに、報告の任なんか務まるはずがないですよ……」

「報告というのも、君達が持つスマホで撮影してくれればいいだけなんだ。どうだろう、頼まれてはくれないだろうか」

思案し回答に渋るユーリに代わって、秀二が答えた。

「別にいいよ。お父さんに、俺にスマホを買いあたえたことを後悔させないように、少しは役にたつところを見せないとだし!」

 秀二は少し前にスマホを買ってほしいと安之助におねだりした。

 当然、当初はまだ早いからと言われた。三日三晩泣きわめいた。しかし彼は諦めなかった。スマホは勉強のためだと普段から説明し、寝ているその耳元でもそう囁くなどした。そうしたしょうもなくも地道な努力が(みの)り、最近ようやく買ってもらうことができたのだった。

 ある日、安之助から小さな箱をもらった秀二は、何かわからず中身をごそごそと取り出してみると、中にはスマホが入っていた。

 欲しかったスマホが手に入ったことで彼の頭の中は、最大限の幸福感を覚えた。子供の彼にとっての最大限の幸福とは、些細なものだ。

 一日中自由に遊び回ってからご飯をたらふく食べ、好きなだけお菓子を(たしな)む。そして自由を謳歌してから、眠りたいときに暖かい布団につつまれて眠る。とても些細なことだことだが、彼にとってはこれは幸福そのものであり、そしてスマホを手に入れたことは、これに匹敵する程の幸福感があった。

 しかし、彼は手に入れたスマホであまり勉強をせず、主にゲームやSNSに時間を費やした。なので、旅から帰ったあとに没収されることになっていた。

「オキクルミの現状を報告するのはいいですけど、どうして僕たちなんですか? 研究所の職員の方が適任な気がしますが」

「そ、それはだな……。さ、最近、カイ市周辺で地震が頻発しているだろう。それにはズヴェーリが関わっている可能性があるんだ。その調査で人手が足りていなくてね。だから君たちにお願いしたいんだ!」

 その安之助の言葉に、ユーリよりも先に秀二が反応した。

「ズヴェーリが地震に関わってるって……ズヴェーリはそんなこともできるんだ。だから父さんは最近、よくカイ市に出張してたんだね」

「そ、そういうことだ!」

 秀二は、父がどうしてここまで取り乱しているのかがわからなかった。 

 何はともあれ二人は安之助の用件を引きうけ、その後にやって来たアイナの母親に話をつけた。そして三人は、ようやく故郷ナチナ町から足を踏み出したのだった。


 秀二は、生まれて初めて故郷の小さな町を抜けだした。幼い少年にしてみれば、もはやこれだけでも冒険をしているという実感が沸いていた。

 最初の予選大会がある場所は、旧都ユジノハラ市。かつてはここカラハット州の主な地域であるカラハット島で、最も栄えた都であった。

 三人はナチナ町を出て、整備されたアスファルトの上を歩く。田舎町の歩道には、その三人の足音以外に音はなく、それだけが周囲に響き渡っていた。

「はぁ……しばらく歩いたのに全く景色が変わらないわ……ねぇ秀、ユーリ、ここら辺に……その……トイレってあるのかな……?」

「何だよアイナ、済ませてから来いよなぁ」

 アイナはくたびれた様子だったが、それでも田舎町から小さな旧都へ向かう道に電車やバスはなく、歩く他なかった。

「アイナ、僕はこの道を何度も通ってユジノハラ市に行ったからわかりますけど、市に到着するまでトイレはないですよ?」

「ユジノハラ市ってどのくらいかかるの?」

「二日くらいです」

 三人の足が止まる。アスファルトの上を歩くスニーカーの軽い音は途絶えた。辺りは無音になり、冷や汗をかくアイナを中心に、三人は不穏な空気に包まれた。

 アイナは言わずもがなであるが、秀二に至っては、この何も変わらない田舎の景色があと二日間も続くのかという衝撃があった。こんな地味な旅があっていいのかと、怒りに震えたのだ。

 突然アイナは駆け出した。こんなに人目のない所でも、もっと姿を隠せるところを探していたのである。そしてアイナはすぐに死角を見つけた。それから後を追ってきた秀二に見張りを頼み、秀二が承諾する間も与えずそっと物陰に隠れた。

「ぜ、絶対に誰も近づけちゃダメだからね!」

「わ、分ーったよ……」

 顔を赤くした虚ろな目をしたアイナに頼まれ、おどおどしている内に今の状況になったことを、秀二は冷静に理解していった。

「あんなに顔赤くして頼むのは反則だろ……」

「なに、なにか言った?」

「な、なんも言ってねぇ!」

 遅れてやって来たユーリは息が上がっていた。頭が良いガリ勉は、運動が出来ないらしい。アイナへの照れ隠しに、秀二はユーリのことをディスり倒して八つ当たりした。そうすると急 に怒鳴り声が聞こえた。

「ガキども、そこで何やってる!」

 声の主に対してユーリが事情を説明していると、アイナも用を足しおえて出てきた。やがてユーリが戻ってきたとき、なぜだか彼は喜びに満ちた顔をしていた。

 それもその筈、怒鳴り付けて来た男は、ちょっとした有名人だったのだ。

 男の正体は、NIsカンパニーというカラハット州で有数の大企業の社員だった。その会社はカラハット州のインフラ整備のほぼ全てをおこなっている巨大企業だ。

 また他にも建物造りをし販売などもおこなう、民間デベロッパー会社でもあった。彼らはカイ市などの都会に住む者たちからは、安い金額で強度の高い安全な建物建設やインフラ整備をおこなう会社として、州で一番の優良企業と呼ばれていた。

 だが彼らには黒い噂があった。島の西北部に位置する青山(せいざん)地区にて、州の自治体に対して都会と青山地区の格差を埋めるように求めるデモを、煽動(せんどう)しているとの噂であった。

 何はともあれ有名な企業の人間と偶然出会ったことに少し感動していた物好きなユーリは、秀二に彼らのことを熱弁した。しかし微塵(みじん)も興味がなかった秀二は、この男に敵意をむき出しにした。今この退屈な状況を作り出している元凶であると感じたからだ。

「おめぇ、でっけぇ会社の人間が、作業中にくっ(ちゃ)べってていいのか?」

「大人には敬語を使えガキんちょ。しかし堂々としたその態度、嫌いじゃないぞ。お前は何者だ少年よ」

「俺か? 俺はこれからユジノハラ“闘獣”の予選に出場して、いずれは“獣王”になる男だ!」

 挑発されたと感じた秀二は、短気を起こして怒鳴り付けた。この頃の秀二は年上に対して生意気になる癖があった。

「そうか、お前は“獣王”になるのか。フッハッハッハッハッハ! 若いなぁ。来い少年、我々の作業を手伝うズヴェーリを見せてやる」

「作業を手伝うズヴェーリ? あ、ちょっと待ってくれよ。知らない人には連ついて行くなって親から言われてるんだ」

「何だ威勢は良くてもママの言いつけを守るなんてお利口じゃないか。いいか、私の名前は武田だ。カラハット島南部の総責任者だ。怪しい男ではない。そのことは、このユーリ君が証明してくれているであろう?」

 そう言うと武田は少し離れた場所へ三人を案内し、そこで活動するズヴェーリを見せた。秀二はその姿に夢中になった。

「ズヴェーリは人間社会に溶けこみ、今や工事関係には欠かせない存在だ」

 武田はズヴェーリのその力強さや、地中や水中でも活動できる各種の存在の利用価値を褒めた。安価で強靭なズヴェーリは、土木工事に欠かせない優秀な存在はのだ。

「このズヴェーリのせいで科学の発達が遅れていると指摘する声もあるが、そんなことはない」

 彼は言い切った。彼のズヴェーリへの信頼は並々ならぬものが感じられた。その様子は、まるで命をかける仲間と言わんばかりだった。

「ズヴェーリを制御して兵器として利用しようとして、人は進化して、文明を築くに至った。話が反れたな。とにかく、ズヴェーリは世界中に存在する重要な資源なのだよ」

 すぐ脇には、ズヴェーリと共に休憩しながら笑う作業員たちがいた。

「同じ釜の飯を食らい同じ作業をし、同じ寝床で寝る。そうして一心同体になれば、我々はよりいい作業をおこなうことができるのだ……聞いておるのか少年?」

 秀二は、男の言葉等は耳に入ってきていなかった。ただ目の前に居る見たこともないズヴェーリに目を奪われていた。おぞましい見た目をしたズヴェーリでさえも、どこか愛らしく見えてくる。それくらいズヴェーリたちは笑顔の人間たちに溶け込んでいた。ズヴェーリらも作業員の一員なのだと思った。

 しかし、そこには奇妙な人たちも居た。作業員たちは、お揃いのオーバーオールの作業着を身につけていたるのだが、、即席のプレハブ小屋の近くにいたのは、オーバーオールではなく、そればかりか場違いな程に物々しい雰囲気であった。

 それはまるで、小屋に出入りするユーリのように賢そうな人たちを、守っているかのように見えた。

 秀二は、穏やかとは程遠い彼らと、その周りに居るズヴェーリの確かな殺気に、震えた。


 気がつけばユーリと男は隣で話し込んでいた。退屈すぎてうとうとしだした秀二は、うっすらと聞こえてくる二人の会話を聞いていた。

 やれ丸刈りの代表取締役の男は、優秀だが手段を選ばず嫌われているとか、やれその後継者の辻という男も、経営手腕は良くても大勢から恨みを買っているとか、そういうつまらない人物評価の話だった。

 辻が担当した青山地区のとある地域は経済的にこそ成功したが、貧困の格差が広がり治安が悪化してしまっているらしい。こんな話に熱中できるユーリはどうかしていると思った。

 だが、乱開発によってズヴェーリの住みかが破壊され、辻が世間的に非難されているという話を聞いた時は、顔も知らない辻に憎悪の念を抱いてしまった。

 そして調教されていない野生のズヴェーリはとても危険らしく、森林や海などの人里から離れた場所には、未だ彼らの脅威が存在しているらしかった。

「おい少年。君は、今期のカイ市でおこなわれる予選に行くのか?」

「当ったり前だ」

「そうか、カイ市にまで行くのか……」

 武田が言った言葉、そしてその時に見せた表情は、今朝父親が見せたものと同じだった。既視感のあるその雰囲気に驚いた秀二は、どうしてそんな顔をしたのか聞こうと思った。

 しかし、武田は部下に呼ばれてここを後にした。一足遅かった。そしてユーリとアイナも立ち上がった事で自分も行かねばと思った秀二は、二人と共にユジノハラへ向けて足を進めた。

「」内の句読点を消しました。


 秀二

 一〇歳

 身長一四四センチメートル

 体重二〇キログラム


 ユーリ

 一四歳

 身長一六九センチメートル

 体重五十一六キログラム


 アイナ

 十六歳

 身長一六〇センチメートル

 体重四四キログラム


 山辺安之助

 うすら髭の中年

 ズヴェーリ研究所カラハット支部の副所長で、秀二と同じく堀の深い顔をしている

 身長一七七センチメートル

 体重六二キログラム


武田(たけだ)

 五五歳

 坊主で、大きな髭を(たくわ)えた男。

 作業着のオーバーオールを着用 

 身長は一六〇センチメートル

 体重五〇キログラム


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