第一二話 英雄叙事詩
プルルルル プルルルル ガチャ
八月一一日 午後四時半
「もしもし安之助です。カイ市で戦争が起こるんですか。何故このタイミングなんだ……。秀二は今カイ市にいるのに……。え、今度秀二に会うかもしれないと?」
安之助は誰かと電話していた。その相手が語る戦争の勃発について、安之助は一切疑うことなく信じていた。
「秀二の友人が訪ねてきて、次は秀二を連れてくると約束していったんですか。そりゃあ、彼なら気がついていたでしょう。いつも秀二に引っついていましたから」
秀二はアイノネの話をしおえたあと、思いだしたようにアイナのことを尋ねた。
カイ・クラッシヴィ・トゥルニールに飛び入り参加をしたアイナは、そこでバレエの名作クルミ割り人形を踊ったらしい。
寅三は付き人に彼女の姿を撮影させていた。寅三は秀二にその映像を観るかと尋ねたが、秀二は断った。彼はなぜだか照れていた。
「きょ、興味ないです」
そう言って秀二はかたくなに観ることはしなかった。
「ハハハハ、そうかそうか。この映像は消さないで残しておくよ」
寅三は秀二の幼さに笑みを浮かべた。
八月一一日 午前一一時(五時間前)
「おい長老さんよ……。せっかく救助してやったのに、またオタスの杜に帰らせろとはいったいどういうことだ」
ジェル軍曹は長老に怒っていた。どうやら、昨晩オタスの杜から長老を救助してまだ半日しか経っていないのに、長老はオタスの杜へ帰りたがっているようだ。
「まだ半日しか経ってないのに、またあの危険な悪路を通ってオタスへ行けってのか。どうかしてるぜあんた……。そうでしょうDrake少佐!」
「やめろジェル軍曹。長老を叱りつけたとなれば問題になるぞ。特にお前のような北方系が、カラハット先住民の長老を叱りつけてはな……」
Drakeは太く大きな手で、怒るジェルを静止した。二人は先住民の権威である長老に従い、要求通りにユーリを連れてオタスの杜へ護送した。無事にユーリと長老をオタスの杜へ案内し、彼らは帰還した。道中、ジープで風に吹かれながら二人は会話をしていた。
「どうして長老は、あのユーリとかいう子どもを連れてオタスへ帰ってきたんですかねユーリも、えらく乗り気で気持ち悪かったですし」
「さぁ、なんとも言えないな」
会話する二人は、軽い余震に揺られた。最近の地震の多さに、Drakeは違和感を覚えていた。各地にではなくカイ市にばかり近づく地震は、あまりにも不自然だった。
そして彼は、過去にズヴェーリ研究所からカイ市に派遣されてきた男が言っていたことを思い出した。その男とは、山辺安之助だ。
「この地震には、キムンカムイというズヴェーリが関わっている可能性が高いです」
彼はそう言っていた。ズヴェーリが地震に関わっているとは眉唾物だが、頻発している地震を背景に考えれば、その言葉を聞いた当時と同じ感想は抱かなくなっていた。つまり、その主張を信じそうになっていたのだ。
「そんな話聞いたこともありません。いつからオカルト信者になったんですか?」
ジェルは真剣にそんなことを話すDrakeをからかった。しかしDrakeは本気で信じていた。それくらいこの地震は異常だった。
Drakeは、これまでの常識の範疇で想像していては、きっと正解にはたどり着けないのだろうと考えていた。
彼は倫理観や合理的思考を大切にしていたが、今回ばかりはそうではなかったのだ。そして余りにも真面目な顔をしているDrakeに、ジェルも不思議と信憑性を感じた。
「もし本当にズヴェーリが関わっているのだとして、どうやって地震を起こすんです? 地中で地震を起こせる程、大勢のズヴェーリが集まれる空間なんか……」
「ないことも、ない。旧地下都市開発計画の跡地があるはずだ」
「それは……そうですね……。ですが、そもそもなぜそんなことを? ズヴェーリが地震を起こす理由なんてないでしょうに」
「それは分からない。それに、ズヴェーリが何らかの目的を持って、人間のように戦略をたててから行動するとは考えられない」
眉間にシワを寄せて訝しむジェルに、Drakeは続けた。
「安之助氏によれば、ズヴェーリには自分で考えるといった知能はなく、原始的な行動を重ねてその経験則から判断することしかできないらしい。まぁもっとも、他の動物よりは比較的高い知能を持つらしいが」
「動物以上人間以下って感じですか……。では、誰かが命令して地震を起こさせているわけですね。誰です?」
「カイ市という州都直下型地震を起こせば、損害を被るのは現体制だ。現体制は、先の戦争で島を得た北方の大国つまりはルーシだ」
ここまで聞き、ジェルは勘づいた。
「彼らを困らせて利する事が出来るのは北部のデモ活動を煽動、支援をして現体制に敵対している企業NIsカンパニーですね」
軍人二人は、合理的な推理をしていた。しかし、ジェルはDrakeの推理を理解できなかった。NIsカンパニーは島中が知る優良企業だからだ。
当然大企業ともなれば、黒い噂もある。しかしジェルは、それらをあくまでゴシップや都市伝説の類いだと考えていた。
「でも、あのインフラ整備の優良企業が地震を起こすものですか?」
「あぁ……俺はそう睨んでいる。考えすぎかもしれないが彼らは……南方の帝国出身者が創立した企業。つまり南方系だ。現体制を憎むには十分過ぎる理由がある……!」
一方、ユーリは長老とともにオタスの杜を訪れていた。
「ユーリ君、君はカムイが好きなのじゃろう?」
「ええ……? カムイって先住民であるアイヌ民族の言葉で、ズヴェーリを指す言葉ですよね。どうして僕がカムイ好きなのを知っているんですか?」
「フッフッフ、どうしてって、私は魔術師だからね」
「でも、それはただの噂では?」
長老の家の中は、そこは、アイヌやウィルタ等先住民族達の民芸品で溢れていた。ユーリはこの部屋に歓喜していた。
「こんな空間が、今もカラハット州に残っていたなんて! 外にはカムイたちがたくさんいましたし、ここは……僕の理想郷です!」
長老は、先住民族たちの不遇な過去を静かに語りだした。南北の国による文化破壊や、長老自身が体験したオタスの杜での差別をだ。
南方の帝国から〝土人〟と呼ばれ、動物園の中の動物のように扱われた屈辱は、今も辛い過去として記憶されているようだ。
そして数十年前のこの日、つまり八月一一日に攻め入ってきた北方の大国には、船で背をむけて逃げる無抵抗な人々が殺された。大勢の友人や同胞を、無惨にも一方的に虐殺されたという悲しい事実があったのだ。およそズヴェーリよりもおぞましい人間たちによりおこなわれた非道な行為を、実体験として話していた。
さらにはこんなことまで話していた。それは過去の歴史で、一三世紀から一四世紀初頭にかけて断続的におこなわれた、外国との戦争の話だ。
戦争の相手は、カラハット島の西に広がる広大な大陸で人類史上最大の帝国を築いた超大国だった。
彼らは遊牧民で陸での戦争にめっぽう強かったが、時代が進むにつれて国が分裂し、今では弱小国家と成り下がってしまっていた。
「彼らは、カムイのことをモリと呼んでいてね。彼らは、蒼き狼だった」
「そんなかつての大国も、今はその領土のほとんどを北方の大国に支配されていますからね」
「そうだね。戦いをすれば、どんなに強くとも敗れるてきがときくる。時間の流れは残酷なんだよ。未来は移ろうものだからこそ、文化や尊厳を守りたくば……努力し続けなくてはならない」
物好きなユーリは先住民の長老から直接、実体験を含む先住民の歴史を拝聴しているという貴重な現実に、次第に恍惚としていった。
ユーリは長老から直接、神話を聞きたいと思った。幼いころに秀二から教わり、自分を変えるキッカケとなった話だ。ユーリは眼鏡をくいっとしながら、話してくれと所望した。
長老は願いを聞きいれてくれた。そして静かに語りだした。その神話のタイトルは、英雄叙事詩である。
ある日の、カムイたちが住む空高くの天上界。そこに住む天空を高速で翔ける蛇の神カンナカムイは、地上を眺めていた。お目当ては地上に生える美しきハルニレ、チキサニカムイだ。
カンナカムイは見とれるあまり体勢を崩し、天上世から落っこちてしまい、チキサニカムイに衝突した。するとチキサニカムイは瞬く間に燃えあがり、同時に子を身籠った。
そして息が絶える寸前に、子を二柱産みだした。その子供らの名前はオキクルミとポンヤウンペ。
オキクルミはその後、自分たちをカムイと呼び崇め奉つるアイヌ民族と仲良く過ごしていた。そして彼らとともに、島の中部と北部に遊牧していたウィルタやニヴフと言った民族たちと、争いを始めた。
アイヌは一三世紀ごろにこの島に来たとされる。それ以前は、九世紀ごろに後の時代に弥纏領の東北地方となる土地に住み着き、彼らから蝦夷と呼ばれ敵対し忌み嫌われていた。
アテルイやモレといった者たちが、戦いに敗れ北に逃げてきただけの弱小の民族であった。
しかしそんなアイヌにも、オキクルミという強力な味方ができた。アイヌは火や肉などのあらゆる恩恵を与えてくれるカムイたちに対し、常日頃から感謝と畏敬の念を持って祈りつづけてきていた。だからカムイであるオキクルミがそれに応えてくれたのだ。
彼はカムイの子であったにも関わらず、見た目はアイヌ民族の人間たちと同じだった。オキクルミは人間とカムイの言葉を話した。さらにはすべてのカムイを操れる存在として、アイヌたちの争いに協力した。
しかし人間たちの飽くなき欲望に嫌気がさしたオキクルミは、やがて島の最も美しい湖に住みつき、姿を変えて長い眠りに就こうとした。その際にオキクルミは、アイヌたちにこう告げた。
「人間たちが争いを起こせば再び自分は人間の姿に戻り、カンナカムイがチキサニカムイを燃やしたように、再び地上を焼き払いに来る……」
その言葉を恐れたアイヌは侵略をやめた。それから先住民族たちは一切の争いをしなかった。そのため彼らには戦争や国境に該当する言葉がない。
オキクルミのお陰で人々は争いを辞めたことで、次第に島のカムイたちも狂暴性を失った。島のカムイはかつてともに争いをしていたのだとは思えないような、穏やかな形質になった。
そして現在は、世界でも珍しい温厚なカムイたちがいる島として、カラハット島は有名になった。そんなカムイたちと平和をを与えてくれたオキクルミを、アイヌは始祖と崇めた。
ユーリは心酔していた。なにかに気がついたように話を聞いていた。彼は先ほどまでは、長老は彼のカムイ好きというかとを、あてずっぽうであてただけだと思っていた。
そういうことにして、とにかく自分が愛する先住民の世界について話したいだけなのだと、そう邪推していた。しかし今のユーリの表情はなにかを悟っていて、それ故に自分が今ここにいられるのだと感じていた。
午後一七時
秀二はアイノネ宅の庭にいた。庭の木で造られた秘密基地のような小部屋の中で仰向けになり、枝や葉のあいだの木漏れ日をじっと浴びてた。ボケーっとしていたら、こんなことが頭に浮かんだ。
「一日という一つの映画が終わりに近づいてきてるなぁ」
エンドロール代わりの西日が現れ、もうすぐまた夜が来る。疲れた一日だったが、一たび眠れば朝を迎え、また新しい一日を楽しむだろう。
そんな風に詩的なことを考えながら、一日を振り替えると、断片的な日常を思いだした。まるで走馬灯のようだ。 そんなことをしていると、秀二はアイノネにでかけようと言われた。お客として招かれたところがあるから、行ってみようと誘われたのだ。
暇を極める秀二は、この誘いを受けた。向かった先は、中央区の一等地にある大豪邸。家主はシャクシャインだった。
「おう、よく来たなアイノネ。そして……初めまして、秀二君」
「久しぶりだね、王者!」
Luis Drake少佐
三五歳
大きなパッチリ二重の瞼で、間に皮膚が見えないほどの太眉
日焼けのせいか茶色い肌
八頭身で筋肉質な巨漢
身長一八六センチメートル
体重七八キログラム
長老
オタスの杜に住まわされていた先住民の長老であり、先の戦争を生き抜いた数少ない老婆
民族衣装を着用している
身長小柄
体重不明
年齢不明




