EPISODE2 鬼達の攻撃(3)
鬼に案内をさせて数分後、拙者達は建物内の他の扉に比べてやたらと豪華な装飾が施されている扉の前に辿り着く。
「こ、ここですオニ。この扉の先にあんた達の仲間はいるオニ。……こ、これで俺を解放してくれるオニ?」
案内を終えた鬼は、憔悴しきった様子でそう告げてくる。
それも仕方ない。
ここに来るまでに、自分の仲間達が何人も拙者と犬神の手で葬られる様子を目の当たりにしてきたのだ。
しかし、疲弊しているとはいえまだコイツには仕事があるのだからここでへばってもらっては少々困る。
「まだだ」
拙者が放った無慈悲な一言に鬼の表情が一瞬だけ驚愕した後、絶望へと染まる。
「な、なぜオニ!? 案内はもう終わったオニ!」
「お前が嘘を教えているという可能性もある。ゴリバッカ殿を見つけるまでは一緒に来てもらうぞ。さあ、この扉を開けて、お前が先頭で部屋の中に入れ」
有無を言わせぬ拙者の物言いに、鬼はもはや抗議する事なく扉を開く。
案内役の鬼を先頭に部屋の中に足を踏み入れる。
部屋の中はかなり広く如何にも応接室然した内装になっている。
そして部屋の奥に据え付けられた椅子に座って机越しに此方を見据える熊鬼。
その傍らには氷漬けにされたゴリバッカ殿の姿があった。
「ゴリバッカ!」
「安心しろクマ、女。このゴリラは生きているクマ。それよりもそこのお前、そいつ等と一緒にいるという事は裏切ったと解釈して構わないクマ?」
ゴリバッカ殿の身を案じて声を上げた犬神に対して熊鬼は椅子から立ち上がりゴリバッカ殿の無事を告げた後、案内役の鬼へと視線を移して怒りを隠そうともせず問い詰める。
「め、滅相もありませんオニ! 俺はただ、ここまで案内すれば無事を保証すると言われただけで――」
慌てた様子で弁明を始めた鬼だったが、可哀そうな事に最後まで話しきる事はなかった。
「……え?」
地面に倒れこむ鬼の様子を見ながら、先程までの怒りが嘘のように間抜けな声を上げる熊鬼。
「な、何故オニ……? 仲間のいる場所まで案内すれば、見逃すと……」
背後から斬りつけられ虫の息になりながらも、最後の力を振り絞って拙者への疑問を鬼は投げかけてくる。
「何故と言われても、拙者が約束したのはあの場では見逃すという事だけ。既に場所を移した以上、拙者がお主に何をしようと約束は守ってやった事に変わりはない」
恨みがましい視線を拙者に向ける鬼をもう一度斬りつけてから、刀を鞘に納めて熊鬼の方へと視線を移す。
熊鬼は暫く唖然としていたが、すぐさま正気を取り戻して口を開いた。
「……オレが言えた義理じゃないかもしれないけど、ドン引きクマ。利用するだけ利用して最後に処分するって、中々のワルだクマ」
「何を言っている。さっきも言ったように拙者はちゃんと約束を守った。深追いするつもりはなかったからさっさとこの場から逃げていればよかったのに、そうしなかったこの鬼が悪い。そう思うだろ、犬神?」
拙者の取った行動を非難する熊鬼に反論すると、犬神に同意を求める為に彼女の方へと振り返る。
「……あ、アタシ!? アタシに話を振る!?」
「勿論だ。そもそも鬼どもから売られた喧嘩を買っただけの拙者が、何故喧嘩を売った相手に非難されなければならない? おかしいと思わないか?」
……犬神も熊鬼と同様に呆然としていたようで、拙者に話しかけられた事で正気を取り戻して返事を返してくる。
「……いや、正直アタシも引くわ。アンタの事容赦ないとは思っていたけど、まさかここまで――」
「犬神も拙者と同じ意見! 熊鬼! ゴリバッカ殿をすぐに解放しろ! そうすれば楽に逝かせてやるぞ!」
「何言ってんの!? 人の話を聞けよ!?」
喚く犬神を他所に熊鬼へゴリバッカ殿を解放するように要求するが、熊鬼は首を横に振ると斧を取り出して机を乗り越える。
「どう転んでも殺す気しかない要求にイエスと答える馬鹿はいないクマ。お前達がどれほどの外道かはよく理解したクマ。我らが鬼ヶ島の為にも、ここで貴様を葬り去るクマ!」
「ちょっと待て、お前達ってアタシも外道に含まれてる!? どっちも人の話を聞いてないな!」
犬神の戯言をBGMに、戦いの火蓋は切って落とされた。
熊鬼が斧を振り下ろすと同時に、拙者も刀を抜いて応戦する。
刀と斧がぶつかり合い、衝撃で火花が散ると同時に、刀を引いてもう一度振り抜く。
しかし、刃が熊鬼の体へと届くよりも早く斧によって防がれる。
何度も刃をぶつけ合い、一進一退の攻防が続く中で熊鬼が口を開く。
「オレと互角に渡り合うとは、中々やるじゃないかクマ。どうだ? オレ達の仲間にならないかクマ?」
「……断るに決まっている。それよりも随分と余裕だな。この状況で無駄口を叩く暇があるのか!」
渾身の力を込めて刀を振るい、熊鬼の姿勢を崩して斬り付ける。
「なんのぉ!」
……何というタフさ。
まさか、刀を素手で掴んで受け止めるとは。
拳から血が滴るのを気にする様子もなく熊鬼はにやりと笑う。
「余裕があるから無駄口が叩けるクマ。油断なんてオレには無縁クマ!」
「そいつはどうかな!」
自信満々にそう宣言した熊鬼の背後から、今まで様子を伺っていた犬神が飛び掛かる。
拙者との戦いに夢中になっていた熊鬼の体を、犬神のかぎ爪が切り裂く事は、拙者の目で見ても確定したかに思えた。
……しかし、熊鬼の体が切り裂かれる事はない。
「オニオニオニ!」
何処かに潜んでいた鬼達の冷凍銃による銃撃を受け、氷漬けにされた犬神が地面に転がる。
「犬神! おのれ、伏兵を忍ばせていたか!」
「どうせ襲撃を仕掛けてくるのはわかっていたから、準備をするのは当然クマ。さあ、お前達! この男も氷漬けにしてしまうクマ!」
熊鬼の号令と共に、鬼達が拙者に向けて冷凍銃を発砲する。
……当然、只でやられるわけにはいかない。
その場から飛び退いて弾丸を躱すが、全ての弾丸を躱しきる事はできない。
刀で受け流して直撃だけは防いでいくが、弾丸を受けた刀は徐々に凍結していき、やがて拙者の腕にまで及ぶ。
「くっ、しまった!」
「クマクマクマ。じわじわと体が凍り付く恐怖に怯えながら、鬼ヶ島に逆らった事を後悔しろ! クーマクマクマ!」
刀を振り回して氷を振り払うが、そうすると冷凍銃を避ける事ができずに身体の各所が次々と凍っていく。
苦し紛れに刀を放り投げるが、身体が凍っている状態では狙いが定まらず熊鬼に掠りもしない。
……やがて、立つことすらままならなくなりその場に崩れ落ちてしまう。
「む、無念……」
首だけを動かし、熊鬼を見上げながら呟く。
……今はただ、反撃の機会を待つしかないか。
「……少し手間取ったが、これで終わりクマ。お前達、こいつ等を処分してしまうクマ」
流れる汗を拭いながら熊鬼が指示を出すと同時に、周囲の鬼達が氷漬けになった拙者達の元へと、不用意に近寄ってくる。
……そろそろか。
「……それにしても、今日は暑いクマ。クーラーが全然効いてない――」
「ウッホォ!」
異常に気が付かない熊鬼の言葉を遮る様に先程投げつけた刀によってヒビ割れた氷塊を砕きながらゴリバッカ殿が雄叫びをあげ、拙者の刀を拾うと周りにいた鬼達を蹴散らし始めた。
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