EPISODE1 ファントムピーチ(5)
「……少し数が多いが、まあ問題ないか」
「あれが少し!? どんだけ余裕なの! ……とにかく一時休戦。アンタはムカつく奴だし一発殴っておきたいけど、まずはこの鬼達を倒すのが先決だ!」
「ウホホイ!!」
拙者のぼやきに爪女がツッコミを入れながら共闘の提案を申し入れてくると同時に、今まで気絶していたゴリバッカが鬼達を蹴散らしながら拙者達の元へと駆け寄ってくる。
「……その方が良いようだな。半分は拙者が始末してやるから、残りは爪女、お主達が頼む」
……正直、拙者一人でも何とかなりそうだが、それを言うと面倒臭いことになりそうだし黙っておくことにしよう。
「随分と自信があるみたいね。それじゃあ、お言葉に甘えて……ちょっと待って。爪女ってひょっとしてアタシの事か!? アタシには犬神 一子っていう立派な名前が――コラ! 無視するな! ゴリバッカも笑ってるんじゃないよ!」
何やら喚いている爪女、いや、犬神を無視して近寄ってきた鬼達に向けて刀を振るい切り捨てる。
ゴリバッカも自身の丸太のような腕を振るって鬼を殴り飛ばし、時に地面に埋め込み次々と鬼達を倒していく。
「中々やるではないか。確かゴリバッカ殿と言ったかな? 拙者、吉備桃太郎と申す。僅かな間だと思うが宜しく頼むぞ」
「ウホホホ。ウホホ、ウホホッホ。ウホホホホイ」
ゴリバッカ殿に自己紹介をしながら刀を振るい、ゴリバッカ殿もまた重たい一撃を鬼達に見舞いながら自己紹介を返してくる。
「ほう、言うじゃないか。お主の実力、しかと見せてもらうぞ」
「お前、ゴリバッカの言葉がわかるのか!? コンビを組んでるアタシだって、何となくでしか理解できてないのに!?」
犬神が鬼の一人を殴り飛ばしながら、驚いた表情で拙者の方を見て叫ぶ。
……言葉も理解できずにコンビを組んでいたのか。
そんな事を考えていると、おばあさんに昔から言いつけられていた事が脳裏によぎる。
「……あっ、この事は秘密にしておけっておばあさんに言われてるんだった。拙者、動物の言葉なんてわからないでござる。ゴリバッカ殿の言葉は犬神と同じで何となくで理解してるだけでござるよ」
「絶対嘘だろ! 全部聞こえてたぞ、この野郎! さっきまでござるなんて言っていなかったのに、わざとらしくとぼけやがって! それにゴリバッカには殿を付けて、なんでアタシは呼び捨てなんだ!」
近くの鬼に掴みかかり、首を締め落としながら大神は拙者に向けて抗議する。
「拙者、とぼけてないでござる。何のことだかわからんでござる。それよりも、余所見しないほうがいい」
持っていた刀を犬神のいる方へと投げつける。
投げられた刀は犬神の髪を掠め、余所見していた彼女の背後に迫っていた鬼に突き刺さり、鬼はそのまま地面に倒れこむ。
「……べ、別に今のは自分で対処できた! それよりも、いきなり刃物を投げるな! 危ない――」
喚き散らす犬神の元へと向かい彼女を押し倒して地面に転がると同時に、拙者達の頭上を銃弾が掠めていく。
発砲した鬼をゴリバッカ殿が薙ぎ倒していくのを横目で見ながら、下敷きにしている犬神に声をかける。
「大丈夫か? 自分の身くらい自分で守れないとこの世の中やっていけないぞ。……どうした? 急に静かになって。顔も赤いしどこか怪我でも――」
「う、五月蠅い! 早く除け!」
犬神はキャンキャンと吠えながら、拙者の事を払いのける。
その顔は先程拙者が言った通り、何故だか真っ赤になっていた。
「何いちゃついているクマ!」
「いちゃついてなんか――」
……悠長に話している場合ではないな。
顔を真っ赤にして叫ぶ犬神を突き飛ばすと共に、いつの間にか近くまで迫っていた大男が振り下ろした斧を、先程倒した男から刀を引き抜き受け止める。
そのまま刀を払い斧を弾き飛ばすと、反撃に連続で斬りつけていく。
……しかし、先程も感じたようにこの男は中々の手練れ。
拙者の放つ斬撃は全て斧で受け止められてしまい大男に届く事はなく、最後には鍔迫り合いになる。
「……中々やるな。拙者の名は吉備桃太郎。お主の名を聞かせてもらおうか!」
名乗りを上げた後、体勢を立て直す為に刀を引いて鍔迫り合いをやめると同時に、その場から飛び退き距離を取る。
「いいだろう。オレの名は、熊鬼! 秘密結社鬼ヶ島の資金調達部を取り仕切る幹部だクマ! ……桃太郎、貴様も中々やるようだし是非オレの手で倒してやりたかったが、そろそろ勤務時間も終わる。遊びは終わりクマ!」
拙者に対して名乗りを上げた熊鬼がそう叫ぶと共に、どこからか鬼達がぞろぞろと現れる。
その手には見た事の無い形状の銃火器が握られている。
「……銃の類は拙者の前では無意味。先程と同じように、全て叩き落としてくれる!」
鬼達が銃弾を放つと同時に、拙者は刀を振るい、宣言通りに銃弾を叩き落とそうとする。
……しかし、手応えが感じられない。
何もしなければ当たっていた筈の銃弾を叩き落としているので、処理しきれなければ怪我をしている筈だが、痛みも感じない。
「お、おい! 刀を見ろ!」
「……これは!」
銃弾を叩き落とした際に生じる筈の衝撃が無い事に違和感を覚えて犬神の声に従い刀を見ると、徐々に凍結していく刃が視界に入る。
「鬼ヶ島特性凍結弾クマ! 避けずに受け止めてしまうとどんどん凍っていくクマ!」
「チィッ!」
舌打ちをしながら虚空に向けて刀を振るって刃に付着していた氷を払い、再び放たれた凍結弾を避け続ける。
……暫くの間、絶え間なく放たれる凍結弾を処理し続けるが、やがて犬神やゴリバッカ殿と共に壁際へと追い詰められてしまう。
「撃ち方止め! ……ククク、貴様等、最後通告だ! 大人しく投降するというのなら、少なくともこの場で死ぬことはないクマ! クーマクマクマ!」
熊鬼は勝ち誇ったかのように高笑いしながら、拙者達に降参するよう促す。
……降参した所で、ただでは済まないだろうな。
「ウホホ、ウホホッホホ」
……成程。
「ゴリバッカ殿の言う通り、ここは一度撤退するべきかもしれないな」
「撤退するっていってもどうやって! 囲まれているこの状況じゃ脱出は難しいぞ!?」
……犬神の言う通りでもある。
この状況、まともに脱出しようとすればその瞬間に鬼達の手でハチの巣にされてしまうだろう。
「ウホホ、ウホホホホホ。ウッホホホ。……ウッホ。ウッホホホーイ!」
拙者が何とかして活路を見出そうとしていた時、ゴリバッカ殿が鬼達目掛けて突撃する。
「ま、待て、ゴリバッカ! 何をするつもり――うわっ!? は、放せ! このままだとゴリバッカが!」
ゴリバッカ殿が鬼達の注意を集めている隙に刀を抜き、犬神を小脇に抱えると包囲網の手薄になった部分目掛けて突撃する。
「すまないが、放すわけにはいかない。……ゴリバッカ殿に、お前の事を頼まれたのだ」
自らを囮にして、拙者達を逃がすゴリバッカ殿の覚悟。
彼の覚悟を無駄にするわけにはいかない。
鬼達を切り伏せて包囲を突破し、出口目掛けて疾走する。
「ウホホーーー!!」
「放せ! ゴリバッカを助けないと!」
ゴリバッカ殿の雄叫びや腕の中で藻掻く犬神の事を気にする事無く、拙者は走り続けた。
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