EPISODE6 おばあさんの帰還(1)
「よく帰ってきた……だって? 桃太郎、あいつ、何を言ってるんだ?」
ダースオーガの発した言葉の意味を犬神が問いかけてくるが、拙者はそれに答える事なく刀に手をかけてダースオーガを見据える。
「フフフ……お前はまだ物心が付く前だったから、覚えてないのも無理はない」
「……お主が何を言いたいのかなど、どうでもいい。どのみち拙者に斬られて死ぬのだからな!」
ダースオーガ目掛けて突撃し、至近距離まで肉薄して抜刀する。
「……そ、そんな。桃太郎の刀が……」
「……遅いな。そんな動きでは、私を殺す事など不可能だ」
……拙者の刀は、ダースオーガに届かなかった。
拙者の抜刀に合わせるようにダースオーガも剣を抜くが、その剣には刀身が無い。
代わりに柄から発信された光刃が拙者の刀の刀身を根本から切断し、刃は宙を舞い床に落ちる。
「ムムム……」
「逃がさん!」
一度後退して体制を立て直そうとするが、首筋に剣を突き付けられた事で、身動きがとれなくなってしまう。
「桃太郎!」
「桃太郎よ、諦めて私の部下になるのだ。……いや、お前は必ず私の部下になる。そういう定めなのだ」
身動き一つとれない状況での降伏勧告。
常人ならばイエスと答えるしかないのだろうが、生憎拙者は常人でない。
「誰が貴様等の仲間などになるか。……早く斬れ!」
「……それは駄目だ。お前は私の仲間になるのだから。……その理由となる、お前の出自について教えてやろう」
ダースオーガは拙者の首筋に剣を突き付けたまま、長くなりそうな話を始めてしまう。
「……あれは今から二十年以上前の事、当時の鬼ヶ島では、超人を生み出す為の実験を行っていた。しかし、生まれる実験体は皆、常人より優れた身体能力は持っていたが如何せん知能が低すぎた。兵士としてなら有用かもしれなかったが、我らが求める一騎当千の超人とは程遠い失敗作だったのだ」
……早く話し終わって満足してくれぬかな。
「そ、その話が、桃太郎に何の関係があるんだ! そもそも、何でお前が桃太郎の出自を知っている!」
無駄に長い前置きに痺れを切らした犬神がいつものように吼え始めるが、ダースオーガはどこ吹く風と、一人語りをやめる気配は無い。
「実験に行き詰った私たちは、初期のゼロから超人を生み出すという方針を転換し、人間の遺伝子をベースに実験を行う事にした。そうして生まれた実験体は皆、知能こそ上がったが、変な語尾を喋る失敗作ばかり。挙句の果てには何故かゼロベースで作った実験体達まで変な語尾で喋り始めるし、あの時はマジで意味が分からなかった……」
ゼロベースの実験体が鬼達で、人間の遺伝子をベースにした実験体が熊鬼や亀鬼という訳か。
……無性にイライラしてきたな。
「おい、話が逸れているぞ。無駄話をしている暇があるのなら、この剣をおろしてもらえると助かるのだがな」
「フフフ、そのようにせっかちだと、女性にモテないぞ。……諦めずに実験を続けたある日、ようやく超人的な身体能力とまともな知能を併せ持ち、変な語尾も口走らない実験体を生み出す事に成功したのだ! ……我々は歓喜に打ち震えたが、数年後にあの女が裏切って唯一の成功例である実験体を連れて脱走。しかも、データを消して脱走した所為で今日まで超人の成功作を生み出す事は出来なかったのだ」
おっ? ようやく長い話が終わりそうだな。
「……一応聞いておこう。その話が拙者と何の関係がある?」
「その口振りだと察したようだな。そう、お前はあの日、あの女に連れられて脱走した実験体! そして!」
ダースオーガはそこまで言うとメットの前面を取り外し、その素顔を露わにした。
「……も、桃太郎と同じ顔!?」
「桃太郎、お前の遺伝子は私が提供した! つまり、私はお前の父親も同然という訳だ! フハハハハハハ!」
拙者と同じ……いや、拙者が少しだけ歳をとったようなイケメンであるダースオーガの素顔を見て愕然とする犬神とは対照的に、ダースオーガは勝ち誇ったように笑いながら拙者に突き付けていた剣を収める。
「驚きで声も出ないか。……兎に角、私の息子であるお前は私の部下となり、ゆくゆくは私の後を継いで鬼ヶ島――」
拙者は柄のみになった刀を両手で振るい、隙だらけになったダースオーガの剣を持つ右手を斬り落とす。
「ノーーーーーー!?」
身体から離れた右手が切断面から火花を散らしながら地面に落ちると、ようやく事態を飲み込んだダースオーガは叫び声を上げる。
……残念、まさか機械の腕だったとは。
「わ、私の腕が!? 何故だ!? 何故、そこまで簡単に立ち直る!? 私は父親だぞ! いや、そもそも貴様の刀は先程使い物にならなくなった筈だ!」
「……お前は三つ、間違いを犯した。一つ、拙者の刀もお前の剣と同様に光刃を発する事ができる」
怯むダースオーガ目掛けて刀を振るうが、寸での所で躱され空を切る。
「二つ、お前が今までベラベラと喋っていた事は、既におばあさんから聞き及んでいる」
続けて刀を振るうが、ダースオーガは残った左腕でローブの下から剣を抜いて振るい、互いの光刃がぶつかり合う。
「……そして三つ。今の話を聞く限り、同じ遺伝子というだけでお前は拙者の父親などではない! 仮に拙者がお前の血を引いていたとしても、拙者にとっての両親は育ててくれたおばあさんとおじいさんだけだ!」
拙者は高らかにそう宣言すると、刀を持つ手に力を込めてダースオーガの持っていた剣を弾き飛ばす。
仮に技量が同じだとして、片手と両手ならば両手に分があるのは自明の理。
その場に崩れ落ちたダースオーガを目掛け、とどめの一撃をお見舞いする為に刀を振り下ろすが、ダースオーガは再びローブから剣を取り出して刀を受け止める。
……こいつ、何本剣を持っているのだ?
いや、何本予備の剣を持っていようが、押し切ってしまえば関係無い。
「くっ……と、止まれ!」
ダースオーガの剣が拙者の刀に押し込まれて主人の身体を焼く直前、拙者の動きはピタリと止まってしまう。
「……こ、これは!」
「どうした、桃太郎!」
「ククク……ハーッハッハッハッ!」
顔をしかめる拙者や拙者の事を気に掛ける犬神とは対照的に、ダースオーガは再び勝ち誇ったように笑い声を上げる。
「貴様の身体には私の命令に従う様、生まれた時に制御用ナノマシンを仕込んでおいた! つまり、貴様は自分の意志に関係無く私に従う超人兵器という訳だ!」
……超人兵器という響きは中々良いな。
少し気に入った。
「さあ、桃太郎よ! まずはその女を始末してしまえ!」
ダースオーガに命令を下された事で、拙者は折れた刀を構えて犬神の方へと近づいていく。
「ま、マジか!? も、桃太郎、いつもの冗談だよな?」
「……どうやら、拙者の身体は奴の意のままみたいでござる。犬神、お主を斬るのはしのびない。拙者を殺すでござる」
犬神に自信を殺すように促しながら刀を振るい続けるが、犬神は刀を躱しこそすれど攻撃を仕掛けてくる様子はない。
「仲間を殺すなんて、アタシには無理だ。……すぐに助けてやるから、少しだけ待ってろ!」
犬神はそう言うと、拙者に背を向けてダースオーガの元へと走り出す。
「殺されたくなけりゃ、桃太郎を解放しろ! アタシは本気――」
……犬神のかぎ爪がダースオーガに届くよりも早く、拙者が刀を振るった事で犬神はその場に崩れ落ちていく。
拙者は犬神の身体が床へと倒れこむ前にその首筋を掴むと、部屋の隅へと放り投げた。
今回の話を読んでいただき、ありがとうございます。
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毎週日曜の昼十二時の投稿になるので、次回も読んでもらえると筆者は喜びます。




