EPISODE5 鬼ヶ島の逆襲(1)
「ゴ、ゴリバッカ!? どうしてここに!?」
潜水艇の中からひょっこりと姿を現したゴリバッカ殿の姿を見て、犬神が今日何度目かわからない狼狽を見せる。
ゴリバッカ殿は、そんな犬神の様子を不思議そうに見つめながら口を開く。
「何かあったら後は頼むと言っていたじゃないですかウホ。二人が連行されているのが見えたから、後をつけてここまで助けに来たんですウホ。少し苦労したけどようやく侵入できたと思ったら自爆するとかいうアナウンスが流れてきたので、脱出手段を用意して待っていましたウホ」
「……ああ、そういえばそうだった。色々な事がありすぎて――」
「何を納得しているのですかカメ! ここは水深千メートルの深海! 普通の人間が容易に訪れる事の出来る場所ではないですカメ!」
ゴリバッカ殿の冷静な説明に犬神は納得しようとするが、今度は雉鳴に背負われている亀鬼がまるで犬神の様に喚き始めた。
少しは大人しくしておけばいいものを。
「勿論、泳いできました。私、普通の人間ではなく鍛えられたゴリラですから。……失礼ですが、其方のお二方は何者ですか?」
「彼は忍者みたいな恰好をしているのではなく、本当に忍者の雉鳴。拙者達の協力者だ。背負われているのは亀鬼という、この基地の――痛っ」
二人の事を簡潔に説明しようとするが、一際大きい振動が拙者達を襲い中断せざるをえなくなる。
オマケに、口を開いていた拙者は思わず舌を噛んでしまった。
「続きは後にしましょう。皆さん、早く中に!」
ゴリバッカ殿はそう言うと潜水艇の中に引っ込んでいき、犬神もハッチをくぐって潜水艇の中へと姿を消す。
「ぐッ……おいっ! 馬鹿な事はやめろ!」
拙者も潜水艇の中へと入ろうとした時、背後から聞こえた声に足を止めて振り返る。
拘束されている状態で一体どうやって抜け出したのかは分からないが、床を転がり海面へと飛び込もうとする亀鬼と、床に倒れながらも亀鬼へと必死に手を伸ばす雉鳴の姿が視界に映った。
「マジか! お主の命などどうでもいいが、情報だけは寄こしてから死んでくれ!」
「この腐れ外道! 誰が貴方達の思い通りにさせますかカメ! 生きて虜囚の辱めを受けず! さらばカメ!」
拙者はすぐさま駆け出し、手をのばして亀鬼を捕まえようとするが、拙者の言葉に耳を貸す様子もなく捨て台詞を吐き捨てる亀鬼の方が一手早かった。
拙者の手は空を切り、亀鬼は海中へと沈んでいく。
「お前達! 時間が無いぞ!」
一瞬、飛び込んで追いかけるか考えたが、潜水艇から聞こえてきた犬神の声に足を止める。
……惜しいが、仕方ない。
「雉鳴、大丈夫か?」
「俺は大丈夫だ。少し首筋を噛まれただけだ。……すまない、少し油断した。窮鼠、猫を噛むとは言うが、まさか自害する為に抵抗してくるとは……」
貴重な情報源を失う事に後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、倒れている雉鳴を助け起こして共に潜水艇へと乗り込む。
「何か叫んでたみたいだけど、外で何があったんだ? それに、亀鬼はどうした?」
「あの男、最後にやってくれた……亀鬼には逃げられた。ゴリバッカ殿、もう出発してくれても構わない」
これ以上ここに用事も無いし、長居は無用だ。
「了解ウホ」
潜水艇を出航させるようにゴリバッカ殿に促すと、彼は一言だけ返事をしてから潜水艇の操縦を始める。
「……凄いな、本当にゴリラが喋ってる。アンタ、操縦できるのか? できないのなら、俺が変わろう」
雉鳴が首筋をさすりながら、操縦席に座っているゴリバッカ殿へ興味深そうに話しかける。
「お心遣い、感謝しますウホ。ですが、心配ご無用。私、ちゃんと免許を持っています。其れよりも、怪我をしているみたいなので、手当を受けてくださいウホ」
「よし、救急箱見つけた。手当してやるから、こっちこい」
いつの間にか潜水艇内を漁って救急箱を見つけた犬神が、雉鳴を手招きして、彼の頭巾を脱がすと首筋の辺りの傷を診る。
「……傷は浅そうだし、水で洗って包帯巻いとけばいいか。少し染みるぞ、いいな?」
「構わない。頼んだ」
拙者も何か手伝おうと考えたが、犬神は雉鳴の了承を得ると手早く傷の手当てを済ませていく。
「……随分と手馴れているな」
「小さい頃から格闘技やってたからね。これくらいの傷は日常茶飯事。それに、仕事柄これくらいの応急手当はできておかないと……はい、終わり」
犬神は拙者に返事を返しながらも、手を休める事なくてきぱきと動いて雉鳴の手当てをあっという間に終える。
雉鳴は少し首を動かして違和感がないか確かめた後、犬神の方へと振り向く。
「助かった。礼を言う」
「気にすんな。それよりも、あくまで素人による応急処置だから、ちゃんと病院で診て貰えよ。……そういえば桃太郎、お前、黒骨商事っていう会社に聞き覚えがあるか?」
雉鳴と話を終えた犬神は、何かを思い出したかのように、拙者へと質問を投げかけてくる。
……急に何を言いだすのだ?
拙者はプロのニート。
そんなどこの馬の骨ともわからない会社など……あっ。
「……一、二年ほど前に、拙者が乗りこんで潰した会社の一つがそんな名前だった気がする……どうした? 急に俯いて」
拙者の返事を聞いた犬神は、俯いたかと思えば肩を震わせ始める。
「鬼達に捕まる前に、内定を貰った会社が、入社式前に倒産した話をしたよな? 何社も落ちて合否の連絡すら貰えない事もあった中で、ようやく黒骨商事から内定を貰えたんだけどさ、入社式前日に倒産したってニュースが流れてきて、暫くショックで寝込んだことがあったんだよ」
「……何が言いたい?」
「ニュースの詳しい内容を思い出したんだよ。何でも、ピンクのジャージを着た男が会社内に乗り込んで刀を振り回しながら暴れまわって、物理的に会社を潰したんだって言ってた。正直、当時は信じられなかったな」
犬神はそこまで言って、顔を上げる。
涙目になって拙者の事を見つめる彼女から、何となく気まずさを感じた拙者は目を逸らした。
「……確かに信じがたい事でござるな。もしそんな奴が本当にいるのだとしたら……物騒な世の中になったものでござるな」
「お前だろ! どう考えてもそんな変な恰好してるのはお前以外にいないだろ! 下手糞なとぼけ方しやがって! どうしてくれるんだよ! アタシの内定返してよ!」
犬神はいつも以上に取り乱しながら、拙者の襟首を掴んでガクガクと揺らしながら泣き喚く。
「落ち着け。黒骨商事は違法行為に手を染めていた。拙者が潰さずとも、遅かれ早かれ倒産していた」
……二年ほど前に暫くの間、武器や薬物の密造に関わっていた企業を潰して回った事を思い出す。
黒骨商事は拙者が最後の方に潰した企業の一つで、大規模な偽薬物密造に関わっていた筈。
確か、成分の半分に優しさではなく、虚しさを調合した薬品を売り捌いていたと記憶している。
「本当かよ? また適当な嘘を――」
「嘘じゃない」
拙者の言葉に多少は落ち着いた様子を見せるものの、失礼な事に拙者の言う事を信じきれない犬神だったが、彼女の言葉を雉鳴が遮る。
「俺達がマークしていた企業の一つに、黒骨商事の名前があった。直接調査に乗りこむ数日前に壊滅して不思議に思っていたが、桃太郎の仕業だったのか。犬神、入社前に倒産してよかったな。逮捕していた所だったぞ。……二年ほど前から同様の事案がかなりの件数発生してたんだが、さっきの口振りだと黒骨商事以外にもいくつかの企業を潰したみたいだな。どれだけ潰した?」
「正直、潰した会社が多すぎて全部は覚えていないが、それで良いのなら答えよう」
拙者の返事に、雉鳴は黙って頷く。
「……禿鷹ファイナンスに、漆黒工務店。それから、奪金コーポに、闇市工業――犬神? 今度はどうした?」
最初の企業の名前を聞いた時点で再び俯いて震え始めた犬神だったが、拙者が次々と企業の名前を挙げていく度にその震えはどんどんと強くなっていき、拙者が声をかけると真っ青になった顔を上げて口を開いた。
「……全部アタシが受けて落とされたり、連絡の返ってこなかった会社じゃん。今挙げた会社が全部違法行為に手を染めていた訳――」
「犬神、気の毒だとは思うが……いや、余計な事を言っても、無駄に傷つけるだけだな」
雉鳴は最早最後まで言い切る事は無く、犬神は力無くその場に膝から崩れ落ちた。
今回の話をを読んでいただき、ありがとうございます。
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毎週日曜の昼十二時の投稿になるので、次回も読んでもらえると筆者は喜びます。