EPISODE4 新たなる仲間(1)
部屋の中にいた鬼も、捕まっている男も突然部屋に押し入ってきた拙者に驚いたようで両目を見開き、此方を見つめたまま固まってしまう。
「お、お前! 逃げ出したオニ!? 早く知らせ――」
我に返った鬼が口を開くが、もう遅い。
先手必勝、優先すべきは鬼の排除。
慌てふためく鬼に近づき、刀を振るって斬り捨てる。
「うわっ!? 痛--」
斬られた鬼は力なく倒れていく……拘束されている男に向かって。
男は驚いたようで悲鳴を上げた後、痛みに呻いてから黙り込む。
……さて、この男と拙者は何の関係も無い赤の他人。
放っておいてもいいが、とりあえず話だけは聞いてやるとしよう。
男に覆いかぶさっている鬼を除かして、男の様子を観察する。
拘束されている男は目元以外を覆うような額当て付きの灰色の頭巾と装飾の無い上衣に、足首部分を脚絆で纏めた袴を身に付けていた。
わかりやすくいえば、時代劇などでよく見る忍者の格好。
……そして男の腕には、先程鬼の持っていた注射器が刺さっており、その中身は空になっていた。
どうやら鬼が倒れこんだ拍子に偶然にも注射器がぶっ刺さり、かつ偶々鬼の指がピストンを押し込んでしまったようだ。
こんな事もあるんだなあ。
「おい、お前は何者だ? なんで一般人がこんな所に……いや、刀振り回して暴れてる奴は一般人じゃないか」
男は拙者の事をまるで不審人物を見るかのような訝し気な目で見ながら問いかける。
「人に名を聞くときは、まず自分から名乗れと親から教わらなかったか? ……まあいい、拙者の名は吉備桃太郎。お主こそ、何者だ?」
正直、忍者の格好をしている男に不審者と思われているのは不愉快だが、名前位は教えてやっても構わないだろう。
そうした方が、話も進むだろうしな。
「……三匹のお供を従えてそうな名前だな。まあいい、俺の名は、雉鳴 志信--え?」
拙者によって拘束を解かれながら自己紹介を返してきた男は、自身の名を告げた直後に何故か驚いたような顔をして硬直してしまう。
「……? お主、何の用事でここにいる? それに、その変な恰好は一体何なんだ? 最近はそういうファッションが流行っているのか?」
「俺がここにいるのは、任務の為--おい、洒落になってないぞ! 最近巷で暴れている鬼ヶ島とかいう組織の事を調べる為に、わざと奴等に捕まってここに潜入--この注射器か! 畜生! この恰好は、雉賀衆で使われている忍装束。変な恰好とはいうが、硬いだけの金属鎧よりは余程使いやすい自慢の仕事着だ。クソッたれ! これ以上、何も聞くな!」
雉鳴は拙者の質問に答えつつも時々声を荒げたり、注射器を抜いてその場に放り捨てたりと落ち着いた様子ではない。
そういえば、さっき倒した鬼はあの注射器の中身を何と言っていたか……あっ、そういう事か。
「……まさか、本当に忍者なのか? もしそうなら、誰かの命令で――」
「そうだ、忍者だ! 辞めろ! 頼むから暫く質問してくれるな!」
拙者の言葉を掻き消すように、雉鳴が叫ぶ。
……成程、随分と強力な自白剤だったようだ。
「いつまで効果があるか分からないのは厄介だな。碌に言葉も交わせない」
「口内に仕込んでおいた解毒薬を飲んだ。……効果が出るまでの間、吉備が何故ここにいるのか、聞かせてもらっても良いか?」
……何だか可哀そうになってきたし、話してやるか。
それに、拙者だけ事情を話さないのもフェアじゃない。
「いいだろう、移動しながら話をしよう。ここに残っていれば、鬼どもに見つかってしまうからな」
「……成程、ここまで私怨で乗り込んできたって訳か。……そろそろ大丈夫か? なあ、俺に何か質問してみてくれ。真偽がすぐにわかる質問で頼む」
物陰に隠れながら移動しつつ、ここに至るまでの経緯の説明が終わるまで雉鳴は黙って拙者の言う事を聞いており、拙者が全てを話し終えてからようやく口を開いた。
……まあ、喋りたくも無い事を喋ってしまう以上、薬の効果が切れるまで黙っておくのは当然か。
さて、何を質問したものかな。
「お主は忍者らしいが、どんな技が使える? 教えてもらっても構わないか?」
「……ああ、構わ……構わな……駄目だ。そんなに簡単に見せて良い物ではない。……よし、もう大丈夫だ」
……最初の方、結構危なかったように見えたが、本人が大丈夫だというのなら大丈夫なのだろう。
「とりあえず、お互い敵では無いようだ。それに奴等の拠点を壊滅させるという目的は一緒。どうだ? 脱出まで協力するというのは」
周りは敵だらけで、犬神も囚われたままというこの状況。
拙者一人でも何とかなりはするだろうが、味方が多いに越したことはない。
恐らくは拙者と同じような事を考えていたのだろう、雉鳴は即座に頷き返す。
「俺の目的は拠点の壊滅じゃなくて、調査だけなんだが。……わかった。正直、お前の言う事は転売潰して家が燃やされただの、喋るゴリラが仲間だの、荒唐無稽すぎて信用したら俺の中の常識が一気に崩壊しそうだが……信用してやる。そもそも、ピンク色のジャージ着た男が刀を持って犯罪組織の拠点の真っただ中にいるというおかしな事が、実際に目の前で起こった訳だしな」
……言い草は気になるが、犬神程喚かないうえ、理解が早くて助かる。
「そう言ってもらえると助かる。それじゃあ、早速この拠点を壊滅させてやろう……と、言いたい所だが、拙者の仲間が捕まっている。暴れる時に人質にされると厄介だから、先に助けてやりたい」
「確か、さっきの話に出てきたキャンキャン五月蠅い犬女だな。どこにいるかわかっているのか?」
雉鳴の問いに、首を横に振って答える。
「そもそも、お主が捕まっていた部屋に訪れたのだって、犬神が囚われている部屋だと思ったからだ。虱潰しに探すしかあるまい」
「……話を聞いてて思ったが、考えなしに動きすぎだろ。……少し待ってろ」
雉鳴は溜息を吐くと、隠れている場所から頭を出し、何かを探すかのように周囲を見渡し始める。
「何か探しているのか?」
「警備システムの電子パネル。監視カメラや、扉の電子ロックなんかの近くにある奴。こういう場所ならどこかで使っている筈だ。ハッキングして、この拠点の見取り図を手に入れる」
雉鳴は暫く周囲を見渡していたが、諦めたのか頭を引っ込めて首をすくめる仕草をする。
「この辺りには見当たらないな。別の場所を探そう」
「いや、少し待て」
動こうとする雉鳴を制止し、その場で息を潜めて耳を澄ませる。
暫くすると、複数の方向から足音が此方に近づき、拙者達の近くで足音が消える。
「おい、逃げ出した奴は見つかったかオニ?」
……近くで足を止めたという事は、既に拙者達を見つけて不意打ちを仕掛けようとしているのかもしれない。
刀の柄を握りしめ、いつでも返り討ちにできるよう準備をしながら様子を伺う。
「いや、この辺りでは見てないオニ。それにしても、拘束しておいたのに逃げ出すなんてとんでもない奴オニ」
鬼達は言葉を交わし終えると、拙者達から遠ざかっていく。
「拙者達が逃げ出した事は、既にバレているようだな」
「そりゃあ、アンタが豪快に扉をぶち抜いた所為で隠蔽工作もできなかったし、バレるだろうな。……それにしても、よく俺より早く戦闘員達に気がついたな。一体、どんな訓練を受けてきた?」
雉鳴が拙者の事を訝し気に見ながら問いかけてくるが、無視して立ち上がる。
「日頃の鍛錬の賜物でござる。さあ、早い所電子パネルを探すでござる」
「……誤魔化すのが下手だな」
……何か言って来るが、どうせ大したことではない。
電子パネルを探し、拙者達は拠点内を息を潜めながら歩き続ける。
「雉鳴、ああいう扉の近くにあるんじゃないのか?」
暫く歩いた所で、真横にカードリーダとパスコードを入力すると思われるキーボードの付属した扉を指差した。
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