EPISODE3 鬼の復讐(5)
人質が捕らわれている部屋の前まで、鬼達に見つかる事なく無事に辿り着く。
部屋の中にしか見張りがいないとは随分と不用心だな。
……犬神が部屋の扉をノックすると、拙者と犬神はそれぞれ扉の両脇に一歩下がって待機する。
「……誰オニ?」
部屋の中から鬼の声が聞こえてくるが、拙者も犬神も返事を返さず奴等が出てくるのを待つ。
やがて不審に思ったであろう鬼が部屋の扉を開けて外の様子を伺おうと首を出した瞬間、拙者の向かい側で待機していた犬神が鬼の頭を掴み、部屋の外へと引き摺り出す。
鬼を地面に引き倒して馬乗りになった犬神は、マウントポジションを取って拳を振り降ろし鬼を殴りつける。
……先程拙者に容赦ないと言っていたが、犬神も充分に容赦がないな。
まあかぎ爪を付けずに素手で殴っているだけ、有情ではあるか。
「な、何があった――」
外に引きずり出された仲間の安否を心配してもう一匹の鬼が飛び出してきた所で、開いていた部屋の扉を閉める。
仲間が女に馬乗りされてしこたま殴られ続けている様子を見て絶句している鬼の背後から、肩を掴んで地面に押し倒すと、犬神に倣い殴りつける。
……暫く殴り続け、オニの意識が失われたところでようやく殴るのをやめて立ち上がる。
「しかし、随分と単純な作戦だったな。見張りの鬼を誘き出してそのまま殴り倒す。こいつ等にもう少し知恵があったら、間違いなく失敗していたぞ」
「それじゃあお前が作戦を考えれば――おい、なんだよその態度は」
不服そうに抗議する犬神の様子を鼻で笑ってやってから部屋の扉を開き、人質の元へと向かう。
「お主達、助けにきてやったぞ」
助けが来たと知り、それまで俯いていた人質の一人が顔を上げて口を開く。
「ありがとうございますオニ。いきなり外で暴れている奴等に襲撃されて捕まってしまい、一時はどうなる事かと……」
顔を上げた人質の肌は赤く、よく見れば二本の突起が被っている帽子を押し上げている。
他の人質の様子を伺うと、皆同じような相貌だ。
……犬神の方へと視線を向けると彼女は真顔であり、その表情からは現在どのような感情を胸に抱いているかは伺い知れない。
ただ一つ分かる事は、おそらく拙者も今の犬神と同じような顔をしているという事位か。
「さあ、早くこの拘束を解いてほしいオニ。……どうしたオニ? そんなに怖い顔をして」
拙者は黙って刀を抜き、人質を拘束しているロープを斬ってやる。
……無論、人質に扮していた鬼ごと。
「い、いきなり何をするオニ!」
「ま、まさか、俺達の正体がバレてしまったオニ!?」
「そんな……一体どうしてわかったオニ!」
人質に扮していた他の鬼達が口々に叫び声を上げるが、拙者と犬神は表情一つ変える事なく刀とかぎ爪で斬り捨てていく。
「まさか、人質全員鬼だったなんて……」
「こんなのに騙されるとは、一生の不覚。……しかし、これは不味いかもな」
……全員斬り倒す事で騙された苛立ちを解消して刀を鞘に納めようとした瞬間、周囲に多数の殺気を感じて刀を構えなおす。
「やはり罠か、囲まれている。……犬神、拙者が囮になるから、お主は逃げろ」
鬼どもがぞろぞろと現れ、小銃のような物を構えて拙者達を囲む中、犬神に逃げるように言うが、彼女は首を横に振る。
「……アタシが人質を助けようって言ったからこうなったんだ。囮になるならアタシの方だろ」
いつもの威勢は鳴りを収め、申し訳なさそうに謝罪する犬神に拙者はそれ以上何も言う事なく、ただ周囲の鬼達を睨みつける。
「カメカメカメ。逃がす訳無いでしょう。貴方達は、ここで私に捕まるのですカメ」
拙者達を囲む鬼の輪から、眼鏡をかけた細身の男が一歩、前に出てくる。
「どうも、私の名は亀鬼と申します。貴方達に計画が漏れている事、予想していましたカメ。襲撃を中止しても良かったのですが、熊鬼を倒した三人を捕まえる為の罠を仕掛けようと……一人足りませんねカメ」
何故か両腕に亀の甲羅を模した盾を持っている亀鬼は、ペラペラと自身の計画を拙者達に向けて自慢げに話し始める。
「まあそういう事もあるだろう。そんな事より、拙者達を捕まえる事ができると思っているのか? 犬神はともかく、拙者を取り押さえるのは一筋縄ではいかないぞ」
「……アタシの失敗でこんな事になってるからあまり言いたくないけどさあ、何でそんなにアタシの事を軽視するんだ!」
かぎ爪を構えて周囲の鬼達を見据えながらも、拙者に対してキャンキャン吠える犬神。
……そろそろ何を言っても拙者にとって都合が悪ければ無視されるという事を覚えた方が良いのではなかろうか。
「実力行使で熊鬼を倒した相手に正面から挑む気などありませんカメ。お前達! やれ!」
「させるか!」
亀鬼が合図を出し、犬神が駆け出すと同時に周囲の鬼達が一斉にガスマスクを装着し、小銃からガスのような何かを拙者達に向けて噴射する。
……あれは不味い。
「犬神! 呼吸をするな! ここから脱出するぞ!」
犬神に警告を発してから片腕で口元を覆い息を止めるが、既にガスを吸ってしまったらしく意識が遠のいていく感覚に襲われる。
……拙者の警告もむなしく、鬼達の近くにいてモロにガスを吸い込んでしまった犬神はその場に倒れ込み動かなくなる。
意識が暗転しそうになるのを堪えながら犬神の元に駆け寄り彼女の安否を確認すると、幸いな事に息はある。
どうやら、このガスは睡眠ガスのようだ。
……既に吸ってしまって以上、倒れるのは時間の問題。
なら、精々足掻くか。
倒れている犬神を確保しようと近づく鬼達へ、片手に持った刀を振るい斬り付ける。
……何匹かの鬼を斬りつけるも、途中で息が持たずにガスを吸い込んでしまい、拙者の意識は闇に落ちていく。
「フフフ。さあ皆さん、こいつ等を……基地までれん……連行するの、です……尋問して……持っている……じょう……ほ……」
周囲に指示を出している、ガスマスクをつけていなかった亀鬼も拙者達と同じように地面に倒れていくのを眺めながら、拙者の意識は完全に暗転した。
次に目を覚ますと、目の前に広がったのは見知らぬ天井だった。
体を起こして部屋の中を見渡そうとするが、思うように動く事ができない。
首だけ動かして自身の体に視線を向ける事で、ロープで拘束されていた事にようやく気付く。
しばらく身動ぎしていると部屋の扉が開き、一匹の鬼が拙者の近くに歩み寄ってくる。
「目を覚ましたようだなオニ。仲間達の恨みを晴らしたい所だが、まずは知っている事を洗いざらい吐いてもらうオニ」
「おい、犬神はどこにいる?」
……この状況、とりあえず、奴らの拠点に潜入する事はできたか。
元々、そんな罠かはわからなくとも、奴らが何かしらの罠を張ってくることは予想していた。
もし罠が仕掛けられていた場合、わざと捕まって奴等の拠点まで案内してもらう事も初めから想定済みだった。
とりあえず、ダメ元で犬神がどこにいるのか問いかけてみる事にする。
「女の方は、別の場所で尋問中だオニ。……さて、どうやって情報を聞き出すかオニ。……奴の持っていたこの刀を使って痛めつけて――」
「おう、質問に答えてくれたうえ、拙者の得物まで持ってきてくれるとはご苦労」
全身に力を入れてロープを引きちぎり、油断しきっていた鬼を殴り倒して昏倒させた後、鬼の所持品を漁る。
……先程は全て想定内と言ったが、実は一つだけ想定外だった事もある。
「さて、犬神を探すとするか」
本当なら拙者一人だけで捕まる予定だったのに、犬神も一緒に捕まってしまったのは誤算だった。
こんな事なら、あらかじめ拙者の狙いを話しておくべきだったのかもしれない。
「まあいいか。過ぎた事を気にしても仕方ない。特に、自分の過失などさっさと忘れてしまうに限る」
拙者の刀以外に目ぼしい物を持っていなかった鬼を壁に向けて蹴飛ばすと、扉を開けて部屋を出る。
周囲に鬼の気配は無いが、裏を返せば犬神は離れた場所に捕らわれているという事で、これは少々骨が折れそうだ。
だがしかし、助けない訳にもいかないだろう。
……息を潜めながら拠点内を暫く探索し続けていると、金属製の扉の中から話し声が聞こえてくる。
「さて、お前の知っている事を洗いざらい吐いてもらうオニ。……とは言っても普通に聞いても口は割らないだろうから、新しく開発されたこの自白剤を打って喋らせるオニ。お前の意志に関係なく、聞かれた事は全て喋る様になるオニ」
……どうやら、この部屋に犬神は捕まっているようだ。
予想していたよりも早く犬神を見つける事ができた幸運に感謝しつつ、刀を抜いて金属製の扉を斬り刻む。
その勢いのまま部屋の中へと飛び込んだ拙者が見たのは、注射器を持って突然の闖入者にこちら呆然と見ている鬼と、拘束されてる見知らぬ男の姿だった。
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