EPISODE2 鬼達の攻撃(5)
……熊鬼はふらつきながらも立ち上がって口を開く。
「こ、この……複数でリンチなんて、卑怯な奴等クマ!」
拙者と熊鬼の一対一ならば持久戦になっていただろうが、実際の所は三対一。
部下達がいなくなってしまった時点で、熊鬼に勝ち目は無かったのだ。
「リンチって……お前達が散々やってきた事だろ? 自分達がやられたら文句を言うって、相当にダサいな」
「ぐ、ぐぬぬクマ」
犬神にバッサリと突っ込まれてしまい、熊鬼は悔しそうに黙り込む。
それはそうだが容赦ないな。
「……熊鬼、もうお主に勝ち目はない。鬼ヶ島に関する情報を喋るのなら命は助けてやろう」
「ウホ? ウホホ、ウホウッホホ?」
拙者にとって、仇であるはずの熊鬼に温情を与えようとする言葉に、ゴリバッカ殿がその真意を問いかけてくる。
「……もう勝負はついた。無益な殺生は避けるべきだ」
ゴリバッカ殿にたった今考えた適当な嘘を並べ立てて説明する。
……部下を全て失い拙者達の首をとれない以上、鬼ヶ島にも居場所が無くなるであろう熊鬼が憐れに思えてきたというのが理由の一つだが、態々それを説明する必要もないだろう。
「……嘗めるな! そんな甘言にオレが惑わされるとでも思っているクマ? それにたとえオレが鬼ヶ島を裏切っても後から斬られるのはわかっているクマ! そんな罠に、俺は釣られないクマ!」
「……心外だな。拙者がそんな事をするように見えるのなら、お主の目は随分と曇っているようだ」
……まさか拙者の本当の目論見がバレているとは。
憐れみこそするが、コイツはおじいさんとおばあさんの仇。
生かしておく道理など、そんなにない。
「み、味方ながら否定することができない。……と、とにかく! そっちがやる気なら、こっちも相手をしてやる!」
最初に動いたのは犬神だ。
犬神は吼えると同時に、熊鬼の元まで疾走する。
近づかれた瞬間に熊鬼は後方へと飛び退き、犬神の振るうかぎ爪を躱すが彼女は疾風を思わせるスピードでかぎ爪を振るい続け、どんどんと熊鬼を追い詰めていく。
「クマァ!」
犬神の攻撃の間隔、その一瞬のスキをついて熊鬼は斧を横に振るい薙ぎ払おうとするが、犬神も中々の手練れ。
即座に反応し、その場に伏せて攻撃を躱す。
「犬神、そのまま伏せてろ」
「え? うわっ!?」
犬神の背の上を斧が通り過ぎた瞬間、立ち上がろうとする犬神の背中越しに拙者は刀を振るい、熊鬼の腕を斬り付ける。
「ぐっ……」
「即席で組んだとはいえ、中々連携できてるな。流石拙者、なにやらせてもすぐにこなせる」
腕を斬り付けられた痛みに怯む熊鬼だが、流石にこの程度では倒れる事は無い。
「クマ!?」
しかし、姿勢を低くしたままの犬神に足払いを仕掛けられたことで、熊鬼は姿勢を崩して片膝を地につく。
「も、もっと早く声をかけろ! 危うくアタシが斬られるところだったじゃないか!」
「拙者は人を見る目もある。お主ならあれ位は反応できるだろ」
抗議してくる犬神を適当にあしらい、その場で跳躍して熊鬼に飛び蹴りをお見舞いする。
バランスを崩した熊鬼に拙者の蹴りを避けるすべはなく、蹴りをモロに受けた熊鬼は斧を取り落として吹き飛ばされる。
「ウッホォ!!」
地面に倒れこんだ熊鬼に止めを刺すべく、ゴリバッカ殿が拳を大きく振りかぶりながら、雄叫びを上げ飛び掛かる。
「くっ……ウオォォォ!」
負けじと熊鬼も雄叫びを上げ、ゴリバッカ殿の拳を受け止めながら起き上がって組み付くと、ゴリバッカ殿の巨体を投げ飛ばしてしまう。
「ゴリバッカ!」
犬神が投げ飛ばされるゴリバッカ殿を見て声を上げるが、無用の心配。
ゴリバッカ殿は空中で姿勢を変えて、華麗な着地を披露してくれる。
「まだまだぁ!」
着地したばかりのゴリバッカ殿目掛けて熊鬼は突撃をかけ、ゴリバッカ殿は正面から迎え撃ち、お互いに組み合う形になる。
「ウホホホ……!!」
「クマママ……!!」
二人の力は互角のようで組み合ったまま睨み合いが始まり膠着状態に陥るが、先程も言った通りこれは一対一の勝負ではない。
熊鬼よ、ゴリラであるゴリバッカ殿と互角に組み合う事ができるとは……実力は本物だっただけに、こういう形で出会ったのが実に惜しい。
「ゴリバッカ殿に釘付けになっている今がチャンスだ。一気に奴を叩くぞ」
「……何か気が引けるけど、仕方ないか」
熊鬼の背後に回り込み、武器を構えて近づいていく。
「貴様等! 何コソコソしてるクマァ!」
熊鬼は叫ぶと同時に、組み合っていたゴリバッカ殿を持ち上げると、拙者達目掛けて放り投げてくる。
「うわっ!?」
犬神は飛んできたゴリバッカ殿を避ける事ができず、彼の下敷きにされてしまう。
……いや、避けきれなかったのではなく、ゴリバッカ殿を受け止めようとしたのかもしれないが、今重要なのは下敷きにされたのが犬神だけという事だ。
「はぁッ!」
拙者は身を屈めて飛来するゴリバッカ殿を躱し、熊鬼まで肉薄すると同時に気合を入れて刀を振り抜く。
「ぐっ……ガァァァァァァ!!」
血が地面に滴り落ちると共に、熊鬼は雄叫びをあげる。
……しかし、熊鬼に致命傷を与える事はできなかった。
「……中々やるじゃあないか」
振り抜かれた刀を素手で掴んで受け止め、直撃を避けた熊鬼に思わず賞賛を送る。
「く、クマァァァァァァ!!」
熊鬼は、拙者の言葉を意に介する事なく、刃が掌に喰い込むことも気にせずに掴んだ刀ごと拙者を持ち上げて、ブンブンと勢いよく振り回す。
拙者は振り落とされないように刀から手を離して少し離れた場所に着地すると、先程熊鬼の取り落とした斧を拾い上げ駆け抜ける。
熊鬼もまた、掌に喰い込んだ刀の柄を掴み、迫る拙者に向けて構える。
図らずしてお互いの得物を交換する事になったが、やる事に変わりはない。
ただ、目の前の敵を倒すのみ。
「これが拙者の必殺技!」
刀を振り上げた熊鬼の元まで再び肉薄した拙者は、手に持った斧を勢いよく振り抜く……と、同時に斧から手を離し、振り下ろされた刃を避ける為に後方へと飛び退く。
「クッ、クマ!?」
熊鬼の腕が投げ飛ばされた斧によって切り裂かれ血が噴き出し、握っていた刀は地面に落ちていく。
「うおォォォォォォ!」
そこへいつの間にかゴリバッカ殿から抜け出していた犬神が、刀を地面に落ちる寸前で掴み、熊鬼の躰をすれ違いざまに斬り付ける。
更に熊鬼が悲鳴を上げるよりも早く、ゴリバッカ殿が腕を大きく振りかぶりながら熊鬼の元へと接近した。
「ウッホォォォ!」
……ゴリバッカ殿の拳が勢い良く振り抜かれ、その拳が熊鬼に当たると熊鬼は断末魔の叫びを上げる暇もなく空の彼方へと吹き飛ばされていった。
「熊鬼……生きていればいつかまた、会う事もあるだろウホ」
拙者は熊鬼の飛ばされていった空の彼方を見つめてその姿を空に幻視しつつ、ゴリバッカ殿の呟きを静かに聞いていた。
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