EPISODE1 ファントムピーチ(1)
「うー、PSO、PSO」
最新ゲーム機のPSOを求めて全力疾走している拙者の名は、極一般的な成人男性の吉備 桃太郎。
強いて人と違うところをあげるとすれば、働いていない……すなわち、ニートっていうところかな。
そんな訳で、駅前にある家電量販店、ヨビクドカメラにやって来たのだ。
ふと、店内を見渡すと、一枚の貼り紙が拙者の目に映る。
『大人気ゲーム機 PSO 本日五十台分抽選予定 参加のお客様は、ゲーム売り場レジまで』
ヨシ! いい抽選……思わず貼り紙を指差した拙者は、周りの客に変な目で見られながらもレジへ向かうと、番号の記された抽選券を手に入れるのだった。
暫く店内で時間を潰していると、アナウンスが響き渡る。
『本日はご来店いただき、誠にありがとうございます。PSOの抽選販売にご参加いただきましたお客様へご連絡致します。ただいま、PSOの抽選が完了しました。ゲーム販売カウンター前に当選番号を掲示させていただいております。ご当選されたお客様はゲーム販売カウンターまで抽選権をお持ちくださいませ。繰り返します--』
アナウンスを聞いた拙者は、当選番号を確認する為にレジ前へと向かう。
……このゲーム機は大人気で、予約段階で既に品薄。
抽選予約に落ちてしまった拙者は、結局発売日に手に入れる事は出来なかった。
しかし、拙者にはこのゲームをどうしても手に入れなければいけない理由がある。
拙者には物心ついた時から両親がいないのだが、親代わりとして育ててくれたおじいさんとおばあさんがいる。
そしておばあさんがどうしてもこのゲームを所望している為、絶対に手に入れる必要があるのだ。
そうして一ヶ月間、様々な店を渡り歩くものの全て空振りに終わっていた。
しかし、そんな日々とも今日でさらば!
流石に五十名も当選するのなら、きっと購入できるはず。
……そんな拙者の希望は、いとも容易く打ち砕かれる事になる。
「なん……だと……」
当選番号を確認した拙者は、あまりの状況に愕然とする。
ボードに貼りだされた当選番号の最後の数字は、四桁に迫らんとしていた。
……一応自分の抽選番号があるか探してみるが、無情にも見つかる事はなかった。
「これは一体……どういうことだ?」
周囲を見渡してみるが、拙者と同じように困惑している客が多数。
……店内にいる人数はどう数えても三桁には届かないというのに、どうして抽選番号がこんなに大きな数字なんだ?
「今から番号を言うから、当選している奴等は受け取りに来る……オニ」
現状を分析している拙者の耳に、一人の男の声が届く。
その男の方を見ると、誰かに電話で連絡しているようだ。
しかし、そんな事は男の姿を一目見てどうでもよくなった。
このクソ暑い夏だというのに、男はロングコートとサングラス、マスクにニット帽を身に纏う、どこからどう見ても立派な不審者の姿がそこに存在した。
その不審者振りといえば、ピンクのジャージに身を包んでいる拙者に勝るとも劣らないだろう。
……しかし、帽子を突き破って飛び出ているあの突起はいったい何なのだ?
そんな至極どうでもいい事を考えていると、周囲の人達がざわつき始める。
一体何が起きたのか?
その答えは、すぐに理解する事ができた。
フロアの入り口から大量の男達が店内に入店してきたのだ。
しかも、その恰好は先程電話していた男と全く同じもの。
突如として現れた男達は列をなしてレジに並び始める。
ここに至り、拙者は事態をようやく把握する事ができた。
……こいつ等、噂に聞くテンバイヤーか!
需要のある商品を買い占めて、小売りと顧客の間に割り込み不当に価格を吊り上げる悪鬼外道。
「そんな……今日こそ買えると思ってたのに……」
「うわーん! おかあさーん!」
老若男女問わず響き渡る怨嗟の声にも一切反応する事なく、男達は次々と会計を済ませていく。
……拙者の中の正義にのっとって、テンバイヤー共を潰すしかあるまい。
これは決して私怨などではない。
確固たる決意を胸に、会計を済ませている男達の姿を見据えた。
購入を終えて複数台のバンに乗り込んだテンバイヤー共の後を走って追いかける事、数時間。
寂れた街の、これまた寂れたビルの前にバンが停車して、中から一人の男が降りてくる。
「さあ、早く降りて荷下ろしをするオニ。荷下ろしが終わったら次の仕事に取り掛からないといけないから、キビキビ働くオニ!」
「「「オニー!!」」」
一番最初に降りたリーダーらしき男が口元のマスクを脱ぎ捨てて号令をかけると共に、同じくバンの中から降りてきた男達が後部のカーゴスペースに積み込まれたPSOを次々にビルの中へと運んでいく。
……さて、拙者も行くか。
「お前! ここで何をしている! ここは立ち入り禁止――」
ビルの中へと侵入しようとする拙者を、リーダー格の男が見とがめて声をかけてくるが、最後まで言い切る事はない。
拙者は瞬時に男の背後へと移動し、男の意識を締め落とす。
華麗にステルスキルを行う事で、拙者の存在をテンバイヤーどもに悟られる事無くビルに潜入するのだ。
意識を失った男を解放した拙者が見たのは、此方に視線を向ける男達だった。
……考えてみれば正面から突入したのだから、幾ら拙者のステルス能力が高くとも簡単に気付かれるか。
「「「オニー!!」」」
突然の侵入者に怯む事無く、男達は拙者を取り囲む。
……ここからは、殲滅戦か。
男達が殴りかかって来れば、その腕を掴んで投げ飛ばす。
蹴りを浴びせてきたのならその足を掴み、男達目掛けて放り投げる。
背後から羽交い絞めにされたのなら、仰向けに倒れこんで羽交い絞めにしてきた男を下敷きにしてから拘束を抜け出す。
「オ……オニ……」
自分たちの攻撃をものともしない拙者の姿を見て、流石に動揺を隠すことができなくなる男達。
「その程度か? ならば、次は拙者の番だ」
逃げ惑う男達を追いかけて殴り、蹴りつけ、投げ飛ばしていった。
……一時間ほど男達を追い回していただろうか?
いつの間にか男達は皆逃げ出すか倒してしまったようで、この場に立っているのは拙者只一人。
空は赤く染まり始め、カラスが鳴きだす。
……得物が無かったとはいえ、壊滅させるのに少し時間をかけすぎてしまったか。
もっと精進しなければ。
そんな事を考えながらビル内にあるPSOを男達が残していったバンに積み込んでいく。
「ぐ……き、貴様。何者オニ」
背後から聞こえてきた声に振り替える。
……一番最初に締め落とした男が、意識を取り戻したようだ。
「拙者は自分自身の正義を執行しただけ。大人しくしておけば、これ以上危害は加えん」
男は立つことはできないようで、地面に倒れこんだ状態で拙者の事を忌々し気に睨みつけてくる。
頭に被っていた帽子は拙者が締め落とした際に脱げてしまっており、額の辺りからそそり立つ一対の突起と、赤い素肌が露わになっていた。
……こいつら、鬼か。
「……何だかよく分からんが、俺達を敵に回した事を後悔するといいオニ。お前の顔は覚えたオニ。絶対に報復してやるオニ」
「それは怖いな。さっさと立ち去らなければ」
鬼に適当に返事をしながらPSOを購入した時のレシートが捨てられていない事を確認してバンに乗り込むと、その場から立ち去る事にした。
ヨビクドカメラに自分の分以外のPSOを返品し、返金されたお金を全て募金箱に突っ込んだ拙者はバンを適当な場所に乗り捨てて帰宅する。
拙者の勇気ある行動によって、後日PSOの再抽選が行われるらしい。
難民が少しでも減ったと考えると、足取りも軽くなる。
「ただいま! おばあさん、頼まれていたゲーム機を買ってきたぞ」
一か月振りの我が家に少しばかり懐かしい気持ちになりながら、おばあさんに目的の物が手に入ったことを知らせるが、返事が無い。
違和感を覚えつつも居間に向かった拙者が目撃した物は、ちゃぶ台の上に鎮座しているおじいさんの生首だった。
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