第一話 清楚なあの子との出会い
俺と花咲さんが出会ったのは高校に入ってからすぐだった。
高校の入学式が終わり、軽いHRを終え、帰宅した俺を襲ったのは季節外れの風邪だった。
二日ほど学校を休んだのだが、今思えばこの時に休んでいなかったら俺は花咲さんとは接点の無いまま、高校生活を終えていただろう。
☆
「いやー、入学そうそう災難だったな明人」
風邪が治り、二日ぶりの学校。もうクラスでは仲が良いグループが出来上がっており、それぞれが朝のHRまで時間を潰している。
そんな中、俺の向かいに座り、労いの言葉を掛けてくる男子生徒。塚原 翔。こいつを一言で表すのなら幼なじみと言う奴だ。
幼稚園から一緒だが、クラスの隅で大人しくしている俺とは対象的に翔はクラスの中心人物という感じだ。誰に対しても分け隔てなく接し、その爽やさで昔から女子生徒にも人気がある。
だが、当の本人は恋愛などに興味が無いらしく俺と一緒に遊んだりしている方が楽しいらしい。
「まぁな、まさか入学そうそうに風邪を引くとは思わなかった。今年は嫌な一年になりそうだよ」
俺がため息混じりでそんなことを言うと翔は俺の肩に手を置き
「何言ってんだよ!これから始まるんだからそんな下向きなこと言うなって!」
「お前はポジティブ過ぎるんだよ。お前のようにはなれないよ」
「んーそんなもんかね」
「あぁ、そんなもんだ。てゆうか高校生までになってまで俺に付き合わなくていいんだぞ?俺が休んでる間に友達の一人や二人出来たんだろ?」
翔は俺とは違ってコミュ力がカンストしている。こいつがその気になればクラスで仲がいいやつを作ることなんて難しくはないだろう。
「まぁ、友達は出来はしたけど。やっぱり俺は明人と話してる方が楽しいぜ」
こいつはどんなに友達を作ってもあまり深くまでは仲良くなろうとしない。ある程度の折り合いを付けて人付き合いをしている。なんとも器用な奴だ。
「まぁ、お前がそれでいいならいいんだけどさ」
そんな話をしているうちに俺のクラスの担任が教室に入って来た。
「はーい、HRを始めますよー。日直さん号令」
その言葉に続き、日直であろう女子生徒が号令をかける。
とりあえず、俺の高校生活の抱負は平穏無事に三年過ごす事としよう。誰の迷惑をかけず、誰の負担にもならずに。
その決意を胸に俺は新しい高校の授業へと身を投じて行った。
☆
「図書委員ですか?」
一日の授業が終わり、帰りのHRの後に生徒が次々と部活や帰宅する中、俺は教室で担任の話を聞いて思わず聞き返してしまった。
「うん、橘君がおやすみ中に申し訳ないんだけど決めさせてもらったの。ちなみに図書委員会の担当は私だから分からないことがあったら聞いてね」
柔和の笑みを浮かべる担任の先生、確か名前は佐々木先生だったかな。そんなことを考えているの佐々木先生は付け加える
「図書委員の仕事はそんなに難しくないわ。放課後に図書室で本の貸し出しと返却の手続きと返してもらった本を元の棚に戻すとかそんな簡単なことよ。それで、今日が橘君の当番だからよろしくね」
「分かりました」
特に質問もすることなく、俺はその返事を口にした。別に放課後に決まってやることもないのでいい時間潰しが出来たと思えばいいだろう。
先生との会話を終わらせ教えてもらった図書室の場所へと足を運ばせる。
うちの高校は部活動が活発なことで有名で文化系、体育会系の様々な部活動が存在する。その多くの部活に所属する生徒に最大限、部活動に集中してもらう為に委員会などの活動などは帰宅部などの放課後に特に用事がない生徒が担うことになっている。
もちろん、全部がその人達がやる訳ではないが部活動をしている生徒に比べれば多くの時間は委員会の仕事に時間を割いているだろう。
そんなことを考えているうちに図書室の前までやってきていた。佐々木先生が言うにはもう一人、俺と同じクラスの人が今日の当番らしい。人付き合いは苦手ではないが得意と言うほどでもない何事も適切な距離感を保ちたいものだ。
扉に手をかけ、開けるとそこにいたのカウンターのうちに佇み本を読んでいる一人の女子生徒だった。
図書室の窓は換気のためか開けられており、春の風で舞い散った桜の花びらが窓の外で綺麗になびいていた。
その光景を背にして、本を読む彼女はとても幻想的な魅力を生み出していた。たぶん、今まで生きて来たなかで俺は彼女より美しい女性を見たことがないと断言してもいいくらい。彼女は綺麗だった。
瑠璃色の瞳は本のページをしっかりと捉え、後ろでひとつ結びしている長い黒髪は風でなびいている。
だが、俺が彼女に見とれている間も彼女は本から目線を外すことがない。まるで俺に気づいていないかのように
「あ、あのー」
「...」
返事は無い、この教室に響くのは彼女がページをめくる音。
「もしもーし、聞こえてますか?」
彼女に少し近づき、声の音量を少し上げる。それでも彼女から返答の言葉が出ることは無かった。
「すげー、集中力」
いつの間にかそんな独り言が口から漏れていた。
「(まぁ、気づかないならしょうがない。無理に集中を乱すのもよくないしな)」
そう思い、出来るだけ音を立てないようにカウンターの中へと入り、彼女の隣にある椅子へと腰を落とす。その行動中も彼女は本から一度も視線を逸らすことは無かった。
「(いづれ気づくだろう。それまで待機しておこう)」
そんなことを思っていたが、彼女が俺の存在に気付くのはまだ先の話だった。
☆
俺が椅子に腰掛けてから一時間は経過しようとしていた。その間に貸し出し希望の生徒の対応や本の戻し作業などを行っていたが彼女が俺に気付くことは無かった。それどころか本を借りに来た生徒の声にも反応することはなかった。
異様なまでの本への集中...。いや、執着っていう方が正しいのかもしれない。そんな何かが彼女から感じられた気がした。
そんな彼女の方を見ていると広げた本を彼女が閉じた。どうやら読み終わったらしい。
「ふぅ」
彼女が目を閉じ、息を吐く。この気を逃すまいと声を掛ける。
「あの」
「え!?」
まるで幽霊でも見たかのような反応こちらも少しビクッとしてしまう。
「あ、ごめん!驚かせるつもりは無かったんだ。今日から当番の橘明人って言うんだけど。聞いてない?」
俺の言葉を聞いて彼女はハッとしたようで
「あ、うん。佐々木先生から聞いてるよ。入学から大変だったね。私は花咲桜っていうのよろしくね。橘君」
花咲さんは軽く自己紹介をしてくれる。
「そういえば橘君はどのくらいにここに来たの?」
花咲さんが申し訳なさそうに聞いてくる。
「えーと、大体一時間前くらいかな」
その言葉を聞いた花咲さんは明らかなショックを受けている。そして、次の瞬間には頭を下げて謝罪をしていた。
「ごめんね!私...その本を読んで夢中になると周りの音とか一切聞こえなくなって、えっと...それと...」
そんな感じでしどろもどろになっていた。俺はそんな花咲さんの姿がいたたまれなかった。
「気にしないでいいよ。それにそんな集中力を持っている花咲さんはとても凄いと思うけど」
「凄い?」
俺の言葉に花咲さんはキョトンとする。
「そこまで一つのことに集中出来ることはとても凄いことだと思うからそんなに謝らないでいいよ」
「ありがとう、橘君。優しんだね」
花咲さんはそう言って俺に笑顔を向ける。なんというかそういう仕草一つとっても絵になるというか花があるというか。
「と、とにかくこれからよろしく花咲さん」
この心が表情に出る前に強引に話題を変える。
「うん、これからよろしくね」
そう言って、俺の放課後の図書室という限定的な時と場所ではあるが学年一の美少女との交流が始まっていった。
拙い文章かとは思いますが面白いと思っていただけたら幸いです!