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サンタと魔女の夜間飛行

サンタは魔女の力で空を飛ぶ、という事実をご存知だろうか?


おとぎ話のような話ではあるが、俺はこれが現実の話である事を知っている。なぜなら今年のクリスマス、俺は魔女と共に子ども達へプレゼントを届けに行くから。


そう。我が家の家業は、"サンタクロース"だ。


やっと涼しくなってきた9月のある休日。

俺は現役サンタとして働く親父の手伝いをしていた。現役サンタと言っても、サンタ業の繁忙期である10〜12月以外は普通のIT企業の営業部長。更に絵本で描かれるような、ふくよかな体型とは程遠い痩せ型なので、全くもってサンタっぽくない。

そして俺、一ノ瀬涼介(いちのせ・りょうすけ)は"見習いサンタ"。通常、サンタ界では16歳になる年から修行に入り、20歳の時に試験を受けて合格すれば一人前として働く事が出来る。

今年17歳になった俺は修行2年目のクリスマスを迎える。修行に入る前は「家業を継ぐなんて古臭い」なんて思っていたが、案外始めてみると面白いもので、割と楽しくやっている。


裏庭の小屋で飼っている2頭のトナカイー琥太郎と竜太郎ーにご飯のさつまいもを与えていると、急に改まった表情で親父が言った。

「涼介、今年ペアを組む魔女さんを見つけて来たから、明日会ってみるか」

…ついにこの時がやって来たか。

期待と不安で、さつまいもを持ちながら固まる俺の右手に琥太郎が容赦なく齧り付いた。


遥か昔から、サンタは魔女の力を借りて子ども達にプレゼントを届けていた。"サンタ"と言えど、あのお馴染みの赤い服を脱いだらただの人間。彼らは子ども達にぴったりのプレゼントを選ぶ能力、それを調達する能力、そしてトナカイを手懐ける能力に長けているだけである。絵本で目にするような、空を飛び、煙突から家屋に侵入して枕元にプレゼントを置き、夜が明けるまでに全ての子ども達にプレゼントを配り終える…ということは、サンタ1人、いや、10人いても不可能だ。そもそも空、飛べないし。


そこでサンタは魔女と手を組む事になった。どんな経緯でそうなったのかは知らないが、とにかく魔女はサンタの為に魔法を使ってトナカイを空に飛ばしたり、家の鍵を開けたり、全力でサポートに徹する。

これで毎年安泰…かと思いきや、時代の流れはサンタに容赦なかった。70年代頃から導入され始めたマンションのオートロック化をはじめとする過剰なまでのセキリュティ強化、そしてスマホの普及によりゲームに夢中になった子ども達がなかなか眠りにつかない…と様々な弊害が増えてきた。しかし、クリスマスの夜に限っては、魔女の力で全てをどうにかねじ込める。


魔女の力が無ければ、サンタは自分の職務を全うできず、子ども達に夢を届けることが出来ない。ピッキングで警察のお縄につかないのも、「サンタさんって、本当はお父さんとお母さんなんでしょう?」と言う夢も希望も無い子どもが多発しないのも、魔女の力のお陰である。


一人前のサンタになった後は気の合う魔女と自由にペアを組む事ができるが、修行期間中は毎年、俺の師匠である親父が選んだ相手と組む決まりになっており、10月後半から当日に向けて一緒に様々な準備を行う。メインは魔女がトナカイとの仲を深める事。トナカイとの気が同調しないと魔法が上手くいかず、空へ飛ばす事が出来ないらしい。それ以外にも当日のルートや家屋への侵入方法の確認など、やる事は山程ある。


初陣だった昨年は親父に付いてきてもらい担当エリアを巡ったが、2年目となる今年はペアの魔女と2人きり。不安の方が大きい。

だが、冷静に考えよう。万が一ペアの魔女が超絶美少女だったら。そこで俺がなんか良い感じに仕事が出来て、その手際の良さにうっかり惚れられちゃったら。…これは俺、不安とか言っている場合ではない。

「こんな思考回路だから、彼女いない歴=年齢なんだよ」というツッコミが聞こえてきそうだが、しょうがない。何せ俺の親父はかつてペアを組んだ魔女と恋に落ち、結婚に至っている。つまり俺の母親は、魔女。因みに昨年俺がペアを組んだ魔女は俺の母親だ。そんな両親を持つ純粋な高校2年生だったら、こんな淡い期待を抱くのは当然のことだろう。


まあ、そんな淡い期待は一瞬にして打ち砕かれる事になるのだが。

親父から話を聞いた翌日、今年の俺のペアとして我が家に挨拶しにやってきた魔女は、俺のクラスメイト、野宮珠里(のみや・しゅり)だった。


俺は玄関のドアを開け、目の前にいる、片手に箒を持ったクラスメイトを見つめたまま30秒間無言で立ち尽くした。そんな俺を見かねた野宮が

「悪いけど、ここでにらめっこし続けていたらあなたのお家に小蝿が入りそうだから、そろそろ中に上げてもらっても良いかしら」

と静かに言い放ち、そこで俺はやっと彼女を家の中へ案内した。


野宮は確かに美少女である。

茶色っぽい少しウェーブがかった髪の毛、くりっとした瞳、色白の肌。ハーフのような可愛らしい容姿に対して物静かでクールな立ち振る舞いが "ギャップ萌え"として万人の心を掴んだのか「名探偵コナンの灰原さんみたい!」とクラスどころか学年中にファンがいる位の人気を持っている。

しかし、俺はこのミステリアスで掴み所のない雰囲気がどこか苦手だった。クラスが同じになったのは今年からだが、9月に入った今でも会話を交わした回数は少ないし、内容も課題提出や日直など事務的なものばかりだ。


そんな彼女が、今年のペアとは。

目の前で、悠然と紅茶を啜るクラスメイトをぼうっと見つめる。

「…何か?」

視線が気になったのか、訝しげに俺を見る。

「いや…お前、あ、野宮って、魔女だったんだな」

「そういう貴方もサンタだったのね。母からは同い年の男の子、という情報しか聞いてなかったから、表札を見て鳥肌が立ったわ」

本当に鳥肌が立つ程驚いたようには見えないトーンで言った。

「まあ、サンタと言っても修行中だから、まだ見習いなんだよ」

「へえ、いつから始めたの?」

興味を示してきたのでサンタ修行について簡単に説明する。

「何だか楽しそうね。魔女の修行は始まるのが結構早くて。6歳になる年から始めて試験に合格すれば13歳で一人前になるの」

小学校に上がってすぐの女の子達が家業の為の修行をしなければならないなんて、魔女もなかなか大変なんだな。そんな感想を持ちつつ「へえー」とだけ返すと自然と会話が途切れ、何となく気まずい空気が流れる。ふと、彼女の傍らにある箒が視界に入る。

「それって空飛ぶ為の箒?まさか今日も箒に乗ってやって来たとか?」

冗談交じりに尋ねる。

「そうよ。私、基本的に移動手段は箒なの。電車やバスは滅多に乗らないわね」

「…でも、さすがに通学の時は電車とかだろ?あ、野宮の家、徒歩圏内?」

「通学も箒ね。チャリ通ならぬ箒通?満員電車に乗らなくていいし結構快適よ。冬は寒いけど」

セーラー服着て箒乗って通学する女子高生がどこにいるんだよ。いや、ここにいるか。

「バレたらやばいんじゃないの?」

「やばいわね。まあ、その時はその時よ」

その淡々とした口調が怖い。この不思議な女と今年プレゼントを配るのか…大丈夫だろうか。

「"こんな不思議女とペアで、今年のクリスマスを乗り越えられるか不安で不安で仕方ない"って顔してるわよ」

エスパーか。

「安心して。ペアになった以上、無事に子ども達の元へプレゼントを届けられるように努力するわ。サンタをサポートするのが、クリスマスの私達の役目だから。それに私、これでも一人前の魔女だし」

野宮が微笑みながら、片手を差し出してきた。正面から野宮の笑顔を見るのは初めてかも知れない。…なかなか可愛い、かも。

「おう…よろしくな」

どぎまぎしながら、握手を交わす。

…女の子の手を握るの、何年振りだろう。


クリスマスまでの準備は、想像以上にスムーズに進んだ。それまで野宮に対してクールな印象を持っていたが、話してみると結構熱心な性格のようで、ルートの確認では「こっちの方が近道だ」とか積極的に意見を出してくれた。

それから元々動物好きなのか、「トナカイの割に、随分古風な名前なのね」と笑いながら、すぐに琥太郎と竜太郎と打ち解けた。トナカイ達もやはり可愛い女子だとテンションが上がるのだろうか、とても嬉しそうだ。…俺がご飯をあげる時よりも。


翌日が休みの金曜日は、毎週空を飛ぶ練習をした。人に見つかってはいけないので、街が寝静まる深夜0時に我が家のトナカイ小屋に集合する。野宮はいつも箒に乗ってやって来る。学校から帰ってきてそのままの状態なのだろうか、セーラー服の上に通学用のコートを着た姿で毎回現れる。タイツを履いているとはいえ、足が寒そうだ。

野宮が琥太郎と竜太郎の鼻の上を愛おしそうに撫でる様子を、2頭に繋いだソリに腰をかけながら眺める。そして彼女が小さく呪文を唱える。魔女だけが発する事の出来る言葉の羅列。すると、2頭合わせて300キロ強の巨体が、持ち主をなくした風船のように軽々と宙に浮かぶ。


そうして俺達は空へ飛び立って行く。

空へ向かってどんどん上昇していく感覚が俺はとても好きだ。段々と小さくなっていく街はミニチュアのようで、眺めていると自分があの街に住んでいるのが信じられなくなってくる。

俺の隣では野宮が箒に乗って悠々と空を飛んでいる。

「私、空を飛んでいる時が一番好き」

ぽつりと彼女が呟く。

「空に上昇していく時、鳥になったみたいでとてもわくわくするの。それに街が小さく見えるのが面白いのよね。あの街は本当に自分が住んでいる街なのかなって、不思議になってしまうの」

子どものように無邪気な笑顔で話す野宮を見て、不覚にもドキドキした。そして彼女が自分と同じ事を考えているという事実が、何だか嬉しかった。

週に1回、練習で会うようになって流石に会話は続くようになったが、学校では相変わらず接触しない。何の進展もないように思っていたが、気付かない内に心の距離は縮まっていたのか。

「その気持ち、すごくわかる」

ムズムズした気持ちがおさまらない。変な顔をしていないか心配になりながら、そう返した。冷たい風に髪をなびかせながら、野宮が俺の顔を見て嬉しそうに笑った。


野宮との準備と同時進行で、親父と子ども達へのプレゼントの準備を進めた。リクエストの手紙が来れば一通一通丁寧に確認し、手紙が無ければその子にぴったりのものを考えて、プレゼントを調達した。


そしてあっという間に12月24日。その日は冬季講習の最終日。加えてクリスマスイブという甘美な響きに浮き足立つ賑やかな教室の中で、不意に野宮と目が合う。いつも通り会話は交わさない。しかし、いつもと違うのはお互いに軽く微笑みあった事。この後、俺達に大仕事が待っている事は、俺達しか知らない。そう思うと不思議な気持ちになった。


23時。両親と共にトナカイ小屋で出発の準備をしていると、いかにも魔女らしい黒いワンピースにトンガリ帽子を被った野宮がやって来た。ただ、寒さに勝てないのだろう。ワンピースの上にはお尻まで隠れる丈のダウンジャケットを羽織り、首元はマフラーでぐるぐる巻きにした完全防寒スタイルだ。


「今日は一段とサンタらしいわね」

からかうように、こちらを見てくる。

「うるせえ」

反抗するが何の攻撃力もない。今日の俺は赤いズボンに赤い上着という、一目で「こいつサンタだな」と分かる格好だからだ。思春期男子には非常に酷な姿である。しかしこれが正装なので仕方ない。


この後俺たちは0時に出発し、新聞配達が動き出す4時までに全てのプレゼントを配り終えなければならない。

世界中に数多いるサンタ達はそれぞれに担当エリアを割り振られており、我が家の担当するエリアでは、全部で100軒回る事になっている。親父と母親がペアを組んで60軒、俺と野宮で40軒。1軒にかけられる時間は移動時間も含めて6分程度だ。スピードが求められる。

ルートは前日まで野宮と念入りに確認した。後はアクシデントが起きなければ何とか間に合うはず。


そして、ついに0時。日付は12月25日、クリスマスになった。

先に両親ペアが出発する。我が家のトナカイ、琥太郎と竜太郎は俺と野宮の方に付くので、両親は知り合い筋から借りてきたトナカイに乗っている。流石はベテラン。初めてのトナカイでも息の合った様子で難なく乗りこなしている。なんて、感心している場合ではない。俺達も出発しなければ。その前に。

「野宮」

改まって彼女の方を向いて、右手を差し出す。

「今日はよろしくな」

野宮は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑って「こちらこそ」と、握手を交わした。


「頼んだぞ」と琥太郎と竜太郎の鼻の頭を撫で、40人分のプレゼントを積み込んだソリに座る。

「準備はいい?」

「ああ」

頷く俺を見た後、野宮も俺と同じようにトナカイ達を撫で、呪文を唱えた。トナカイ達の身体がふわりと浮かぶと、彼らは水を得た魚のように生き生きと、星が瞬く夜空へ向かって駆け出し始めた。階段を登るように段々と上昇していって、あっという間に街が小さくなる。俺達の後ろから箒に乗った野宮が軽やかに追い付いてくる。


最初は引っ越してきたばかりの家族が住む綺麗な一軒家。庭では可愛らしいイルミネーションがキラキラと光る。

子ども部屋へ繋がる2階のベランダの近くにソリを留めてプレゼントの山から該当の品を取り出し、そっと足を踏み入れる。すぐ後に野宮もベランダに降り立って静かに呪文を唱え、窓の鍵を開ける。これ、サンタじゃなかったらただの泥棒みたいだよな…なんて思いながら、そっと窓を開ける。ベッドの上ですやすや眠っている小学校1年生の男の子へのプレゼントはサッカーボールだ。最近サッカーを始めたのだろうか。彼のご所望の品を枕元にそっと置き、これで完了、と外に出ようとした次の瞬間だった。


「あ、ほんとうにサンタさんきたー」

ドキッとして振り返ると、寝ていたはずの男の子がぱちっと目を開けてこちらを見ている。


…まじか。


寝起きにしてはしっかりした声。もしや寝たフリ?小学校1年生でタヌキ寝入りかますとか、最近の小学生恐るべし。いやいや、それよりも早速まずい。サンタはその姿を見られてはいけない。あくまでファンタジーの存在に徹しなくてはならない。

「おい」

野宮、と言う前に彼女はすっと男の子の前に立った。

「あれ?まじょさん?」

真っ直ぐな視線を向けられた野宮は慌てる事なく、薄く微笑んで片手で男の子のつぶらな両目を覆った。

「あなたは、何も見ていない」

と言った次の瞬間、男の子の身体がふわりと枕にダイブした。またすやすやと寝息を立て始めたのを確認すると、

「小1でタヌキ寝入りとは、やるわね」

と、何事もなかったかのように窓の外へ出た。

俺は心の中でこの技を『野宮式アイアンクロー』と名付けてから、急いで外へ出た。因みにこの技はこの後8回程発動された。


その後も小さなアクシデント(俺のくしゃみで赤ん坊が目を覚まして大泣きする、他)に見舞われたが、全て野宮の魔法で事なきを得た。

恐ろしい位に順調だ。


しかし、全てが順調に行く訳が無かった。

ようやく半分の20軒目を配り終え、次の家へ移動している最中、竜太郎の様子がおかしい事に気が付く。左の前足を引きずるようにして走っているのだ。野宮が竜太郎の正面に回って顔を覗き込むと、彼女の表情が険しくなった。

「竜太郎、辛そうな顔してる。息も若干荒い気がするわ」

「一回、どこかで降りて様子見ていいか?」

近くの公園の茂みに降り立ち、問題の前足を念入りに確認する。大きな外傷はないが、竜太郎の表情は苦痛に歪んでいる。そこではっと気が付く。

数軒前、調子に乗って勢い良く走っていた竜太郎がマンションのフェンスに向かって、それが歪む程思い切りぶつかったのだ。その時は「何やってるんだよ」と呆れ顔をして過ごしたが、打ち所が悪かったのかも知れない。竜太郎が申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。

「この様子だと、このままこいつを走らせるのは無理だ。でも、琥太郎だけと言うのも…」

プレゼントが少なくなってきたとは言え、大きなソリを琥太郎1匹で引かせるのは非常に酷だ。

どうする。どうする。

竜太郎の事ももちろん心配だが、この間にも確実に減って行く残り時間が俺を更に焦らせた。今、この時点で15分程立ち止まってしまっている。普段はなんて事ない15分。だけど今日の俺にとっては1秒も無駄には出来ない。

どうする。親父達を呼ぶか?でもまだ親父達もプレゼントを配っているから、それどころでは無いだろう。焦りで思考がまとまらない。


「一ノ瀬くん」

隣から発せられた真っ直ぐな声が耳を貫いた。

「残りのプレゼントってそんなにかさ張る物は無いわよね?」

「ああ…後は絵本とか文房具だから、そんなに重くは無いな」

「そう。そしたらトナカイ達はここで休ませて、私の箒であなたとプレゼントを運ぶわ」

ぎょっとした俺とは対照的に、遥かに落ち着いた表情で彼女は続けた。

「竜太郎にも琥太郎にも無理をさせないで済む。それに箒だと身軽でスピードが出せるから、ロスしていた時間も挽回出来るはず。きっとこれが最善策よ」

「待て待て、他にも魔法使ってるのに、お前の体力は大丈夫か?それにスピード出すって言ったって、危なくないのか?」

「体力は問題ないわ。それにスピードも。伊達に毎日箒乗ってないわよ?今は、そんな事気にしている場合じゃ無いでしょう」

大きな瞳がキッと俺を見つめる。

「ちゃんと全部届けるんでしょう。子ども達を喜ばせるのがサンタの仕事よ。常識外れな事を言っているのはわかっている。だけど、中途半端で終わるのが1番嫌なの」

その細い身体に一体どれだけのエネルギーを秘めているんだろう。彼女の一言一言が、俺の焦りと不安を取り除いて行く。

何とか、出来る気がしてくる。

「…ありがとう。野宮の言う通りにやってみよう」

サンタが箒に乗るなんて前代未聞だし、ここまで来るともはや博打に近い。でも、やるしかなかった。

「じゃ、早速行くわよ」


まずは誰にも見つからないように、2頭のトナカイを公園の茂みのさらに奥へ連れて行く。目を離すのは心配なので本当は小屋に戻した方が良いのだが、生憎そんな時間は無い。

「ごめんな、ここで大人しく待ってろよ」

と、竜太郎の足をさすってやる。琥太郎も心配そうな表情をしている。ソリも置いて行く事になるので、積んでいたプレゼントを取り出す。その間に野宮がコートのポケットから透明の小瓶を取り出した。それを竜太郎の前足に振りかけて呪文を唱えると、ほんのりと光が灯った。

「これは…?」

「気休めだけど、痛み止めの魔法。私達が戻って来るまでは何とか持つと思う」

心なしか、さっきよりも竜太郎の表情が柔らかくなっている。


そしていよいよ、初めて箒に乗る。先に箒に跨った野宮が、「後ろに乗って」とこちらを見てくる。

「えーっと、どう乗ればいい?」

「普通にすればいいんじゃない?」

普通って言ってもなあ…と思いながら、野宮の背後に回るが…意外と距離、近い。

「スピード出すから、落ちないように私に掴まっていて」

「掴まるって、どこ掴めばいいんだよ?」

「…腰かしら」

「腰?!!」

「大丈夫、セクハラとか言わないから。ほら、早くして」

予想外の展開にどぎまぎしながら、時間も無いので言われるがまま、左腕を野宮の細い腰に回す。緊張でプレゼントの袋を持つ反対の手に無意識に力が入る。目線の少し下に彼女の頭部が見える。ふわふわの髪の毛が顔に当たってくすぐったい。

「しっかり掴まっていて。いくわよ」

次の瞬間、何かに引っ張り上げられているかのように、すーっと空に上昇していく。ソリで飛ぶ時とは全然違う感覚だ。夜の闇を切るように、ものすごい勢いスピードで駆け抜けていく。確かにこの速さはトナカイでは無理だ。というか、怖い程速い。


そうして、また一軒一軒プレゼントを届けて行く。野宮は今までの仕事に加えて、いつもより重さが増した箒を猛スピードで飛ばしているので、口には出さないが相当な体力を使っているようだった。寒い筈なのに汗をかいている。そんな野宮の力を無駄にしたく無いと、気合いを入れ直し、冷静に、確実に、一つ一つをこなしていく。


そして4時10分。予定より少しオーバーしたが、担当の40人分のプレゼントを配り終えた。

ほっとする間も無く、急いで公園にいるトナカイ達を迎えに行く。疲れと緊張からか、プレゼントを配り終えてからも暫く強張った表情だった野宮も、トナカイ達を見ると柔らかな笑みを浮かべた。


空は、まだ朝とは思えない程真っ暗だった。

こうして俺と野宮の長いようで短い夜が終わった。


流石にこんな状況なので、帰りは親父達に連絡して迎えに来てもらった。家に着いてすぐに竜太郎は馴染みの獣医師の診察を受けた。どうやら軽度の打撲のようだ。"軽度"で済んだのは、野宮の魔法のお陰かもしれない。

琥太郎も安心したのか、小屋に帰ると2頭寄り添ってすやすやと眠り始めた。


その様子を見届けて「では私はここで」と帰ろうとする野宮を、「一休みしてから帰れば」と引き留めて家に招き入れる。

リビングのソファーに座り、2人で母親が淹れてくれたココアを啜る。喉につく甘さがさっきまでの緊張を解していく。


「本当に、今日はありがとう」

改めて野宮の目を見て俺は言った。

「クラスメイトが魔女でペアになるって知った時は、結構不安だったんだ。でも、野宮、すげー一生懸命で、頑張ってくれて。野宮がペアで良かったよ」

恥ずかしくて、なかなか感謝の言葉を口に出来ないタイプだが、今日は自然と言葉が溢れてくる。

「お礼を言うのは私の方よ、一ノ瀬くん」

照れ臭そうな表情で、こちらを見る。

「無茶な提案を聞いてくれてありがとう。子ども達を喜ばせる為に頑張るあなたの姿を見て、私も頑張ろうと思ったの。とても勉強させてもらったわ。…ありがとう」

野宮の頬がほんのり赤くなっている。

ペアを組む前はクールで大人っぽいと思っていたが、この短い期間で彼女の色んな表情を知った。話してみないと分からない事もあるものだ。


「あ、そういえば。お礼、何がいい?」

昔からの風習で、サンタは手伝って貰ったお礼として魔女にプレゼントを贈る、という決まりがある。

「いらないわよ。私、物欲無いし」

「いや、決まりだし。ていうかトナカイ達の事助けてもらったしさ」

「でも…」

渋る野宮を説得する。

「…わかった。じゃあお言葉に甘えて。でも、何でもいいの?」

「何でもいいよ。だってそういう決まりだろ。あ、でも高いものはやめろよ?」

「…だから、物欲無いって言ったでしょう」

何故か少し不機嫌そうになりながら、野宮は暫く黙っていた。そして、何かを決心したように、キリッとした表情でこちらを見た。

「本当に何でもいいのね?」

「だから、いいって言ってんじゃん。何がいいの?」

すると、野宮は細い腕を真っ直ぐ伸ばして俺を指差した。


「一ノ瀬くん」


…ん…?


「一ノ瀬くんが欲しい」


突然の発言に、言葉が詰まる。

「…あれか、はないちもんめか」

「…馬鹿なの?」

盛大にため息をつかれた。

「全く気がついていないようだけれど、私はずっとあなたの事、気になっていたのよ」

「…ずっとって…いつから?」

「そんなこと教えるわけないでしょう。まあそんな訳で、私は一ノ瀬くん以外は欲しくないので。それにさっき、何でもいいって言ったでしょ?プレゼントの準備ができたら届けてね、サンタさん」

悪戯っぽく微笑んでくる。…魔女じゃなくて、小悪魔か、こいつは。

顔の温度が上昇する感覚を覚えるのと同時に、心の中では言葉に出来ないような感情がむくむくと膨れ上がっていくのを感じた。

このクリスマス最大の衝撃ではあったが、嫌な気持ちは、全く無い。むしろ、

…嬉しい、かも。


背後から親父達の視線を感じる。きっと、にやにやしているんだろうな。


こうして俺は、次のクリスマスからは毎年、子ども達へのプレゼントに加えて、どこかの物欲の無い魔女へのプレゼントを考えるのに、頭を悩ませる事になるのだった。

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