祭のまえはあと
12/22
「今日はクリスマスイブ・イブ・イブだな!」
ソファでみかんを食べるダンナが、テレビから流れるケンタッキーのCMを観て上機嫌に言う。
「気が早くない?」
いつから竹内まりやでいつまで竹内まりやなんだろう、なんて考えていた私は答える。
「いやいや、毎年クリスマスイブになってから、あ、今日クリスマスイブか。あれ?クリスマスイブとクリスマスってどっちにプレゼント?と焦り出す。それを避けるためには事前の心構えが重要なんだよ」
ダンナのいつもの謎理論だ。もう結婚して5年経つが、年中こんな話をしている気がする。お彼岸なると彼岸花はあるけど此岸花はあるのか、こどもの日なのになぜ父親の鯉のぼりが主役を差し置いてトップに位置しているのか、などまるで日常系4コマ漫画のように、季節の行事に即して謎理論を展開してくる。独身時代はなんて面白い男だろうかと思っていた私も、流石に1児の母となって落ち着くと呆れが先にきてしまう。
「イブって何~?」
さっきまでyoutubeの回転寿司動画に夢中だった4歳児が、父の展開する謎理論の未知ワードに食いつく。回転寿司動画って何?回転寿司が流れる様を延々と見ている彼にも、父の遺伝子が受け継がれていると確信できる。
「ん、昔スネークマンショーっていうユニットがあってだな。あ、それは伊武雅刀か」
泰司、無視。父の話す内容に、覚えておいた方が良い知識と、今後覚えても絶対に役立たない知識が混合していること、それが1:9の割合であること、その9にいちいち反応する意味が無いことを幼いながら理解している。偉い。
「えーっとね、クリスマスはわかるか?泰司?」
「クリスマスはことしもやってくる!!」
視覚は回転寿司にくぎ付けながら、聴覚は竹内まりやの歌声をキャッチしていたようだ。
「そう!それで、クリスマスは12/25なんだよ。わかるか?」
カレンダーを指して本格的な説明を始める。このモードの時のダンナの説明の上手さは定評がある。私の中で。
「そして、その前の日は?24。この前の日のことをイブって言うんだ」
「じゃあ今日はイブ・イブ・イブ」
呑み込みが早い。天才キッズ現る。夫婦そろって絶賛してしまう。親ばかなので。
12/23
「今日はクリスマスイブ・イブだね!」
覚えたばかりのイブの概念を自慢気に披露する泰司。言葉を理解できるようになってからの彼の成長には目を見張るものがある。
「そして天皇誕生日だな!」
「いや、退位したから上皇さまでしょ」
「あ、そうか!じゃあ令和最初のクリスマス・イブ・イブなのか!」
流石に天皇と元号の概念は泰司には難しい。いや私もよくわからない。天皇って何か聞かれて答えられる日本国民いるのか。自分たちの象徴だけど。
12/24
「「今日はクリスマスイブ!!」」
お目覚めとともに父子揃って。やはり、昨日までの余分なイブが取れたこの響きは素敵。私も上機嫌になる。
「今日はクリスマスイブ!!」
この後、泰司は夜までに60回この宣言を行った。父親調べ。
「後、さっきちゃんと調べたらイブって前日の意味じゃないらしい。クリスマス当日の夜なんだってさ」
なかなか衝撃の一言。
「あ、確かに。Eveningだもんね。ただ夜ってだけか」
「そう、教会暦だと日没で日付変わるからズレるらしい。嘘教えちゃったな」
「まあみんな前日だと思ってるからいいでしょ」
明日はクリスマス。「イブ・・・」とつぶやくサンタが泰司の枕元に大きな箱を置いていったようだ。
12/25
朝食の準備をしていたら泰司の絶叫。
「ママ!!!ママ!!!」
泰司が両手に箱を掲げてやってくる。
「お寿司!!お寿司!!」
ずっと欲しがっていた寿司のレゴだ。今にも泣きそうなほど感激している。当のサンタは出勤してしまったので、スマホで動画を撮る。
「なんで?ママがくれたの??」
「サンタさんがくれたんだよ。クリスマスだから」
何も理解できないという顔。イブの概念は理解したが、クリスマスの概念は理解できていなかったようだ。
「サンタさんっていう赤い服のおじいさんが、世界中の子供たちにプレゼントをくれるの」
「なんで!?」
一番難しい質問。なんで?趣味?義務?ごめん、わからない。改めて考えるとサンタさん怖いな。
「クリスマスは今年もやってくる・・・来年もやってくる!?」
「あ、賢い。そう、クリスマスは毎年12/25にあるの」
「それじゃぁ・・・」
泰司はカレンダーに駆け寄り、日にちを数え始める。1枚だけ残った今年の裏にある、来年の分まで必死で数える。
「じゃあ、今日はクリスマスイブイブイブイブイブ・・・」
その後、きっかり365回イブを数えた。彼は無限のイブに囚われた。
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1/1
「今日はクリスマスイブイブイブイブ・・・」
頭が痛い。ロクに眠れていない。作るはずだったおせちも作れず、食パンを食べている。山口県にある実家にも泰司が高熱を出したと言って帰るのを止めた。一番可愛い盛りなのにと母は不満そうだったが、現在の泰司を見せるわけにはいかない。
「・・・イブイブイブイブイブ・・・」
「どうする??」
正月特番をただ眺めているダンナに声をかける。
「万策尽きたよ。どうしようもない」
確かに彼は万策を試みた。彼の友人の医者にも相談したが、プレゼントを貰えた嬉しさがショックとなって出た症状だろうという推測があるものの、どうすれば治せるのかはわからない。カウンセリングも失敗した。そもそも彼はイブのループを止めない。毎日10時間だけはしっかりと寝る。プレゼントをもう一度渡してみたが、もはや彼の興味はプレゼントにはなく、クリスマスそのものにしかない。寿司のレゴも開封されていない。
「・・・イブイブイブイブイブイブだね!!今日はクリスマスイブイブイブ・・・」
「そうだ!アンチキリスト教にして、クリスマスを否定させれば良いのでは!?」
ダンナもだいぶキている。
「いや、もう泰司が求めているクリスマスはキリスト教とか関係ないでしょ」
「ノーマル日本人の求めているクリスマスもキリスト教とか関係ないだろ」
ダンナ不機嫌。いやそりゃ不機嫌にもなりますわ。息子がクリスマスへのカウントダウンしかしなくなったのだから。いったいどうすればいいんだろうか。
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12/21
「今日はクリスマスイブイブイブイブだね!今日はクリスマスイブイブイブイブだね!!」
彼のイブの回数を数えられるようになってきた。クリスマスが今年もやってくる。彼は結局あれ以来、幼稚園にも行っていない。病院など施設には定期的に行っているものの、改善は見られない。私はめっきり老け込んだ。我が子と会話が出来ない事がこんなに辛いなんて。
ダンナが帰宅するとともに、神妙な顔で声をかけてくる。
「とても重要な話なんだが・・・今年のプレゼント、どうする??」
「何?」
「いや、今年彼にプレゼントを渡すか渡さないかというのはとても大事な分かれ道だと思うんだよ。プレゼントを楽しみに、彼はこの一年を費やしてきた。ここでプレゼントが貰えなかった時、彼がループから解放されるのか、それとも壊れてしまうのか」
「もう壊れてるでしょ」
そんなこともためらいなく言えるようになった。我が子への愛情になるべく気づかないふりをしていないと耐えられない。ただ確かに、ダンナの提案は重要だ。
「プレゼントを渡すのは、同じことの繰り返しに過ぎない。少しでも変わる可能性があるのなら、私はそれに賭けたい」
「よし、今年は俺、トイザらスに行かないぞ」
「今日はクリスマスイブイブイブイブだね!!」
12/24
「今日はクリスマスイブだね!!今日はクリスマスイブだね!!」
如実にボルテージが上がってきている。ここだけ見ると、彼は普通にクリスマスを楽しみにする5歳児でしかない。
「そうだな!美味しいケーキを食べような!!」
父親もなるべく普通の声掛けをするが、息子からのレスポンスは無い。
「今日はクリスマスイブだね!!今日はクリスマスイブだね!!」
12/25
「今日はクリスマスイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブだね!!!」
【以下繰り返し】