ティターニア
「あ、グレイ様。婚約の方は……?」
「ん?あぁ、延期してもらった。」
「延期……?」
「ちゃんと考える時間が欲しいんだよ。」
俺は後ろを歩くノエルに先ほどの事情を隠しながら適当に問題の中身を話す。
実際問題、断ったとなれば親父は怒るだろうしこうやって先延ばしにした方が面倒な事柄に関わらなくてすむ。
「そうですか……あ、グレイ様に伝言が。」
「どうかしたのか?」
ノエルが俺の耳の近くに口を近づける。
ち、近い近い。口の吐息が耳にかかってる。こいつ、なにがしたいんだよ。
「(実は、前王の妻……ティターニア様がグレイ様にお会いしたいと。)」
前王の……妻?それはつまり現時点で国家最高権力者に会えるということか。これはいい、俺らに強い後ろ盾が出来る可能性がある。ぜひ行かせてもらおう。
「その人はどこにいる。案内してくれ。」
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「失礼します。」
俺は王妃様がいる別館の中に入る。
何故別館なのか。それはティターニア様は数年前から病気なのだ。人に移ることはないが不治の病の一瞬らしい。
そのため、こうして別館の一室の中で執務を行っているのだ。
「おや、貴方が婚約候補者かい?」
「はっ、私の名前はグレイ・リリアステルと申します。」
「良いさね。そこの椅子に座りなさいや。」
「失礼します。」
俺はそこにあった椅子に腰かけ、悟られないように姿を確認する。
髪は雪のように白く、目は空のように青い。見た目では二十代ほどで背もしっかりと伸びている。
この御仁は既に四十代を迎えているのにこの若々しさ、何か理由があるのだろうか。
「ふむ……ここは謁見の間だはない。何時もの、そう、本来の口調で話してもらえると助かります。」
「では、失礼して……。何故、俺を呼び出した。」
「それはですね……少し聞きたいことがありまして。」
……聞きたいこと?
「我が娘、シルフィは貴方から見てどのような人と思いましたか?」
「簡単だ。思慮深く、慈悲深い。人の上にたつカリスマ性を持ち合わせていると思うが。」
「……本音は?」
今のがお世辞だと分かっていたのかジト目でこっちを見てくる。仕方ない。本音で話すか。
「常に死に怯えていて何時も鉄のような仮面を被り続けた結果、本来の性格が何なのか分からなくなっている。」
「やはり、ですか……。」
俺の本音を聞いたティターニア様は若干肩を落とした。
どうやら、ティターニア様も俺と同じような事を抱いていたようだ。
「あの子は国を滅ぼす『嫉妬』のアビリティを持ったが故に何時も暗殺に気をつけておかなければならない状況ですので……。」
「仮面を着けても仕方ない、と?」
「いいえ、私がもしこのような体でなければあの子を守れたでしょうに……。そうでなければあの子が自分を守るために仮面を着けなくても良かったのに……。」
ティターニア様はうつむきながら手から血が出るほど強く握りしめ、唇を噛みしめている。
あぁ、成る程な。
ティターニア様はどうやら、自分が娘を守れない事に不甲斐なさを感じ、更に娘が本音で話さず打算的に物事を捉えていることに憤りを感じているのだ。
俺も大切な仲間であり戦友であり家族であったものたちを皆殺しにされ、『怒り』という仮面を着けたこともあった。だから、その気持ちはよく分かる。
けど――――
「それは、自分から歩み寄る事でしか守ることは出来ないのでは?」
「分かっています。ですから……」
「娘を、頼みます。」
……はっ?
「まさか俺を呼び出したのは……!」
「私自身が婚約者としてふさわしいか見定めてました。」
さっきの空気は嘘のようにケラケラと笑うティターニア様に呆れながら少し戸惑った。
え、いやいやいや。俺はまだ婚約を結ぶつもりはないのに何言ってるのこの人は……!
「まだ婚約は結べない。」
「おや、どうしてかい。」
「自分自身が婚約を結ぶに値しないと思っているからだ。」
嘘である。
俺の中でまだ整理がついていないから先延ばしにしたいだけだ。
「ふむ……それなら婚約者(仮)と言ったところかい?」
「ま、まぁそれでいいでしょう。」
お、そうだ。少し話がある。
「それと、ティターニア様。幾つか話したいことがある。」
「ん?なんだい?」
「一つ目、明日の舞踏会、俺は大立回りをすることとなる。その際、真実を言いますので否定しないでください。」
俺は真剣な口調でティターニア様に一つ目の願いを言う。
これは言い換えるのなら『俺の後ろ楯となれ』と言うことだ。これなら問題ないだろう。
「ふむ……(おおよそ、バードンについてだな。)良いだろう。」
「二つ目、舞踏会の帰り、俺らはバードン派の奴等に襲われるので俺らが出て数時間後位の俺たちを追いかけてくれ。」
二つ目の願いはほぼ確実に予想出来る未来だ。
これはバードンを失脚させたため、繋がっていた裏の奴等に襲われるからそいつらを捕まえた欲しいとのことだ。
「何!?それは本当かい?」
「いえ、これはあくまで予想。だが、ほぼ確実にあり得ると言っても過言ではない。」
「分かった。それなら良いだろう。」
よし、ここまでは順調だな。……ここからが本番だ。
「三つ目、襲われているさい俺は闇夜に乗じて馬車から降り、逃げます。」
「ふむふむ。」
「その際行方を眩ますので探さないでください。」
「んな!?」
俺のあまりにも突拍子の無いことを聞き、ティターニア様はこっちに前屈みとなる。
これはある意味重要なことだ。
俺は前世では誰かを守ることが出来なかった。だから今回は誰かを守ることを決めた。だが、貴族として家を継げばその願いを叶えることは出来ない。なら、行方不明扱いにして廃嫡した方が手っ取り早い。
そのための偽造である。
「な、何故そのような事を!?」
「世界を知るためだよ。世界には悲劇や喜劇がいっぱいある。それを見て、感じない事には何も出来ないからだ。」
俺は最もらしい口調でティターニア様を説得する。
まぁ、もし許されなくてもするけどね。
「……うむ、良いだろう。」
「四つ目、襲われたさいにほぼ確実に父上は殺されます。その際、父上の姉上に爵位を継いでもらいたい。」
「む……?別に可能だが……。」
これはバードン派の分家筋たちに家を乗っ取られないようにするための保険だ。これは結構重要なことだからな。
「そして最後、ノエルを、俺の義兄弟のようなあいつは何としてでも助けてやって下さい。」
「うむ……良いじゃろう。」
「では、失礼します。」
俺は全ての要求をティターニア様に呑み込ませ、部屋を出ていく。
さて、これで色々と楽になるぞ~。
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「おかしな少年だったな。」
私はつい先ほどまで話していた少年の顔は思いだし、少し笑う。
王族にすら歯向かい、要求を突きつけてくる豪胆さ、なのに身内には比較的に甘い性格、何より強い精神力。
本当に、『あいつ』みたいだ。
「くく……もし、『あいつ』が……『マルクト・グレイ』がこの姿を見たらどんな姿をするのだろうな。」
私は何時もの変装を解く。
備え付けの鏡に写るのは氷のような水色に紫色の瞳をしたエルフだった。
エルフは自然と結び付いた古代種族であり、自然の力を扱えると言う特性がある。自分の姿を変えるのは造作でもない。
そして私の名前、『ティターニア』は王族となった時の名前。戦場で出会った元国王が勝手に一目惚れした時の名前は『クリアリカ・エーデルワイス』。第8特殊小隊の一人であり、戦時中は『氷王女』と呼ばれた氷使い。
「いやー、面白い人材がいたよ、マルクト。君にそっくりだ。ボクとしても少し彼の行く先が楽しみだよ。」