父親の願い
「お坊ちゃん、何処かで武術を習いましたかい?」
復活してからの開口一番がそれかよ。
武術を習った、というよりも俺の前世、つまり『マルクト・グレイ』という奴の記憶が甦っただけだよ。
……て、説明しても信じてもらえないか。
「偶然だよ。」
「偶然……ですかい。まぁ、それでいいでしょう。」
そうだ、ちょっと聞いておこう。
「なあ、オルゴ。第8特殊小隊って知っているか?」
「……お坊ちゃん、何故その名前を知っておるのですか!?」
俺が昔入っていた小隊の名前を言った瞬間オルゴが俺の肩を掴み、真剣な顔で聞いてきた。
「……偶然知っただけだ。」
「……そうかい。なら、他言無用で話しまっせ。――第8特殊小隊ってのは恐ろしいまでの才能……『アビリティ』を持った怪物たちの小隊です。」
『アビリティ』……?あぁ、軍の命令書に書かれていた事だな。確か、アビリティによっては身体能力が一時的に上昇したり特殊な力を使えるらしいな。
「第8特殊小隊はある意味軍では運用が不可能と言われたアビリティ持ちが集まったようなもので、先の戦争で全滅したらしいでっせ。俺も共闘したことがあるから分かりますが、あいつらは本物の天才たちでした。」
オルゴが懐かしむ声で俺に話す。
確かに、俺の小隊は他の小隊とは違い指揮権が独立していて、治療・戦闘・整備そのすべてが自分たちで賄えてしまうのだ。
言い換えるのなら、一つの軍隊になっていたと言うことだ。
「けど、家庭教師から習ったことにはそんなことは書いていなかったが?」
「軍としてはその一人、『殺戮』が戦争を終結させる引き金となった事を隠したかったから小隊そのものを無くしたのさ。」
やはりか。
「これでいいですかい?」
「あぁ。それじゃ、そろそろ時間だし、お父上の場所に行かせてもらいます。」
俺は丁寧な礼をした後、歩き始めた。
それにしても、俺らのことが本当に後生に伝わっていないとは……。当たって欲しくなかったものが当たった気分だ。
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「お父上、グレイが来ました。」
「おお、良くきたな、グレイ。」
俺はノエルを引き連れて、父親がいる執務室に入る。
父、ドーハルン・リリアステルはこの土地を統べる貴族として古くから王国に遣えてきた旧貴族だ。
旧貴族とは古くから王国に遣えている名家でリリアステル家はその筆頭とも言える大きな家系だ。
逆に新貴族と呼ばれる旧貴族と比べ王国に遣えている歴史が浅い貴族もいる。
てか、筆頭と言うならばある程度この家の爵位が予想出来てしまうな……。
「それで、父上は私に何の御用ですか?」
「うむ、グレイやノエルは今年で五歳。つまり己の『アビリティ』を知れる歳になったと言うわけだ。」
あぁ、確か王国は五歳になった爵位のある家柄の子供は自分の『アビリティ』を知れる権利があるんだったな。
ま、平民だったマルクトにとってはどうでも良かったものだけどな。これ、反乱を抑えるため、貴族しか使えないし。
「では、これに手を翳してくれ。」
「グレイ様が行われるその前に私がやらせてもらいます……!」
ノエルが机にあった水晶玉に触れると空中にノエルのアビリティが写し出された。
……けど、読めない。
おおよそ、本人にしか読めない物なんだろう。
「それで、ノエル。どんなアビリティだ?」
「……『軽戦士』と『メイド』のアビリティでした……。」
軽戦士にメイドか……。特殊な力があるというよりもどちらかと言えばその道に才能があると言うことだろう。
「ふむ、ではグレイよ、そなたも。」
「分かっています。」
ノエルが俺の後ろに行き、俺が水晶玉に触れると空中にアビリティが写し出される。
(……『暴力』、『暗殺』、『憤怒』、『激情強化』、か……。)
やはり、前世とはアビリティが変わらない、か……。
暴力は闘いの才能、特に素手での闘いの才能で、暗殺は暗殺の才能……。憤怒は怒りで身体能力が上がり、激情強化は激情があればあるほど身体能力が上昇するアビリティだ。
ここまで戦闘向けで、なおかつ凶悪な才能は無いだろう。
「……どんなアビリティだった。」
「……『暴力』『暗殺』『憤怒』『激情強化』。」
「……なっ!?」
「……え?」
俺の言葉にドーハルンが驚きの声を、ノエルが理解が出来てなさそうな声を上げた。
「そ、そこまで闘いに特化したアビリティとは……。戦乱が収まった時代にこれほどのアビリティが発現するとは……。」
「時代の流れとは怖いものですね、父上。戦乱の時代なら凄まじい戦果を挙げれた才能だと思いますが。」
「あ、あぁ……。」
「では、私はこれで。」
「あ、はい!」
俺とノエルはドーハルンに礼をしたのち、部屋を出る。
さて、やることもないし、書斎で本でも読んでようかな。
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「……まさか、私の息子に……。」
私は頭を抱え、悩む。
暴力、暗殺、憤怒、激情強化……。そのすべてを持った怪物は戦乱の時代にただ一人いだ。
これらアビリティは王族たちからも警戒されている希少なアビリティである。
その中でも希少とされるアビリティ、怒り等の激情を身体能力に変える『激情強化』、そして暗殺をしようとすれば暗殺者のプラン通りに動いてしまう『暗殺』。
王族たちや軍隊がこれらの才能を見つければ即、軍隊入りを決めるだろう。
だが……。
(この『憤怒』……これは危険すぎる……!)
『嫉妬』『怠惰』『強欲』『色欲』『暴食』『傲慢』そして『憤怒』。
これは遥か昔、恐ろしい程の力を持ったとされる怪物たちが持ったとされるアビリティだ。
『嫉妬』は『全てを妬む』能力。
『怠惰』は『全てを諦めさせる』能力。
『強欲』は『全てを奪う』能力。
『色欲』は『全てを魅力する』能力。
『暴食』『傲慢』『憤怒』はそのアビリティの力で国が滅んだため、情報がない。
「かつての戦乱の時代にはいたと言われる『殺戮』は確か憤怒のアビリティの持ち主だった……だが、もうその話も聞けない。」
私は少し後悔しながら国に提出する羊皮紙に出鱈目な情報を書く。
こうでもしなければグレイは処刑されてしまう。確実に幾つもの国を滅ぼした『憤怒』のアビリティを持ってしまっただけの理由で。
それだけは、嫌だ。
私の亡き妻が産んだ最後の子供だ。
なんとしても、グレイには生きてもらわないといけない。
それが私の『願い』だ。
(――あぁ、神よ。)
もし、叶うのなら―――
グレイに祝福を。