第四話 過去に臨む物語
2022,8/24更新
……………。いや、えっと…………。み、三日ぐらいなので、セーフだと思ったり、思わなかったり……はい。申し訳ありません。本格的な説明回を描くのが久しぶり過ぎて筆の進みが遅くなってしまいました。次回は、三日以内に更新、出来る………と、いいなぁ。
ウェストファリア王国の王都に突如として訪れたスタンピードの危機は、大半の人々の記憶から薄れつつあった。
騎士団によって早期に撃退されたため、直接の被害が、精々、数組の行商人が足止めをくらった程度だったことで、北東部の開拓村が被害を受けたという情報しか持たない大衆にとっては、今はまだ印象の薄い出来事でしかない。
しかし、騎士団長 イアン・シャルルの単独偵察によって持ち帰られた情報は、情報通の多くに激震を走らせた。
危険を顧みずに単独で最北の開拓村に赴いたイアンは、そこで何を見たのか、大急ぎで転身。魔物の残党を警戒していた騎士団の包囲陣に加わらずに王都へと帰還し、自邸に顔を出すとすぐに王宮へと登った。
彼の公式な報告によれば、開拓村に生存者は居らず、ドラゴンのものと思われる巨大な足跡まであったらしい。
さらに、そこにいた他国の工作員には戦闘の果てに逃げられたという。
この情報により、国王シャルル・ウェストファリアは開拓村への調査団の派遣を決断。調査団の主な任務は、第一にスタンピードの原因を探ること。そして第二に、謎の足跡と他国の工作員との関係、或いは足跡の主や工作員の目的を探ることである。
この調査団の帰還を以て、スタンピード騒動に正式に終止符が打たれることになった。
しかし、それは多くの人々の想像に反し、大衆に衝撃を与え、国防にも大きな影響を与えることになった。
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西方暦531年6月20日深夜。
「───清潔な布を十枚程度、内一枚は大きな物を持ってきて下さい。貴女は、石鹸と桶を。それから、緊急用に確保してあった母乳も持ってきなさい。料理長に確認すれば保管場所は分かる筈です。それから、貴方は医師の先生に連絡を連れてきて下さい。旦那様の名前を出せばすぐに来て下さる筈です。あとは、───」
竜殺しの大功から叙爵されたシャルル子爵家の邸宅では、当主 イアン・シャルルが、突如、開拓村より持ち帰ったものの処置に、使用人一同がおおわらわになっていた。
使用人たちに的確に指示を出していく執事は、突然の出来事への混乱を押し殺し、主の願いを果たすべく手を尽くしていた。
イアンが連れ帰った生後間も無くの赤ん坊は今にも死にそうな状態であり、決して予断を許さない。
赤子の体温は低く、顔色はすこぶる悪い。
それでも、使用人一同による懸命な介護と医師による的確な診断の甲斐あり、当主一家が帰宅した朝の8時頃には、赤子の容態は安定していた。
「苦労をかけてすまない。礼というわけでもないが、暫く俺とアンナには誰もつかなくていい。明日以降に差し支えない程度の仕事を済ませたら、今日は休みにして構わない。ただ、申し訳ないが、ハルカの世話だけはいつも通りにしてくれ」
「いえ、ハルカの世話は私だけで担いましょう。普段、世話係の仕事は私に至らない点があれば指摘する程度でしたもの。それに、ハルカは随分とおとなしい子ですから」
一悶着あったものの最終的に当主夫妻の指示に従った使用人たちは、日常の業務を済ませて使用人棟へと引き上げた。
最低限の人員を残して使用人たちが立ち去ったことを確かめた後、イアンとアンナは娘のために用意した三階の一室に腰を下ろした。
元から部屋にあった揺籠では、二人の娘であるハルカが目を閉じている。
そして、新たに用意された揺籠では、イアンが開拓村から連れ帰った赤ん坊が寝息をたてていた。
「………えーと、その、だな………」
使用人を前にしていた時とは違う、歯切れの悪い口調。
確実に信用のおける者以外に赤子の存在が露見しないように努めていたイアンは、誰が聞いているか分からない王城では特に彼を連れ帰ったことを漏らさないように努めていた。
その結果、彼を連れてきてもらって初めて、イアンは妻にこのことを一切話していないことに気が付いたのだ。
押し黙ったままなアンナの表情は、前髪に隠れて見えない。しかし、その肩は僅かに震えている。
「こ、この子は、だな………」
王城で無謀な単騎駆けを敢行した罰としてたっぷりと絞られた昨夜の記憶が蘇り、イアンは別の意味で肩を震わせた。
ふと視線を感じて視線を上げると、妻のそれと同じ紫紺の瞳がイアンを見つめていた。
直ぐに閉じられたために真偽は不明だが、その瞳は動揺に満ち満ちていたように感じられた。
「っ、……。………はぁ。改めて聞かせて下さい、イアン。この子は、まさか……。貴方は、開拓村に生存者は居なかったと言っていましたが……。っ、まさか、……?」
「……相変わらず、察しがいいな。まあ、そういうことだ」
「………あぁ。そう、ですか………」
アンナは、心底から慈しむ表情で、親友の息子を撫でた。
そして、くすりと笑顔を見せた。
「まさか、貴方の隠し子だとは……あぁ、主よ。私は一体どうすれば……?」
「いや、そんな訳があるかっ!」
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「……冗談は置いておきましょうか。早く本題をお願いします、あなた」
「はぁ……お前が茶化したんだろうが……。まあ、いいか。ともかく、察しているとは思うが、この子はリズとアランの息子だ。アルフレートという名前にする予定だったそうだ」
「……?………。………っ、まさか、他にも生き残りが……?もしかして───」
がたり、と立ち上がりかけた妻に、イアンは力無げに首を振る。
「いや、その子が正真正銘、最後の生き残りだ。だが………」
強く、拳が握られる。
「俺が着いた時には、まだ、リズが生きていたんだ……っ。……あいつは、最後にこの子を託して、行っちまった」
「…………。未だに、信じられません。アランとリズの二人がいて、何故……」
「分からない。だが、恐らくは罠に近い方法だ。二人とも、同じ攻撃が致命傷だったからな。俺が着いたのは、リズが今にもローブの男に殺されそうになってる時だった。咄嗟に庇ったら、あの野郎、直ぐに逃げやがった。………けど、かなり腕の立つ奴だったな」
「そう、ですか……。直ぐに逃げたのなら、目的は既に果たしていた?ということは、工作員の最大の目的は彼女を殺すこと……?いえ、そもそも本当にただの工作員………、はぁ。それこそまさか、ですね。済みません、つい長考してしまいました」
「いや、お前のその癖にはいつも助けられてる。……ただ、今はこの子のことだ。あの二人の忘れ形見……俺は、出来れば家で引き取りたいと思う。あの二人の子供だからっていうのと、もう一つ理由がある」
イアンは一呼吸置いた。
自然と、視線が引きつけられる。
四つの紫水晶がイアンに向けられた。
「この子は、恐らく魔術を使っていた。死に体だったリズはこの子を、この子は自身の守りが疎かになったリズを、それぞれ守っていたように見えた」
イアンの告白に、部屋に動揺が走る。
「な、あ、あり得ません!各人の先天的な特質──主より与えられた才能である魔法ならばともかく、魔法を解析し体系化する営み、つまり技術である魔術は、後天的に、努力を以て身につけるものです!それを、赤ん坊が使うだなんて……っ」
「分かってる。才能がものを言う魔法なら、赤ん坊が使ったって先例もある。実際、ハルカだって魔法を使っている兆候があるくらいだ。だが、魔術となると、歴史が短いことを考えても、先例なんて有り得ない。……だが、俺は、自分が感じたものが間違いだったとも思えないんだ」
室内を沈黙が支配する。
唯一、アルフレートと名付けられる予定だった赤子の寝息だけが、やけに大きく響いた。
一旦切りました。次回に続きます。
2022,8/24更新
本日更新分はここまでです。魔法と魔術の設定ですが、某ブリ○チで喩えると、魔法が斬○刀で魔術が○道です。