第零話 未来に挑む物語
2022,8/15更新
8/12から間隔が空いてしまい、申し訳ありません。
更新は不定期とさせて頂きますが、なるべく連日となるように努力します(どの口が…)ので、お楽しみ頂けると幸いです。
数多の未来を渡った。
同じ数だけ、終わりを知った。
その何倍もの死を看取った。
厳格だった母様。
優しかった父様。
守ると誓った乳姉妹。
友達に、仕事仲間、街の人々。
大切な人は、作った数だけ失った。
だから、もう───
====================================================================================
「───!───」
穏やかな初夏。草木が深緑に染まり、爽やかな風が吹き抜ける昼下がり。三階建ての瀟洒な屋敷の最上階。広々とした部屋の中、頑丈な揺籠でうたた寝をしていた赤子は、階下の喧騒に目を覚ました。
「………………………」
紫紺の瞳が、ぼんやりと宙を見つめる。
寝入る前は確かに居た筈の母親の姿は何処にもなかった。
しかし、そんなことに構わずに赤子は両手を目の前に掲げ、手を握り、次に開いた。
まるで、それが自分の両手であることを確かめるように。
満足したのか手を下ろした赤子は、寝転んだまま、再びぼんやりと宙を眺めた。視界の隅の窓からは、どこまでも青い空と、彼方の先に黒いシミのような暗雲が覗く。
部屋の窓は僅かに開いており、そこから室内にまで声が届く。
「───では、巻き込まれた村は……」
「はい。魔術師団からの報告によりますと、王都北東部の村落の内、外周部の三つが壊滅したとのことです。魔物の大群はそのまま王都の方角へと移動を続けています」
すぐ下の部屋で、女主人が来客に対応しているようだ。
品よく整えられたサロン。世代を重ねた家に特有の重厚感こそないが、優しい色調や、あえて開かれた窓から覗く、美しいテラスとまだ若い庭園が親しみやすさを演出している。
しかしそんな心遣い虚しく、客人の言動は、極度の緊張から、ガチガチに固まっていた。
「それは……成る程。我が夫が迎撃に出るのですね。ならば、手薄になる王宮の守りを固めるため、私は王宮へ参りましょう」
「っ!?さ、流石は近衛騎士団長閣下…。仰る通り、早急に登城せよとの王命であります。…しかし、お身体に差し障りはないのでしょうか?つい先日、御息女が誕生したばかりでありましょう。両陛下並びに騎士団長閣下からも、無理はしないようにとの伝言を与っております」
「…まず、訂正を。私はあくまで元近衛騎士団長です。今は王妃陛下の侍女以上の存在ではありません。ただ、鍛錬を怠っていないという意味では、両陛下と夫からの配慮は無用のものです。今も夫が煩いから王妃陛下の下を離れて休養をとっているというだけの話です。体調に問題はありません」
そう言い切り、不敵に笑ってみせた女主人の姿は、確かに力強かった。客人は、その威容に気圧され、深く頭を下げた。目の前の女傑を一瞬でも案じた自身の不明を恥じるかのように。
しかし、だからこそ、女主人が僅かに見せた憂いを、彼は見逃してしまう。
爽やかな初夏の空は、少しずつ、しかし確実に、暗雲に侵食されていく。遠雷が響く。小さく、されど確かに。微かに湿り気を含んだ風は、より強く、冷たくなってゆく。
「で、では、用意が済み次第、登城して下さい。また、王妃陛下のご要望ですので、御息女も是非ご一緒にいらして下さい。それでは、失礼させて頂きます」
「ええ。王妃陛下も常ならぬ身の上であります故、私も暫くお会いしておりませんでした。娘共々、陛下にお会いすることを楽しみにしておりますわ」
使者を見送った女主人は、登城の支度を済ませた後、穏やかな寝息をたてる娘を前に、一人、深々とため息を吐いた。
「…………、王都北東部外周の村落は全滅、ですか……。つまり…………。……アラン、リズ……彼らがそう易々と敗れるとは思いませんが、しかし……」
冷たい風に、身体を震わせる。開けた覚えのない窓に眉を顰めつつ、娘を抱き上げた女主人は、小さくかぶりを振った。
「…私があれこれ考えたところで、意味はありません。今は、この子と王宮を守る。それだけを考えることにしましょう」
彼女たちが馬車に乗る頃には、空の半分が暗雲に覆われていた。冷たい風に乗り、雨粒が舞い始める。雲の中で雷が閃けば、僅かに時を置いて雷鳴が轟く。
西方暦531年6月20日。
竜災から立ち直りつつあった王都に、再びの危機が迫っていた。
暫く説明回が続きます(泣)
2022,8/15更新
固有名詞は割と適当につけていますので、悪しからず。