サメナイユメ

　
　男がいる。

「大志も野望もなく、社会の歯車として一度きりの人生を消費し続ける。
　誇れるような偉業など、勿論ない。
　生まれて、生きて。
　確かに在った熱は、いつの間にか何処かに消えてしまって。
　柔らかに生を謳っていた鼓動は、気が付けば冷たく無機質な動力へと変わり果てていた。
　そのことに不満はないし、首をもたげる疑問には、ありったけの反論を見つけた。
　己が定めた意義に殉じたこの生には、一分の後悔も有りはしない。



　ただ……。
　そう。ただ、───



　　　　　　　　　　───もし、叶うなら………」





　女がいる。

「何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、何度も繰り返す。
　始まりが終わりを前提としたものなら。
　歴史が、世界が、未来が、いつだって滅びへの途上に在るのなら。
　それを止めることは、本当に正しいことなのだろうか。
　繰り返すうち、分からなくなる。
　戦う意味、抗う価値、逃げ続ける理由。
　分からないまま、足掻き続ける。



　ああ………そうか。
　ただ、諦められないだけなのだ。


　それなら、いっそ……」





　少女は思った。

「いつも、二人を見ていた。
　いつも、自分と比べてた。

　ずっと、彼を想っていた。
　ずっと、彼女を妬んでいたんだ。



　だから───
　

　　　　　　　　───だから、あたしは……」