異世界レスュークル
世界『レスュークル』。
お城があって、お姫様がいて、魔法があって、騎士がいて、ドラゴンがいて……。そんな小さい頃におとぎ話を読んで憧れた夢のようなファンタジーの世界。
「魔法!!すごい!飛べたり、透明になったりできる!?」
「姉上そういうの好きだな」
興味津々で身を乗り出し気味に訪ねたら、少し苦笑された。年相応の落ち着きなくてすみません…。
「それは伝説の中での話ですね、古代魔法ならできたかも知れませんが私たちの文明からは失われてしまっています」
「そうなのか……、残念だ」
「魔法は生活に結びついたものが多いんです、例えばこちらの世界では電気?と言うんですよね、私たちの世界には無くて、その代わり発火する呪符や消えない明かりを魔力で生み出したり、薬草の効果を魔力を込めて煎じる事で強めることとか、できるのはそのくらいです」
地球の科学を魔法で補っているようなものかと納得してふむふむ頷いていると、私も魔女なんですよ、という発言にお茶を吹き出す。え、全然そんなふうには見えませんけど。
「なんかこう、ツインテールのツンデレっ子とか、寡黙なクーデレなイメージがあった」
「それはラノベの読みすぎだ」
「つん、でれ?らのべ…?その、私はまだ駆け出しというか……、ちゃんと親から知識を受け継ぐことが出来なかったので半人前なのですが……」
「魔法って世襲制なんだ……、あれ?でも引っ越してきたってことはご両親に魔法を学ぶ前に家を出たってこと?」
「いえ、両親……と言っても父のことは覚えていないのですが、2人は古代魔法の権威でもあったんです、父は私が幼い頃に魔法を人族に授けたといわれる原初のエルフの伝承を調べるために家を出たきり戻ってこず、母も私が成人した日に家を出ました、それが三年前の話です。母は私を育てながら魔法を教えてくれてはいたのですが、研究の合間でと言った感じで……結局全てを教わらないうちにいなくなってしまったので残された文献を元に学んでいたのですが、母が国に収めるはずの税金を全く収めていないことがこの前発覚して……、その、私はまだ魔女として仕事をする実力がなくてですね、両親とは連絡が取れず……」
家を差し押さえられました。と、ずーん、という効果音とともに項垂れるユリアさん。あぁ、若いのに苦労してんだな……。というか、いくら研究熱心とはいえ親御さん無責任好きやしないかい。
「それで、引っ越してきたの?」
「はい、母の古い知人がここで商いをしていたそうです、店を畳んで田舎で暮らすから代わりに住んでもいいと言ってくださって」
「住む所は確保できたけど、じゃあユリアさん今職なし……?」
「うううう、私明日からどうやって生きていけばいいんでしょうか」
「妙案がある」
まるでお通夜のような表情を浮かべ、すっかり膝の上のマグカップに下がった視線が、まるで今期最大の発明でもしたかのような誇らしげな表情を浮かべた紫苑へと移る。そして、我が弟はしれっととんでもない事を言い出したのだった。
「お菓子屋さん、開けばいのでは?」
はい?はいいいいい?????
「えっと、紫苑さんや、それはどういうことかな?」
「うむ、どうやら我が家とユリアの家の食料庫が繋がっていて、ユリアの世界にはお菓子がない、だからだ」
「いや、あんまり理由になってないからね」
我が弟ながら何を考えているのかいまいち計り兼ねる。現在職なし引きこもりのニート、ついでに何かの影響で口調が古めかしい(悪口ではない)は、言いたいことは終わったらしく紅茶の香りを味わいながら飲んでいる。
「お菓子、屋さんですか?」
「美味しかったんだろう?お菓子屋さんになれば毎日食べられるぞー」
「あ、やります、お菓子屋さんに」
「軽っ!!」
思い立ったら吉日と、弟はマグに入っていた紅茶を飲みきるとそそくさと裏口の方へ行ってしまった。ユリアさんと私も慌てて追いかけて、再び午後の日差しの差し込む眩しい屋内へと移動する。
さっきは気づかなかったけど、表通りに面した大きなガラス窓のある部屋は、まるでケーキ屋さんみたいなガラスケースが設置されていて、壁にも棚があちらこちらに据え付けられており、以下にもお店といった様子だった。
「元々は魔法薬のお店だったんです、2階が居住スペースで、屋上に薬草を育てる温室があります」
「何それ神か」
ハーブ好きな紫苑が温室と聞いて目を輝かせている。うちの庭は紫苑のテリトリーであり、私にはどう違うのかさっぱり見分けのつかない植物たちが色々植えてある。ただ、悲しいことに雪国の宿命故に、冬囲いするものの庭には雪を避けれるスペースがほとんど無く、毎年何株かは寒さにやられてしまうらしい。
「キッチンは上にあるの?」
「はい、こっちに階段があります」
少し傾斜のキツイ木製の階段を登ると、1階同様日当たりの良い部屋に出た。数個のトランクケースが重なって置いてあり、中には荷解きしてる最中のものもあった。
「すみません、少し散らかってます」
「けど、部屋の中綺麗だね」
「掃除を終わらせて、トランクの中身を整理しようとしてた所だったんです」
窓辺に机と椅子が2脚、本棚が2つと、キャビネット、前の持ち主に置いていかれたらしい家具たちがガランとした室内で少し寂しげだ。
キッチンはその部屋と繋がっていて、空色のタイル張りのキッチンだった。思ってたより少し広めで中央に大きなテーブルと丸椅子が3脚置いてある。まるで何かの映画のセットみたいで、電子レンジや炊飯器などの家電製品は全く見当たらない。代わりに壁に備え付けだろう大きなオーブンと、その下には薪が積まれていた。
「ふむむ、薪オーブン……、店舗はそのまま使えると思ったが、これは、文明の利器に慣れ親しんだオレに使いこなせるか……」
「やっぱり紫苑がお菓子作る予定だったんだ」
「ユリアとな、しかし、温度調節に慣れるのに時間がかかりそうだな……」
「火加減ですか?それならこの魔石を使えばそんなに難しくないと思いますけど……」
「魔石?」
そう言いながらユリアさんが指さすのは、オーブンの鉄の扉の中心に埋め込まれた赤い宝石のような石だった。周りには模様かと思ってたけど見覚えのない不思議な文字で何か刻まれている。
「えっと、火精霊の生活魔法がかけられているんです、魔力のない人でも簡単に操れる程度のですけど」
「これで温度調節が可能なのか!?」
「はい、あまり私も使ったことないですけどね……、あと、これは水精霊の生活魔法がかかってて、ここから水が湧き出てきます」
そう言って蛇口らしきものを捻ると水が出てきた。この当たりは魔法使ってても地球と同じなんだな。
「ふふふ、はははは、いける!!いけるぞ!」
「凄く悪役っぽいよ」
「やるぞ!ユリアさん!」
「は、はい!」
「手始めにクッキーだ!!」
かくして、私たちの初めての異世界お菓子作りが始まったのだった。