涼 「それは春風のように」
誰だって秘密を持っている。
☆☆☆
好きって気持ちは、人間の本能。
ただそれだけなはずなのに。
どうしてこんなに、
胸が締め付けられるのだろう。
「白石涼です。よろしくお願いします」
素早くそう言って腰を下ろし、辺りを見回す。
友達が誰もいない教室で、
私の中学校生活が静かに幕を開けた。
今もまだ中学生で十分幼いとは思うけど、それよりもっと幼い頃。
私が生まれて一年たったときのこと。
甘い苺の香りと爽やかな風。
やって来たその子は、今でも私の隣にいる。
はずだった。
こんなことになるまでは。
ひぐっ。ううっ。
「まっ、ちょっと!泣かないでよ!クラス替えだよ!一年間だけだよ!」
そんなこといってるけど、だって、苺と…
「離れたんだよ!?クラス!始めて!!」
友達とか苺しかいないし。
「苺ぉぉ…」
「やめてよりょーちゃん…」
草野苺は可愛い。
綺麗な顔をしてるし、
性格は優しいし、
頭もいい。
おまけにいちごって名前も可愛い。
それに対して私って。
顔は普通で、
性格は人見知りで素直じゃないし。
頭はまあまあいい方だけど。
おまけに、りょうっていうかわいくない名前。
何回親を恨んだかわからない。
男みたい。
自分が嫌い。
そんなことを考える。
いつも、いつも、いつも、いつも
この日もそうだった。
まだ貴方のことはみえなかった。
そんな私にも苺に勝てるものがあって。
絵を描いていれば安心できた。
ただそれは少し危険で、
そのときは周りの声なんて聞こえない。
人見知りは加速するばかりだった。
そんなとき。
私の絵は宙を舞い。
拾ってくれた貴方はとても、
色鮮やかに映った。
「はい。すげえ、上手いな」
息ができない…
まさか。
「おーい?大丈夫?」
「あっ!だだだだいじょうぶです!」
また、夢なのだろうか。
でもまだ、確かめるわけにはいかない。
まだ。
私の秘密を話すには、早すぎる。
相馬隼人。
一瞬にして私は。
壊れそうなほど愛しい日々を、思い出す。